第11話 愛し子への子守唄
活動報告も合わせて見ていただけると泣いて喜びます!
はぁ。
レイスは溜息をついた。
惚れた女にキスひとつできないなんて。
神様それはあんまりだ。
魔力回復ができない体だと判明したときと、今とどちらが不幸だろう?
レイスはがっくりうなだれた。え〜ん。
「レイス!」
ルビが野営のテントに顔を入れる。
「見てください。食べ物を獲ってきました」
そこには木の実や根っこ、香草などが乗った布があった。
「こりゃすごい。ルビえらいぞ!」
レイスがルビの頭を撫でてやる。ルビは嬉しそうに笑った。
「私が料理します。レイスは待っててくださいね」
きっと、レイスが落ち込んでいるから元気付けてくれるつもりなんだろう。
レイスもテントから出、ルビが料理しやすいよう、たき火の火を強めてやる。
すぐ隣で、真剣な顔でレイスの教えてやった野営での料理をルビが作る。
携帯食料を飲み込む事すらできなかったルビが、
王女であり、王城で大切にされてきたであろうルビが、
レイスに教わりながらも自身で料理できるまでになった。
レイスは思った。こんなにいじらしいのだ。
キスくらいできなくてもどうということはない、たぶん。
泣きそうな顔で、レイスは自分を言い聞かせる。
夜も深まり、2人はくっついて、ルビは、自分の腕を体の前でクロスすると、ルビの右手にレイスの左手を、レイスの右手にルビの左手を、それぞれつないで眠りの準備をする。
すると、ルビが、細く綺麗な高い声で、唄を、歌い始めた。
『かわいい我が子 おやすみなさい
今日の 役目が 終わる頃
明日の 役目が 決まるはず
かわいい我が子 目を閉じて
明日も 変わらず 愛すから』
レイスは、聞いたことのない唄だった。子守唄のようだった。
「綺麗な唄だ」
レイスが言うと、ルビは答える。
「うんと小さい頃、お母様が聞かせてくれました。もう、早くに亡くなってしまいましたが。綺麗で優しい方でした」
レイスは、両手が塞がっているので、自分の頬でルビの頭を撫でるようにすり寄せた。
「そうだな、優しい唄だ」
街を過ぎ、山を超え、村に寄り、木々さえも減っていく。
「ヒュマニヤ山脈だ。歴史上、これを超えた人間はいないとされている」
ゴツゴツとした岩がむき出しの、なんとも寒々しい山肌が、雲の上まで続いている。
そんなヒュマニヤ山脈が望めるこの村が
「人間の住む最端だ。ここ以降に人はいない」
村は閑散としていて、宿もなく、店などもない。
次に訪れた時には村までもなくなっていそうな、ひっそりとした場所だった。
「あのヒュマニヤ山脈を超えた先が、ナイアグロギアでしょうか?」
ルビが聞くが、レイスには答えられない。
「わからない···可能性としてはここの先しかない。でも、確認した者はいないんだ」
こく、と、ルビは頷く。
「参りましょう。ヒュマニヤ山脈に登れば、その先も見えましょう」
ヒュマニヤ山脈にいる魔物は非常に強力で、レイスは2度程『テレポート』を使って戦闘を避ける程だった。
いまや、魔力の枯渇はほとんどない。少し使っても、すぐにルビが満たしてくれる。
たぶんもう、夜の手繋ぎも毎日でなくとも充分だ。
ルビはそんな事には気づいていないのだろう。レイスも、言わない。
夜に、この腕の中に彼女を抱きかかえるのは、俺の支えだ。彼女の魔力が、例えば減り始めたらもちろんやめるけど、いつでも満タンだから、大丈夫。
そんな感じで、ゆっくりと、確実に、2人は頂上へと向かっていった。
「絶景だな···」
思わず声を失う。
森林限界をとうに過ぎた標高は、一切の生き物の存在を許さず、そこに立てる者の視界を遮るものは何もなかった。
ヒュマニヤ山脈の頂上であった。
ルビも、言葉を忘れ、目の前に開けた景色に見入っていた。
遠く、遠く、遥か遠くにうっすらと山脈が見える。
ここからだと、空に書いた絵のように立体感すら感じないが、高さはヒュマニヤ山脈をも遥かに凌ぐ。
「あれが、ナイアグロギアの山々でしょうか···」
ルビはその遠くの山脈を指差した。
「かもしれん。この山も相当な標高があるのに···まったく規模の大きさにはついていけんな。あそこにたどり着くのに何年かかるやら···」
ふっと笑うと、レイスは今いる山へと目を向ける。
「頂上での野営は危険だ。少し降りたところでテントを張ろう。まだ昼だけど、一日くらい、いいよな」
そういうレイスの腕に、ルビが手を置く。
「レイス」
ん、とレイスはルビを見る。
「ここまでの同伴、本当にありがとうございました。私一人では決してたどり着けなかったでしょう。貴方のお陰で約束が果たせる事、決して心から消すことはございません」
レイスは、微動だにせずルビを見つめている。
ルビは優しく微笑み、その表情を変えない。
「感謝の気持ちを表す物を、私は何も持ち得ておりません。しかして、せめてその回復した魔力にて、私の感謝の気持ちとさせてください」
レイスは、がしっとルビの腕を掴む。
「何言ってんだ···何を言っているんだ?ここからが危険なんだ。誰も行ったことがない場所だと言っただろう?お前一人で何ができるんだ。死にに行くようなものだろう!」
「はい」
ルビは微笑んでいる。
「私はナイアグロギアの山頂に登り、その火山口から身を投げます。私の魔力が暴発し、国を滅ぼすその前に」
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