第18話:豚狩
※今話は、伯爵→将也→騎士の順で視点が移ります。
サザールの街を治めるアンリ伯爵は今まで生きてきた中でも、
経験したことのない異常な事態に直面していた。
それが、今まさに自分の館に押し寄せて民衆たちのことである。
さきほどまで広場で何やら騒いでいた民衆たちが自分の館に押し寄せてきたのだ。
最初は広場から聞こえてくる喧騒に、何やら広場で民たちが騒いでいるなと思う程度だった。
王族殺しの事件については民衆たちの耳にも入っているので、それについて議論でも白熱しているのだろうなどと考えていたのだが、自分の元に駆け込んできた兵士からの報告によって、すぐにそれが間違いであることを知る。
自分に不尊を働いた不届きな若造に、昨日までのこの数日間痛い目を見せようと兵たちをけしかていたのだが、いずれも護衛らしき集団に撃退されたあげく、騎士団の受け入れの準備で仕方なく放っておいてやったら、あろうことかその若造が民衆を煽って自分にけしかけてきていると聞かされる。
報告を聞き終えた頃には民衆が自分の屋敷の前に到達しており、今の状況が出来あがっていた。
「全く、なんなのだというのだ。忌々しい小僧めが!わしは今国王陛下の騎士たちを歓迎する準備で忙しいというのにこの上余計な手間までかけおって!」
「そ、それで、外の民衆はいかがいたしましょうか?」
部下がおどおどと聞いてくる。今は下淺な民共のことなどに時間を割く暇などないというのに。
「放っておけ!バカどもは飽きればそのうち帰るだろう。兵士を使って館にだけ入れぬようにしておけばよい!」
「か、かしこまりました」
部下がそそくさと伯爵の執務室から退室しついく。
伯爵も騎士団を迎え入れるための自分自身の色々な仕事をこなすのに戻るが、どうしても例の若造への怒りが沸き上がってくるのを止められない。
「くそがきめぇ。騎士団の件が無事済んだら飛びきり残虐な方法で殺してやる!」
「おいおい、それじゃタメだろ。そんなにムカつくんなら今すぐやらないと」
自分しかいないはずの部屋で返事の帰ってくるはずのない怒りの言葉に、聞き覚えのある忌々しい声で返事が帰ってくる。
気付くと、自分前に今一番殺してやりたい青年が立っていた。
「な、なぜ貴様がここにいるっ」
突然目の前に現れた将也に驚愕を隠せない様子のデブ伯爵。
「よ、俺からのプレゼントは気に入ってもらえたかな?」
窓の外に溢れる民衆たちを指差しながら言う将也。
「何がプレゼントだ、ふざけおって!おい!おい!誰か!賊がおるぞ!」
部下を呼ぼうと大声を出す伯爵だったが、誰も来ることも返事もない。
「だれかおらんのか!何をしておるのだ!」
DAN!DAN!と机を叩きつけ乱舞しながら、大声で叫び散らす豚伯爵だったが、どれだけ喚いても部屋の外からは反応どころか物音1つ聞こえない。
将也が屋敷内の他の者は全員眠らせて屋敷の金庫部屋に放り込んでいるので、誰かに豚声が届くことはない。
異常な雰囲気を感じ取り、表情を歪め始める伯爵。
「お困りのようだから俺が代わりに人を呼んできてやるよ」
将也が1度執務室出ると片手で人を引き摺りながらすぐに戻ってくる。
引き摺られてきた人物が、伯爵を見つけると床をズリズリと這いよってくる。
「ば、ばくしゃぐざまぁ~」
「ひぃ、なんだお前は!?ん、き、君はゼニキス君か?」
ゼニキスが涙を流しながらこくこくと頷く。
ボコボコに腫れ上がり変わり果てた姿のゼニキスに驚く伯爵。
「き、貴様!な、ゼニキス君に何をしたんだ!」
「はい、不正解。今の状況ではそこの虫けらが何をされたのかよりお前がこれから何をされるのかの方がお前にとってはよほど重要なことじゃないのか?」
と言いながら、伯爵にナイフを突き付ける将也。
「な、何をするつもりだ。分かっておるのか。伯爵であるわしにこんなことをすればただではすまんぞ」
強がりながらも冷や汗を流し始める伯爵。
「お前にもそこのゴミと同じように民衆の前で今までに働いた悪事を公表してもらうことにするよ。まあもっともお前の場合は既にそこのゴミ虫けら絡みの悪事はバレてるから公表自体はさほど重要じゃないけどな」
将也はシャッと伯爵の頬をナイフで軽く切った。
少し傷つけただけなのに大袈裟に大声で痛がり出す伯爵。
「うるせーな。少し黙れ」
将也は伯爵の首を掴み持ち上げる。
伯爵が黙ったところで、そのまま手を離す。
どすんと尻餅をつき、ゲホゲホと噎せる伯爵。
「き、貴様の望みは何だ。何が欲しいというのだ」
この期に及んで自分が何か支払えば解決できると思っている豚伯爵。
「じゃあ金貨を100枚ほど貰おうかな」
「ふん、下淺なやつめ。そんなものいくらでもくれてやるわ。おい!」
誰かを呼ぼうとする伯爵だったが、誰も来ないことを思い出し、荒い足音で部屋を出ていく。
将也もそれについていく。
金庫部屋の前につき、鍵を開けようとするが、既に鍵が開いているようで少し違和感を感じながらも扉を開ける伯爵。
直後自分の目に飛び込んできた光景に、伯爵は開いた口を塞ぐことができなくなる。
広い広い金庫部屋に溢れるようにあるはずの自分の金銀財宝が1つもなく、代わりに自分の屋敷の警備の兵士や使用人が部屋の中で眠っていた。
「ばくしゃぐざまぁ~。速く金貨をよこせよ~」
将也はさっきの青狸の様子を軽くパロって催促する。
「ま、まて何かの間違いだ。貴様何をした!」
将也は伯爵の顔の真ん中を殴る。伯爵はダラダラといつぞやの将也のように鼻血を流し始めた。
「そんなことは良いからさっさと金貨を差し出せ。それともここでもっと痛い目に会ってから死ぬか?」
伯爵は鼻を押さえながら、他の部屋を捜索し始める。
しかし、どの部屋もあまつさえ廊下などでさえ、物が完全になくなっていた。
予め将也が執務室以外の屋敷内の物を勝手に全て徴収していたのだが、それを誰よりも理解している将也がニヤニヤ顔で伯爵の肩に手を置き語りかける。
「おいおい~。金貨どころか何もないですな~。これじゃ伯爵様もあのボロボロの男と同じ運命を辿るしかないですな~」
「ふ、ふざけるな!こんな事があって良いわけがなかろう!わしは伯爵だぞ!貴様などが……」
喚きながらごちゃごちゃと言い出した伯爵を片手で屋敷外に引き摺っていく将也。
伯爵は引き摺られながらもごちゃごちゃと喚き続けている。
何ともたくましいものだ。
屋敷の門の所に来ると、溢れ来る民衆と、それをギリギリで抑えている兵士たちが目に入った。
将也のせいで、屋敷から増援が来ることはないので兵士たちは限界にちかいようだ。
後ろから将也に引き摺られてくる伯爵の姿が目に入るも、手を離すことができない様子。
民衆は屋敷の中から将也が伯爵を引き摺ってくるのを見つけると一旦おとなしくなった。
兵士たちは、民衆がいつこちらに圧をかけ始めるかわからないため動くに動けない。
将也は戸惑っている兵士たちの元に行き、一人ずつ片手で手刀を繰り出し眠らせる。
ゆっくりと人々が門の内に入ってくる。伯爵邸の敷地内はすぐに民衆で溢れかえる。
「皆さん!私は宣言通りこの巨悪を弾劾する場を今から設けることにする!」
民衆のボルテージが上がる。
「さあ、共にこの悪の権化の告白を聞こうじゃないか!」
「うぉぉぉぉぉぉぁあおぉぉいあぉぉ」
「き、貴様ら!下淺の民が何の断りもなく貴族の屋敷に入って良いと思っているのか!」
まだ喚くことができる伯爵に、やれやれとジェスチャーで表現しながら将也が話し出す。
「見ていただいてお分かりの通りこいつは自分の悪事を悪いとは思っていないらしい!だから我々がこいつに罪を償わせてやろうではないか!」
「いいぞ!」、「そうだ!ぶっ殺してやる!」などと叫びながら、荒くれ代表のような者たちがこちらに駆け出そうとするが、将也が手を出して制止する。
「暴力はダメだ!暴力という罪を働けば我々もこいつと同じになってしまう!」
「それもそうか!」、「じゃあどうすればいいんだぁぁ」などとさきほどのゼニキスの時のことは既に忘れたかのような声が聞こえてくる。
きっと、今の声の主たちはさっき広場にはいなかったのだろう。
「そこで、だ」
将也は異空間から大岩を出した。ゴリラの山で手にいれたものだ。
「ここにこの罪人の罪の重さと同じ重さの岩を用意した。これを」
といって、『完然神通力』で少し小さめの手のひらサイズに分割し、フワフワと宙を浮かべて民衆に渡す。
将也は自分の手にも持った石を掲げながら、伯爵の横から民衆の元へ移動する。
「さあ、これでやつの罪を洗い流してやろうじゃないか!」
この後自分に起こるであろう事態を理解し、将也の拘束がなくなった伯爵は急いで後方に逃亡しようとする。
伯爵が動き出すと同時に後ろから民衆の投げた大量の小石が降り注いでくる。
大量の小石に当たった伯爵はその場にうつ伏せに倒れるもその上から大量の小石がさらに降り続ける。
うずくまるも、体中に持続する痛みと頭に当たった何発目かの小石が伯爵の意識を奪い取った。
伯爵が石責めされた翌日、罪人を連行している騎士団がサザールの街に着いた。
40名ほどの精鋭騎士たちを率いる隊長の、キースは街に漂うおかしな雰囲気と自分たちをアンリ伯爵の屋敷まで案内するものなどが誰も来なかったことに疑問を感じていた。
キースは、金髪を三つ編みのお下げにした、隊長にしては若く見える男の騎士だ。
(これは一体どうしたというのだ?何だこの街の雰囲気は?どうして誰も案内にも来ないのだ?まさかアンリ伯爵様に何かあったのだろうか?いや、それにしては門の所では何も聞かされなかったし)
色々な疑問がキースの脳内を渦巻く。周りの他の騎士たちも同じような様子で皆一様に不安気な表情をしている。
やがて、何もわからぬまま、伯爵の屋敷に到着したキースたちは、さすがに屋敷の門では出迎えが来たことに少し安堵しながら、使用人に馬を預け、自分たちが宿泊する別館に案内される。
別館で各自の一旦の荷下ろしや、罪人の拘束と見張り等の役割を指示してからキースは副隊長とともに本館に伯爵への挨拶をしに行く。
伯爵の屋敷の扉をくぐった瞬間に異様な光景がキースと副隊長の目に入る。
玄関に何もないのだ。調度品や、美術品などはもちろんのこと、絨毯さえもない。
目を疑うキースたちだったが、案内する使用人がこの光景に何も反応しないため、何かが起こっていると思い警戒しながら伯爵の執務室へと向かう。
途中に通る屋敷内のどこにも何も者がなく、キースの不安は加速していく。
やがてたどり着いた伯爵の執務室の扉をノックする。
「入りたまえ」と部屋の中から許可され入室する。
「やぁ、いらっしゃい」
扉を開いたキースたちの目の前に現れたのは、傷だらけでボロボロの姿で執務机の椅子に座るアンリ伯爵の姿と、
執務机の上に笑いながら座っている見慣れない青年の姿だった。