第26話:釣竿の行方
ノームの町を出発した将也たち一行は、順調に王都へと向かって概要を馬車で移動していた。
次の目的地は、元アンリ伯爵領内の中ではサザールに次ぐ大きさの街で、領内の一番端に位置する街だ。
途中に小さな村がいくつかあるが、宿屋などの宿泊施設がないかもしれないということで街まで一気に向かうことになった。
村の民家などで無理言ってお互いに気を遣いながら間借りするよりは、野営を経験しておく方が風情だと将也は思っていた。
今は、早々に操車をマスターした将也がマオとミオに操車の仕方を教えている。
御者席の真ん中に将也が座り、将也の左側にマオ、右側にミオが座っている。
「馬は賢い生き物だからね。基本は何もしなくても道なりに進んでくれるよ。こっちに進ませたいときは……」
揚々と操車について語る将也だが、全て前日にエリザベスから教えてもらった受け売りだ。
「じゃあとりあえずやってみるかい?」
「うん!」
元気よく即答するミオ。
お転婆なミオは何事にもチャレンジャーだ。
慎重なマオは馬の様子をよく観察したりしている。
その後は練習がてら、マオとミオに操車を任せながら街道を進む。
ミオは野性のカンというべきか、みるみる上手くなった。
将也が教えた動きとは違うような自分流な動きが多いが、センスがあるのか、俺より上手くね?と将也に思わせる程だった。
対照的にマオは中々に手こずっている。
手先は器用なマオだが、こういうのは苦手なようだ。
マオが手綱を握っただけで、馬があらぬ方向に進みだしあたふたしたりもしていた。
そんな様子が可愛かったので、将也が笑いながらマオの頭を撫でると、プクッと頬を膨らませて、
「笑わないでください!」と可愛く怒っていた。
ミオが、「お姉ちゃんばっかりずるい!私も!」と言っていたのでミオも撫でてやる。
そんな様子で、ミオと将也にフォローをされながらのマオの手によって街道を進んでいると前方の馬車に追い付いてしまった。
ノームの町から街道に出たときには前方に馬車などは見えなかったが、将也たちの馬車が元伯爵の馬車ということ馬も三頭で速度が速いのと、ミオの操車の時にすごくペースが上がることで追い付いてしまったのだろう。
後ろから接近する将也たちの豪華な馬車に気づいたのか、前の馬車から人が降りてこちらにきた。
「す、すいません貴族様。すぐに道を空けますんで」
馬車から出てきた商人風の男はそう言ってから、自分の馬車を脇道に逸らすように御者に言い付けようとするが、
「かまいませんよ。私たちは急ぐ旅でもないので。それに貴族でもないですよ」
と、将也がそれを止める。
「そうなんですか。早とちりしてしまった様ですいません。私はしがない商人をしているマクスウェルという者です。そちらのお名前をうかがっても?」
馬車の豪華さで、将也たちを貴族の一行だと思ったマクスウェルだが、将也がこの領地の領主代行とまでは知らないようだ。
「僕は岩代将也と言います。諸用で王都へとのんびりと旅をしている途中です」
わざわざ、ここの領主代行ですよなどとは名乗らない将也。
実際急いでるわけでもないし、この商人を畏縮させる理由もない。
「おお!王都というとギルド会議ですかな?」
「ええ、そうです。マクスウェルさんもですか?」
「はい。ギルド会議は商人の稼ぎ時ですからな。最近新しい領主様になったとかで減税とともに物価が安くなったサザールから品を買ってきたのです。いやあ、新領主様様ですな!ハッハ」
前のマクスウェルの馬車の速度は人が歩く程の速度だ。
将也とマクスウェルの二人はそれに合わせ、そのまま街道を話しながら歩いている。
マクスウェルさんはかなり気の良い人物で中々に話が弾んだ。
ほとんどが他愛もないような話だったが、サザールの街の外からの評判や、王都に関することなども聞くことができた。
「私たちはこの先の村の知り合いの所に泊めてもらうのですが、将也さんたちはどうされるんですか?良ければ一緒にどうですか?」
夕暮れが近くなったときにマクスウェルが問うてくる。
「ありがたいお話ですが、遠慮しておきます。女の子が多いもので、元々中でも寝られるようにとこれを用意したんですよ」
ポンポンと自分の豪華な馬車を叩く将也。
「はは、そうでしたか。では、またどこかで出会えることを祈っております」
「そうですね。次は王都でお会いしましょう」
ガッチリと握手を交わす将也とマクスウェル。
マクスウェルの馬車は村に入っていった。
「さて、マクスウェルさんの話によるとあそこの森に入って少し行った所に川があるらしいからそこで野営にしようか。エリー、お願い」
エリザベスに操車を頼む。
森の中での操車はエリザベスにしか経験がないので、また教えてもらうことになる。
森に入る直前に、森の中から黒い狼の魔物の群が出てきた。
5頭の狼たちが将也たちの馬車と馬に襲いかかるが、狼の牙が届くことはない。
将也が『女神の愛護』で馬車と馬を護っているためだ。
物にも馬にも使用するのは初めてだったが、ちゃんと発動していることを確認しそのまま進んでいく。
狼たちはしばらく追いかけてきながら襲いかかってきていたが、そのうちに諦めてどこかに行ってしまった。
森の中をほどなく進むと川に着いた。
川の近くに馬車を止め、馬に水を飲ませ餌を与えると、将也たちも夕食の準備に入る。
夕食の準備は野営での料理をしたことがあるエリザベスが担当だ。
「はい、できましたよー」
胸を張り料理の完成を宣言するエリザベス。
だが、なんというか、なんというかな感じだ。
エリザベスの料理は、鍋に食材と調味料を入れるだけのTHE男料理というようなものだった。
エリザベスの料理とパンという夕食を食べてから、川で体を流す。
あまりそういったことを気にせず全員で川に入ったが、将也がいることにマオだけが恥ずかしそうにしていた。
普段見られ見慣れているリヴェータとエリザベスの二人と、まだそういうことに頓着がないミオは平気な顔をしていた。
川から上がってから、馬車の中で全員で身を寄せ会うように眠った。
豪華で広い馬車ということもありエイビス出身の四人はそれなりに快適そうに眠っていたが、快適大国日本産の将也はあまり気持ちよくは眠れなかった。
翌朝も昨夜と同じようにエリザベスの料理を食べる。
鍋に材料ブッパのエリザベスの料理は、不味くはないのだが味気なさは否めない将也。
将也の野外でのイメージは、学校の宿泊行事での野外での飯盒やカレーライス作りであったが、それも含め、野外での料理は色々と難しいものだと思い知る。
朝食を終えた将也たちは川で釣りをしていた。
「天気も良いし、せっかく川もあるし釣りするしかないなこれ」
と将也が言い出したのが始まりだ。
その辺に落ちている適当な枝に糸をくくりつけ釣竿にして、その辺にいる小さな虫を餌にして釣りをする。
将也真ん中に、5人横並びで川辺に座り、のんびりと釣りをしている将也たち。
やはり、お手製の釣竿が良くないのか中々誰も釣れない。
初めのうちは、釣れなくても綺麗な川辺でのんびりしているのが気持ちの良かった将也だが、しだいにそれも含めて釣りに飽きてくる。
ミオに至っては完全に飽きている様子で、既にソワソワと、し始めている。
将也がそろそろ終わりにしようかと考えていると、森の方から悲鳴が聞こえてくる。
悲鳴が聞こえると同時に、リヴェータが釣竿を放り投げ悲鳴の方向へ駆け出す。
リヴェータの釣竿は川に落ちそのまま流されていった。
次に、動きたくて仕方ない様子だったミオが釣竿を放り投げてからリヴェータを追い駆けていく。
ミオの釣竿は川に落ちてそのまま流されていった。
ミオが駆け出したことでマオが急いで釣竿を手放してミオを追い駆け始める。
マオの釣竿は川に落ちそのまま流されていった。
マオとミオが駆け出したことで将也とリヴェータは二人を追い駆ける。
悲鳴が聞こえた瞬間にこうなるような気がしていた二人の釣竿は静かに地面に置かれたために川には流れない。
将也は走っていたマオとミオに追い付き二人を両脇に抱きかかえ、リヴェータの後を追う。
リヴェータに追い付き、悲鳴の発生源に着くと、羽と角の生えた男がフードを被った女性の首を掴み木に押さえつけている。
男は魔族というやつだろう。初めて見るが話には聞いていたのですぐにわかった将也。
女の方は顔が見えないため、魔族かどうかもわからない。悲鳴の声で女だとは思った将也。
「やっと捕まえたぞ。中々に面倒をかけてくれたな。だがそれももうここまでだ」
魔族の男が手に力を込めて女の首を絞めていく。
フードの女は苦しそうに体を持ち上げられながらも足をジタバタとしている。
今回は正直良くわからない状況であるが、リヴェータの手前とりあえず助けておくことにする将也。
将也は『罪雷』で、女の首を絞めている男の腕を貫いた。
男の腕の貫かれた部分は一瞬で黒ずみになり、ぐあっ、という男の叫びと同時に女が地面に落ち尻餅を着く。
両者が将也たちの存在に気付く。
男の腕から落ちた時にフードがはだけた女は、将也が知っている人物だった。
「岩、代君?」
「え?、高宮!?」