第27話:魔族冷凍
魔族の男の拘束を離れた高宮千尋が将也たちの元に歩み寄ってくる。
冷たい印象を受けるような整った顔立ち、眼鏡をかけた少しクールな瞳、肩までかかるさらさらな黒髪のその人は紛れもなく将也の元クラスメイトでクラス委員長を務めていた高宮千尋であった。
「岩代君、だよね?」
「チガイマァス」
「なんでふざけるの?」
「ご、ごめん、つい」
「イ・ワ・シ・ロ君、だよね?」
「うん、そういうそっちは高宮だよな?」
「うん」
「どうしてこんなところに?てゆうかどういう状況?」
「それは話すと長くなるんだけど、私たちはガレス王国ってところに召喚されて「おい!」
自分の存在をガン無視して話始める将也と千尋に魔族の男が声をあげる。
「なに人のこと無視して呑気に話してんだ。長くなる話なら後にしやがれよ。それで、お前は何者だ?」
「何者って質問は回答にすげー困るわ。一応言うならこの辺の領主代行してる者ですってところかな」
「あ、やっぱり岩代君領主になってたんだ。なんだかすごいね」
「いや、全然すごくないよ。なんか成り行きでなっちゃっただけだから。あと、領主じゃなくて代行ね、領主代行」
「それでも全然すごいよ。私たちなんか「おい!!」
再び魔族の男がキレる。今度は心なしか額に青筋が浮かんでいるようにも見える。
中ほどが黒焦げになった片腕を押さえながら将也たちに凄んでくる。
「どこまでもふざけやがって。まあいいどうせ見られた奴も消すつもりだったんだ。全員まとめて殺してやるよ」
魔族の男が動く方の腕を将也の方にかざして何かしようとしてくるが、それよりも速く、将也の『罪雷』が男のかざした腕を貫く。
「ぐぁぁっ!な、なんなんだよそれは!」
「これ?地獄の雷らしい」
「くそが。地獄の雷だか知らんがこんなもんすぐに治せんだよ」
魔族の男はダランと力なく垂れ下がった腕に回復魔法を使用する。
男の詠唱が終わり、回復魔法は確かに発動したようだが、男の腕は全く回復していない黒焦げのままだ。
「な、なぜだ!?なぜ回復しない!?」
「細胞が完全に死滅してるんじゃねーの。完全に死滅してるからそこは欠損と同じ扱いみたいなところだろ。もしかしたら残骸がそこにあるだけで、存在力みたいなのも死んでるのかもな。地獄の雷っていうぐらいだし」
将也は冷静に分析した予測を述べる。
『獄炎』が燃やし尽くして消滅させたことを考えると、『罪雷』の方もそんな感じの力はあるだろうと考えた。
「まあとりあえず、どっか消えろよ。俺にちょっかいかけないなら放っといてやるから」
「え、岩代君、この人逃がしちゃうの?勝てるんでしょ?」
「え、うん。勝てるけど別にこいつのことどうでも良いし」
「この男魔族なんだよ?」
「え、うん、分かってるよ。べつに俺魔族か怨みとかもないし。人種差別とかそういうの良くないと思うし」
「いや、そういうことじゃなくて。魔族は人間と戦争してるんだよ?それにこの人たちはガレス王国に紛れ込んで私たちのことも始末しようともしてたし…」
「魔族と人間が戦争してるのは知ってるけど俺は参加してないし。高宮だって仮に中国とアメリカが戦争し出したとして、黄色人種の中国に味方して、白人は全て敵って思想にはならないでしょ?それに、紛れ込んでの暗殺だとか搦め手とかだって立派な戦略じゃん。小学生の運動会じゃないんだからそんなキレイなことばかりな訳はないし。まあつまりは、俺には関係のないことだからどうでも良いってこと。今の状況だって俺が急に割り込んだんだし」
魔族の男は下手に動かずに話の成り行きを見ている。
何かの隙を窺っているようにも見えるが、とりあえずじっとはしている。
「うん、それは…わかるけど…。じゃあ岩代君はクラスの皆が死んじゃってもいいの?」
「少し質問の仕方が悪いよそれ。ちょっとだけ正確に答えるなら、俺はクラスメイトたちの死を避けるために何かをする気も理由もないってところかな。俺は皆の親でも何でもないからね、無償で命を助けてやる気も義理もない。仮に有償だとしてもクラスメイトたちから対価を得られる気もしない。まあかわいい女子からは対価を取り立てられるだろうけど、それはちょっとカッコ悪いじゃん」
「そう、たしかにその通りね。改めて、助けてくれてありがとう、岩代君」
「どういたしまして。とりあえずここから離れようか。向こうに馬車があるんだ。そこでゆっくり話を聞かせてよ」
「わかったわ」
将也たちがその場から離れようと後ろを向いた瞬間、
「死ねっ!」
魔族の男が口から光線を千尋に向けて吐き出した。
「きゃぁぁ」
突然の事態に対応できない千尋に直撃しそうになるが、将也の右手が千尋の前で光線を受け止めた。
もちろん将也の手には傷一つない。
「おいおい、せっかく見逃してやったのにとっとと大人しくどっかに行けよなもぉ。はぁ、しゃあない」
将也は魔族の男の両足も罪雷で貫く。
両手足の動かなくなった男がその場に倒れる。
俯せて顔だけがこちらを向いている状態だ。
男をどうしようか考える将也。
普通なら拷問してからポイ捨てコースなのだが、マオとミオがいるため教育上よろしくないし、何より既に手足がほぼ死んでいるし面倒くさい。
一瞬迷った将也だが、すぐに妙案を思い付いた。
魔族の男を『完然神通力』で氷付けにして異空間に放り込んでおく。
将也の異空間は、特段無生物限定などという縛りはないが、一応凍らせておく。
キースへの手土産にするつもりだ。
どーせ遊びに行くのだから手土産の1つでも持って行った方がマナー的によろしいと判断した紳士な将也は、四肢の死んだ冷凍魔族を持っていくことに決めた。
「さっきの魔族、俺がもらってくね。べつに気になしなくてもいいけど、一応助けた対価ってことで」
「え、うん。別にかまわないけど」
千尋からもあっさりと了承を得られた。
馬車に戻ってきた将也たち。
千尋は、この世界で着られる一般的な麻の服装にローブという格好だったが、どちらもかなり汚れていたのでサイズの近いリヴェータが服を貸した。
馬車の中で着替えてきた千尋に、水とパンと干肉と新鮮なトマトを渡す。調理せずにパッと食べられる物はそれぐらいしかなかった。
食べながらの千尋と話をしていく。
「こっちがリヴェータでリヴね、こっちがエリザベスでエリー。こっちの子たちはマオとミオ。色々あって一緒にいるけど、皆良い子たちだよ」
将也が他の四人の紹介をすると、それぞれが千尋に簡単に自己紹介していく。
「リヴェータよ、よろしくね。一応冒険者やってるわ」
「エリザベスです。よろしくお願いしますね。元騎士でしたが、少し前に廃業しました」
「ミオです!えっとね、えっとね、将也さんの彼女です!」
「こ、こら!ミオ!す、すいません。私がマオでこの子は妹のミオです。将也さんたちに助けて頂いてから一緒にいさせて頂いてます」
千尋はミオの言葉に驚いたが、すぐに子供の冗談の類いだと判断したのか笑顔で「よろしくね」と返していた。
「それで、高宮はどうしてこんなところに?」
「うん、それはね、最初岩代君以外の皆はガレス王国ってところに召喚されたんだけど……」
かなり長々と話しに話した千尋であったが、まとめると、
召喚されて、日々頑張って鍛えていたところ、ある日偶然に宰相に化けている魔族を発見してしまい、殺されそうになってので、逃げてきたとのことだった。
所々に、「先生が相変わらずほんと情けなくて」、「姫川君がしつこかった」、「貴族のおじさんたちがややこしい」などの愚痴が多分に含まれていた。
地球にいた頃は、将也は千尋が愚痴を言っている所など見かけたことも聞いたこともなかったので今の千尋はかなり意外だった。
命を狙う追手がいなくなった事からの解放感からか、将也にはどこか初めて見るようなイキイキとした表情に思われた。
「それでね、どこに行こうか迷ったんだけどね、とりあえず他の人間の国にしようと思ったの。他の種族の国に一人で逃げ込むのは不安だし。あとは別に候補地なんかはないからとりあえず岩代君がいるらしい方に逃げてみようって思ったわ」
将也の耳に届いてきた元クラスメイトたちの噂と入れ替わりで、将也の噂も元クラスメイトたちの耳にも届いていたとのこと。
将也のいるらしい方向に逃げようとは思ったが、将也を頼ろうとしたわけではなかったらしい。
逃げる方向を決める際に、全ての方向に何も決め手となる条件がなかったので、逆に言えば知ってる人がいるかもしれないということだけで決まったのだろう。
実際、千尋は地図なども持っておらず、サザールを越えたこの場所で出会ったことから将也と出会えたのは本当に偶然なのだろう。
千尋の話が終わり、将也が千尋の今後を問う。
「で、高宮はどうするんだ?追手もいなくなったしガレス王国に戻るのか?」
「うん、そうね、どうしようかしら…」
「宰相に化けた魔族のこととか戻って皆に話した方が良いんじゃねーの?知らんけど」
「やっぱり戻るのはやめておくわ。道中で待ち伏せされたりしてるかもしれないし」
「そっか、でも良いのか?一応勇者だし色々あるんだろう?」
「いや、いいのよ。さすがに自分の身の安全には代えられないわ」
「まぁ、それもそっか」
「それで、私も岩代君たちと一緒にいさせてくれないかな?他に行く宛もないし」
「ん?俺はかまわないけど。皆もいいかな?」
リヴェータたちからも特に反対はなく、千尋も同行することになった。
千尋を加えて出発した将也たち6人は、その日夕暮れまで少し進み、
「少しなら料理もできるけど」
と言う千尋の作った男飯ではない夕食に感動しながら過ごした。