第七話 ぶらりぶらり
フォークを持ち上げて皿へと運び、それにスパゲティを絡める。スプーンを支えに、ミートソースがしっかりと付く様に動かしつつ、フォークをくるくると回してスパゲティを束ね、そしていい大きさになったところで口元へと運び、一気に食べてしまう。口の中でひき肉とトマトの味が広がり、食欲を満たしてくれる。特別美味しいと言う訳でもないが―――悪くはない。アメリカンスタイルのミートボールスパゲティよりも、こういうタイプのミートスパゲティがやっぱり良いな、そんな事を考えながら正面、テーブルの向こう側に座るソフィーヤへと視線を向ける。彼女の前には自分同様、スパゲティが置かれてあるが、自分とは違い、完全に手つかずの状態だった。
「どうした、食わないのか? 体を動かして……はいないが、魔法を打ちまくったんだからそれなりに減ってるとは思っているんだが」
「あ、うん、そのはい。そうなんですけど……」
ソフィーヤの視線が自分の皿へと―――ミートソーススパゲティへと向けられ、そして普通に食べている此方へと向けられる。
「……普通に食べられるんですね」
「お前、本当はネット環境そのものから隔離されてない? 食べる事ぐらい普通だろ。まぁ、そんな様子だから俺に頼んできたんだろうけどさ……」
「あぅ……」
少しだけ萎縮し、フォークでスパゲティを突き始めた彼女の姿を見て、人選ミスではないか、と改めて考え始める。元々誰かに何かを教えるという人間ではない―――この世界に限っては戦ったり殲滅したり、そういう方向性の方が遥かに適性の高い人間だとしっかりと自覚している。そう愚痴ったところでどうせ総帥の事だからガン無視して来るのに違いはないのだ、考えるだけ無駄だ。
いけない、考え方がめんどくさくなって来ている―――そういうのはあまり好きじゃない。
「ま、アレよ。仮想も現実も生活って点では大差なくなってるから、一々疑わずに現実と同じように接していればいいんだよ。大体それで済む」
「ん……解りました……あむっ」
普通に食べ始める姿を見て、軽く息を吐きながら自分も食べ進める。相当ゲーム―――というよりVR環境そのものに慣れていないようにさえ感じる。口の中へと残りのスパゲティを叩き込むように運んで行き、普通すぎるその味にちょっとだけコメントに困りつつも―――大体、どこもこんなものだよなぁ、という軽い懐かしさを覚える。初めて遊んだ頃は美味しい店を探すために総帥といろんな店をはしごしたものだった。
―――もう九年も前の話だ。そりゃあ懐かしくも感じる。
そう思いながらスパゲティをまた、口へと運ぶ。
◆
食べ終わって支払いを済ませ店を出る。当たり前の話だがソフィーヤはほぼ無一文であり、最速で攻略を狙っている以上、そしてその世話を自分がまかされている以上、”必要な金は出せ”という事なのだろう。相当豪遊でもしない限りは余るほど資産はあるから別に困りはしないが、それでもあまり他人に貢ぐという感覚は正直解ったものでもない。ともあれ、インベントリから空っぽの革袋―――財布を取り出し、その中に一万Gだけ移しておく。それを持ち上げ、そしてソフィーヤの前で揺らす。
「とりあえず、基本的にこれがお前がここにいる間の活動資金だ。無くさない様にしっかりインベントリの中にしまっておけよ?」
こくり、と頷いたソフィーヤに財布を渡しつつ、話を続ける。
まず教えるのは―――宿の選び方と”相場”だ。
何と言ったって24時間べったりといられる訳ではないし、一人で歩き回る時間も欲しいだろう、そういう事を自由に行えるようになる為にも、ソフィーヤにそういう知識を口頭で伝えて行く。それほど難しい話ではない為、内容は割とざっくりしている。たとえば宿の選び方はそこまで悩むことではない。なるべくにぎやかで、大通りに面している場所を選ぶのが良い。
単純な話、繁盛している宿はそれだけの理由が存在するのだ。使いやすさ、サービスの良さ、メシの美味さ、安さ、悪い店は立地が良くても栄えないのが現実だ―――ボったくりバーが長続きしないのと同じ理由だ。だから利用されており、そして雰囲気の良い所を直観的に選ぶのが正解だったりする。少なくとも相当呑気か鈍感でもなければ悪い所には引っかからない。あとは冒険者協会から直接、オススメされている宿を利用するのも良い。少なくとも冒険者協会が騙す様な事は一切しない。故に、安全か、信頼できる宿は信頼のできる人物、或いは組織から聞き出すのが良い。
そして相場に関しては”極力人から聞かず、信用せずに自分の目で確認する”のが一番となっている。
似たような店舗や雑貨店が乱立してはいるが、インターネットの様な高度の情報交換方法がこの世界内では存在しない。世界の外側、或いはプレイヤーには掲示板やWIKI等のサイトが用意されてはいるが、それに一般NPC達は参加していない為、全体での相場というものが定まっていない部分が存在する。その為、地区ごとに値段の変動が存在したりするため、
基本は歩いて調査、メモって更に歩き、そして探すという事になる。街単位で価格が安定している場合はそこは良い所だ―――安定していない場合は少々無法者が幅を利かせている、と考えた方が良い。
「―――まぁ、この王国に関してはウチの所、【ネーデ・レドアヴニ】で大体価格の方を握ったから相場は安定している筈だ。二、三店舗程歩き回って値段を確かめればいいと思うぞ。ウチと契約結んでるところなら大体安心できる。商売だけは真摯にやってるからな」
「はぁ……?」
まぁ、まだ初めて一日なのだ。あまり色々言っても面倒だろうし、理解もできないだろう。ここばかりは現実で勉強するのと一緒だ。初日から情報を叩き込んでも覚えられるはずがない。だから最初は慣らすように軽く経験させ、そしてシラバスを渡すように触りを伝えるのだ。
だから、
「ま、今日は初日だしここまでだ」
息を吐いて腕を組む。
「好きな宿を見つけて、適当に買い物すりゃあいいよ。ずっと俺に言われてアレコレやるのもストレス溜まるだろうしな。とりあえず街の中ぐらいは自由に歩き回って、好きにすごしゃぁいい」
と言う訳で好きにしろ、と言った所でソフィーヤは此方へと視線を向けてきた。何か言いたい事でもあるのだろうか。そう思い、腕を組んだまま十数秒、何もせずに言葉を待っていても、ソフィーヤは何も言ってこない。軽い呆れを感じつつも、口を開く。
「……どうした」
「あ、あの、そのー……街を案内してくれたら助かるかなぁ、……なんて」
少しだけ、ほんの少しだけイラっとした。目の前にいるのが完全な初心者であることは忘れてはいない。それでも露骨に助けを求めて行く姿勢は個人的にちょっとイラっと来てしまうのはこの世界における自分が強者の位置に立っているからだろうか。まぁ、これも仕事だ。仕事、そう思えば何とかなる。
「……俺も特にこの街の事は詳しい訳じゃないぞ?」
「一人は寂しいかなぁ……って」
子犬かこいつ、なんて思いながらもそう言われると流石に断りづらい。仕方がない、と軽く言い訳をするように心の中で呟いてから、表情には変わることなく、営業用の微笑を浮かべておく。
「んじゃ、軽く歩くか……行きたいところとかあるか?」
「えーと……じゃあ、服屋さん? どういう服装が普通なのかなぁ、とか知りたいです」
「あぁ、女子としてはそこらへん気になるか」
「はい! 実はちょっと楽しみにしてます」
現実の女の子らしいなぁ、と思う。この世界の女子―――つまりはNPC連中はファッションよりも生き残る事優先だったりする為、服を選ぶ前に部位を選ぶような連中ばかりだし、自分の身近にいる女という生き物も基本、メイド服か性能で装備を選んでいるため、とてもだが見れたような恰好はしていない。それもそれで見慣れてしまった以上、自分がどうこう言う事は出来ないだろう。ともあれ、ホロウィンドウを表示させ、そこからネットにアクセス、WIKIから現在のヴェーデの店舗情報を調べ、服飾関係で評判の良い所を軽く検索し、ホロウィンドウを非表示モードにしておく。
「こっちっぽいな」
「では、行きましょう」
心なしか、魔法を放っているときよりも声が強く感じるソフィーヤと共に、街中を進んで行く。
◆
―――文化が変わってくれば服装も変わって来るのは当たり前の話だ。
ヴェーデの中でも評判が良いと言われた服屋は王都にある人気店の大きさと比べると少々小さく感じられたが、それでも中規模はあった。店舗の裏手には生産用の工房が見え、そこからは作業している人の気配を感じられた。交渉等ではなく買い物にいているため、素直に入口の扉を抜けて中へと入れば、様々な服をマネキンで飾る店内の姿が見える。現実の服屋では大量生産品がハンガーとラックにかかっているのが普通だが、そういう工場設備はこの世界では非常に”少ない”。決して存在しない訳ではないが、帝国にでも行かなければそう見かけるものではない。故に基本的にオーダーメイド、手作りとなっている為、一つ一つが丁寧にマネキンや壁に飾られ、カウンター奥の棚に生地がロール状になって収納、保存されている。
保存されている生地の数は色のバリエーションを含め、かなり多く、そしてカラフルになっている。店内で展示している服装の数もそれなりに多く、その様子から繁盛しているのが見える。何せ、規模の小さい店であれば飾る為に生地を使って服を作るのが”もったいない”のだから、展示品が多いのは羽振りが良いとも言える。
「おぉ、これがファンタジーな服屋さん……!」
「テンション上がってるなぁ」
テンションを上げて、少し足取りが軽くなっているソフィーヤが店内の中で進んで行くのを見送りつつも、店内全体を観察する。大きく分けて店内は二つのエリアに分かれていた。一つは日常用の服装を販売するエリア、そしてもう一つが冒険者や探索者向けの服装を販売するエリアだ。そのうち迷うことなく日常用の方へと足を進めたソフィーヤは間違いなく装備などではなく、ファッションとしての服装の方に興味を持ったのだろう。まぁ、そこは勝手にすればいいだろう。そう思いながらソフィーヤから視線を外し、店内、此方は探索者用の服装の方へと視線を向ける。
並んでいる服装はどれも基本的に茶、黒、灰、濃紺、農緑等という暗い色がベースとなっている。別にこの色がプッシュされているわけではなく、フィールドワークや汚れる事の多い探索者、冒険者たちはこの色の方が汚れが目立たない為、人気のある色合いなのだ。
試しにジャケットの下に着るアンダーシャツの一つに触れて、その感触を確かめる。肌触りは少々固く、生地が厚く感じられる。ただザラザラとした感触はせず、長時間着ていても肌が荒れない様になっている。強度や耐性に関してはそう直接調べられるものではないが、それでも品質が悪くない事は自分の目には理解できる。少なくとも王都の仕立て屋で作った場合と、完成品のクオリティはそう変わらない様に見える。辺境の街の店としてはかなりいい方ではないかと思う。
「あ、ハイドラさん」
「ん?」
見ていた服から手を放しながら振り返れば、鮮やかな青色のワンピースを片手に立つソフィーヤの姿があった。
「これ、良いと思いませんか?」
声を弾ませながらそう聞いてくる彼女に対してどう答えたものか、と考える。
「あぁ、そうなんじゃないか」
「ですよね!」
振り返り、キープを確定させたのかソフィーヤが振り返り、再び店内を物色し始める。その背中姿を眺め、まず間違いなく遊ぶゲームを間違えているだろう、彼女は、と確信する。もっと平和で暴力的ではない、甘いVRゲームを遊べばよいのに、そう口に出すことなく軽く胸中で愚痴りつつ時間を潰す。
女とは妙な所で即決即断する癖に、こういう買い物は異常に時間をかけるのだ。自分も適当にラインナップを眺めつつ時間を潰そう。
どうせ初日だ―――本当にキツイのは明日からなのだから。
自分にそう言い聞かせながら、今度総帥と会ったときはストレートに顔面を殴り飛ばそう。そう誓い、時間を潰す事に専念した。
中々展開が進んでいないし数話纏めて一つの話に纏めてもいいんじゃないだろうか? とは思いつつも個人的な経験から読者が付かれずに1話を読み切れる文章量を大体4500~8000程度だと考えているので、書きすぎない様に調整しつつ話数を割るとうーん、という事に。