第3話 金髪碧目のお人形のような
活動報告も合わせて見ていただけると泣いて喜びます!
「とりあえず、国境を超えるまでに君の荷物を揃えなければいけないな」
レイスの着替えの服を着せてもらったルビは、まるで布が動いているかのように異様だった。
半袖なはずのシャツはルビの肘すら隠し、裾は膝辺りまで来ている。ズボンはどんなにたくし上げてもまだズルズルで、ベルトでギュウっと締めていても落ちてきそうだ。靴はない。レイスは荷物の底板を外すと2枚に割り、それにルビの足を乗せると、適当な布でぐるぐる巻きにした。
「きっとこれでは足が痛む。ゆっくりと進むが、傷んだら早目に言ってくれ。薬草の手持ちも、あまりないんだ」
ルビは嬉しそうにして
「先程よりずっと歩きやすいです、ありがとうレイス。貴方は何でもご存知なのですね」
レイスは笑うだけに留めた。
歩きやすいだって?きっと、そんな事はないだろう。
ルビは、どっからどう見ても深窓の令嬢だ。どんなに歩いても疲れない靴を履きながらしかし、たいして歩いた事もないだろう。
俺にもっと魔力がありゃな、どうにでもしてやれるが。まぁ、ないものねだりをしても始まらない。
「さぁ、近くの村へ向かおう。街道沿いにある村なら、旅に必要な物も揃うだろう」
村についたときはもう、日も暮れようかという頃だった。確かにルビに合わせてゆっくり歩いて来はしたが、それにしたって文句一つ言わず、ペース落とすこともなく付いてきて、レイスは内心舌を巻いた。
こいつはそうそう音を上げないぞ···。
「ルビは今までも旅をしてきたのか?ずいぶん歩き慣れているようだが」
レイスが聞くと、ルビは息を上げながらも楽しそうに
「いいえ。家を出たのは先日が初めてです」
と答えた。そうして、ふぅ、と息をつくと、不思議な事に息が整う、ように見える。
そんなわけないが、な。
レイスは自分が結構物知りだと思っていた。息をつくだけで疲れを取る方法なんてあるはずがなかった。
レイスは魔物バスターだった。
本来なら街に現れるのは魔物の素材を売りつける時だけで、普段は辺境を縄張りにしている。
魔物はいい。動きも単調で、魔法なんか使えなくても討伐できるから。
他の魔物バスターが聞いたら卒倒するようなセリフだ。本来なら、魔法にどんなに精通していても、命を落とす危険と隣り合わせの仕事である。
そんなわけで、レイスは金に困ることがなかった。
村につき、いくつか店を回り買い物をしていると、金回りのいいレイス達に気をよくしたのだろう。歳をとった男の店主がちょいちょい、と店の奥に招き入れる。レイスはガン無視した。どうせ変なものを売りつけようとするに決まっている。そんな者に騙されて買うはずもないが、時間すら惜しい。
と、ルビがにこやかに老人についていく。
「はい、なんでしょうか。ご老人」
レイスは顔に手を当て天を仰ぐ。
やだこの娘···。一人で行かせたら国まで買いそう。
仕方なくレイスもあとに続く。
老人は、少女に笑いかけられて非常に気を良くし、にこにこしながら言った。
「おまいさんら、旅の者じゃろう?お気をつけなされ。お嬢さんのように金色の長ぁい髪のお姫様を、お役人さまがお探しになっておる。捕まったらお城に連れてかれてしまうよ」
へぇ、この国の姫って金髪なんだ。
まぁ、金髪ってどこにでもいるしな。いちいちとっつかまるのも面倒くさいよな。
ルビは、それはそれは神妙に、老人に謝辞を述べる。
「わざわざお時間お取りいただき、大変貴重な情報を教えていただきましてこの度は···あっ」
レイスはルビの腕を取ると、老人にコイン一枚渡して店を出た。
「レイス、まだお話の途中でしたわ」
困ったように眉をひそめるルビ。
困ってるのはこっちだ、とばかりにレイス。
「買い物はあらかた済んだ。どっちみちそんなに大きな荷物は持ち運べないんだ。このくらいにして宿を探そう」
レイスは、荷物の中からめったに使わない帽子を取り出すと、ルビに被せた。
ルビのちいさな頭はすっぽりと隠れてしまった。
ほどなく宿も見つかり、部屋を2つとる。うまい具合に隣同士でとれた。とりあえず、自分の荷物と今日買ったルビの分の買い物の荷物、どっちも自分の部屋に降ろすと、隣にいるルビに座るよう促す。
「疲れたろう?少し休んだら飯を食いに行こうな。服は買った所でそのまま着せてもらったけど、靴がまだだろ。今それを取ってしまおうか」
板っきれでずいぶん歩かせてしまった。ルビがなんとも言わないからそのまま来てしまったが、擦り傷のひとつもあるだろう。
レイスはナイフを取り出し慎重に巻きつけた布を外していく。
「···」
レイスの手が止まる。そんなはずはない。一体今日どれだけ歩いたと思う?
ルビの足は、たった今生まれ落ちたかのように綺麗で、巻きつけた布の跡さえ、そこにはなかった。
布が外れたことを感じ取り、ルビは足を浮かす。
「どうもありがとう、レイス」
にこやかに、なんてことなく笑うルビ。
レイスは、わけがわからなかったが、ルビがなんともないのなら、それはかえって良かったって事じゃないか、と思い直すと、そこにあるベッドに座った。ベッドは硬く寝心地は望めそうにない。だがこの村に宿はひとつ。レイスは慣れたものだが、ルビにも我慢してもらう他なさそうだ。
ルビは、新しく買った靴を、興味津々で眺めつつ履いている。下を向くので金色の髪で顔が隠れた。
「そういえば、その金髪どうするかな。俺の帽子で隠すんでいいんだろうか。短く切れればそれが一番だが、そんなわけにも」
ザクっ!
と、体が本能で拒否するような音が響く。
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