本物の狼さん
それから1ヶ月程、わたしは誰も来ない山奥で、自分が得た力と武器を使いこなせるように特訓した。
もちろん、実践もまじえて。
どんどん殺し方が上手になっていくのが、余計に楽しかった。
もっともっと、殺したい。
これから、いっぱい殺そう。
この時は知らなかった。
『赤ずきん』の敵が、現れるなんて。
『狼さん』と、出会うだなんて。
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わたしが初めて人を殺したあの時から、もう半年が経った。
わたしは基本的に夜に、路地裏に行ったり、なんとなく近くの学校へ行ったりした。
夜遊びしている人たち、学校に残っている人たち、わたしが殺していたのはそういう人ばかりだった。
まだまだ遊び盛りの彼らが1番、殺されることに抵抗してくれる。
それでもつまらなくなってきた。
みんな、むなしいほどの抵抗しかしてこない。
そんな抵抗しかできない。
結局、人は簡単に死んでしまう。
そう考えると、どうしてもつまらなくなってきてしまった。
前とはまた違う無表情で、今夜も近くの路地裏へと向かう。
火遊びしている音が聞こえる。
1kmほど先だろうか。
わたしの聴力は、異常なほどよくなった。
視力においても同じことが言える。
1ヶ所だけ、わずかに明るくなっている場所が見える。
脚力に関しては、走るスピードも前とは桁違いだし、ジャンプもかなり高く跳べるようになった。
その脚で屋根の上を走り、飛び移り、向かっていく。
1分もしないうちに、火遊びをしている不良たちがいる路地裏に着いた。
廃ビルの屋上から、そっとのぞき込む。
たったの5、6人ほどだ。
まずは1人、銃で撃ち殺す。
『パァーンっ!!』
という音と、叫びが鳴り響く。
「誰だ...?! 誰が銃を撃った?!」
ざわめき始める不良共。
わたしは、『赤いずきん』をはためかせながら、廃ビルの屋上から飛び降りた。
もちろん、4階から飛び降りるのと何ら変わりはないけれど、今の脚力なら簡単に着地できる。
「こいつ....! どっから現れた!?」
「おい待て、あれって『赤ずきん』じゃ...」
「なっ...! 嘘だろ?!」
わたしもすっかり噂になってしまったものだ。
そんなことを思いながら、刀を手にした。
綺麗な満月の光を、刀は反射していた。
尋常じゃないスピードで駆け巡り、刀で切り裂いていく。
相変わらず、この切れる感覚は楽しい。
でも、つまらない。
全くの抵抗も感じられない。
もっと、長く殺したい。
なのに、人はすぐに死んでしまう。
だから、つまらない。
1分もしないうちに『皆殺し』は終わってしまった。
もはや、最初の時のような感情はない。
ならなぜ今も、殺人なんてしているのだろう?
『快楽』を得るために人を殺していたのに、人の『命』についてなぜここまで考えるようになったのだろう?
正直、わたしはきっと、今泣きそうになっt...
「こんばんは、『赤ずきん』ちゃん?」
急に、男の子の声がした。
気配は全く感じていなかった。
いつのまに後ろにいたんだろう。
振り返ると、路地裏の闇の中、その人はいた。
わたしより、ほんの少し年上だろう。
わたしは中学生だけど、多分相手は高校生くらい。
遊び半分のつもりで声をかけてきた?
いや、周りには皆殺しにした死体が転がっている。
わたしがやばいやつくらいわかってるはず。
わたしは、ただひたすらに困惑していた。
「......あなた、誰なの?」
ただ者ではない、ということだけ理解して、選んだ質問。
彼は、少し考えながらこう答えた。
「僕は、そうだねぇー......『愛の狼』、とでも言っておこうか。」
「は? お、狼?」
『愛の狼』...そう、わたしの目の前に現れたのは......
「あぁ、そうだよ。
ほら、狼って、赤ずきんの敵じゃない?
騙されて寄り道をしている間に、おばあさん殺されちゃうし、赤ずきんも食べられちゃうでしょ?」
わたしの、『敵』らしかった。
「......あの、わたし、自分で自分のおばあちゃん殺したんだけど。
それに、今からあなたを殺しちゃえば、狼の存在もなくなっちゃうと思うんだけど。」
今までと違って、全く怯える様子もない。
逆に戸惑ってしまった。
「そうだね、ほんとうにそうだったら、僕の出番は終わっちゃうわけだ。
でもね、僕は君より強い自信があるから。」
さっきまで、命がどうとか言ってた自分がいるせいで、いくら自信があるだとか言ってるからって、簡単に殺しにかかっていいものか、わからなくなってしまった。
でもわたしは、戻れない道を進んでいたと思う。
もはや、自分の周りにあったものや環境は、すべて自分で壊してしまった。
もう誰かを殺すことしか、やることはないのかもしれない。
こうしないと、自分自身が消えそうな気がして......だから、死体に突き刺していた刀を抜いた。
「......死ぬ準備はいい?」
「いや、死ぬ気はないよ」
殺す。
わたしが生きるには、誰かを殺し続けるしかないのだから。
わたしは地面を蹴った。
そのまま猛スピードで走り始める。
そして刀を突き刺した。
...なんてことはなく、彼は普通の人間では跳べない高さまでジャンプした。
その次の瞬間には、刀の上にバランスよく立っていて......わたしは戸惑いを隠せなかった。
「言ったじゃないか、死ぬ気はないって。」
視線だけを上に動かすが、相変わらず彼の顔は見えない。
綺麗な満月も、今は雲の後ろにいた。
「ねぇ、狼さん、狼さん。」
「ん? なんだい?」
「......あなた、本当に何者なの?」
人間じゃない、あんなジャンプ力。
わたしが言えたことではないのだけれど。
「狼男って、知ってるかい?」
「......は?」
あの、満月の夜に狼になる人間のこと?
「僕は、満月の夜じゃないけどね。
夜中から夜明けってとこかな。
まぁでも、満月はより強力なんだけどね。」
刀の上で悠々と説明してくれている。
段々と、そんな態度に腹が立ってきた。
わたしは、左手で銃を取り出し、こいつにすぐさま撃った。
なのに、銃さえも避けてしまう。
しかも宙返りまでしてるし。
「不意打ちはだめだよ。
びっくりするじゃないか。」
「あー! もう! イライラする!」
あまりに余裕そうな態度に、ついに本音を言ってしまった。
今まで得意としてたこと、今まで当たり前のようにできたこと、それができない相手というのは、かなり腹が立つ。
「僕が殺せないから?
なら、殺せばいいんだよ。
いくらでも戦ってあげよう。」
まるでゲームをしようとでもいうかのように、軽々とした口調で提案してくる。
そんなのもちろん、答えは決まっている。
「絶対殺す。わたしが勝つ。」
その誘いに乗らなくてどうするのだろう。
つまらない日常、いや、殺人を日常というのも、どうかとは思うけども......とにかく、やりたいことが増えたようなものだ。
じゃあ、やり終えたら、わたしはどうするのだろう...?
「さぁ、どうだろうね?
それと、条件がある。」
「は? 条件?」
「僕を殺すことにだけ集中すること。
つまり、他人は殺すなってことだ。」
他人への気遣いだろうか。
もしかしてかなりのお人好し?
結構優しいやつだったりするのかな?
「だって、他人を殺せても、僕が殺せないんだったら、君が敗者であることに変わりはないだろう?」
訂正、ムカつくやつ。
「わたしがあんたを殺せば、敗者はあんただから。」
「あぁ、もちろんわかっているよ。
それじゃあ、今日はお預けだ。
明後日...あの山で会おうか。」
急に壁を蹴って、廃ビルの屋上へと行く。
わたしはひとっ飛びで追いつき、既にあいつが指さしている方向を見た。
「ちょっと待ってよ。
なんであんたに決められなきゃいけないのよ。」
わたしの直感を信じるとすれば、こいつに罠を仕掛けられる可能性はなさそうだけど......
「いいじゃないか、別に。
それじゃあ、また明後日ね。」
「あ! ちょっと...!」
結局、納得のいかない答えを返され、彼はどこかへ行ってしまった。
追いかけるのも面倒で、大人しく彼の決めた予定に合わせることにした。
それが、とある日の出来事だった。