第24.3話:高宮チヒロの憂鬱
脱け出したい。こんなところから。
高宮千尋は黙々と刀で斬り倒した魔物の始末をする。
必要な素材を剥ぎ取り支給された収納の指環に入れると、残った魔物の残骸が消えていく。
この、迷宮が魔物の死体を吸収するという仕組みは何度見ても不思議に感じる。
「今日は、こんなところね。そろそろ戻りましょうか」
迷宮を後にして、ガレス王城に向かう。
このエイビスという異世界に召喚されてから2週間程がたった。
最初の1週間目は基礎訓練などを行った。
戦闘の基礎や、それぞれのスキルの訓練などを行い、一週間を過ごした。
その後はそれぞれのスキルの相性などを加味して四人一組のパーティを組み、それぞれのパーティで冒険者としての依頼や迷宮アタックなどの実戦的な訓練を行う。
今も迷宮に来ていたのはその一環だ。
投げ捨ててしまいたい。重たくまとわりつく何もかもを。
初めの2、3日はお世辞にも平穏とか順調とは言えない日々だった。
まあそれも仕方がないことだろう。
召喚されたうちの担任以外の全員が日本でぬくぬくと生まれ育てられてきたただの高校生たちだ。
急に異世界に連れてこられて、他種族と戦うために力を貸してくれなどと言われても困らない訳がない。
我々は傭兵などではないのだから、当たり前だ。
最初のうちは色々な混乱があった。
泣き止まない者や、塞ぎこんでしまう者、弱いクラスメイトに八つ当たりする者もいた。
まさに阿鼻叫喚とも言えるような状況であったが、少しずつ回復していった。
ガレス王国の人たち丁寧な対応や、一部のクラスメイトたちが他の皆を励ますなどした。自分で言うのも何だが、私も懸命に他の皆を励ましたと思う。
不謹慎な気もするが、ここに召喚された当初は心のどこかでわくわくしている自分がいた。
今までと全然違う世界に来たことで、重苦しく感じたいた色々なモノから解放されるような期待を感じていたのだ。
結局、そんな私の期待は、自分では何もできない担任が、
「た、高宮、クラス委員長として何とかできないか?」
とおろおろしながら頼んできたことで泡と帰した。
ああ、やっぱりここでも変わらないのか…と思った。
どこかに行きたい。ここでも、元の所でもないどこかへ。
色々な人の懸命な尽力や、勇者ということで自分たちに備わっていた強力な力などにより、
こちらでの生活にも少しずつ慣れてきたクラスメイトたちの最近の話題はある噂話1色だ。
「岩代がどっかの街の領主になったらしいぜ」、「やっぱ将也もこっちに来てたのか」、「なんか正義の味方みたいに悪いやつをやっつけたとか」、「まじかよそれ、やべーなあいつ」
噂話というのは、昨日私たちの元に届いてきた隣国のある街での出来事だ。
なんでも、民衆の前で華々しく前領主等の悪事を暴いて断罪した冒険者がいるらしく、その冒険者の名前が、何故か一人だけ私たちと共に召喚されなかったクラスメイトの名前だったのだ。
「岩代君、か……」
千尋はクラスメイトの岩代将也によくわからない不思議な感情を抱いていた。
千尋は初めは岩代将也にあまり良くない感情を持っていた。
岩代将也は成績は学年トップで、友達も比較的多く、それなりに明るく社交的な人物だった。
千尋も何度か言葉を交わした経験はあるが、悪感情を抱かせるような態度でもなかった。
だが、何というか、千尋は岩代将也が何を考えているのか理解できない気がしていた。
心が読めないとかそういったことではなく、何処か自分たちとは一線を画すような存在に思えていたのだ。
そういったことから、千尋の岩代将也への最初の感情に近い表現は未知への恐怖といったところだった。
そんなある日、千尋がいつものように重苦しい生活に憂鬱を感じながら予備校から帰っている途中で、
路地裏で二人の不良にどこかに連れて行かれる岩代将也を見かけたことがあった。
千尋は、気付かれないように後をつけた。
クラスメイトが、不良たちに何かをされるようなら警察に通報しなかればと考えての行動だった。
倉庫のような場所についた不良たちが、
「ここなら誰にも見つからないぜヒッヒ」、「大人しく有り金出しな」などと言い始めた瞬間、
岩代将也は不意に駆け出して不良の一人のアソコを蹴りあげた。
続けてもう一人に殴りかかり、1発目が当たりよろけた不良をぼこぼこに殴り続けた。
そしてアソコを押さえて身悶えているもう一人をその場で蹴りまくった。
不良たち二人をボコボコに殴る蹴るし続けている岩代将也に、千尋は驚いていた。
(え、殺すつもりなの?)と思うぐらいにボコボコにしている岩代将也の顔が今までに見たこともないぐらい、イキイキとしたような表情をしていたのだ。
次第に血塗れの光景が広がるにつれて、怖くなった千尋はその場から逃げ出してしまった。
それから少しの間千尋の頭からその時の光景が消えることはなかった。
最初は初めて生で見かけた暴力に恐怖を感じていただけだったが、
次第に、イキイキとしていた岩代将也の表情が、自分が欲して止まない自由の様なモノを謳歌している表情に見えて、そんな岩代将也に憧れの様なものを抱くようにさえなっていた。
(どうすれば、私もあんな笑顔ができるんだろう)
重い。苦しい。いらない。捨てたい。…………つまらない。
迷宮から帰ってきた千尋たちパーティ。
「高宮あそこで守護魔法使ってくれてありがとな、マジで助かったよ」
「俺もいいんちょが助けてくれなきゃけっこうやばかったわ。これからもマジヨロシクな」
「ほんと!千尋ちゃんが私たちのパーティにいてくれてよかった!」
「そんなことないよ。私も皆にたくさん助けられてるから」
自分を褒めてくれるパーティの仲間たちに笑顔を返す。
私は今ちゃんと笑えているのだろうか。
城に戻って、夕飯を食べてからは自由時間だ。
出来れば一人で過ごしたいが、色々な人がやってくる。
「た、高宮、調子はどうだ?上手くいってるか?、それでな、熊野のことで相談なんだが……」担任。
「高宮、俺たちとパーティ組む話考えてくれたか?とりあえず今のパーティの合間でもいいから考えてくれよ。騎士団長のアランさんもお前を推してるんだ」王国から一番期待されている、女子人気ナンバーワンの姫路君。
「千尋殿、ご機嫌いかがかな。私の息子が騎士団の遠征から帰って来きたのだがお茶でもどうかね?」貴族のおじさん。
何もかも、誰も彼もが千尋を縛り付けるように思えてくる。
夜、やっと一人になれた千尋は与えられている部屋を抜け出す。
夜の城内を1人静かに歩く。最近の千尋の日課だ。
何も考えずに、一人で暗い城内を歩いていると少しだけ心が落ち着く。
いつものように、てきとーに歩いていると、いつもとは違い、誰かの話し声が聞こえてくる。
「どうだ?勇者たちの様子は」
「ああ、今のとこは脅威になるほどでもないから心配ないぞ」
「そうか、利用できるようなら利用しろ。さもなければ…」
「ああ、わかってるさ。人間どもは呑気な馬鹿ばっかだから何時でも始末できるぜ。誰も俺の正体に気付きもしねぇ」
この国の宰相さんと知らない男が夜の城内で話している。
見知らぬ男は頭に山羊のような角と背中に蝙蝠のような羽が生えている。
宰相の方は、見慣れた顔だが、こちらにも角と羽が生えている。
実物を見るのは初めてだが、千尋はすぐに魔族だとわかった。
千尋は声を出さないように口元を押さえながらゆっくりとその場を後ずさる。
ガシャン。
後ろの角から巡回の兵士が来ているのに気付かず、兵士とぶつかってしまう。
「誰だ!?な、兵士と、、勇者の女か。なんでこんなとこにいるんだ!」
「な、勇者の方は知らねえ。兵士の方は巡回ルートの俺の記憶ちがいかな…」
「チィッ、ばかが!俺は女の方を追って始末するからお前はなんとかこのまま潜入し続けろ」
「わ、わかったよ」
千尋は逃げ出していた。
こちらに来てレベルというものが上がったことにより、以前とは段違いの動きだ。
後ろから魔族の一人が追って来ている。
追われている状況であるが、城内を走りながら、千尋の心はわくわくしていた。
笑みを浮かべながら逃げている自分にも気付いていた。
ちょうど良い。このままどこかに逃げてしまおう。魔族からも他のモノからも。
幕間的なものです。




