世界
「超能力が使えないって」
僕は話の続きを促した。
「私ね、うんと頑張って、勉強も、運動も、他のみんなよりずっと良い成績を貰えていたの。でもね、超能力だけは、どれだけ練習したってちっとも使えない」
社会に出るといくら勉強ができようが運動ができようが、超能力が使えなきゃ意味がないんだ、と彼女は締めくくった。
話を聞いた後、僕は酷く彼女に親近感を覚えた。
彼女も今、僕と同じ様な境地に立たされていて、友達と家族も無く独り将来の不安に押し潰されそうになっている。
超能力が重視される世界。
勉強運動が重視される世界。
今まで、超能力が浸透している世界がどれほど美しいかとも夢に見たことがあったが、虚しくも僕が生きている世界と相違は皆無だった。彼女が生きている世界も又、超能力が使えない人間にとっては地獄でしかないのだ。
彼女自体の身分は、僕よりもきっと狭いものだろう。
「私、どうしたらいいのかな」
震える声と共に、涙が二粒彼女の手の甲に落ちた。
僕は、彼女の問いに答える術を持っている。
今の彼女を救えるのは、僕しかいないのだ。
「僕と住む世界を交換しよう」
勢いよく顔を上げた彼女の潤む目が大きく見開かれた。
僕は、ネムに僕とネムの世界について事細かにはなした。
僕は元々違う世界の住民で、何らかの原因があってこの世界に飛ばされてきたこと。そして、僕の世界では超能力は全く重要視されないということ。
ネムは一瞬目を輝かせたが、すぐに曇らせた。
「駄目よ、この世界を放り出す訳にはいかないもの。きっと皆吃驚するわ。警察に捜索願いだって出されちゃうかも」
「注目されていないのに?」
僕の一言に、ネムは肩を跳ねさせた。俯いていて表情はよく見えないが、先程よりも暗いであろうことは想像がつく。
「あっちの世界では僕はいらない存在。寧ろ、消えた方がいいかも知れない。それは君の世界でも一緒じゃないか」
尻尾をビタンビタンと絨毯に叩きつける音がして、ネムと僕は振り向いた。黒猫だ。明らかに不機嫌そうに耳を下げ、鼻をひくひくさせている。
「ねぇ、ホントに行く気なの?ボクを置いていって?」
僕をじっと見つめる黒猫の鋭く細い目は、世界中の悲しみを一心に集めたような、はたまた太陽の如く燃え盛る怒りをそのまま体に取り込んだようだった。
「アロマも私と一緒に行きたいのよね。大丈夫よ、独りになんかさせないわ」
黒猫の顎を優しく撫でながら話すネムに、黒猫は少し表情を緩ませた。しかし、暫くすると我に返ったようにネムの手から逃れ、逆毛を立てた。
「ダメダメ。ボクとネムはこの家でのんびりと暮らすのが一番幸せなんだ。キミの要望だけは聞けないよ」
「でも、彼女は行きたがってる」
「そんなのボクが許さない」
ーボクの計画が全て水の泡になるじゃないかー
僕は黒猫の消え入りそうな声を聞き逃さなかった。