第21話:凧の行方
元クラスメイト勇者たちの噂話を聞いた日の2日後、将也たちは屋敷で朝食を食べていた。
朝食は元々屋敷にいた料理人が作ったものだ。
3人でご飯を食べる楽しい食卓のはずだが、将也の心中はあまり穏やかではなかった。
その原因が、今まさに、「今日はどうする?」、「私はお洋服を見たいですわ」、「それいいわねー」などと楽しそうに話しているリヴェータとエリザベスの女子二人であった。
ちなみに昨日もその前も服屋に行っている。
元々、この世界には娯楽の類いが少ない。
21世紀の日本ほど人々の生活の余裕も、文明の進歩もあるわけはないので当たり前のことである。
演劇や歌劇などの娯楽に分類されるものもあるにはあるのだが劇団の数や演目の数も少ない。
1度3人で演劇を見に行ったことがあるのだが、将也にとっては演技も演出も道具類も全てが未熟に感じられたうえに、そもそも演劇のもととなった物語のことさえ知らなかったためにやはりあまり楽しめなかった。
娯楽大国日本育ちの将也が楽しめるモノがほとんど何もなく、将也が特にやりたいことがなかった。
そのため、昼間の時間は専らリヴェータとエリザベスのショッピングで過ごすことになっていたのだが、
男の将也にはこれが中々につらかった。
女子二人の買い物にひたすらついていくだけである。
朝食を食べながら、何かないか、何かないのかと考えを廻らせる将也。
「ふぅ、今日も美味しかったですわ」
「そうね。そろそろ行きましょうか」
「はい」
「そうだ!凧揚げをしよう!」
そういういわけで、街へ糸と軽い木材とそれっぽい材質の布地を買いに行く将也たち。
結局、将也が苦し紛れに思いついたことは凧揚げだった。
急ぎの買い物でもないし、リヴェータとエリザベスも特に反対はしなかった。
材料を買い終えると1度屋敷に戻り、簡単な加工を施して3人分の凧をいくつか作る。
元々それほど難しい仕組みの物でもないので将也でも簡単に作れた。
凧を持って街の外へ行き、門から少し離れた人のいない場所に行く。
いくつかの凧を試して、具合の良いものを選び、凧揚げを始める。
天気も良く、初めての凧揚げにリヴェータとエリザベスも中々楽しめている様子だった。
将也の方も10ぐらい振りの凧揚げをそれなりに楽しんでいた。
3人が凧揚げを楽しんでいると、森の方から悲鳴が聞こえてくる。
将也とエリザベスは悲鳴には毛ほどの関心も示さずに凧揚げを続けていたが、リヴェータが悲鳴を聞いた瞬間に飛んでいた凧の糸を手放して悲鳴が聞こえる方向に駆け出して行った。凧は大空を舞いどこかへと飛んでいった。
将也とエリザベスも凧を手放しリヴェータの後を追う。
二人の手放した凧も遠い遠い空の彼方へと飛んでいった。
リヴェータは走りながら、収納の指環から装備を出して器用に装着していた。
エリザベスは、剣だけを出して手に持っている。
エリザベスの装備は、見ばれする可能性を減らすために、以前の装備と見た目が似ていないことを優先して揃えた。
エリザベスに特に希望などがなく、結果として騎士の装備のように派手な装飾などがなく、金属として優秀なミスリル製の装備一式になった。
武器防具共にBランクの物で、特に特殊能力なども備わってない。
もちろん、収納の指環も装着している。
将也たちが悲鳴の聞こえた所に着くと、ガラの悪い四人の男が、犬の耳が生えた少女二人を捕らえていた。
少女たちは犬の亜人だろう。将也も街で見かけたことがある。
男たちは盗賊かなにかといったところだろうか。
「おとなしくしろ!この!」
「しっかし、運がねーよなー。あれだけの人間がいる場所を襲って成果がガキ二人とは」
「しゃーねーだろ。俺たちは四人しかいなかったんだし。それに俺はガキでも充分楽しめるぜぇ」
「けっ、ロリコン野郎は黙ってやがれ」
「いや!離して!」
少女たちが盗賊たちに縛られ始めた。
「あんたたち!その子たちを離しなさい!」
リヴェータが剣を構え盗賊たちに声を発する。
「なんだ?お、すげぇ上玉じゃねぇか!」
「あぁ、どうやら俺たちに運はあったみたいだな」
「おい、見ろよ上玉が二人もいやがるぜ。男は見えねーや」
「ちげぇねぇ。どーせいなくなるしな」
将也たちに気付いた盗賊たちが、ゲラゲラと笑いながら話し出す。
盗賊の手元に少女たちが縛られているため、リヴェータは手を出しあぐねている様子だ。
リヴェータにこんな1面があったことを少し意外に思いながらも将也は助け船を出す。
足下の小石を2つ手に持ち、少女たちを掴んでいる盗賊二人の肩に投擲する。
石は盗賊たちの肩を貫通し、痛みのため少女たちから盗賊たちの手が離れる。
少女たちは将也たちの方に逃げてきた。
こちらに向かってくる少女たちと入れ替わりでリヴェータが盗賊の方へかけていき、肩を押さえ痛みに悶えている盗賊の1人の首を撥ねようとするも、無傷の盗賊の1人に間に入られ剣で防がれてしまう。
同時に無傷のもう一人が横からリヴェータを切りつけようとしたが、リヴェータはそれをかわして、将也たちの元へ引いてきた。
肩を貫かれた者も片手ではあるが剣を抜いており、盗賊は四人ともに戦闘態勢に入った。
「俺がてきとーに痛めつけるから、リヴとエリーはその子たち見といてあげなよ。君たちが手を汚す必要はないよ」
将也はポケットから帝挺如意棒を取りだし、武器サイズに大きくする。
リヴェータとエリザベスはこれから起こる惨劇を少女たちに見せないように、少女たちを優しく抱き締めている。
「べつにお前たちに恨みはないんだが、ま、成り行きってことで許してくれ」
将也は、帝挺如意棒をその場で浮遊させると、形状を剣に変化させる。柄が赤で剣身が金の細長い剣となった。
盗賊たちが、先手必勝とばかりに一斉に将也に向かってきた。
将也は如意剣を低く飛ばし、向かってくる盗賊たち全員の踝の辺りを両断していく。
足先を切り飛ばされた盗賊たちは、将也にはたどり着かず、走っていた勢いの前のめりに倒れこみ、その場で足を押さえて悲鳴をあげる。
「ぐぁぁぁあぁぁ!」
「いてぇ!いてぇよぉ!」
「なんなんだよおまえはぁ!」
「持っていかれたぁ!足がぁ!俺のあしがぁー!」
将也は如意剣を小さな状態の棒まで戻し、ポケットにしまう。
「さぁ、行こうか」
盗賊たちを放置してとりあえずその場から離れようとする将也たちだったが、後ろから盗賊の1人が声をかけてくる。
「待てよ!てめぇは絶対許さねぇ!こいつは使いたくなかったがこうなったら仕方ねぇ、ぶっ殺してやる!」
盗賊の一人は懐から黒い小さな宝石の着いた指環を取りだし、指にはめ短い詠唱をした。
すると、盗賊の体からエネルギーというかオーラというか気のようなモノが溢れ出て、指環に吸い込まれていった。
「へへこの指環はすげー疲れるらしいからな。お前にはその分もたっぷりと仕返ししてやるぜ」
盗賊からの気の流れは止まらない。止まるどころか、どんどん気の奔流が大きくなっていく。
「な、なんだこれ!は、話が違うじゃねぇかよ!おお、おうあおあ、お、……かし……ら、ぁ……」
盗賊は体中から全てを吸い尽くされたように干からびてミイラのようになって死んだ。
と、同時に残りの3人の盗賊からも同じ様に気の吸収が始まった。
少しすると残りの3人の盗賊も最初の一人の様に干からびたミイラの死体となった。
盗賊たちからの吸収が終わると指環の黒い宝石がパキンと砕け散った。
そして、そこに黒いオーラが渦巻き、何かを形作っていく。
オーラの成形が終わると、禍々しいほどの黒い体で、血のような赤い瞳の体長1メートルほどのウサギが二足直立の状態で現れた。
カシャリ。とりあえず[鑑定]してみる将也。
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精製魔獸:蝕型 (4人分) 状態:暴走、蝕み
0歳 レベル71
力:236
防御:181
魔力:280
俊敏:369
スキル:『暴走狂化』
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良くわからない単語が出てきたが、弱そうなので、問題なしと判断する将也。
なんか大掛かりな雰囲気まで出しといてこの程度かよとも思った。
「あ、あれは……!」
将也の横でエリザベスが小さく声をあげた。
その表情には驚きと恐怖が少し表れていた。
「エリーあれ知ってんの?」
「あ、いえ、あんな魔物は見たことはないのですが、その…、似ている様に感じたんです。……私が護衛任務中に襲ってきた魔物と」
少し歯切れ悪く説明するエリザベス。
呑気にくっちゃべっている将也たちに向かって、黒ウサギが1足で跳躍してくる。
将也もそれに合わせて跳躍して、少しだけ力を込めて黒ウサギを殴り、黒ウサギを爆散させる。
ボパンという音とともに黒ウサギの体が細かく弾け飛んだあと、飛び散った黒ウサギの残骸は黒いオーラとなって空中に四散した。
「大丈夫だよエリー。俺といれば大概のことは問題にならないから」
エリザベスに優しく語りかける将也。
死体が見えなくなる程度に移動し、エリザベスとリヴェータが少女たちから手を離し、縄をほどいてやる。
「助けてくださってありがとうございました。私はマオっていいます」
「私はミオです!」
少女たちがお礼と自身の名を述べる。
少女たちとともに街へと歩きながら、色々話を聞いていく。
マオとミオは姉妹で、姉のマオが12歳、妹のミオが11歳とのこと。
マオが、セミロングの銀髪の綺麗な顔のお姉ちゃんで、ミオが、短金髪のかわいいお転婆お嬢ちゃんといった印象を受ける将也。
ここから遠いところにある亜人の集落で両親と四人で暮らしていたが、皆で森へと出かけたときに先ほどとは別の盗賊に捕らわれたとのこと。両親はそのときに抵抗したことで殺されたそうだ。
最初に捕らわれた盗賊から奴隷商人に売り飛ばされ、その奴隷商人の商売のために転々と各地を連れられていたらしい。
そして今回サザールの街へと向かっていた途中に奴隷商人の馬車が先ほどの盗賊四人組に襲われた。
奴隷商人が金をケチって護衛を二人しか雇っておらず、護衛が残り盗賊の足止めをしている間に馬車は逃げていたのだが、護衛二人ではすぐにやられて追い付かれてしまうと考えた商人がミオを囮として馬車から下ろして置き去りにしようとしたのでマオも勝手に馬車から降りたのだ。
そして、案の定すぐに追いかけてた盗賊四人組に追い付かれて今に至とのこと。
話を聞いたリヴェータは胸を痛めている様な様子だが、将也とエリザベスは完全にノーダメージだった。
将也に至っては、
(まあ、奴隷商人のその場での判断は中々合理的だけどね)
などと思うほどだった。リヴェータの手前、決して口には出さないが。
街へ着くと、門兵は亜人の少女たちに少し嫌な顔をしたが、雇い主が将也であるために何も言うことはなかった。
屋敷へ戻ると、料理人に「何か美味いものを五人分用意しておいてくれ」と言いわたし、
料理を待っている間にエリザベスとリヴェータがマオとミオを風呂に入れる。
マオが最初は遠慮していたが、ミオがはしゃいで風呂にダイブするように入っていったことですぐに折れたとリヴェータが話してくれた。
風呂から上がってきたマオとミオを食卓に着かせて、料理を振る舞う。
メニューは鶏肉のソテーとポタージュスープと柔らかいパンだ。
またしても、マオが、
「助けて頂いた上にお風呂まで入れて頂いて、料理まではいただけません。私たちでは、何もお返しでませんから…」
と遠慮していたのが、腹の音が鳴り、目は料理に釘付けだった。
ミオもさすがにこのような高級そうな料理に勝手に手をつけるのはまずいと思ったのか、腹の音をかき鳴らしよだれをだらだらと垂らしながらも姉の判断に従っている。
今回は中々折れない二人を見て、将也は自分の分の鶏肉を切り分け、フォークに刺してミオの口元に持っていく。
目の前にやって来た鶏肉をミオが条件反射のように、パクっと勢いよく食べた。
「ミオ!」とマオが、注意するも、口元を弛ませながら幸せそうに肉を味わっている妹を見て、羨ましくて堪らないと顔に書いてある。
将也は同じ様に鶏肉を切って、マオの口元へ持っていく。
今にも口が開きそうなマオに、将也が「いいよ」と優しく言うと、
マオは頬を少し赤らめながら、あむっとゆっくり肉を食べた。
それからはマオミオ姉妹は、料理を懸命に食べたいた。
よほどお腹が空いていたのかマオでさえ、ミオと同じくがっつくように勢いよく食べている。
そんな二人の様子を見ながら、
(ああ、やっぱ心の優しい俺にはこいういうほのぼのとした方が合うなぁ)
と、つい先ほど人間の足を8本ほど切り落とした将也は思うのだった。




