第33話:要さなくても世界は弱肉強食
「岩代君今何してるんの?」「イワシロさん報酬のことなんですけど」「マジに岩代?」「い、イワシロ様この状況は…」「いわっち全然変わってないなー」
再会した5人が一気に話かけてくる。
「ちょ、ま、待って待って。一気に話しかけないで。俺は聖徳太子より頭は良いけど耳も口も一人分しかないんだわ。とりあえず順番に話聞いてくから」
両手を前に出して皆を制止しながら、順番に話をしていく。
今回出会った順にまずはモーガンから。
「モーガンさん、ご無沙汰しております。」
「あ、はい、ご無沙汰しておりますイワシロ様。こちらは、今回私の護衛で同行してくれたサザールの街のSランク冒険者のフラン一行です」
モーガンがSランク冒険者を紹介してくれる。
サザールの街で将也より以前からいたSランク冒険者とのことだが、今回が初対面だ。
「フラン、と申します。イワシロ様のお噂はかねがね伺っておりました。挨拶が遅くなってしまい申し訳ありません。以後お見知りおきを」
リーダーであろう女性の冒険者が代表する形で挨拶をする。
両手を腹の前で優しく組み、綺麗な所作で頭を少し下げる。
それに続き、他の3人も同様に頭を少し下げる。
フランは、青みがかかった綺麗な長髪で、完璧と言わざるを得ないスタイルを美しい鎧の中に着こなし、整いすぎている顔で優しく艶やかな笑みを浮かべている。
正直な感想としては、荒事を生業とする冒険者にはとても見えないような女性だ。それもSランクだなんてことは俄には信じがたい。
(くっそ綺麗な人だな。というかこれは多分…、リヴと先に会ってなかったらヤバかったかも…)
フランから、引き寄せられるような魅力を感じていた。
恐らく、リヴェータと同じ『天然魅了』の類いのスキルか何かを持っているのだろう。
それも、自分の主観からではあるが、リヴェータのものよりも強力な気がした。
普段からリヴェータと一緒にいるために慣れていた将也であったが、初めにこのフランに出会っていたらかなりヤバイことになっていたと確信出来る程のものだ。
「いえいえ、挨拶だなんてそんな。本来なら僕の方から先輩のフランさんに挨拶すべきですから。同じ街の人間ということなので今後顔を会わせる機会もあるでしょうが、今後ともよろしくお願いします」
とびきり綺麗な女性に出会ったからといって、このような場ではしゃぐことなどのないジェントル将也は、盛大に鼻を下を伸ばすだけで丁寧に返答できた。
将也とフランの顔合わせが済んだところで、モーガンが話し出す。
「では、ギルドで到着の報告をしなければならないので、我々はこのあたりで失礼します」
モーガンが将也の状況から空気を読んで早々に切り上げる。
欲を言えばもう少しフランと話したかったところだが、将也も後に控えている者たちがいるのを理解しているので何も言わない。
最後に軽く一礼をしてから、モーガンたちが冒険者ギルドへと入っていく。
「さて、じゃあ次は…
「イワシロさんもSランク冒険者だったんですね。さっきギルドで聞いてびっくりしちゃいましたよ。それならそうと言ってくれれば良いのに」
まだ次の指名をしてないのにアヤトが割り込んでくる。
元々次はアヤトと話すつもりだったので何も言わずにそのまま対応する。
「え、ええまぁ。新米ですけど一応僕もSランクですね」
「早とちりしちゃってすいません。同じSランク冒険者なら護衛なんていらなかったですよね。残念ですけどさすがに報酬なんかはいただけないんで今回の話はなかったことにしてください。同じSランク冒険者を護衛して報酬をもらうなんてカッコ悪いですしね」
「そ、そうですね。残念ですけどそれでお願いします」
何が残念なのかはさすがの将也にもわからない。
将也も全知ではないからだ。
「あ、イワシロさんは武芸大会には出ないんですか?」
「一応出場するつもりですけど」
「じゃあライバルですね!お互い頑張りましょう!」
アヤトが手を差し出してくるので仕方なく握手をする。
その後も多少なんやかんやとアヤトが話していたが将也の頭の中にまでは届かなかった。
一通り喋り終えたアヤトが去っていく。
「あ、もし対戦相手として当たっちゃった時は手加減なしですからね!」と、
数歩歩みだしたところで、こちらを振り向きガッツポーズを取りながらそんなことを言っていた。
「ふぅ、やっと行ったか、さて次は」
「私あの人嫌い」
「同感、とりあえず中で話そうか」
アヤトへの嫌悪感をはっきりと示す彩瀬に同意しながら、将也の先導でギルド内部へと入っていく。
「俺はそんな嫌いでもないけどな」
「まぁ姫川はあれと似たようなとこあるもの」
「たしかにちょっと似てるかも」
などと後ろの3人の話し声が聞こえたきたが、将也も彩瀬と佐野の意見に心の中で頷いた。
ギルド内部はそれなりに込み合っていた。
武芸大会へのエントリーのためだろうか、普通の受付以外のところに列が出来ていた。
できるだけ混雑してないところの丸テーブルに四人で着席する。
「で、3人は何でこんなとこにいるの?ガレスの勇者でしょ?」
「こっちの台詞よ。なんでイワシロ君だけ…
「イワシロSランクなんか!どーやったんだ?転移ボーナスは何だった?」
「姫川」
「あ、ごめん裕美…」
将也と彩瀬が話を始めるとすぐに姫川が割って入ってきたが、すぐに彩瀬に睨まれると、素直に謝りしゅんとする姫川。
どうやらうちのクラスの彩斗君はちゃんと教育されているようだと思った。
ちなみに、姫川彩斗と彩瀬裕美だ。彩斗と彩瀬が似ているのでクラスのほとんどの人間が「姫川」、「裕美」呼びだ。本人たちも例にもれずそう呼びあっている。
「で、なんでイワシロ君だけガレスにいないの?」
気を取り直して話しはじめる彩瀬。
「それは召喚したガレスの人に聞いてくれよ。俺が自分で転移場所を選んだわけでもないし、俺だって一人で色々大変だったよ」
嘘はついてない。転移場所がガレスではなかった理由は知っているが自分で転移場所を選んだわけでもないし、嘔吐したりリヴェータのために頑張ったりもしたので大変だった気もする。
「そ、そうよね。一人、だったんだものね。ごめん、責めたいわけじゃないんだけどガレスでも理由はわからなかったから知ってるなら聞きたかっただけなの」
「あ、いや謝らなくてもいいよ。なんとか生きてるし大変なのは皆も同じだろうし」
「ええ、そうね。私たちもそれなり、以上には大変だったわ。今もだけどね」
「んで、なんでテクシフォンに来てんの?他の皆は?」
「それがね、高宮さんが急にいなくなっちゃったから探してるの。ギルド会議でなら何か情報がわかるんじゃないかってことで来たの。他の皆はガレスで修行中。修行の進行度が一番速い私たちが代表して探しにきたんだけど、岩代君は高宮さんの居場所に関してなにか知らない?」
「知ってるよ。てゆうか一緒にいるよ」
隠す必要もないし、安否ぐらいは知らせておいた方が良いとも思うので正直に話す。
将也は何とも思わないが、自分のことで心配をかけ続けるのを千尋が良しとはしないような気がしたので、勝手にそれを汲んだ形だ。
「え!?、ほんとに!?高宮さんは無事なんだよね!?」
「うん、無事だよ。特に怪我とかもしてないはずだし」
「そっか、よかったぁ。それで、岩代君たちはいつガレスに来るの?私たちと一緒に戻る?」
とてつもなく的外れな空気を纏った質問をされる。
「ガレスにいつ行くかはちょっと分からんかな。今んとこ行くつもりはないから。彩瀬たちと一緒に行きもしない」
素直に質問に答える。行くつもりができればガレスにいくこともあるだろうがそれがいつになるかは分からないのでいつガレスに行くかは分からないのだ。逆に言えば行きたくもないのに行く気はない。
「どうゆうこと?皆心配してるんだけど?」
将也の意図を感じ取った様子の彩瀬が少し険しい表情になる。
「そのままの意味。行きたくもないとこには行くつもりはないよ。皆が心配してるなら俺は無事だよって伝えてあげて。少なくとも戦争の片棒を担がされるよりは安全な生活してるから」
「岩代君も勇者でしょ?それにクラスメイトなんだからこっちに来るべきじゃない?」
「じゃないね。俺が勇者かどうかは分からんよ。勇者召喚でガレスに召喚されたのがガレスの勇者でしょ?ガレスの人たちも俺がいない理由がわからないなら俺が勇者召喚でこっちの世界に来た確証なんてないよね。俺だけ別口の誰かに召喚された可能性もあるわけだし。ということで俺は勇者かどうか分からないし、勇者かどうか分からないようなやつを勇者とは言わんでしょ。あとは元、クラスメイトね。この世界のどこにも俺たちのクラスを定義していた学校がないんだから。勇者でもないしクラスメイトでもないから行くべきではないね」
「冷たいこと言わないでよ。皆のことが心配じゃないの?」
「事実だからごめんね。暖かい嘘よりは冷たい事実の方が話すには有意義でしょ。皆のことはもちろん心配だから早く危ないことするところからは抜け出してほしいって常々思ってるよ。ただ、心配だから俺も同じ危険な場所に行くってのは違うでしょ」
「岩代君はSランク冒険者になるぐらい強いんでしょ?お願い!私たちに力を貸して!」
将也の手を掴み、日本にいた頃の格好よりは格段に露出の増えた装備で容易く谷間を演出し、ばっちりな角度で将也の目を見つめる彩瀬。
目の前の女がリヴェータと同じタイプなのを将也は知っていた。彩瀬裕美は自分がとても美しいことを自覚し活用するのを躊躇わず、クラスの女王の座に君臨したいた。
しかし、悩殺的な攻撃も今の将也にはあえなくレジストされる。
「報酬は?」
「え?」
「だから俺が力を貸す対価は何かって聞いてるの。俺は皆の保護者じゃないからね。無償の何かなんて与える気は毛頭ない。自分が与えられて当然だと思ってるようなくれくれ人間なら猶のこと無償で助ける気も失せるし」
「冒険者としての報酬ってこと?お金のことはガレスの人に聞いてみないと何とも言えないけど…」
「べつにお金である必要はないよ。俺が対価として納得するなら何でもいいし。ちなみにお金なら1日あたり5000万ルベルね。俺が冒険者として今までに稼いだ金額の日平均的に丸一日拘束されなら5000万ルベルは要るよ」
今までの日平均は数時間程度で2500万ルベルなのでなんなら少しオマケした金額を提示した。
「そ、そんな、さすがにそんなお金は無理だと思う…」
「じゃあ諦めるかお金以外の何かを探すかだね」
「……」言葉に詰まり黙りこむ彩瀬。
「岩代よぉ、めんどくさい話は抜きにしようぜ。ごちゃごちゃ言ってたけど要するに弱肉強食がどうとかってことだろ?そんなら俺も出るから今度の武芸大会ってので決めようぜ」
姫川が謎の提案を始める。
弱肉強食に関する話は1つもしていなかったが、将也の絶対的な自己の力への自信から来る態度をどこかに感じたのだろう。
彩瀬は余りわからなかったようだが、将也も所詮姫川と同じ男の子だということか。
「俺がお前より良い成績だったら一緒に戻る、お前の方が良かったら俺たちは何も言わない。これでいいだろ?」
「良くない。俺には賭けをするメリットがない。勝っても俺だけ得るものがないからな」
「お前が俺より強いなら何も問題はないだろ。それに俺より弱いならどちらにせよ力ずくで連れて帰るぜ」
暴論のような気もするがたしかにその通りだと思う将也。
「わかった。それでかまわない。彩瀬もそれでいいか?」
「ええ、岩代君に関してはそれでかまわないわ。ただ、高宮さんは別よね?彼女とも話したいんだけど、どこにいるの?」
「高宮は俺と同じ宿にいるよ」
「そう、高宮さんには会わせてもらえるわよね?」
「高宮本人が良いなら俺はかまわないよ。会いたくないかもしれないんだし俺が無理矢理会わせることもできないから。まずは高宮に聞いてみてからだね」
「そう、そうよね。急にいなくなったんだし、たしかに何か事情もあるかもしれない、か。分かったわ。高宮さんがかまわないならペッパーインって宿屋に来てもらえるようにお願いしておいて。武芸大会が終わるまではいるから」
「了解」
「じゃあ私たちはそろそろ行くわ。くれぐれも高宮さんに宜しくね」
彩瀬たちが立ち上がりギルドから出ていく。
「またね、いわっち」と
ヒラヒラとなんともユルい空気感で佐野が一番後ろで手を振っていた。
その後は、さっさと武芸大会の登録を済まして、宿へと戻った。