第28話:過去と過去。思惑と思惑。
千尋と合流した次の日、将也たちは快調に馬車を進ませていた。
将也の『女神の愛護』で馬車ごと守られているために魔物などに道を邪魔されることが全くと言ってない。
御者席には操車に慣れてきたマオとミオの姉妹が座っている。
残りの四人は馬車の中だ。
「ねぇ、千尋って将也と同じ所から来たんでしょ。何か将也のおもしろい話とか聞かせてよ」
「私も気になりますわ。何かないんですか?」
完全に興味本意のリヴェータとエリザベスが千尋に詰め寄る。
「うーん、そう言われてもそういうのはあんまりないの。私と岩代君はそれほど仲良くもなかったから。もちろん仲が悪かったわけじゃないけど」
千尋の言葉は真実だ。
将也と千尋は特別中が良かったわけではない。
仲が悪かったわけでもないし、何かしらの会話は普通に行っていたが、普段から一緒に楽しくお喋りをするような訳ではなかった。
そういうわけで、千尋は将也のおもしろい話に宛がない。
もちろんそれは将也の側からも同じ、
「そそ、そ、そうだそ二人とも。俺と、たたかみゃあは何もおもしろいことなんか、な、ないんだぞぉ」
ではなかった。
将也の手のコーヒーの入ったカップが小刻みに震えている。
冷静にコーヒーを飲もうとする将也だったが、口に入りきらず溢れたコーヒーが自分の服に黒いシミを作っていく。
(ヤバイヤバイヤバイヤバイぞ。高宮にあんときの話されたらヤバイってちょっと。高宮は何だこれ、覚えてないのか、気遣って言ってないだけかどっちだ?)
「えー、ほんとに何もないの?何か将也が恥ずかしいことしちゃったとかないの?」
(リヴェータさん余計なこと言わないで!)
「うーん、あ、そういえば1度「たたた、高宮、そ、その話はやめといた方が良いんじゃないかな?」
「どうしたの岩代君?」
「あ、いや、だからTPOとかAPECとか宗教だとか色々地球とは勝手が違うし、その話はちょっとやめといた方が良いと思うんだよ、俺はね」
将也が千尋に話されたくない話というのは高校の文化祭の日のある出来事だ。
その文化祭での将也たちのクラスの出し物は女子によるメイド喫茶だった。
事件は文化祭終了後、女子にメイド服を着せるために後片付け全てを買って出ていた男子生徒と、クラス委員長として女子としてただ一人残っていた千尋が教室にいるときに起こった。
収支やら何やらの資料をまとめていた千尋に、後に男子から救聖の英勇者と呼ばれることになる男子生徒が「委員長!その格好で俺を踏んでくれ!」と突如宣言し出したのが始まりだった。
「え、どうして?」
「文化祭の思い出に!」
「いや、でも汚いし」
「俺は全然かまわない!むしろ良い!」
「いや、私がかまうんだけど…」
「委員長に俺の文化祭の思い出を貧しくする権利はあるのか!」
「いや、でも…」
「俺から文化祭の思い出を奪う権利など断じて誰にもありはしない!!」
「……」
男子生徒の謎の凄まじい勢いに次第に何も言えなくなった千尋。
「ありがとう!さあ!」
「ちょっと待て!それなら俺も!」
「いや、俺だって!」
「なんなら俺はビンタされたい!」
他の男子たちが次々に名乗りをあげていき、瞬く間に千尋の前に行列が出来た。
男子たちの間のマル秘ランキングの中の、『踏まれたい女子No.1』に断トツで輝いていた千尋だけあって、いつの間にか他のクラスの男子たちも加わり長蛇の列が出来ていた。
ランキングで千尋に1票を投じていた将也も密かにその列に紛れ込んでいたのだ。
結局、収拾がつかなくなったので、その日は千尋がメイド服姿で男子たちに思い出をプレゼントすることになった。
(今の男女比率を考えるとこれを言われちゃ確実にまずい。純粋な思い出の1ページでしかないキレイな出来事が変態的な行為だとおそらく判断されることになる。それだけは絶対に避けなければ。救聖の英勇者のためにも。いや、でも話を聞いたリヴェータとエリザベスが夜にそういうこともしてくれるようになるかも…いや、やっぱりだめだ俺の中の男の勘がまずいと全力で訴えている)
何か策はないかと考えを廻らせる将也であったが、千尋が思っていた出来事はその事ではなかった。
元々、それなりに清廉であった千尋には男子生徒の求める思い出が、男子のための正義的なモノだとはわかっていなかった。
(よくわからないけどメイドに関する私が知らないそういう風習や伝統があるのかな。男子ってけっこうそういうとこにこだわるのね。汚れた足で踏むのなんていやだけど、そういうとこなら確かに仕方ないか…)
などと千尋は考えていたのだ。
では、千尋の考えてる将也のおもしろいことは何かというと、将也が期末1度テストの順位で千尋に負けたという、将也にとっては鼻くそと耳くその間に入るほどどうでも良いことだ。
常にテストでは余裕のトップであった将也だが、1度だけテスト開始直後に前日食べた牡蠣が大当たりしてトイレに篭りまくった結果総合点で千尋に負けたことがあった。
その時はお腹がビチビチであったため、そこから2週間ほどの間、男なのに『ビチビチビッチ』という不名誉なアダ名がついたが、それを含めて将也にはどうでもよくてたまらないほどどうでもよいことであった。
将也が千尋に話されるのを阻止するように慌てふためく様子を見て千尋は面白く思う。
(ふふっ。やっぱり岩代君もテストで負けたことはよっぽど恥ずかしいのかしら。岩代君てけっこうプライド高そうなとこあるし。でも頭の良い岩代君がこんな風に慌ててるのは少し意外でおもしろいかも)
(何か、何か策はないのか。考えろ将也、ここが人生の分岐点だ!)
おもしろいので少し意地悪をしてみようと思い出す千尋。
「あれは意外だったわ。まさか岩代君があんなこと(テストで私に負けたこと)になるなんて」
「そ、そうだね。俺もビックリだよ。あ、あれ(千尋に踏んでもらったこと)は何て言うかその、気の迷いみたいなもんかな」
「そうだったんだ。でもあんなに(岩代君のトイレが)長くなったのもビックリしたわ」
「お、俺もビックリだよ。俺が言うのもなんだけど、さ、さすがにあそこまで(行列が)長いとは思わなかったから」
「ふふ、たしかにそうね。あのあとも色々(変なアダ名とか)言われてたものね」
「た、たしかに(話を聞いた女子や嗜好の違う男子たちから)色々言われてちょっと辛かったよ」
「まぁ、人が話されたくないことを言い触らすべきじゃないわね。これ以上はやめておきましょう」
「そ、そうだね。ありがとう。とても助かるよ」
(ここまで揺さぶるなんて高宮って清楚そうに見えて実はかなり腹黒いぞこれは。しかも結局弱みは握られたままだ。早急に何とかしないと。俺の異世界好き放題ライフが…)
話をしないと言った千尋にリヴェータとエリザベスは不満そうにしていたが、将也はギリギリ首の皮1枚繋がった心地だった。
そんな高度な心理戦を終えた将也たち一行は、夕暮れ時に次の街に到着した。
将也たちが着いた街は、将也が領主代行している領の隣の領内にあるカヤハルという名の街だ。
カヤハルには、迷宮と呼ばれる階層に分かれたダンジョンがあり、そこから持ち帰られる素材やアイテムで栄える中々に大きな街だ。
迷宮があるだけあり、夕暮れ時の今も街道は冒険者や商人などで溢れかえっている。
将也たちは馬車が停められる宿を探して部屋を取った。
部屋割りは、最近一緒に眠り始めた将也にベッタリになってきたマオミオ姉妹と将也で一室、「ガールズトークで盛り上がるぜ」と言いながら酒を手に持っていたリヴェータ、とエリザベスと千尋で一室だ。
その夜の将也は、隣のガールズトークで千尋が例のことを話さないかと不安に苛まれて、眠れない夜を過ごした。
(眠れない夜、君(千尋)のせいだよ。さっき(隣の部屋に)わかれたばかりなのに)
自然とポエミーな言葉が浮かんでしまう将也であった。
※あらすじを若干詳しく書き直しました。
今回はほんのちょっとだけおふざけ回です。
最後のポエムには目をつむって欲しいナリ(錯乱)




