第十二話 暗闇の先に
―――ダンジョンアタック。
冒険というものには複数の種類があり、古今東西、あらゆるゲームや小説、漫画で確認できるその形式の一つがダンジョンアタックとなる。遺跡や洞窟、神殿の様な場所へと潜りこみ、そこにある宝を持ち帰るのは一番わかりやすい冒険の形の一つとも言えるだろう。それは昔から繰り返されてきただけにセオリーというものを生み出し、テンプレートというものも生み出した。冒険者協会の生み出した人工ダンジョンとは初心者向けにそういったダンジョンにおけるテンプレート、基本を押さえるための場所だと言っても良い。言葉で理解できたとしても、体ではそれが理解できていない。たとえばサッカーでリフティングのやり方を言葉で教えてもらって、それを即座に綺麗に実行できる人間はいない―――そういう話だ。
故に人工ダンジョンの構造は”甘い”のだ。
古くから大陸に存在する殺人的な環境を保有するダンジョンとは違い、基本的に人工ダンジョンは”暗い”という点だけに尽きる。これが自然形成であれば奥の方へと進めば進ほど酸欠の可能性を考慮しなくてはいけないのだが、そこは人工形成、通風孔が目立たないように設置されていて地表から新鮮な空気を洞窟型のダンジョン内部へと送り込むようにできている。当たり前だが宝箱なんてものは存在せず、管理された一定の強さを保ったモンスターが徘徊しており、曲がり角での鉢合わせに警戒しつつダンジョンの歩き方、光源を確保しながらの探索、そして奥へと進むという”恐怖”を覚え、慣れるという事を練習するダンジョンだった。
だった―――即ち過去形。
元々は人工ダンジョンだった場所は十分ほど中へと向かって進んでゆけば、本来の形を知らない自分であっても、目に解るほど変質していた。
―――まず、空気が澱んでいた。
あるいは空気が腐っている、と表現してもいいかもしれない。おそらくは外へと逃がさないために通風孔を塞いだのだろうか、空気が換気されておらず、そしてそれが奥にいるターゲットによって腐らされているのか、空気が重く、そして不快な色を持ち始めていた。ガスマスクの内側には新鮮な空気を生み出すための機構が存在するため外側の状況には左右されないが、通常の空気を濾過するだけのマスクなら少々面倒な事になったのかもしれない、とこの先を予測しながら思考し、
その予測はさらに先へと進んだところで的中する。
空気が段々と澱んで行く中で、次にあらわれた変化は苔だった。壁に薄い苔が生え始める。やがてそれは壁だけではなく足元にも発生し、足場が滑りやすい苔に覆われた状態になる。緑色ではなく毒々しい紫と茶色の入り混じった苔は明らかに通常の物とは全く違うダンジョンの姿を見せており、そのまま前へと踏み出そうとすれば良く滑る―――が、予め着替えてきた服装の一部、ブーツの裏はそういう事を想定して滑り止めが装備されている。その為、苔によって滑って転ぶなんて事は起きない。
しかし、そうやって環境が変わって行くごとに、ソフィーヤから感じれる気配が変わってくる。
―――恐怖だ。
歩きながら聞こえてくる呼吸音が重くなっている。最初は軽かった足取りも一時間近く歩き続けていると大分重くなり、最初の快活さがなくなっている。目に見えて動きが悪くなっている。ここまで文句を一切言わずについてきているのだから、むしろ大したものだ、と褒めてもいいところなのだが、あいにくと褒めて鼓舞するような人間でもない。
ダンジョンとは”閉所”だ。暗く、先が見えず、そして何時、敵に出会うのかが解らない。
初心者プレイヤーの間でダンジョン探索が不人気な理由がこれだ。
宝箱が存在しないから実入りが少ない。攻略に多くの道具を必要とする。固定エンカウントなんてものは存在しないので常に警戒しなくてはならない―――つまり、ストレスが重いのだ。これが外であれば遠くまで見晴らすことが出来るが、先が暗くて見えないダンジョンは常に警戒し続けないと一瞬で全滅する場合がある。
たとえそこまで考えていなくても、初めてのダンジョンという状況はストレスが圧し掛かってくるものだ。自分にもそういう経験はある。
こういう場合、どう言葉を駆けたらいいのだろうか。そんなことを考えているうちに、
「そういえば月末―――あぁ、うん、こっちだと大体三か月後なんだけどね? アップデートの話なんだけどハイドラはガチャる予定あるの?」
「ん? あ……あぁー……そっか、アプデ来ると新しいガチャも来るから回す義務があるんだったな……」
「義務って言っている辺りもうお察しだよね」
「SSRは出るもんじゃねぇ―――出すもんなんだよ」
「うっわ」
ソフィーヤの軽い、引く様な声が聞こえた。視線をクライドのほうへと向ければ、顔は前へとまっすぐ向けられている。やはり、コミュニケーション能力に関しては向こうの方が上か、と物凄い今更な事を考えつつ、会話の取っ掛かりが出来た事に感謝しておく。
「ちなみにハイドラ、今回のガチャはいくらぐらい回した?」
「3万で出たから安くすんだわ。月に20万までは行けるんだけどな。食費と人間性を犠牲にすればいいんだし」
「結構回しているねぇー。僕とかあんまりリアルラック無いからガチャは月2万までって決めてるんだよなぁ……」
「1万超える時点で使いすぎな気がするんですが。というか人間性ってなんですか、人間性って。それってお金に換えられるもんなんですか」
「臨時でバイト入れて三徹する事を人間性をささげるその1として扱ってる」
「本当に人間性を捧げてるよこの人……」
「カードから50万ひっこ抜いて自己破産してる連中よりは俺はよっぽど健全だよ。捧げてるのは人間性と生活だからな」
「レベル的にはあんまり―――」
「―――ストップ」
先頭を進むクライドがそう告げながら足を止めつつそれ以上の会話を強制的に切り上げる。
「来るね」
ハルバードを構えつつそう告げるクライドは光源が有効である二十メートル範囲の先へと視線を向けており、此方の保有するスキルである<心眼>に、スキルを発動させているという事を証明していた。彼が来るというのであれば確実に来るのだろうな、という事を理解し、いつでも動けるように、フリーハンドの状態で足を止める。視界の隅で常にソフィーヤの姿を収めつつ視線を闇の先へと向ければ、
そこに動きがあるのが見える。
「ひ、人か―――?」
闇の中から出現したのは人の姿だった。おそらくは初心者冒険者―――そういう格好の軽装をしている。ボロボロの姿を見せており、命からがら逃げだした、という姿だった。その姿を確認するのと同時に、再び<心眼>のスキルが発動しているスキルを、<名推理>が状況と相手の状態を看破して情報整理を行い、<魔眼>のスキルが発動中の魔法効果を看破する。一瞬で目視した対象の状態と状況を完全に把握する。
「<擬態>と<浸食:完全>って出てる」
告げた直後、簡単な返答がクライドから返ってくる。
「じゃあ殺すね」
「えっ」
ソフィーヤが言葉を放った瞬間、大地を蹴って弾丸の様にクライドが前へと飛び出した。その速度はレベルがカンストしているという点から見ても素早く、精製されている光源である光の球体を一瞬で置き去りにして、影すらも見せずに光の範囲に入ってきた初心者姿の敵へと踏み込んだ。動きは左半身を前に、右手でハルバードを半ばに掴み、左足から踏み込むように正面に一瞬で到達する。
その動きに反応しようと冒険者の動きが始まる。神経が本来出せる速度を超えて反応しようと筋肉を千切りながら動こうとする。
が、
「―――燃やすか」
スキルの発動を黙視した瞬間には人型の反応速度を超えて上半身を捻る様にハルバードを加速させ、振り下ろすように頭上に持って行きながら柄を短く握り、ハンドアックスの様な持ち方で一気に振り下ろしながら両断、切り口からそのまま真っ二つに分かたれた体を燃やす。両断したことで体内から吹き出す血液は一切存在せず、その代わりに体内の内臓や器官から胞子の様なものがもわ、っと吹き出し、広がる前に燃える。
そして体が膨張する。
「―――【押す】」
シングルワードで簡単な魔法を発動させる。単語にて表現されたように無色の魔力がそのまま衝撃となって真っ二つに割かれ、膨張する体を奥へと押し出す。そのまま、素早く単語を加える。
「【潰す】、【圧壊】」
体が叩き潰され、そしてそのまま一か所に圧縮される。直後発生する爆発は肉体を四散させ、内部に溜め込んだ胞子を一気にばら撒こうとするが、【潰す】と【圧壊】の影響か故に広がる事が許されず、そのまま炎の中に叩き戻される。その場から放れる事も、広がる事も許されず、ただの肉塊になる様に圧縮され、
そして直ぐに燃えつきた。
ソフィーヤが動かないのを確認しつつ、視線を始末した敵の向こう側へと向ければ、闇の中からさらに這いずる様に人型と非人型―――元々このダンジョンにて利用されている訓練用のザコモンスターの姿が見える。直径六十センチほどの対飛行生物用の訓練相手のオオコウモリ、対動物を覚える為のヤマイヌ、そして対人型用の簡単に生み出せ、強さも設定できるスケルトン。
その全てが<浸食:完全>というスキルを発動させている状態で出現していた。見た目も体表を覆う様に苔を生やしており、更に具合が悪いのでは目のあるべき場所から茸を生やしており、明らかに本来の姿とは逸脱した姿を見せていた。はっきりその姿を表現するとすれば、
気持ち悪い。
その一言に尽きた。
「自爆が入るなら僕はあんまり役に立たないかなぁ―――それじゃあバトンタッチって事で」
「あいよ、一撃で終わらせるから見てろよ―――」
クライドが後ろへとステップで下がるのと同時に入れ替わる様に前へとステップをとって踏み出す。既に相手は光源の範囲内に入ってきている。それに焦る訳でもなく、踏み出しつつガスマスクの下で口を開く。
「―――【貫け】・【燃えよ】・【焦がせ】・【溶かせ】」
魔法発動のルールは実に単純明快。”単語で魔法を表現する”、それに尽きる。
保有しているスキルである<超簡略詠唱>が魔法発動のルールをカスタマイズさせ、変化させる。それ故に一部の特殊な魔法を除けば魔法の発動とは単語による表現というのが己のルールとなっている。
早口を練習すればそれだけ素早く繰り出せる。喋るよりも早く動け、殴れる連中と比べればあくびが出るほど遅いだろう。それでも並の魔法を遥かに凌駕する速度、そして規模で魔法は放てる。故に単語を呟き終われば、
あとは放つのみ。
「―――ぶっ殺す」
五メートル距離、そこまで踏み込ませた所で正拳突きを放つように拳を前方へと叩きだす。拳が届くわけではない―――しかし拳を突き出す動作と共に放たれた魔力は即座に単語という術式に反応して変質、炎の属性に過剰に供給された魔力と共に一気に燃え上がり、真正面の空間全て、酸素そのものを燃焼させるようにダンジョンの壁を焦がし、炎に飲まれた者を一切の容赦もなく焼き殺しながら溶かし、飲み込んだ存在を貫きながら前進して行く光線の様な炎嵐を発生させ、
全てを燃え殺した。
進路上の存在を全て飲み込み終わった炎はわずかな残り火のみを残して完全に消失する。魔法が放たれた範囲にはもはや何も残されておらず、壁や床を埋め尽くしていた苔の姿も欠片も見えず、残されるのは蹂躙された敵の影のみだ。
敵がいた場所、その肉があった場所、或いは倒れた場所、
そこだけが僅かに焦げていない―――少し前までそこに誰かがいたという証明である。
「クライドドが予想以上に使えないからしょうがねぇ、ここからは俺が先頭に立って蹂躙するわ」
「さすがに自爆カウンターとかが来ると僕じゃどうしても追加で対応入れないといけないから面倒だしなぁー。あと惜しい、すごく惜しい。あとちょっとだ。もうちょっと頑張れ」
「まぁ、ここにいたのが俺でよかったな。馬鹿1と馬鹿2とか、爺が俺の代わりにここにいたら確実に攻略できなかっただろうしな、クライッドッドくん」
「んー、ちょっとリズムに乗った感じかな? 今度はリズムを抜いてドを減らそうか」
「クラ」
「必要以上に減ってるよ! というか抜かなくてもいいものまで……!」
「まぁ、落ち着けケネディ……ソフィーヤが展開についてこれてない」
「9割型君が原因だよ! というか暗殺されそうだし大統領でもないよ!」
打てば響く。クライドを表現するならその言葉が正しいのだろう。
ともあれ、未だにポカーンとして様子で立っているソフィーヤの姿を見て、これは少しだけ、先へと進む前に休憩を入れる必要があるかなぁ、と考える。
前回の更新が遅れたので次の日に更新してみた。反省はしていない。表記に関する小さなお知らせ。<スキル>≪称号≫【魔法】、という感じの表記になっていますです。
さて、皆はハイドラさんのビルド内容が見えてきたかな……?