第十話 鍛えられる場所
―――第一浮遊大陸ケェツルが初心者向けだといわれるのにはいくつか理由がある。
まず最初にここがプレイヤーの開始地点であるという事と、メインシナリオの開始地点という事もある。だがそれ以上に大陸の各所にプレイヤーによる努力の結果、国家との協調によってフィールドに存在する所謂アクティブな雑魚モンスターの掃討に成功している事だ。元々は大陸別に敵の強さが違うとかそういう事はなく、地域別にモンスターの強さは変動していたため、比較的にどこにいても危ないという状態だった。だが一度殲滅に成功すればあとはリスポーンか、隠れて産み出たモンスターを即殺するだけで治安が維持できる。そのため、レベルの低いプレイヤーが大体どこにいても平気という大陸になったのだ。
だがそうやってモンスターを掃討するとなると新たに問題が噴出してくる。高レベルプレイヤーは掃討が不可能だった高レベルダンジョンへと向かえば良いが、それが出来ない低レベルのプレイヤーはどうすればいいのか、という問題が出現してくる。モンスターがいないという事は戦闘経験を積めないという事と同義である。むろん、トレーニング等で経験値を入手し、レベルアップする事も可能ではある。だがそれと実践を比べれば、やはり敵を直に殺した方がはるかに効率が良い。どうするべきか? その問いに対して答えを与えのが―――
◆
「―――冒険者協会だったんだよ」
ソフィーヤとの出会いからすでに五日が経過した。ヴェーデの南門から延びる街道を三人、横に並びながら歩いている。道路は舗装されてはいないが、何度も馬車か、或いは車が通ったからか平ったく潰されており、多少のデコボコはあっても必要以上に体力がとられる事はない。この世界では良く目にする、基本的な馬車道だ。ある程度は魔法によって聖地されている為、首都圏に近くなればなるほど歩きやすくなっているが、辺境にまでその恩恵はなかった。
「そうなんですか?」
言葉を求めるソフィーヤは首を傾げながら赤い服装の男―――断固として己が名前をまともに言わない男へと視線と言葉を向けた。それに応えるように彼は頷いた。
「うん……まぁ、冒険者協会は割とお金持ちだったからね。モンスターの掃討自体はずっと昔から何度もやってきたんだけど、プレイヤーが流入したおかげで質の高い冒険者や兵士、戦士が増えたおかげで一気にそれが進んだんだ。そして人が増えれば職と需要が増える。そうやって集まった資金を利用して、冒険者協会は”人工ダンジョン”を生み出したんだよ―――ちなみに今、僕たちが向っている場所だね」
そう言って前方へと指差せば、山脈の姿が見えてくる。ここからでは見えないが、その麓には人工ダンジョンが一つ存在する。そこへとソフィーヤの実戦経験を積むために向かっている。三度ぐらいクリアすればいい感じになるだろう、とソフィーヤの成長具合から考えている為、ここ、ヴェーデを後にして王都へと向かう日は近いだろうと考えている。
しかし、今はそんな事よりも、
「お前は何でここにいるんだライアン」
「いや、暇だからなぁ……なんか面白そうな気配がするし。あとは大体ノリで。そして僕はライアンじゃない」
「お前の名前はなんだっていいんだトマス」
「トマスじゃない、クライドだ……!」
「解ってるよテリー」
「殺したい」
基本的に新人の相手をするのがだるい、というか面倒なので自分以外にソフィーヤの話し相手がいるのは非常に楽なのだが―――それはそれ、これはこれだ。こいつの相手もなんだかんだで面倒なのだ。実力や人格に関しては完全に信頼しているのだが。
「……まぁ……僕の名前を憶えない馬鹿は放っておいて―――低レベル層の育成を目的として人工ダンジョンを冒険者協会が作成したわけだ。ここではモンスターの生体の観察、低レベル層の訓練と育成、あと人工的にモンスターの生殖に関する研究とかそういう目的があってね、入場料はとられるし、当たり前だけど道中に宝箱なんてものは一切存在しないけど、ある程度のリスクコントロールが管理出来る環境で戦えるから、実戦を覚えるには非常に有用な場所なんだ」
「なるほどー……解りやすい説明ありがとうございますクライドさん」
「いいぞ、もっとやれスティーブン―――俺の仕事がなくなって楽になるからな」
「カンストしている有名人が初心者用のダンジョンでデスペナを受けるようになったら永遠にゲームの歴史に名を刻めるとは思わない? あとスティーブンじゃない」
半分キレた様な返答を受けつつも、しっかりと言い返してくるあたり、クライドは付き合いが良い。まぁ、付き合いが”良すぎる”のがこいつの問題だと個人的には思っている―――まぁ、悪いやつではないのだ、悪いやつでは。
そんなことを考え、適当に豆知識などを話ながらヴェーデから人工ダンジョンへと続く道を歩く。この道を歩く予定も本来はもう少し先の予定だった。瞑想―――というよりはエーテルの感覚的な知覚はそこまで簡単なものではなく、経験よりも才覚寄りの能力だ。本来であれば一か月付きっ切りで教えれば感覚のきっかけを掴み、覚えて行くものだが、それをソフィーヤは五日程度で成し遂げた。その為、十全には機能していないが日常的に感覚を忘れずに続けていれば効果は出るので、それ以上態々MPを空っぽにしてまで練習する必要もなくなり、本格的に前へと進むための準備に入ることが出来た。
そして今、人工ダンジョンへと向かっている。
天才、と表現するよりは”逸材”と表現するのが正しい、それが自分がソフィーヤに対して抱く感想だった。横を歩くソフィーヤの姿を片目で捉え、視線を外して正面へと視線を戻す。話しながらお歩いている為、段々とだが山脈の麓が近づいてきている。人工ダンジョン付近は人通りが多いためか、道路が良く踏み直されており、凹凸がさらに減って行くのを足の裏に感じる。
ヴェーデを出て歩いて三、四時間ほどが経過した。
歩き慣れている自分たちとは違い、そんな距離を歩く事になるとは思いもしなかったソフィーヤは初の遠征であり、レベルが低いこともあって最初は元気でも、段々と麓が見えてくるようになるころには口数も減り、完全に疲れた様子を見せていた。ダンジョンの中には数日かけて最深部へと到着するようなタイプも存在する為、自分やクライドの様なプレイヤーは歩き慣れていたが、そんな事はないソフィーヤは頑張っているとも言えた。ただそれもいよいよ限界に見えてきた頃、
ようやく、人工ダンジョンの入口周辺が見えた。
冒険者協会の所有物であるため、ダンジョンのすぐ近くには簡易的な宿泊施設や鍛冶場が存在し、武具の修復や泊り込みで通うことが出来るようになっている、本当に軽い宿場町の様になっている。当たり前だが利用者がいるのだから、そこそこ需要が存在するのは当たり前の話だ。
完全に疲れているのか、ソフィーヤは目的地が目視できるようになっても、無言で視線を向けるだけだった。クライドへと視線を向け、合わせれば軽く休憩でも挟んでやろうと総意し、そのまま、ゆっくりと足を前へと押し出すソフィーヤの歩幅に合わせるように人工ダンジョン前、宿の表にあるベンチに到着した。ぐったり、ともたれるようにベンチに座り込んだソフィーヤからは視線を外し、視線を奥の方へ―――つまりはダンジョンの方へと向けた。
そこには人だかりが出来ていた。軽く声を漏らしてそちらへと注視するが、人の姿が邪魔でよく見えはしない。ソフィーヤが完全にダウンしているのを再度確認してから、視線でクライドに確認してくる告げると、頷きが返ってくる。ソフィーヤをそちらに任せるとして、さっさと何が問題なのかを確かめるために歩き、人だかりに近づく。
近づけば近づく程、喧騒が聞こえてくる。中には怒声や罵倒の言葉さえ飛び交っているのが聞こえる。こうやって荒れるのは珍しい話だと思いながら、人ごみを掻き分けるように前へと進んでゆけば、封鎖されている人工ダンジョンの姿が見える。バリケードではなく、魔術的に結界が施され、それによって先に進めないようになっていた。首元を掻きながら集団を抜ければ、封鎖するように立っているのは冒険者協会の職員達の姿だった。あいにくとヴェーデ近辺には長い事来ていない為、初めて見る顔だが、此方の顔はさらされたりなんだり比較的有名人だ、此方の姿を見て小さくあ、と漏れる声がある。
元々隠れているつもりもないし、そのまま前へと進み出る。
「何があったんだこれ」
言葉を放ちながら視線を向ければ、責任者なのか、前へと出てくる姿が見える。此方に軽く会釈を送ってから近づき、そして口を開く。
「―――災獣です」
「ダンジョンの中に? マジで?」
「マジです」
その言葉にアチャー、と軽く声を漏らして額を叩く。
「茸の胞子の形をした寄生型エネミーで、どうやら外部から紛れ込んだのが変異対象となって災獣化が始まっちゃったみたいで……まぁ、ほとんど事故の様なものです」
基本的に災獣の出現、変異というものは突発的なもので、半ば事故の様なものだ。警戒したところでどうにかなるものではない。流れ込んだ胞子が急速変異でボスモンスター化とかいったい誰が予想できるのだろうか。ともあれ、
「はぁ……中はどんな状況だ」
ため息交じりに状況を聞く。
「酷いです。というか地獄です。ダンジョン前半は油断させる為にそのまま、中部で軽量の胞子が気にならない程度で待っていて、後半に入ると完全に汚染されてますわ。母体が一番奥にいますけど、本体という概念はなくて、胞子の一つ一つが寄生の種であり、群体であり一という状態で。寄生直後ならまだ高圧電流で焼死させられますが、時間が過ぎるとアウト、完全にお仲間入りという感じで。もうすでに十二人ほど人形にされてます」
「生まれてからどれぐらいか解ってるか?」
「まだ数時間程度ですね」
「って事は完全に成ってないか」
「殺意が異様に高い点は変わらないんですけどね」
「なるほどなぁ……―――」
腕を組み、軽く首を捻る。寄生・感染型のモンスターというものは考えられるモンスター、エネミーの中で最悪と表現して良い部類になる。細かい話を抜きにし―――たとえば感染タイプであれば風上に立って病を流せば、それだけで大量虐殺を可能とするのだ。直接的な戦闘能力はない代わりに異常とも言える殺傷能力を別の方向で保有しているのだ。これが災獣化しているとなると……ちょっと考えたくない部類に入ってくる。少なくとも放置しておけば間違いなく辺境を全滅させられるような怪物が生まれるだろう。
この国は比較的そういう存在の出現や対処に対しては敏感なため、こうやって迷うことなく犠牲を出しつつも抑え込んでいるのだが、
「どれだけ抑え込める?」
その言葉に相手が首を傾げる。
「どうでしょうねぇ……一時間ほど前に正気なフリをしたキャリアーが胞子を持ち出そうと特攻してきましたからね。迷う事無く入口に近づけないようにぶち返した直後爆発して胞子をまき散らしたあたり、物量戦の準備しているんじゃないかと」
「これ、ダンジョン一回消し飛ばす必要があるんじゃねぇかなぁ……」
「ですかねぇ。上の方の許可が出ればいいんですけど。まぁ、十中八九出るんですが」
まぁ、いつもの事だ。本当にいつものことだ。この世界が物騒である以上、毎日どっかで誰かが死んでいるし、その結果どこかが滅んでいたりする。だから対応できるように鍛えなきゃ生きていけないのだから、ずっといればそりゃあ慣れる、という話だ。
軽く首を捻って考えようとして―――そもそも国民であり、そして国家の安寧と発展に貢献すべき立場の人間として、そもそも選択肢がないよな、と結論付ける。
振り返り、人混みの向こう側にいるクライドとソフィーヤのいる場所へと視線を向け、すぐに視線を戻す。どうせ、この国で活動しているのなら早かれおそかれ、どっかでエンカウントするハメになるのだし、戦力としては最高クラスの人間が自分を含めて二人もいるのだから―――何も問題ない。そう判断し、
「まぁ……選択肢はないようなもんだし、完成される前にサクっと潜って殺してくるか」
そう告げると申し訳なさそうに頭を下げられる。給料をもらっている以上、義務ともいえるべき部分があるので、頭を下げられても困るのだが―――気持ちばかりはどんなに受け取っても損はしない。
どうせダンジョンで実戦経験積む予定だったので。その相手がちょっとぜ宇某的になった程度だ―――問題はない。
この先、ダンジョンに突入した後聞けるソフィーヤの悲鳴のことを考えれば、少しだけモチベーションが上がってきた。
明日、飛行機に乗って日本に一時帰国予定なのでちょい遅れまーす。というわけで序盤から能力とか関係なく鬼畜な生物を叩き込んでゆくスタイル。ちょくちょく表現の方法に迷ったりで手探りだったり。