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第7話:女子は絶対論破できねーぞ。だって論じる気がねーからな!

宿の部屋で不本意ながら一人で眠っていた将也であったが、外から聞こえてくる鐘の音で目を覚ます。


(朝には鐘がなるのか。朝食の時間の話をしなかったのはこのためか)



ベッドから身を起こし、昨日得た装備一式を装着し、部屋を出る。

階段を降り宿の食堂に向かうとすでにリヴェータが席についていた。

リヴェータは昨日の夕食時と違い、残念ながら装着一式を着用している状態であった。


「おはよう、リヴ」


「おはよう。昨日はよく眠れた?」


「ああ、よく眠れたし疲れも完全に取れたよ」 


「そう、それは良かった」



リヴェータとおはようの挨拶を済まし、女将に朝飯を注文する。昨日の夕食では銅貨75枚の金を取られたが、朝食代は宿泊費に含まれているようである。


昨日の金を支払った時点では意識が正義っぱいに夢中だったため、あまり気にもならなかったが、どうやらエイビスのお金の単位はルベルというものであるらしい。銅貨1枚=1ルベルで、銀貨は1枚で100ルベル、金貨は1枚で10000ルベルといった形だ。将也の体感では、だいたいルベルを10倍すれば円に相当し、すこし日本よりは物価が安いと考えれば良いだろうと感じた。

つまり、昨日の夕食は75ルベル=750円程度で、1泊の値段は500ルベル=5000円といったかんじだ。


程なくして運ばれてきた朝食は、昨日の夕食から肉を除いたようなメニューであった。


お米大国日本育ちの将也からすれば、正直米が食いたいところではあったが我慢しながら食べる。


「今日はどうするの?冒険者登録しに行く?」


「とりあえずまずはリヴェータの剣と防具買いに行こうよ。買い物してからギルドに行って登録してそのまま依頼人こなして金稼げば帰りに残りの欲しいものも買えるじゃん」

将也としては、かなり合理的な行動予定を立てたつもりであったが、すぐさまリヴェータに否定される。


「私が欲しいもの、剣だけでも20万ルベルはするわよ?お金足らないんじゃない?」


「え、まじか!剣1本でそんなするの!?」


将也は驚きを隠せない様子だ。安全大国日本で剣の買い物などしたこともない将也にとっては1本200万円程度もするというのは普通に予想外であった。



「そのぐらいはするわよ。私の欲しい剣ミスリル製のかなり良い剣だし。あ、やっぱりもしかしたら50万ルベルぐらいするかも」


リヴェータが軽い感じで付け加えた急激な値段上昇であったが、これは、将也の落雷などのよくわらないヤバそうな力を昨日見たことで容易く冒険者として金を稼げるだろうから、どうせ将也に買わせるなら自分が予定したいたものよりももっと良い剣を買わせようかなという可愛い女の子にだけ許された計算からくるものであったが、そもそも20万ルベルの時点で驚いている上に、ミスリルというファンタジー用語の登場にも驚いてる将也がそこに深く考えることはなかった。


どうやら、なぜかリヴェータに対しては将也の脳みそはあまり働かないようである。



「もっと安いもんだと思ってたわ。うーん、ちょっと困った…」


困ったなどと言っている将也であったが、正直なところ『完然神通力(ゼウスパワー)』を使えば金貨などいくらでも創り出すことができる。それどころか、1度実物を見れば武器だろうが防具だろうがおそらく創って手に入れられるのであるが、それをしないのは簡単に言うと縛りプレーのようなものだ。

ほぼほぼ何でもできる力があるがゆえに全てをそれでこなしてしまうと、逆に何もやることがなくなってしまうのである。

異世界に来ておいて、というか普通に生きている上でも、さすがにそれではつまらない。



現在、将也の所持金は昨日の戦利品の10万ルベルちょっとであったので、100万円あればたいていの物は買えるだろうと考えていたのだが、全くといって足りていない現実が将也を襲う。


(まじかよ。だりぃなー。剣高過ぎんだろ。どうしよか。武器屋には悪いけど購入以外の手段でいただくしかないかな…)


などと考えていた将也の顔を見て、何かを察したのだろうかリヴェータに先回りされ止められる。


「あ、わかってると思うけど、ちゃんとお金で買ってね。盗品とか使いたくないからね」


「え、あ、うん、そうだよね。じゃあちゃんと店主に貰う形にするよ。多分命より商品が大事な人もいないと思うし」

かなり、物騒なことを言っていると思われる将也であったが、さほど間違ったことは言ってはいない。



売買行為というものは、基本的には、お互いが等価と思われる物、この場合なら剣とお金、を持ち寄って行われる交渉の一形態と言える。自分が持ち寄った者で相手の合意を引き出した結果売買が可能になる形だ。

この売買交渉の基本は、自分が支払う物、以外の両者条件が対等に近くなければ成り立たない。

武力で勝る者などは交渉など行わずに相手から奪えば済む話であるからだ。

日本においてヤクザがぼったくるのなどもその例と言えよう。

しかし、エイビスや日本を含め、社会の中でこのような事があまり行われないのは、実際には第3者として、考慮すべき物事が存在すべきだからだ。

つまり、社会の中では正式な売買交渉を行わずに物を得た事が発覚した場合、相応の罰を受けるはめになる。

よって、武力で勝っていたとしても、後の罰などの不都合を受けるリスクも考慮した結果として、社会の大部分で売買という行為は成り立つのである。



日本にいる間から、このような考察のあった将也であったが、エイビスでは自分に罰を執行できる存在などおそらく存在しないのである。

ということは、仮に、「死にたくなかったら寄越せ」という形で剣を得たとしても、その後に自分が不利益を被るリスクが0のため、剣を得た利益のみを得るのである。

それどころか、自分に罰を与えられる存在がいないということは、店主を殺したとしても、自分には何も損益が出ない。言い換えればいつでも殺せる、つまり、生殺与奪の権利が自分にはあることをも意味している。もちろん、武器屋の店主などだげではなく、この世界の、リヴェータを除く全ての人間に対しても同様である。



リヴェータを害せば、将也の願いも損なわれる。つまり、将来的に期待値として自分にとってプラスであると思われることを失われ0になるということは、トータルとしてマイナスである。

それに昨日会ったばっかとは思えないほどの情も湧いている。情があるということは、リヴェータを傷付けることによって精神的な不利益もいくらか被る形にもなる。

このように、リヴェータに関してだけはノーリスクとは言えない状況の将也であったし、リヴェータは狙ってか狙わずしてか、結果として、将也というこの世界に降り立った時点では全ての生命の生殺与奪の権利を持っていた存在から自分の生殺与奪の権利の大部分を取り戻した形になっている。



将也は基本的には揉め事などを好むような性格ではないし、強奪する気などもさらさらなかった。

それどころか、優しい将也は、〔自分が握っている店主の生殺与奪の権利を用いて店主を殺す、という行為を行わないでいてやる〕ということと〔商品〕を、本来なら成立するはずのない交渉の形を取って交換してやるつもりであったのだ。


将也は、自分のような無敵の力もないうえに、自分よりも頭の出来が良くないリヴェータがそのような考えをしていないことは充分に理解していたが、

合理的なだけでなく、恩情まで含めた判断であったためにさすがにこれは譲れない、なんなら論破して押し通そうとも思う将也であった。



「物騒なことを言わずにちゃんとお金を払って買って」


「いや、でも、店主からしても商品よりは絶対お金のほうが「やっぱり将也は私の言うことが聞けないのね」


将也の反論の途中であったが、リヴェータが呆れたような顔をしながら冷たく言い放つ。

昨日からリヴェータに支配されている将也の何かがこれはヤバイと警鐘を鳴らす。


「い、いや!そんなことないから!ちゃんとお金で買うよ!うん」


「そう、それはよかったわ。それじゃギルドに向かいましょうか」


ニッコリと笑ってから席をたち宿屋を出るリヴェータの後についていく将也の背中はどこか儚げでもあった。



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