第29話:迷宮
「迷宮っていうのは、階層に別れたダンジョンのようなものって教わったわ。神造迷宮と人造迷宮の二種類があって、神造迷宮とされるモノは未だに1つも攻略されてないみたい。人造迷宮と言われる方はちらほら攻略されて色んな物がそこから持ち出されているそうよ。迷宮は一般的に階層を進むほど難易度が高くなっていくの。ここカヤハルの迷宮のように地下に広がるものもあれば、塔のように空に向かっていく形のものもあるそうよ。私が何度か入ったガレス王都付近の迷宮は地下に広がるタイプだったわ」
カヤハルに着いた翌日の朝に、真面目勇者だった時代に迷宮に潜ったことのある千尋が説明をしてくれた。
リヴェータやエリザベスなども迷宮に入ったことはないらしく、興味深気に聞いていた。
人造迷宮に関しては、人が造り上げるところを誰かが確認したという物のわけではないらしい。
神造迷宮と対比して、人造迷宮と呼ばれているだけだ。
つまり、広大で難易度も高く全部で何層あるかもわからない、およそ人には攻略できないような迷宮は「あ~、こりゃ神様が作ったもんだな」という感じで神造迷宮。
神造迷宮よりもしょぼく、ちらほらと人により攻略が確認されているものを人造迷宮と呼んでいるだけのことなのだとか。
ちなみに、ここカヤハルの迷宮は神造迷宮の方で、現在は43層までの攻略が確認されているらしい。
全部で何層かは判明していない。
「迷宮に潜ってみましょうよ将也。何層まで行けるか試してみたいわ」
リヴェータが前のめりで提案する。
迷宮もあり、中々に賑やかな街だったので、カヤハルで数日遊んでいくことにしていたのだ。
将也としても、迷宮に入ること自体は別にかまわないのだが、マオとミオのことで乗り気にはなれない。
マオとミオはまだ幼い上に戦闘の経験などもない。
そんな二人を連れて迷宮に行くことが躊躇われたのだ。
将也の力で全員の安全は容易く確保できるが、何もわざわざマオとミオに血生臭い光景を見せたいとも思わない。
地球では、一人っ子であった上に親戚も少なく、年の離れた子供たちと触れ合う経験のなかった将也は最近マオとミオと接することで得も言えないような心良さを覚えていた。
「私が二人とお留守番しておきましょうか?」
瞬巡していた将也にエリザベスが助け船を出してくれた。
「いいのかエリー?」
「ええ、私は迷宮にはさほど興味もありませんし」
「わかった、じゃあお願いするよ。夕方までには戻るようにするから」
将也と千尋とリヴェータが迷宮に潜り、エリザベスとマオミオ姉妹がお留守番に決まった。
もちろん、万が一を避けるためにお留守番組も含めて全員に『女神の愛護』を使用している状態でだ。
宿屋の前でお留守番と迷宮アタック組に別れた一行。
将也たち迷宮組の3人は街の中心部にある迷宮への入り口に向かう。
街道を進み、中心部に近付くにつれて、迷宮へ行くだろう冒険者の数とその冒険者たちへを販売対象とした店舗の数が増えていく。
「携帯食糧だよー。これ一粒でお腹マンパンの携帯食糧はいかがかなー」
「お、そこの兄ちゃんたち救助石は持ってるか?ここで買うと安いぞ」
「回復魔法使いまーす。今なら1回1000ルベルだよー」
「地図はいらねーか?20層までの正確な地図だぜー」
色々な呼び声や会話があり、活気に溢れている通りをキョロキョロと周りを見ながら将也は歩いている。
その中で1つ気になる店舗を見かけた。
"レンタル奴隷"という店舗がちらほらある。
「なあ高宮、あのレンタル奴隷って」
「ああ…、あれはね、迷宮へ荷物持ちとして連れていく奴隷を一時契約でレンタルできるサービスらしいわ。だいたいがマオちゃんたちと年も変わらないような子たちみたいよ。やっぱりああいうの気分悪いよね」
少し悲痛な面持ちで千尋が答えてくれた。
「ああ、ああいうのは絶対許せないよクソッ」
一ミリも気分の悪さなど感じていない将也も心の中で特大の鼻くそをほじりながら悲痛な面持ちでそれに答えた。
あわよくばまた踏まれたいという下心が将也に格好つけさせたが、それはいた仕方のないことだった。
(奴隷を使うってのは良い考えじゃないか。もし、荷物持ちに関して奴隷でも使って契約の魔法とかで制限付けてないと迷宮内では荷物持ちに好きなことできちゃうしな。その逆もしかりだし)
もし仮に、奴隷としてではなく、契約の魔法なども介さずに、冒険者と荷物持ちが迷宮に入った場合、力の弱い荷物持ちは冒険者側に好き放題され得ることになる。もちろん、隙などをついて上手くやれば荷物持ちが冒険者に好き放題することも可能だ。
さらに、そのような凶行の選択肢が容易に存在していると、他の凶行の選択肢をも容易だと判断しやすくなるだろう。
迷宮外の秩序の中で生きてきた者たちにとって、迷宮内に入った途端にバレないだろうからといって犯罪行為を行おうという気になるのは決してよくあることではないだろうが、荷物持ちとの間の凶行が有名な選択肢の1つとして広まっていればそこから他の凶行への足掛かりになる可能性などもいくらでもあるのだ。
道徳や倫理というものは、至極曖昧な定義であるためにそれ単体の存在を確認することは少し難しいが、社会の有り様を見れば、少しの考察は可能になる。
道徳や倫理といったものの働きの1つは、それらが漂う社会の中にいる者から行動の選択肢を奪うことだ。
これは洗脳教育などがどうたらなどと言われることの1つの所以だろう。
人間は基本的にやってはいけないとされる行為はあっても、物理的に行える範囲で有る限り、何かしら謎の力などに阻止されてどうしても行えない、などといった行為はない。
やってはいけないとされる行為には、その行為に何かしらの罰則などの事象が付随してくるだけでそのどれも行え得る。
稀に罰則などが付随しないと思われる場面もある。一番多い例は単純にバレないということだ。
しかし、そのような場面が来たうえに、さらに、凶行を行うことで自分に利益のみが残る場合でも、全員がそれを行うことはないし、行おうとも全員は考えない。
執拗に施される倫理や道徳がフワッとした論理で、人々の脳内の選択肢をフワッと薄くしているからである。
ある種セオリーのような形で、有名な凶行の選択肢が意識にあると、フワッフワッが晴れて、連鎖的に他の選択肢についても考慮が及び易くもなるだろう。
そもそも、そんな状態なら荷物持ちというサービスが成り立たないとも思われる。
何をされるかわからない状況のところに、荷物持ちに行きたいという子供はよほどのことではない限りあり得ない。
つまり、外部からの監視の届かない迷宮内を、ただの無法地帯ではなく、ある程度の秩序の保たれた一攫千金可能地帯として留めるために、奴隷を用いた契約としての荷物持ちのサービスはとても有効的だと将也は判断していた。
まあ、自分が雇うつもりなどはないのだが。
特に必要な物もなかったのですぐに迷宮の入り口についた将也たち。
小さな建物が入り口になっているようで、その前の広場のようなところに兵士たちがいる。
迷宮は国家の所有物扱いで、兵士はこの街の衛兵とのこと。
「やぁ、いらっしゃい。この街の迷宮は初めてかな?」
中年と呼ぶには少し若い男性の兵士が将也たちに対応する。
この仕事に慣れているのか、兵というよりは受付のおっちゃんといった印象すら受ける。
「はい、初めてです」
「じゃあ、迷宮について簡単に説明させてもらうね。まず、迷宮の入場料は一人500ルベルで、追加で料金を払えば帰ってこない場合の捜索隊の派遣も行っている。少し値が張る上に帰還転移石などもあるけど金に余裕があるなら申請しておくことをお薦めするよ。あちらのテントで帰還転移石の購入と捜索隊の申請はできるから。あともし冒険者ギルドに所属しているなら冒険者カードを見せてくれるようにお願いしてるんだけど」
「どうしてですか?」
「捜索隊などはギルドに依頼することになってるんだ。我々は街の仕事もあるし魔物に関しては彼等の方が専門だからね。だから、迷宮に入った冒険者のことは有事の際にギルドに報告することにしている。そうすれば捜索隊を編成するときに動ける冒険者などを把握しておけるからね」
「なるほど、わかりました。とりあえずどれも結構です」
と言って3人分の入場料だけを支払う。
「そうか、ではくれぐれも気を付けてくれ」
その後、帰還転移石だけを購入してから入り口の建物に入る。
建物内は、地下に続く大きな階段と帰還転移地点の魔法陣があるだけだった。
まだ昼前にも関わらず続々と冒険者一行が帰還転移してきている。
階段を降り、地下1層に入ると、早速迷宮といった感じになっていた。
広めの坑道のような道で、それほど暗くはない。
少し進むとちっちゃいコウモリのような魔物が数匹襲ってきたので、リヴェータと千尋が即座に切り捨てた。
将也は今回手を出さない。
今回はあくまでもリヴェータと千尋のためのお遊戯だ。
千尋のスキルは守護魔法というもので、主に自分や他者を魔法の炎や水の魔法で守る力だそうだ。
その特質ゆえに、この世界でも周りから頼られることなどが多くダルかった的なことを仄めかしていた。
攻撃手段はBランクの刀で、クール美貌で刀を振るう姿に関しては、中々にグッドだった。
浅い層の魔物は雑魚ばかりなので、将也のマップを頼りにガンガン進んでいく。
2時間程度で10層に到着すると、大きな扉が3つあった。
ボス部屋とのことだ。
どの扉も中には同じボス魔物がいるらしい。
扉が3つあるため、順番待ちの列などは出来ていない。
真ん中の扉から中に入ると、身の丈3メートルほどのミノタウロスがいた。
大きな部屋の中央からミノタウロスの咆哮が部屋中に響く。
リヴェータと千尋がミノタウロスに向かい駆け出す。
ミノタウロスは、千尋に斧を降り下ろすが、千尋の土の守護魔法の岩壁により、軌道を逸らされる。
そこに、すかさずリヴェータがミノタウロスの足を水を纏わせたウンディーネの剣で切る。
片足を失ったミノタウロスが、地面に手を着くと千尋が頭に刀を突き刺した。
あっけなくミノタウロスは絶命した。
その場に残った死体と斧と、その場に現れた宝箱をリヴェータが収納の指環にしまう。
「ふぅ、ボスと言ってもこんなものなのね。この調子だと30層ぐらいまではいけそうね」
と自信満々に言っていたリヴェータが、16層で、壁から不意に現れた蛇の魔物に『女神の愛護』がなかったら致命傷だろう攻撃を受けていたので、リヴェータ本来の実力ではそこまでとして今日は戻ることになった。
つい数時間前の自分のセリフが恥ずかしかったのか、迷宮から出て宿に戻るまでのリヴェータの口数はいつもより少し少なかった。
少しだけ日が空いてしまいました。