第13話:ゴリラと馬
人生で一番清々しく目覚めた将也は、鳥のように軽やかな心持ちでギルドへと向かう。
リヴェータは、夜のことでお疲れの様子で宿で休んでいる。
街の人達に怪訝な目で見られていることなど歯牙にもかけず、ニッコニコ顔で朝の街道を将也はギルドへと歩いていく。
ギルドへと着いて、受付のセシリーさんの元へ向かうと、セシリーさんは将也を見かけてすこし怯え、将也が何故か満面の笑みであることでさらに怯えた顔になった。
「おはようございます。昨日僕に用があると言っていたので伺いました」
「お、お越しくださってありがとうございます。支部長がお待ちですのでこちらへとお願いします」
セシリーさんに案内され、二階の支部長の執務室に行く。
「お待ちしておりました。本日はお越しくださってありがとうございます」
執務室へ入ると椅子に座っていたモーガンが立ち上がり、緊張した面持ちで深く頭を下げながら将也に挨拶した。
左腕や片目片耳はなく、先日のままの姿である。
この世界には、病院というものはなく、怪我や病気の治療は人間の間では一般的に神殿で行われている。
神殿というのは、人間の国のほとんどで信仰されている光神教と呼ばれる宗教のもので、
神殿に控えている僧侶が回復の魔法を使え、お布施をすることで治療を受けられる。
僧侶各々の力量によって、回復できる範囲は違うが、この街の神殿では、身体の部位欠損までも修復できる僧侶がいるとのこと。
にもかかわらず、モーガンが治療を受けた様子がないのは、金銭的なことなど何か受けられない理由があるか、単に後日受けるつもりなだけなのか、将也への怖れなどの何かしらの考えなどがあるのかはわからなかったが、今の幸せいっぱいの将也にはどうでも良いことだった。
モーガンに促されソファーに着席し、モーガンも将也の対面のソファーに座る。
セシリーさんは将也を案内してすぐに退出している。
「呼んでいただいた御用とは何ですか?」
「はい、実は、イワシロ様にお伺いしておきたいことがございまして…」
「伺いこととは?」
「その、冒険者ランクのことですが、イワシロ様の強さをギルド側の私が認識したことで、私の権限でイワシロ様の冒険者ランクを上げることができます。しかし、実際に依頼をこなした実績などがなく、また、決闘のことについても、その、あまり周りに言い触らせるような事ではないので、イワシロ様の希望がなければ冒険者ランクはそのままにしておくつもりです。いかかでしょうか?」
自分の力や正体について何かしらの詮索をされるかもと思っていた将也であったが、モーガンはそんなことなどとても出来ない程に恐れをなしているようだ。
モーガンは自分や家族を含めたこの街そのものを人質に取られていると思い込んでいるので無理はないのかもしれない。
「ああ、そんなことでしたか。でしたらSランクにしておいてくれれば良いです。今ここでランクを上げておいた方が後々面倒も少なそうですしね」
「そ、その、Sランクになったらなったで、王族からのほぼ断れないような指名依頼などが増えたり、有事でのギルドへの貢献など、ややこしいことをあるとは思いますが大丈夫でしょうか?」
「かまいませんよ。ギルドを通して僕に面倒が及ぶようなことがあれば、ギルドを含めてその全てにしっかりと対応をするだけです」
「っ!、了解しました。ギルド側としても、イワシロ様にお不便はかけないように全力を尽くさせていただきます。では、ギルドカードの更新をさせついただくのでカードをお貸しください」
「はい、どうぞ」
カードを受け取ったモーガンは、少しだけお待ちくださいと告げて部屋を出ていき、5分も経たないうちに戻ってきた。
「お待たせしました。ギルドカードをお返しします。Sランクになっているはずですのでご確認ください」
カードを確認すると、依頼達成などの数字は相変わらず0のままだが、ランクだけがGからSに変わっていた。
「たしかに、Sランクになっていますね」
「Sランクに関することで何かご不明な点があれば、受付の者にお聞きしてください。本日はわざわざお越しくださってありがとうございました」
来たとき同様に深々と頭を下げるモーガンを後ろに執務室を出る。
受付に向かい、初依頼を受けてみることにする。
受付で迷いなくセシリーさんのカウンターに行き、Sランクの依頼を見せてもらう。
Bランク以上の依頼は危険度が高いものが多いために案内板ではなく、受付で依頼書が管理されている。
勝手に挑んで命を落とすバカどもを減らすためだ。
Sランクの依頼を見ていくとほとんどが危険な魔物の討伐依頼であった。
とりあえず一番ヤバそうなやつを受けてみようと報酬額の高い依頼を探していると、一番高い3000万ルベルで「炎竜の討伐」というものを見つけた。
ぶっちゃけ何でも良いのでこれにしようかと思った将也だが、寸前で思い止まる。
『竜神』の能力で竜種は自分の眷属となっているのを思い出したのだ。
スキル的に自分の眷属だからといって保護したいわけではないが、わざわざ討伐するのもちょっと違うように感じられた。
次点で一番報酬額の高い依頼を探すと、2500万ルベルで「ハジャコングの討伐」というものがあった。
多分名前的にゴリラ的な何かで、ゴリラ的な何かは自分のスキルの眷属にも含まれないはずだと判断した将也はこれを受注することにする。
セシリーさんに「これ受けます」と言うと、かなりギョッとした顔をしていたが、何も言わず手続きを済ませてくれた。
セシリーさんから依頼の詳細を教えてもらった。
ハジャコングの生息している場所は街から北西へ馬で数時間程度の距離にある山の頂上付近で、ハジャコングはそこから動くことはなく、やってくる強い冒険者をひたすら撃退している正に覇者といった魔物らしい。
現状山から動かないからと言って放っておくわけにはいかないため討伐依頼がある。いつまでも動かないとは限らないし魔物の事情などはわからない。
Sランクパーティーも二組ほど破れており、討伐の困難さはかなりのレベルのようだ。
依頼のヤバさをどれだけ聞いても余裕の表情の将也に、
「ほんとに一人で行くんですか?さすがにやばくないですか?」
と、セシリーさんが問いまくる。
セシリーの問いまくりを軽く受け流し続けた将也は、最後に馬を調達できる場所だけ聞いてギルドを後にした。
馬屋に行き、購入する馬を精査する。
が、馬などそもそも生で見るのも初めてなため、良し悪しなど全くわからず結局てきとーに選ぶ。
2万ルベルで馬具など一式とセットで馬を購入し、いよいよ街を出る。
将也は、『金剛琿戟神体』の単純な移動速度でも、『完然神通力』による何かしらの方法でも移動は一瞬で済むが、馬に乗ったことはなかったのでせっかくだから馬で移動してみることにする。
初めての乗馬であったが、意外なほどうまくいき、2時間もかからないうちに目的の山についた。
などと甘いことはなく、街の外で四苦八苦したのち、馬屋に戻り、乗り方のレクチャーを依頼し、乗馬の訓練を受けたのち、道中で慣れるようにしながら、結局5時間ほどかけて到着したのだった。