第十四話 魔法使いとは
更に奥へと進んで行く。
本来いであれば苔や茸が壁や床にぎっしり生え、それが環境の変化を証明するはずであった―――が、しかし、そんなものは歩き出した周辺には存在せず、焦げ付いたダンジョンの姿があった。一撃、己の放った魔道によって完全に環境はがらりと変化し、いたるところが黒く焦げ、そして場所によっては完全に溶解し、赤くドロっとした熱の塊が濡らしていた。ところどころ火の粉が空気に舞う胞子に混じり、胞子の姿をとる寄生生物を焼き殺していた。その為、
歩きながら進んで行く中で、か細い悲鳴が聞こえてくる。
炎に焼かれて死んでゆく小さな胞子姿の怪物が焼け死んで行く、その悲鳴が木霊しつつあったが、そんなものは一切気にせず、恐怖を促すためにも更に炎を生み出し、酸素を更に燃焼させながら前へと進む。その為、焼けこげる風景がそのまま奥へと続いて行く―――そしてそれに巻き込まれたのか、或いは温存しているのか、敵の姿は見えない。
最初からやれ、と言われてしまえばそうなのだが、前半、このような手段を取らなかったのは純粋に相手側の動きを見て判断する為であった。無駄に刺激した場合行動が解らなくなってしまう事もあるし、それが原因で無駄に成長してしまう場合もある。それを避ける為の手段ではあった。だがここに来て、それを遠慮する必要は一切なくなった。
その為、ひたすら焼き殺しながら道を進んで行く。
ダンジョンという構造を人工的に再現している為、分かれ道や行き止まりの類は存在しているが、突入前に入手していた情報のこともあり、迷う事無く最深部へと向けて突き進んで行く事が出来た。
奥へ、奥へと進んで行くにつれて、目に見えて更なる変化が発生し始める。
空気が”粘り気”を持ち始める。
酸素を燃焼させた代わりに、それとは別の粘り気のある酸素の様なものがダンジョンを満たし始めていた。まるで半身を川の中に沈めて歩いているような、そんな感触が感じられた。保有しているスキルである<竜の瞳>を使って空間を構成するエーテルの属性を色として認識し、目視すれば属性の比率が水と土の方へと流れつつあるのが見える。
無駄にソフィーヤが消耗する前に、焼き払いながら進む片手間に属性の調律を行い、ある程度環境の属性をニュートラルへと戻しつつ、先へと進んで行く。
そうやって進むこと更に二時間、ソフィーヤが明確に疲労を見せ始めるころに―――ダンジョンの終わりが見えてくる。
◆
「―――この先広くなってんな」
闇の先へと目を凝らす。クライドの様な動物的直感を持っているわけではないし夜目が利くというわけでもない。しかし視線の先、浮かべている光源の更に先の闇の中に空洞があるのは見える。闇で覆われていても<千里眼>の名に恥じず、しっかりと闇の先の空洞を捉えている。感覚としてはカメラのズーム機能を使っているのに等しく、割と確認しやすい。ただやはり、闇を見通す能力はなく、その中がどうなっているのかを確認できるわけではない。ただそれでも、そこが行き止まり、或いは目的地であるのは解る。
「距離は……大体三百メートルぐらいか……アクション、無いね」
「感知範囲がどれぐらいか、って話にもよるんだけどな。ここまで燃やして進んできたわけだし、結構反応があってもおかしくはないんだがなぁ。個人的にはそろそろいい感じに進化していてくれると嬉しいんだが、な」
「んー、どうだろ。闇の中、確認できる? そういう魔法あるでしょ? ほら、なんだっけ、ナイトビジョンだっけ」
「あるにゃぁあるんだが、使っている間に光が目に入るとそれで目がつぶれるから使いたくないんだよ」
良くある話だ。ナイトビジョンは闇の中を見通す魔法だが、その原理はわずかな光を拡大させ、それをセンサー代わりに闇の中をみれるようになる、という魔法だ。光源が一切存在しない場所だと意味がないし、わずかな光を拡大させて使っている為、閃光でも発生すればその光が拡大されて一気に目が焼かれるだろう。すぐそばに光源となる光球がある傍では使いたくないし、消してから使うとなると完全な闇に包まれる―――そんな状況では相手が奇襲しやすいし、発光器官でも生やしていたらそれで目をやられるだろう。
という理由からナイトビジョンは使いたくない、使えないのだ。これは主にダンジョンではなく夜に陣地等を襲撃するために使う隠密用のサポート魔法なのだ。
「まぁ……爆撃して焼き払いつつ接近するか」
「結局はそうなるんですね」
「密閉空間だと逃げ場がないから物凄い楽だからね。ハイドラのMPが絶対に尽きる事がない事を考えると戦術の王道だよ」
「……MPが切れない?」
ソフィーヤがその言葉に首を傾げる。レベルが高いからMP最大値が高いという訳だけではないのは、クライドが発した言葉のニュアンスから伝わっているのだろう。だからふむ、と言葉を吐いてからどうするかを考える。だが説明は早い方がいいだろうという決断を下し、前へと向かって歩き進みながら右手を胸元まで持ち上げる。
「―――さてと」
そうだな、と呟きながら威力が低くなる事を対価に詠唱を破棄する。だがその一瞬で魔法は完成する。右手を広げればその上には赤い光がまるで星の様に煌めきながら集まっていた。美しいその煌めきは揺らめきながらも、まるで宝石の様な輝きを発していた。前へと、奥へと向かって進みながら、右手をソフィーヤへと見せながら最奥へと進んで行く。
「もう一度―――さて、と。唐突ながら講義の時間だ。ノートは用意したな?」
「無理です」
「じゃあ必死に覚えろ。……魔法使いにはいろいろとスタイルが解れているところがある。一番人気があって、数が多いのがINT極型の純魔と呼ばれる純粋な魔法使いタイプのビルドだ。その通りステータスは全てINTへと振り分けて、一撃一撃の破壊力にすべてを込めるスタイルだ。慣れてくると詠唱の時間を短縮できるし、無詠唱化による威力の低下もINTが高いとそこまで目立たないからオーソドックスながら優秀なスタイルとして一番親しまれている。これが”賢者型”ビルドだ」
だけどそれが魔法使いの全てではない。
「状況、環境、そして”趣向”に合わせて魔法は使い分けるものだ。特にNEでは魔法のカスタマイズ、フリーメイキングが生産システムの一部として利用出来るようになっている。つまり噛み砕いていえば”ぼくのかんがえたさいきょうのまほう”が割と条件はあるが、作成できるという事だ」
そして、
「―――このカスタマイズ、メイキングされた魔法、魔創と呼ぶのだがこいつで作成された魔法はとにかく”重い”。消費MPが馬鹿にならない。効果、範囲、エフェクト、威力と削っていけば消費が減るが、強力な魔法を作成しようとすれば必然的にコストは増える。だがそうやって生み出せる魔法はロマンがあるし、効率は悪いが何よりも”優秀で強力”になる―――」
だから、
「―――それを十全に使う為のビルドが考案された」
歩みを止める。深部まで距離が百メートルほどの地点まで到達した。光源は奥までは届かない。だがそれでも、わずかにだが輪郭や雰囲気は伝わってくる距離にはなってきた。明確な気配が存在しない。だがその代わりにそこに”ある”という感触と、そしてエーテルの乱れだけは感じられる。そこにひたすら攻撃を叩きこめば目的は達成できるだろうと判断する。
「つまり、必要なのはコスト―――MPだ。MPが足りないから十全に使えない。じゃあMPを余るほど用意すれば良い。それだけの話だ。実に簡単な話だ。そうやって生み出されたのが俺のスキルとビルドだ」
右手に浮かべた光を握りしめる。まだ完全には発動しておらず、発動待機の状態となっているが、炎と星の属性に染め上げられた魔力はすでに熱を放っており、右手に熱を送り込んでいる。
「即ちMP特化ビルド―――通称”魔帝型”ビルドだ。そして―――」
全身に有り余るほど流れている魔力を右手を通して発動待機の魔法へと送る。
「―――このビルドではこんなことが出来る」
魔法を発動させるのに必要な魔力の千倍を一気に供給する。掌の中で輝いていた煌めきは凶悪な閃光へと一瞬で姿を変え、毒々しい、致死的なイメージを抱かせるものへと変わった。千倍、それだけのMPを消費しても体に倦怠感が訪れるどころか、魔力の総量が大きく減る事はなかった。それどころか消費された魔力は即座に吸収されたエーテルによって魔力へと変換され、最大効率で変換、回復される。身体に再び魔力が漲り、一瞬で同規模の魔法を放つ事を可能としている。
「状況を把握し、相手の弱みを認識し、的確に魔法を選び、有り余るリソースでゴリ押しする。賢者型の連中とは違って頭を使って最終的にリソース任せの脳筋巨砲主義で絶対にぶっ殺す、それが俺達魔帝ビルドの肝だ。こうっやって千倍ぶっこもうが―――」
まるで揺らぎすらしない。湖からバケツ一杯分の水を引き上げようが総量には一切の変化はない。当たり前だ、これはそういうコンセプトのビルドなのだから。
「ソフィ子、お前も魔法を使うんだったら見ておけよ? これが魔帝型の極致で―――」
正面を見る。闇の中に敵の姿は見えないが―――適当に破壊の限りを尽くせば出てくるだろう。めんどくさく、それ以上考えるのをやめながら右手の拳の中に握られた熱の塊を全力で振り上げ、
「―――暴力と蹂躙という言葉の意味を!!」
「今なんか物凄い事を―――」
「ハッハァ―――!!」
ソフィーヤの言葉をぶった切る様に右手に握った熱量をそのまま前方へと向けて全力で投球する。レベルアップで入手したリソース―――つまりはSPをすべてMPの最大値上昇へと振ってはいるが、それでもカンストした時無振りで到達するステータスは初期の5+299レベル分で304、つまりはざっと計算してレベル1の61倍近い能力を持っている。たとえ無振りであろうとも、レベル1の時点で最低限戦える存在の61倍の筋力を発揮できる。
振るった腕は轟音を立てながら空気を殴りつけ、そして魔法は弾丸のごとく射出された。
放たれた魔法は星のきらめきを鬼引きながら一直線に突き進み、
奥、洞窟の最深部に到達するのと同時に弾け、一気に広がる。赤い風と光が空洞を照らし、破滅的なイメージを抱かせる赤い夜空となって一瞬で空間を満たした。その中で見えるのは大量の苔と茸、そして完全に沼地溶かしていた大地だった。沼地からは毒々しい色のガスが排出されており、減った酸素の代わりに洞窟全体を満たそうとしていた。だが炎が満たすのと同時にその全てが燃焼され、一気に大地も壁も、天井も、空間の全てが輝きながら燃やし尽くされてゆく。
一瞬の静寂、収束、そして爆裂するような拡散。
「キャ―――!! 壊れる! ダンジョン壊れちゃいますって!」
「んなヘボな事はやらかさないわ―――見てろよ」
爆裂が拡散し、壁や沼地を蒸発させ、そのバックドラフトが通路を焼き焦がしながらこっちへと迫ってくる中、<詠唱改竄>で改変させたルールで短く言葉を紡ぐ。あらかじめ用意しておいた水の環境属性を魔法の中に流し込みつつ【魔法破壊】を発動させた炎を魔法の状態から炎属性のエーテルへと変換させ、それを環境に循環させる。土と水によっていた属性を炎を混ぜる事でこちらに過ごし易い安定した環境へと戻しつつ、爆裂がダンジョンを崩す段階へと移行する前にそれを解体し、
「【輪廻】・【環境】・【炎上】・【調律】―――さぁ、燃えろ! もっと燃えろ!」
そして環境を安定させてねじ込んだ炎の属性を瞬間的に強め、それを空洞へと向けて繁栄させる。炎のエーテル―――即ち活性の効果を狂わせて空間の熱量を上昇させ、一瞬で空洞の壁や床に熱を与え、焦がす。それこそ植物や菌類が触れようものなら炎上するような、炎上するだけの酸素がなくても瞬時に黒く焦がす程度には。
残り僅かな酸素を更に急速に消耗させ、闇ではなく炎上から黒く焦げ、ぺんぺん草の一つさえ残さない爆心地へと視線を向け、ソフィーヤへと視線を戻す事無く、言葉を吐く。
「これが、極まった魔法使いの戦いだ。ここはダンジョンなんて閉鎖空間だからかなり威力を削いでいるけどな。だけどやれることは解っただろ? んじゃ―――」
うん、と返答がクライドから返ってくる。
「―――ボスの討伐を始めようか、今ので殺せているわけがないし」
ボス戦を始める為に、前へと向かって、最深部へと向かって足を踏み入れた。
MP特化にガン振りして有り余るリソースで考えながらも最終的に脳筋するというスタイル。威力が足りない? ならMPを追加で消費して威力をあげればええねん、という発想。ただゲームの仕様上、HPを0にしなくても心臓や頭などの急所をぶち抜けばそれで即死できるので、必ずしも威力は必要ではないので、オーソドックスな魔法使いのスタイルと二分だったりとか。
基本的に現在リアルに存在するネトゲは火力を極限までインフレさせてHPを蒸発させるものばかりだけど、VRMMOで急所必殺通るなら威力そこまで必要ないよなぁ、という考えが。ともあれ、次回こそ本当にボス戦ということで。
序盤から出すような奴じゃないけど。