第17話:狸猟
金貸しの店へと着いた将也は堂々と正面から店に入っていく。
店の中の人間は例外なく、忙しそうに仕事をしていた。
金貸しが奥の方で文官らしき格好の人物と何やら話しているのが見えた。
件の騎士たちの受け入れのことで伯爵から何か要請でも受けているのだろうかと将也は思った。
「いらっしゃいませ。本日は融資のご相談でしょうか?」
将也に気付いた店員が声をかけてくる。
「いえ、ここの店主に少し用がありまして。何やら来客があるようなのでここで少し待たせて頂くことにします」
将也が、店内の椅子に腰かけて少し待っていると、奥から文官らしき者がきてそのまま店を出ていった。
金貸しのチビ狸もぶつぶつとぼやきながら奥から出てきた。
「まったく、あのアホ伯爵だけは。受け入れの準備ぐらい自分だけでしたらどうなんだ。これだから欲深いだけに豚は嫌なんだ」
などと見事な棚上げ力を周りに見せつけながら歩いてきた金貸しが将也の姿に気づく。
「な、貴様!なぜ貴様がここにいるのだ!」
「いやぁ、あんたらが俺の方に来なくなったから俺が来ちゃった」
ぺろっと可愛く舌を出す将也。
「相変わらずどこまでもふざけおってぇ。生憎今わしは貴様などに構ってやる暇はないのだ!本当なら今すぐに八つ裂きにしてやりたいところだが。手が空いたら貴様を存分に痛めつけてやるからそれまで大人しく待っておれ!」
「そういうわけにもいかないんだ。今日はお前が調子に乗った落とし前をわざわざつけに来てやったんだからな」
将也がパチリと指を鳴らす。
すると店内にいる将也と青狸以外の者が意識を失って崩れ落ちる。
将也が『完然神通力』で全員を眠らせたのだ。
「な、なんだこれは!貴様なにをした!?」
驚愕する金貸しの問いに、将也は不敵に笑うのみである。
狸男が店外へと逃げようとするが、ドアが開かない。
「なんだ!なにをしたんだ!お前はなんなのだ!」
「とりあえずお前の全財産を差し出せ。俺の言うことに従わなければ殺す」
「ふ、ふざけ
将也は、反抗しようとした金貸しの左手の人指し指1本をポキリと折った。
「ぎぃやぁぁぁあぁ!」
痛みに悲鳴をあげる狸男の目の至近距離にナイフを突き付ける。
「言われた通りにしろ。次はその目をくり貫くぞ」
「わ、わかった。いくらだ?いくら払えばいい?」
「全部だ。何度も言わせるな。命が惜しければお前が持っている命以外の全てを寄越せ」
「な、いくらなんでもそれは勘弁してくれ!伯爵にも頼まれていることもあるんだ」
将也はさきほど追った指の隣の小指を爪先から一センチほど切り落とす。
金貸しは再び大きな悲鳴をあげる。
「さっさとしろ。それとも死にたいのか?」
「わわ、わかった」
ようやく大人しくなった青狸男は負傷した左手を抑えながら将也を金のあるたころへ案内していく。
まずは、店舗の接客する部分に常駐させてある金を回収した。
だいたい1000万ルベルほどあるとのこと。
次に店舗の奥のスペースにある倉庫部屋の金庫から金を回収する。
ここには、硬貨の他に権利書やら何やらの書類などもあったが、将也には必要ないのでとりあえず全て燃やしておいた。
ここでは、2億ルベルほどの額を回収した。
次に2階にある金貸しの居住区というところで、調度品や美術品と少しばかりの宝石類と金を回収した。
狸男はこれで全部だと言ったが、やけに素直に2階を案内したことと2階に隠されていた財産が少なかったことに将也は違和感を感じていた。
とりあえず「嘘をつくな。隠しているだろう。全て出せ」とナイフを突き付けて脅すと、これ以上はないと言い張るが目が泳いでいた。
ふと、金貸しが右手いっぱいに着けていた指環が将也の目に止まる。
一見ただのアクセサリーのようであるが、リングの部分に刻まれている文字で収納の指環だと分かる。
金貸しから指環を全て取り上げて、指に入ると収納されている物の情報が将也の頭の中に流れ込んできた。
どうやら、指環5つ全てにかなりの量の硬貨と財宝などが蓄えられているようだ。
指環を外し、将也の異空間に放り込んでおく。
「た、頼む!それは返してくれ!それはわしは長年頑張ってためてきたものなのだ」
金貸しが嘆願してくる。
将也は、さきほど切った小指をもう一センチほど切り落とすことでそれに答える。
悲鳴をあげ、ごちゃごちゃ嘆願できなくなる金貸し。
結局この数時間でかなりの額の金を手にいれた将也だった。
おそらく、金貸しの話からすると合計で10億ルベルほどだろう。
領主と癒着した、街の金融王ならこのぐらいはもっていても不思議じゃないかと考える将也だった。
「じゃあ、今からお前には街の広場で伯爵とつるんで今までしてきた悪いことを洗いざらい公表してもらうから。でっかい声で頼むな」
「な、勘弁してくれ!そんなことをすればわしは伯爵に殺されてしまう!」
伯爵の報復に怯えて拒否しようとする金貸しだったが、将也に左手の親指を根元からずっぷりと切り落とされる。
いい加減悲鳴がうるさいと思い出す将也。
「お前そろそろ状況わかれよ。そんなことをしなければお前は俺に今すぐに殺されるんだぞ?」
「き、貴様こそわしを殺せば伯爵が黙ってないぞ!」
金貸しが吠え出すが、将也に右手親指の爪を剥がされ、爪のなくなった部分をえぐられたことで悲鳴しか出なくなる。
「あのな、こんなことしといてその後のことを俺が何も考えてないと思うのか?お前1匹殺そうが、豚伯爵1匹に狙われようが俺には何の問題もないからお前は今ここで俺に痛めつけられてるんだよ」
将也の言葉に青狸の理解が追い付き、急激に顔が青ざめていく。
「か、勘弁してくれ。わしが悪かった。この通りだ」
土下座をしながら許しを乞い始める金貸し。
「だーめ。じゃ、いこっか。後は広場で楽しい演説さえしてくれれば俺は解放してやるよ。俺はね」
金貸しの襟元を掴んで引き摺りながら店外へと出ていく将也。
そのまま街の中央にある広場へと向かう。
道の途中で街の人々に見られまくったが、気にすることなく青狸を引き摺りながらテンポよく歩いていく将也。
金貸しは静かに泣きながら引き摺られている。
広場の少し手前で、道に置かれてあった木箱のようなものを勝手に拝借していく。
広場の真ん中に木箱を置き、その上に二人で立ち、将也が声をあげる。
「街の皆さーん。ちょっといいですかー。僕はSランク冒険者のイワシロと言います。今日はこちらの金貸しのゼニキスさんが皆さんに話したい事があるらしいので付き添いできましたー」
将也は、片手で冒険者カードを人々から見えるようにかざし、もう一方の手で縮こまっている青狸を指しながら、最初は軽い口調で声を張って話す。
急に中央で話し始めた将也に広場の人々の注目が集まる。
「じゃ、お願いしまーす」
と言って青狸を前に立たせ、耳元で「死にたくなければさっさと話せ」と呟く。
「わ、わしは…アンリ伯爵と癒着して自分たちの私腹を肥やすために色々な悪事を働いてきた。………」
ゆっくりとではあるが、観念したように金貸しが人々に向けて告白し始める。
「なんかSランク冒険者の人から発表があるらしいぞ」とか、「広場で何かやってるから行ってみようぜ」などと言い寄りながら徐々に広場に大勢の人が集まってくる。
真昼の広場で、日の光と街の人々の視線を一身に浴びながら青狸の告白が続いていく。
将也は、視界の端にリヴェータたちを見つける。
リヴェータとベルクたちは、驚いた顔をしながら成り行きを見ている。
金貸しと伯爵は語り尽くせないほどの悪事を働いていたらしく、ゼニキスの公表が中々に終わらない。
最初は耳を澄ませて聞こうとしていた聴衆たちも、徐々に大声でゼニキスを罵倒し始めていた。
そろそろ頃合いかと判断した将也は、ゼニキスに代わり話し始める。
「皆さん。落ち着いてください!声をあげるだけでは皆さんの怒りは収まらないでしょう!なので、私が正義の名の元に連れてきたこの極悪人を皆さんに引き渡すので好きに怒りを晴らしてください。こんなふうに」
と言って、ゼニキスを普通に1発殴り、木箱の上から特にヒートアップしていた人達の方へ落とす。
地面に落ちたゼニキスは熱くなった民衆に、途端にボコボコにされ始める。
それを上から眺めていた将也に声がかかる。
「まて!まて!お前たち!何をしておるのだ!お、お前」
民衆を掻き分けてやっとの思いで将也の元にたどり着いた兵士が、将也の姿に驚いた。
将也を襲撃しにきたことのある兵士なのだろうが、将也は兵士の顔など覚えてはいない。
自身が遭遇した初めての異常な事態に、木箱の上まで来ておいてどうすれば良いのかわからなくなっている兵士を指差し、将也が民衆に向けて語り出す。
「皆さん!こいつはもう一人の極悪人のアンリ伯爵の手先の兵士ですので、私が皆さんに代わって正義の鉄槌を下します!」
「うぉぉぉぉぉぉぁあ」と拳を高く掲げたりしながら盛り上がる民衆たち。
(ばかどもが。悪いやつ用意して正義だとか言えばすぐ盛り上がってくれるもんだからマジで楽山楽男だぜ)
将也は1度拳を高く振り上げてから、「民の怒りを思い知れ!」などと叫びながら派手に兵士を殴り飛ばした。
地面に落ちた兵士はヒートアップし過ぎた数人に殴られている。
「皆さん!Sランク冒険者である私が皆さんに約束します!必ずや正義の名の元に巨悪の根元のアンリ伯爵もこのように皆さんの前に引き摺り出し、皆さんと共に弾劾することを!」
将也の言葉に合わせてこの日一番の歓声が沸き起こった。
鳴り止まない歓声の端で怒号と悲鳴が聞こえ出す。
武装した兵士たちが、民衆を散らしながら将也の元へ向かってきている。
人混みのなかをゆっくりとこちらに進んでくる兵士たちに向けて言い放つ。
「では、悪の手先の諸君!君達の親玉の極悪伯爵に宜しく伝えておいてくれたまえ。お前が悪事を働き続けるようなら民衆の味方の私が相手になるぞ!と。では、さらばだ!」
将也が最後の言葉を終えると将也の姿がその場から消えた。
鳴り止まない歓声とそれを止めようとする兵士たちがその場に残った。
『完然神通力』で広場から宿の部屋に転移した将也は、リヴェータたちの帰りを待つ。
しばらくしてリヴェータたちが帰ってくると、ニヤニヤしながらリヴェータに話しかける将也。
「どうだった?自分的にはけっこう面白かったと思うんだけど。リヴ的にはどうだった?」
などと、リヴェータと他の者にも聞いていくが概ね「趣味が悪い」と不評だった。
※この話の中で出てくる正義はおっぱいじゃない方の正義のことです。
一応。