第二話 ただの日常
―――ウチは割とメイド服に拘っている。
副業みたいなもので商会のほかにも運送業や様々な事業に自分達のギルド、【ネーデ・レドアヴニ】、通称ネーデ商会は手を出している。そして客商売である以上、必然的に人と接する時間や回数は多い。まずギルドの根幹にあるのが”悪の組織”という非常に頭の悪いコンセプトであり。そこには大望があるのだ。だがそれとはまた別の話で、悪の組織っぽさと客商売を維持する場合、ギルド員、そして社員たちの服装はどうするべきなのだろうか? そう考えた結果生み出されたのが下っ端戦闘員みたいな全身スーツであり、そしてデザイナーの趣味が100%投影されたあのメイド服となっている。
必要以上のフリルを装着せず、シンプルにクラシカルなロングスカートタイプのエプロンドレス。ただし戦闘の時に動いても大丈夫なようにスカートにスリットを入れる事が出来る上、肩の駆動を邪魔しないように肩とスリーブは切り離されている、別パーツとなっている。その上で課金アイテムを使用する事によって通常装備ではなく、装備のテクスチャー等を変化させるためのアバターアイテムとなっており、専用の装備の上から着用すれば、姿が此方で上書きされるようになっている―――つまり、メイド服姿になる為に防具の戦闘力を落とさずに済んでいるのだ。
つまり何が言いたいとなると、我が社のメイド達は可愛い。メイド服の似合う女性を探してスカウト、採用しているのだから当たり前だ。
だがそれを完全に台無しにするだけのだらしなさを持ったのが一人目であるこのメイドの特徴だった。緩いウェーブのかかった、リアルではありえない桃色の髪をだらしなく広げ、顔面から床に倒れこみ、片手に空っぽになった酒瓶を握りつつ、スカートを大きく広げ、パンツを丸出しにした状態で眠っていた。千年の恋すら唾を吐きながら絶望するような恰好だった。
その反対側にいるのは黒いポンチョに首下から膝までをすっぽりと覆い隠し、よれよれのブロードハットを被った老人だ。向かい側のメイドと同じように顔面から倒れ、両手に杖の代わりに酒瓶を持ち、一体どうやっているのかはわからないが、顎から伸びる白鬚をまるで槍の様に、横から上へと向けて伸ばしていた。
二人から視線を外せば、休憩室のさらなる惨状が目に入ってくる。まず設置されている三つの内二つのソファは真っ二つに砕かれており、唯一生き残ったソファも大量の酒瓶を置くゴミ箱扱いとなっていた。テーブルの上には食べ散らかしたツマミの類と皿が置きっぱなしになっており、部屋の奥の方へと視線を向ければ、酒乱の犠牲か、或いは給仕に利用された黒タイツが一人、壁に寄り掛かるように死んでいた。地獄とも表現できる部屋の様子を見て、両手で顔を覆い、小さく溜息を吐く。
「誰だこいつらに好きなだけ飲ませるのを許可したの……」
これ、商品の方にまさか手を付けてないよな? と一瞬だけ思考するが、間違いなくこの様子だと手を付けているよなぁ、と現実逃避したくなってきた―――VRMMO遊んでいる時点で現実逃避しているようなものだが。ともあれ、このままにしておけるわけがないので、床に転がっている酒瓶をよけながら休憩室の奥へと向かい、並んでいる三つの窓を開け放つ。そのまま、短く言葉を口から放つ。
「【風】・【流れ】」
詠唱と発動というプロセスを単語まで極限まで短縮させたか魔法を用いて風の流れを生み出す。窓の外から新鮮な空気を休憩室へと運び込み、そして酒の匂いを部屋の外へと窓を通して追い出す。このどうにもならない酒臭さを換気で何とかしつつ、倒れている爺と、そしてメイドへと近づき両者を片手で持ち上げつつ、窓の近くまで運び、
窓の外へと投げ捨てる。
それでも一切起きる様な気配はないし、反応もなく、眠ったままフリフォールをはじめ―――落下するのを見届けるまでもなく、窓から背を向け、両手を叩いて仕事をこなした達成感に充足感を得る。まぁ、この程度で死ぬ二人ではないし、大丈夫だろうと適当に考えながら、休憩室から出る。そこに見計らったかのように丁度メイドが歩いてくるのが見えたため、
「おーい、休憩室の掃除頼む」
「あ、はい、拝承しましたー」
休憩室に背を向けて歩き出すと休憩室に入ったメイドから悲鳴が聞こえてくる。うん、頑張りたまえ、心の中でそう思いながら今度はどこへ向かおうか、そう考えたが結局ここは商館だ―――ギルド”本部”とは違って、商業管理の拠点としての機能と、そして社員向けに寝泊まりする宿舎としての機能しか持っていない。遊んだり待ったりするならもっと適切な場所がある。ただ総帥のことを考えるなら、此方へと戻ってくるだろうから、出ていくと行き違いになるかもしれない。そう考えるとあまり此処から離れたくはない―――少なくとも、この商館が王国内における最大拠点なのだから。
「仕方がねぇ、適当に時間を―――」
潰そうか、そう思ったところでインフォメーション用のアラームが小さく鳴り、視界の端にインスタントメッセージが届いている事を告げるメッセージが出現している。このゲーム、New Edenには遠距離での通信方法は限られており、従来のネットゲームのようなチャットを使った遠距離の会話はできず、念話や通信アイテムの届かない距離にいる場合、課金アイテムを使ったインスタントメッセージを送る以外に会話方法が存在しない。これが届いてくるということはつまり、普通に通信することができない距離まで離れている、ということなのだろう。
無言でインスタントメッセージを開く。
『酒を与えたのは俺だ』
無言でメッセージの表示されたホロウィンドウを壁に叩きつけて破壊した。その直後、新たにインスタントメッセージが到着するので、それを無言で開く。
『たぶん今ので最初のメッセージが破壊されたから二通目―――つまりは40円だ! 後で請求するからな……! ……どうした、今度は破壊しないのか? ん?』
無言でホロウィンドウを壁に叩きつけて破壊したところで、まるで展開を読んだかのように新たにインスタントメッセージが届いてくる。もしかしてこいつ、どこから此方を見ているんじゃないのかと疑い始めるが、さすがにそこまでめんどくさいことはしないだろう。新たに出現したホロウィンドウを手に取り、その内容を確認する。
『―――と、まぁ、三度目の正直ィ! って今度こそ本題な。俺、始まりの街にいるから、そっちの方で合流って事で。親愛なる総帥様より』
読み終わったところで無言で壁にホロウィンドウを叩きつけて粉砕する。徹底的にふざけないと気が済まないのかあの男は―――まぁ、そんな芸風だよなぁ、と納得しながら溜息を吐く。
しかし、と呟きながら窓の外へと視線を向ける。
「―――始まりの街か。また懐かしい場所だなぁ……」
このNew Edenというゲームには”複数のスタート地点が用意されている”ゲームだ。一つの都市からスタートする場合、多すぎるプレイヤーの数に都市機能がパンクしてしまうため、分散させながらプレイヤーに探索させることを目的としている、らしい。ともあれ、始まりの街、と言える場所は複数存在するが―――自分と総帥は同時にこのゲームを始めた同期で、スタート地点も一緒、つまりは始まりの街とはどこを示しているのかを良く理解している。
今いる王国内にも二ヵ所程スタート地点である始まりの街があるが、自分と総帥の開始地点は今いる王都から離れた、所謂”辺境”とも呼べる場所にある都市だ。陸路、整備された街道を馬車でも山を迂回する必要がある為、二日、三日はかかる距離だ。
そうなってくるとやはり、ベストなのは”空路”になってくる。どうせ総帥のことだ、早く向かわなければドンドン問題を増やしたり、ネタをバラ撒いて被害を拡大させるに違いない。そんな面倒を連鎖させられる前に、さっさと追いついてしまおうと、そう判断し、廊下の窓を開け放ち、そこから飛び出すように指を口に当て、
鋭い指笛の音を響かせる。
「来いフェザー! ヴェーデへ行くぞ!」
その音に敏感に反応し、白い影が急加速するように此方へと向かっているのが見える。だからこそ窓の淵を大きくけり、体を空へと飛ばした。そんな此方の体を拾い上げるように一気にダイブした白い影は素早く此方の下へともぐりこみ、その姿に合わせるように体に生えている羽毛をつかみ、その背にしがみ付く。一瞬の加速と上昇、全身で風を感じながら体が上へと昔、速度が安定するのを理解し、
「【風】・【流れ】」
風の流れを操る魔法を発動させ、自身にぶち立ってくる風の塊を受け流すように正面で裂き、座る位置を調整する。体を前へと引っ張り足翼の付け根の前へと持って行き、その足で軽く首周りをつかむように体を安定させ、上半身を持ち上げた。未だに人体が吹き飛ばされるほどの速度で空を飛行している。一瞬で先ほどまでいた商館の姿は背後へ消え、王都の外へと飛んで行く。だが使った魔法の効果によってもはや体に叩きつけられる風はなく、呼吸も取りやすくなっている。だから状態を持ち上げても平気であり、それで姿勢を安定させる。
「よーしよし、そこまで気合を入れなくていいからな、フェザー」
そう言葉を伝え、乗っているペットである嘴からその羽の一つまでのすべてが白い全長四メートル程の白大鳥のフェザーの大きな首を撫でる。此方へと視線を向けることはないが、喉を小さく鳴らし、零す声はどこか満足そうなものがある。今日も元気そうにやっているな、と確認を終えたところで首から手を放し、視線を前方へと向ける。第一大陸であるケェツルの空はほかの大陸と比べるとモンスターの定期的な掃討が行われているため、陸路含め、安全だ。視界の限り広がる蒼穹にはいくつか飛行モンスターの影が見えるが、どれも積極的には襲ってこない存在である為、見逃されており、此方へと近づいてくる様子すらない。その為、邪魔されることもなくフェザーは風を切るようにその最高速度を維持して此方を運んでくれる。
―――やっぱ第一大陸は平和だよなぁ……。
ゲームのスタート地点、最初の大陸、一番最初に生み出された大陸。それ故に第一大陸、ケェツル。そこには大小含め七つの国家が存在しており、それぞれの国家は利益と安全を守るために陸路と空路におけるモンスターの定期的な殲滅を行っている。
その為、まっすぐ別の街や国へと向かおうとも、強いモンスターは奥地へと踏み込まない限り、めったなことでは出現しない―――何せ、皆殺しにされているのだから。そうやってモンスターが成長しないように強さを国々の騎士団で意図的に抑え込んでいるのだ。その為、ケェツル大陸での旅はほかの大陸と比べると安全性が保障されている。
ほかの大陸であれば、こんなにガンガン速度を飛ばして飛行していれば、たちまちほかの飛行モンスターの目を集め、追いかけられる事になるだろう。それを心配せずに全力で飛行できるのだから、フェザーも気持ちよさそうな表情を浮かべ、風を切り裂いている。
地上へと視線を向ければドンドンと地上の景色が移り変わって行くのが見える。しばらくは街道の上を飛行していたが、そこから外れ、森の上空を抜けて行き、川を越え、さらに高度を上げて低めの山を越えて行く。陸路であれば大きく迂回する必要がある為、こんなルートをとてもだが取ることはできない。こればかりは飛行できるペットを保有している者の特権だろう、そんなことを考えているうちに、ドンドン景色は変わって行く。
馬や人間には存在しない、モンスターだからこそあり得る無尽蔵のスタミナ。それに任せて最高速で飛び続ければ、少なくともこの大陸内、移動で不便することは一切ない。やはり現実では絶対味わう事の出来ないこの感覚、感触、
現実を忘れそうになるほど、仮想の世界は楽しい。
◆
そのまま、ノンストップで二時間ほど飛翔をし続ければ、山を越え、そのふもとに広がる森を抜け、そしてその先にある草原の先に―――自分と総帥が初めて出会った土地、そして初期開始地点である始まりの街、ヴェーデが見えてくる。西門が見えてきたところでフェザーの頭を軽くなで、減速する様に指示を出しながら徐々に速度を殺して行き、ゆっくり旋回する様に西門前へと向かって降下して行く。空から見えるヴェーデの姿は辺境の街としては発展しており、城壁に囲まれた街波に整備された道路や区分けされた民家が見える。自分達がゲームを始めたころは本当に村規模だったよなぁ、なんて事を思い出しつつも、ある程度まで高度が下がったところで、
フェザーの上から滑り降りるように体を揺り落とす。
「助かった、またな」
背中から落下しつつ、飛翔するフェザーへと言葉を投げかけ、そのまま一回転する様に態勢を整えつつ、
―――ステータス任せに着地する。
大地に片膝と片手を付く様に着地し、その衝撃に軽い痛みを感じるが、それを体の中から外へと受け流しつつ、体を持ち上げ、飛び去って行くフェザーの姿を眺め、
その後ろ姿から視線を外し、正面、西門へと視線を向ける。大きく開け放たれた鋼鉄製の西門の横には全身を鎧に包んだ兵士の姿が見える。その姿を見て、
「総帥見なかった?」
「一時間ぐらい前に直接街の中へとフリーフォールキメてましたよ。いやさ、貴方達だから別にいいんですけど、一応入る時ぐらいは門使ってくれません? 職業的に寂しいんで。門を無視されまくるとそのうち息子に”ねぇパパ、パパって存在する必要あるの? 概念的に存在する意味はあるの?”って言われかねないんで」
「最近の子供は恐ろしいな」
「えぇ、まぁ、そういう事で」
サムズアップで挨拶を交わし、そのまま西門を抜けて久しぶりに開始地点の一つであるヴェーデの街へと入った。意識的に王国内の流通を活性化させ、肥えさせたのは事実だが―――昔、知っていた街が全く違う姿を見せるように発展していると、懐かしさの前に少々、戸惑いの方が先にくる。こっち側には用事もなければ来ない為、本当に久しぶりになるのだが、
「さて、あのバカはどこだろうかな、っと」
門を抜けて入ってきた竜車が通れるように道路の端へと移動しつつ、総帥を探すために歩き始める―――どうせまた、馬鹿な事を考え付いたのだ。それに最後まで付き合うのがおそらく、自分のこの組織での最大の仕事なんだろうな、と確信しつつ。
丁寧に書くと展開がなかなか進まないからいっそ文字数を増やしてしまおうか? という衝動はなくもない。だけど経験的に一番読みやすいのは5k~10kラインだし、7k超えるラインはこれ、濃密に描写するためだから交渉や戦闘向きだよなぁ、という個人的な意見。




