黒猫
やがて光は完全に消え、僕は薄らと目を開いた。
先程まで僕を取り囲んでいた木々は忽然と姿を消し、月明かりは空間ではなく、僕の足元からまっすぐ伸びる道を照らしている。後ろから闇が追いかけてくるような気がして、慌てて僕は月明かりが照らす道を歩き始めた。
先程とは全く違う場所だった。
道は地平線の彼方まで伸び、周りには草花しか無かった。民家の一つも見当たらない。空を見上げると、蝙蝠とカラスが喧嘩しているのが見える。何だか心細くなり、僕の足取りは自然と速くなっていた。
一刻も早く誰かに会わなければ。
そそくさと歩く僕の足を、1匹の黒猫が遮った。蒼く光る猫の目は、月の光で一層輝いて見えた。
「やあ」
黒猫は欠伸混じりに挨拶をした。
鍵尻尾を高々と上げ、ゆらゆらと揺らしている。
「君はどこから来たの?」
猫は続けた。
「さあ。僕にも分からないんだ。森の中で光に呑まれて、気が付いたらここさ」
僕が肩を竦めると、猫は目を丸くして毛をピンと逆立てた。
「驚いた、君はボクの言葉が分かるんだね」
猫は興味深そうな、心底疑わしそうな目付きで、僕の周りをうろうろとし始めた。
猫の言葉は直接脳に響いてきた。所謂テレパシーってやつだ。
「まあね」
「面白いやつだな君は」
ピンクの鼻をひくひくさせながら猫は笑った。そして思いついたように歩み寄り、僕の膝に前足を添えた。
「そうだ君、今夜泊まるところはあるのかい?」
猫の問いかけに、僕ははっと息を飲んだ。
ここへ来てばかりだというのに、寝るところなどあるはずもない。野宿をするとしても、ここは寒すぎる。
上着を1枚持ってくるべきだったと悔やみつつ、僕は猫に向かって首を横に振った。
「ならボクの家に泊まるといいさ」
「猫の家に?」
僕は驚いてつい呟いてしまった。
「猫にだって住む家はあるさ。僕の首輪が見えないのかい?」
よく見ると猫の首には鈴の付いた青色の首輪が付いていた。飼い猫だったのか。確かに野良猫にしては随分と綺麗な毛並みだ。しかし飼い猫が家に泊まることを承諾しても、飼い主がそうとは限らない。普通に考えれば、どこの誰だか知らない人間を、そう易々と泊めてくれるような善者はいないだろう。
いつの間にか歩みを止めていた僕に、猫は振り返って叫んだ。
「だーいじょうぶだって。付いてくれば分かるさ」
猫は再び歩き始めた。どっちにしろ、今の僕には行く宛が無いのだ。孤独に歩き回って野宿をして凍えるよりも、多少の可能性に賭けた方がよっぽど有意義では無いだろうか。そんなことを考えている間に、猫の背中がどんどん遠くなっていくのを見て、僕は小走りにその背中に付いていった。