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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人間やっぱりわからない

作者: 為人

上 本能




  どれだけの時間がすぎただろうか?

 わからなくなった時間感覚を思い出すために俺はベッド脇に備え付けられた時計を見る。

 時刻はすでに午前の2時34分。

 このホテルに入ってから、すでに6時間が経過している。

 「・・・・・・・ん・・・・・ん・・・・・・・・・・ふぅ・・・・・」

 隣から可愛らしい寝息が聞こえてくる。

 布団に隠れた顔を暴くと、そこには先程まで行為にふけっていた相手がいた。

 こちらがじっと見つめていると何かを感じ取ったのか、ぱちりと目が開く。

 不意にその吸い込まれるような、意識がまどろんでいくような、不思議な色を帯びた瞳に見入ってしまう。

 「どうした?もしかして、まだ足りなかったか?」

 きょとんとした調子でそう聞かれる。

 その仕草に心臓の鼓動が早くなるのを感じる。

 俺は返事の代わりに、行動で示す。

 細く伸びた首筋にかぶりつく。

 「ひゃ・・・んん・・・・さぁ、・・・・もっと・・・あまえて・・・・・あいして・・・・壊れるくらいに・・・・狂えるくらいに・・・・・」

 本当に何故俺はこんなことをしているんだ。

 きっと疲れていたんだ。

 そう結論付けて俺は湧き立つ欲望に身を任せる。

 耳元で囁くように漏れる嬌声に背筋がゾクゾクとする。

 小さいからだを包み込むように腕を回す。その華奢なからだを壊してしまうのではないかと不安になる。

 向こうから求めるように腕を背中に回される。

 ぎゅっと込められたその力が俺の不安を霧散させる。

 むさぼるように唇を奪う。

 脳を蕩けさせるようなその快楽が俺を支配し、理性なき獣へと変えていく。

 そこから先のことはよく覚えていない。




 中 出会い




 何をしているんだろう?

 つまらない講義を受けている自分に問いかける。

 何がしたいんだろう?

 大学に高尚な志や将来の展望を掲げている人間はとても少ない。

 かくいう俺もその考えなしの一人である。どの口で彼らを批難できようか。

 むしろ彼らの考え通りに適当に今を生きたい、それが本音だ。

 では、何故そんな正しい情熱とは無縁の俺がこのようなことで悩んでいるかというと答えは単純だ。

 そろそろ就職活動を始めなければならないのだ。

 この人生の大事でも適当に決められるほど俺は腐ってはいなかったようで、安心と同時に今更どうすればという後悔に苦しめられていた。

 誰にも気づかれないようにため息をつく。

  「だ、だいじょうぶですか・・・?」

 小声でそう尋ねられた。

 不意に声をかけられ、そちらを見やると知らない人物がいた。

 幼い顔立ちで小柄な、一目で可愛いと思う女性が座っていた。

 「すいません、大丈夫ですので」

 反射的にそう返す。実際は余裕なんてものはなく、大丈夫ではまったくない。

 「すみません、不快にさせてしまいましたか?」

 表情から染み出す自信のなさがまるでこちらが悪いことをしてしまったのではないかと不安にさせる。まったく悪いことはしていないのに。

 「そんなことはないですよ、お気になされず」

 という言葉を口にさせられる。

 決まりきったパターンをなぞっているような気分になる。そこに自分の意思が介在していないような。

 「・・・・・、早いが講義を終了する。あと5分ほどあるが、帰っていいぞ」

 先生の声で思考が無理矢理に中断させられる。

 若干の消化不良を残しつつ、俺は帰りの支度を始める。

 「そ、その・・・・・・・えっと・・・」

 隣でしどろもどろになっている女性が一人。

 どうやら何か俺に言おうとしているのはわかるが、その内容が何かがわからない。

 「・・・・・どうしたの?」

 「あのもしよかったら、さっきの講義のノートを見せて・・・・・・くれませんか?」

 名前も知らなければ、顔さえも今まで知らなった相手から突然のお願い。

 普通は引き受けないだろうが、俺は引き受けた。

 理由は単純だ

 何故だかかわいそうに感じたからだ。

 俺はノートを渡して後、荷物をさっとしまって教室を後にした。



 「あの、昨日はありがとうございました。も、もしよかったら、今日の講義が終わったら、お茶に・・・・・・その・・・・えっと・・・・・」

 目の前にまたもやしどろもどろになっている女性が一人。

 「とりあえず、落ち着こうか」

 目の前の女性と自分自身に言い聞かせるように語りかける。

 「す、すみません、・・・えっと・・・・・・あ!ノートがまだでした・・・・・すみませんすみません・・・・・・・」

 「謝らなくていいから。ね、落ち着いて。一回深呼吸しようか」

 話が進まないので、彼女を子どもを諭すように優しく言葉を投げかける。

 小さなお腹を突き出すように大きく深呼吸を何度も繰り返す彼女は落ち着いてきたのか、こちらに向き直る。

 「昨日はありがとうございました。あのお礼がしたいんです。もしよろしければ、お茶しに行きませんか?」

 これは驚いた。驚きすぎて固まってしまう。

 それも当然のはず。名前も知らない女性から、お茶に誘われた。

 つまり、つまりこれはそういうことではないか・・・・・?

 逆ナンというやつではないか?

 これが俗にいう逆ナンなのか。生まれて初めてのことに少しばかりの感動を覚えてしまうぞ。

 「やっぱり、嫌・・・・・・・・・でしたか?」

 「いえまったく、行きましょうか」

 即答である。

 迷いなど一切感じさせない返事である。

 それに彼女は機嫌をよくしたのか少しにやけながら、こう続けた。

 「そ、それだと連絡ができないといけませんよね?だから、連絡先を交換しましょう!必要ですから!」

 早口で続けられた言葉は、彼女の顔を真っ赤に染め上げる。

 その可憐と呼ぶべき姿に俺はなるべくその気持ちが表に出ないようにぶっきらぼうに応じてすぐに別れたのだった。



 メニューが読めない・・・。

 俺は今、なかなかにこじゃれた喫茶店で彼女とテーブルをはさんで座っている。

 流石だ。こじゃれているのは素晴らしい。デートで使えるような素晴らしい場所だ。

 そして、そのような場所だからこそ困っているのだ。

 下手に誰かに聞くのは気が引けてしまう。

 でも、自分では解決法が見当たらない。

 どうすればいいんだ!?

 「決まりましたか?」

 対面する彼女は大学内とは打って変わって落ち着いている。

 そんな彼女の姿に焦りが加速する。

 俺がメニューとにらめっこしていると、見かねたのか彼女が切り出した。

 「ちなみに、ここのおすすめはブレンドコーヒーとチョコレートケーキがセットになったデザートセットですよ」

 「で、ではそれにしようかな」

 彼女からの助け舟に慌てて乗り込む俺。

 あまりかっこよくはないだろうな。

 そうやって軽い自己嫌悪になっている俺には気づかずに彼女は注文を済ませてくれた。

 「昨日はありがとうございました。本当に助かりました」

 彼女は謙虚に頭を下げてきた。

 その姿に俺は、

 「そんなに気にしないで、俺としても役に立ったならうれしいよ」

と本心を口にする。

 実際こうして役に立っている。嬉しくないわけがない。

 「もしよかったら、これからもノートを見せてもらってもいいですか?」

 「もちろん!断る理由なんてあるわけがない」

 彼女は嬉しそうに笑った。

 その可憐な姿に俺はどきりと心臓が高鳴るのを感じる。

 「ところで、今更なのですが、お名前をうかがってもいいですか?」

 名も知らぬ彼女は俺の名を求めてきた。

 「大谷です。大谷健也です。改めてよろしく」

 「健也さんですね。僕の名前は花前こよみです。その、よろしくお願いします」

 いきなり下の名前で呼ばれて驚く。照れてしまう。

 「こよみさんはこの喫茶店によく来るの?」

 「実は実家なんです、この喫茶店」

 ここでやっと彼女が落ち着いていたのかがわかった。

 こよみさんのことを少し知れて嬉しく思う自分がいた。

 そこからの会話は他愛もない話で、でもどれもこよみさんのことを知れる大事な話で、時間があっという間に過ぎていくのを感じた。

 俺は冷め切ったコーヒーを口に含む。

 その味はどこか甘く、でも苦い。不思議な味だった。

 「今日はありがとう、また明日」

 「はい、また明日」

 今なお口に広がるコーヒーの後味には、甘さなんてものはなく、ただただ苦かった。



 それから俺とこよみは大学ではずっと一緒にいた。

 一緒にいるうちにわかったことはいっぱいある。

 ピーマンが苦手なこと、あまえたがりなこと、彼女はスカートをはかないこと。

 いっぱいいっぱい彼女のことを知った。

 そして、それらよりもよくわかったことは、彼女がとても人見知りな理由。

 彼女は何故か大学でその存在を疎まれているようだ。

 誰も関わろうとしないし、彼女が話しかけても逃げていくというような有様だった。

 その扱いが彼女の自信を奪い、ネガティブにさせているのだ。

 本来の彼女は喫茶店で見た彼女なのだろう。

 彼女は俺の前では落ち着いてくれるようになった。

 俺も彼女もお互いを知る過程で仲を深めていったのだ。

 今では、お互いを呼び捨てで呼び合うようになった。

 「ねぇ、健也。講義の後、うちに来ない?」

 もうすっかりあの喫茶店の常連となった。今では、ひとりの時でも行くようになった。すっかりあそこのコーヒーの虜だ。

 「そうしようか、でもその前にちょっと忘れ物をしたから、門のところで待っててくれないか?」

 「僕も一緒に行こうか?」

 「大丈夫だよ、ちょっとノートを忘れただけだから」

 俺は彼女と別れて、教室に戻った。



 久しぶりに大学内を一人で歩く。左側に彼女がいないだけで少し落ち着かない。

 「久しぶりだな、この野郎!」

 後ろから抱き着くように絡んできた相手は顔を見ずとも、声だけでわかる。

 「いきなり抱き着くなよ、博!」

 博とは中学時代からの友人で高校、大学ともに一緒だ。

 「つれないなぁ、俺とお前の仲だろ?それとも、あの子に見られたらまずいのか?」

 きっと悪戯っぽい笑みを浮かべているに違いない。

 俺は深く息を吐き答える。

 「そうだよ。だから、離れてくれ」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 急に静かになった博に違和感を覚える。

 「どうした?変なものでも食べたか?」

 ついおどけるようになってしまう。何故か素直に心配できない。

 「変なもの、ね。うん、そんなところかな」

 そう呟き、まだ俺の背中に張り付いている博。

 「一つだけいいかな?」

 普段あまり聞かない博の真剣な声にどきりと心臓が嫌な鼓動をしている。

 「なんだ?」

 その一言をひねりだすことがやっとだった。俺は生唾を飲み込みながら待つ。

 「気を付けなよ?こよみって子。でも、気持ちはわかる。だから、きちんと向き合いなよ」

 そう言い残して博は俺から離れて駆け出して行った。

 その顔はわからなかった。



 「遅かったね、健也」

 門にもたれかかるように待っていた彼女は俺を見つけると駆け寄ってきた。

 「ちょっと昔馴染みに会ってね。待たせてごめんね」

 「僕はここでひとりで30分も待ってました」

 彼女は頬を膨らませてそう主張する。

 「本当にごめん」

 「僕はここでひとりで30分も待ってました」

 彼女は何を言いたいんだろう?わからん。

 「僕はここでひとりで30分も待ってました」

 ・・・・・・・・・・・・・・

 「僕はここでひとりで待ってました、30分も」

 思考が完全に停止している俺を見かねてか彼女は切り出した。

 「ご褒美なんてあってもいいと思うのですよ?」

 やっと思考が追いついた俺は精一杯ご機嫌をとるように、

 「わかったわかった。何をご所望ですか、お嬢様?」

おどけてみる。

 すると彼女は膨らませていた頬を赤らめてもじもじする。

 「本当になんでもいいぞ?言ってみな」

 すると彼女は伏し目がちにこう言った。

 「僕の・・・・・はじめてをもらって・・くだ・・・・・さい」



下 真実



 心臓が破けてしまいそうだ。

 こんなに息が詰まるのは生まれて初めてだ。

 この気持ちを何に例えようか。

 きっとそれは何よりも非現実的な、それでいて現実味を帯びている不思議な感覚。

 これがきっと愛であり、恋であり、そして、劣情なのだろう。

 愛とは性欲をきれいに見せるためのラッピングである。

 そんな感じの言葉を言った人間がいたような気がする。

 今の気持ちはそのラッピングごと美味しくいただいているような気になる。

 ホテルの扉を開け、二人で中に入る。

 すると、彼女はカバンを椅子に置き、おもむろに服を脱ぎだす。

 つい、目をそらしてしまう。

 彼女は服をどんどんと脱いでいっているようで、服を脱ぎ捨てる音が聞こえる。

 その音が止むとひたひたと近づく足音が聞こえる。

 顔に包むこむように手を添えられ、少し強引に向き直される。

 彼女の顔は自分の胸のあたりにあり、だんだんと近づいてくる。

 俺が呆然として何もできずにいるままに、唇を奪われる。

 必死にむさぼるような舌使いからはこういうことに慣れていないことを表していた。

 その初々しさが愛おしくて、俺も慣れないながらも舌をこよみの舌に絡める。

 腕を回して互いを抱く。

 自分と相手の吐息が混じる。

 酸素を求めるように互いを求めた。

 不意に彼女の唇が自分から離れていく。

 「愛しています、あなたのことを」

 心地よい愛の告白に自分も続く。

 「俺も愛しているよ、こよみを」

 でも、なんだか胸がざわつく。何だろう?何かが引っかかる。

 「だから、知ってほしいの。本当の僕のことを」

 彼女が自分から離れようとする。

 俺はとっさに離さないように彼女を抱く腕の力を強くする。

 彼女はそれに甘えるようにしていたが、するりと腕から抜け出す。

 「見て、これが本当の僕」

 俺は彼女のからだを見てしまった。

 いや、もう彼女なんて言えない。

 彼は俺と向き合っていた。

 「こんな僕でも受け入れてくれる・・・?」

 あぁ、そうか。博はこうなるとわかっていたんだ。

 俺は瞬間であいつとの会話を思い出した。

 そして、俺はとっくの昔にわかっていた言葉を言おうとする。

 「俺は、俺は・・・・・・」

 何故か言葉に詰まってしまう。

 まるで体が拒絶しているような感覚。

 「そうだよ、ね。こんな僕を愛してくれるわけないよね」

 そこには長らく見ていなかった彼女がいた。

 何をしているんだろう?

 「変なこといってごめんね」

 何がしたいんだろう?

 「気持ち悪いよね?もう君には会わないから」

 こよみを泣かせて一体、俺は―――――!

 俺は泣いているこよみに近づき力いっぱい抱く。

 「え?・・・・え?え?」

 困惑する彼をお構いなしに抱く。

 「大丈夫。俺も愛してる」

 彼女の中の不安を消し去るように俺は囁く。

 再び彼女の顔を見ると、その顔はくしゃくしゃに崩れていたが、それと同時に、美しく笑っていた。

 俺たちはもう一度互いを求めて口づけを交わした。

拙い文章を読んでいただきありがとうございます。BLに関しては一切教養がございませんので、うまく創れた自信がありません。ですが、少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

図々しいことこの上ないのですが、感想やご意見を頂けましたら、嬉々として読ませていただきます。

最後に、改めましてありがとうございました。

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