第30話:呪い
翌日の朝、今日も昨日のリベンジで迷宮に行くのだろうなどと思い込んでいた将也はリヴェータの反応に少し驚いた。
「あーうん迷宮ね、飽きちゃったしもういいかな。そんなことより大きな街だし買い物でもしたいわ。」
昨日の迷宮アタックも興味本意のみだったリヴェータからすると昨日が多少不本意な結果だったからといって今日もまた迷宮に行きたいなどとはならないようだ。
元々、冒険者などという仕事をしていたのも身を立てる手段に過ぎなかったリヴェータにとって、金を稼ぐ必要性がなくなった今は進んで戦闘したいということなどもないのだろう。
(戦闘狂でもないならそれも当たり前か)
と将也も素直に納得できた。
同様にエリザベスやチヒロからも迷宮に行きたいなどと言う話は出なかった。
将也も迷宮のことなどは正直どうでもよかった。
「じゃあ今日は皆でショッピングを楽しんでから午後にでも街を出発しようか」
と将也が提案すると
「わーい!」
と喜ぶミオが可愛かった。
その日は街をブラブラとしながら皆で存分に楽しんだ。
初めて見るあれやこれに目を輝かせるマオとミオが可愛かったし、一生懸命に洋服を選んでいるリヴェータやエリザベスももちろん可愛かった。
チヒロだけは、周囲に若干の警戒をしながら楽しんでいたが、その警戒も徐々には薄れている様子である。
結局、サザールの街で街をぶらつくときとあまり変わりないような日であったが、見慣れない街というだけでいつもよりも少し楽しいと思えた。
一段落ついたところで宿に戻り出発の準備をする。
荷物をまとめて馬車に乗り、トコトコと街道を門へと向かう。
カヤハルの冒険者ギルドの前を通りがかったところで、人混みに馬車の歩みが止められた。
ギルドの前に人だかりが出来ていたのだ。
何事かと馬車から様子を伺っていると、ギルドの中から数人の人が表れ、同時に人だかりから歓声があがった。
どうやら、この街のギルド支部長がSランク冒険者を伴ってギルド会議にむかうところらしい。
集まったお見送りの人だかりを見る限り、この街のSランク冒険者というのは中々の人気者らしい。
ちょっとしたパレードのような状態の街道が出来上がってきていたので、迂回して他の道から門へと向かう。
邪魔な者たちを消し飛ばして行かなかったのはひとえに将也の常識力の為せる業だろう。
少し時間がかかりながらも門へとたどり着いた将也の目に入ったのは門のところでパレード状態だった。
迂回しながら門へと向かっていた将也よりも、パレードしながら直線で門へと向かったギルド一行の方が速かったようだ。
「皆さん!必ずこの僕が支部長を王都へと無事にお連れします!そして、武芸大会では優勝してこの街にトロフィーと栄光を持ち帰ることを約束します!」
パレードのフィナーレ部分なのだろうか、冒険者の男が手を掲げ、声高らかに観衆に宣言している。
門前は完全にごった返していて、将也の馬車が通る隙間などはない。
「ああもう、くっそ。うざすぎるだろあれ。」
「まあしゃうがないわよ、目的が同じギルド会議みたいだし、出発日が重なっちゃったのね。」
「にしてもなー、ここまで邪魔されるとさすがに腹が立つ。お、終わったか?」
演説を終えて満足したのか冒険者が馬車に乗り込むのが見えた。
ギルド一行の馬車はそこからたっぷりと時間をかけながら門を出ていく。
エリザベスが馬車を器用に操車しながら将也たちの馬車も門の後へと続いていく。
街の外へ出ると、少し前を行く、ギルド一行たちの馬車に追い付かないようにしながら、王都への道を進んでいく。
「もう、あのアホそうな青年に巻き込まれるのはごめんだ」
「同感ですわ」
「すっごい人がいっぱいいたねーお姉ちゃん」
「そうね、ミオ。あんなに目の前に大勢の人間がいるのは初めてだった少し驚いちゃったわ」
思い思いに今日の災難を話ながら進んでいると、前の馬車がおもむろに停止した。
(ん、なんだ?何かあったのか?)などと考え始めると同時に馬車から先程のアホそうな青年冒険者が降りてこちらに向かってきた。
どうやら災難はまだ終わっていなかったらしい。
「すいません、貴族様がいらっしゃるとは気づきませんでした。僕はSランク冒険者のアヤトと言います。今はギルドの支部長の護衛をしながらギルド会議へと向かっておりますが、貴族様がいらっしゃるなら御挨拶しておくのが礼儀だろうと思いこちらに来させて頂きました。」
馬車の外から聞こえてくるうざったい声に、テンションが急降下する。
礼儀などと言っているが実際は名前の売り込みってところだろうと思った。
街での様子を見ている限り、典型的な目立ちたがりな青年君に見えた。
将也はしぶしぶ馬車から降りて対応する。
「ご丁寧にどうも。僕はイワシロというもので、残念ながら貴族ではないので、僕への挨拶は不要ですよ」
「貴族様ではありまそんでしたか。立派な馬車に乗っているので勘違いしてしまいました。イワシロ…どこかで聞いたことがあるような気がしますが…名のある商人の方ですか?貴方方もギルド会議に?」
カヤハルの街にもサザールの街での事件の話が届いているので、イワシロという名前には聞き覚えがあるようだが、残念ながら詳しいことは知らないもしくは思い出せない程度のアヤト君だった。
貴族ではなくても名のある商人などなら名前を売り込んでおくには充分だと、判断したのだろうか、挨拶は不要だと言われても話を続けていた。
「はい、僕たちも所用でギルド会議へと向かっている最中ですね」
商人うんぬんなどは無視して最後の質問にのみ答える将也。
「そうでしたか、では、良かったら僕たちの馬車の後を付いてきてくださって結構ですよ。何かあれば僕が対応するので後ろを付いてきていると安全に王都までたどり着けますよ」
(な、なんだこいつぅ)
「そうですか、ではお言葉に甘えてそうさしてもらいます」
顔をひきつらせながらもとりあえず返答する。
「良かった!報酬などの話は王都に着いてからで。前の馬車にいるので何かあれば声をかけてください。では」
アヤト君は前の馬車に戻っていった。
将也も馬車の中に入る。
「将也、すごい顔になってるわよ…」
戻ってきた将也の顔を見たリヴェータが少し驚きながら教えてくれた。
「あれはしょうがないと思うよ、岩代君…」
外での会話が聞こえていたので、チヒロがフォローしてくれる。
後ろに付いてきて良いと言っていたので適当な所で、前の馬車とは違う脇道にそれながら王都を目指す将也たち。
アヤト一行が途中滞在しそうな街などはできるだけ避けて王都への道を進んでいたが、どれだけ将也たちが避けようとしても、度々、道中の所々で何故かアヤトたちの馬車と出くわすハメになった。
何かかなり強力な呪いにかかっているとしか思えないほどだった。
その度に将也がすごい顔になっていたが、それ以外は万事平穏だった道中の日々を過ごしていた将也たちは一際大きな街が見えてきていた。
ロマリー王国の王都テクシフォンである。
旅の後半は如何にしてアヤトと出会わないかということに完全に主題を置いてきた将也であったが、とうとう目的地の王都までたどり着いたのである。
王都への入門の長蛇の列で、将也たちの目の前にいたのが、アヤトたちでなければ将也も最後の最後ですごい顔になることもなく、晴れ晴れと順番を待てたであろうが、それは幸せな仮定でしかないことを将也は知っていた。
「イワシロさん、やっぱり後ろにいたんですね。途中何度か馬車が見えなくなってましたから少し不安だったんですよ。無事に付いてきていただけていたようなら良かったです」
「ええ、お陰様で楽しい道中を過ごせましたよ」
精一杯の皮肉を込めて言い放ったが、アヤトには効かなかったらしい。
「あ、報酬の話ですが、ここではまずいんでまた後日にしてもらえますか。冒険者ギルドに来ていただければ僕に連絡は付くんで。一応、今はギルド支部長の護衛中ですから他の方から報酬を頂くのは良くないんですよね」
「はぁ、そうですか」
もはや、まともに答える気力すらも残ってはいなかった。
もちろん、謂れのない報酬を支払うつもりは微塵もない。
「あ、それから、僕は武芸大会にも出場するんで良かったら見に来てくださいね。おっと、そろそろ僕らの番かな?では、イワシロさん、また後日に」
やぁっとこさアヤトから解放されてテクシフォンの街に入る。
街は、さすが王都といった感じでこれまでのどこの街よりも壮大で活気に溢れていた。
ギルド会議が近いからというのもあるのだろうが、それを差し引いても充分立派だろうと思えた。
門前宿の中から、亜人OKで一番高級で、さらに冒険者ギルドから一番遠い宿を選びそこに部屋をとる。
皆疲れていたのか夕食をとってからはすぐに眠った。




