第九話 世界の法則
ばたり、という音と共に倒れる姿が見えた。
無論、それはソフィーヤの事だ。昨日とは違い、休憩を入れることなくずっと魔法を使い続けることによってソフィーヤのMPはあっさりとその限界に到達し、最後の一滴を絞り出されるのと共に力を失ったかのように顔面から大地に向かって倒れこんだ。その姿が今、目の前にあった。下がミニスカートじゃなくてよかったな、多分ミニスカートだったら完全にその下が見えていただろう。
ともあれ、
「―――う……動けません……ぐぇ……」
「それがMPが完全に空っぽになっている状態だ。しっかり体で経験しておけよー。経験は大事だからなぁ」
「一言ぐらい教えてくれてもいいんじゃないですかねーこれはー……」
「WIKIを大体読んだんならこうなるって解ってただろうに」
「書いてある事と実際経験するのって大きな差があるんですよー……」
顔面から倒れこんでるせいか、その声は若干くぐもっており、笑える。何とかその面白い姿から視線をそらし、軽い咳払いを入れて会話のリセットを図る。それじゃあ、と言葉を置く。
「設定とかを読んだならこの世界が”エーテル”って架空物質、架空元素で構築されているのがわかるはずだ。んで俺たちの使う魔力はエーテルを一度体内へと取り込んで、それを魔力へと精製しているんだ。つまり変換された魔力を数値で表すとMPになるってわけだな」
「それは解るんですけどそんな事よりも助けてください」
懇願を無視して話を続ける。
「つまりMPの自然回復ってのは水が広がろうとするのと同じ理論、空っぽになった魔力の器を満たそうとエーテルが入り込み、それが自動的に体内で変換される―――これが自然回復だ。だけどその自然回復を加速させる方法は実はある。このうち最も簡単なのがスキルとしてそれ系統のを取得する事だな」
そう告げて、自分のステータス画面を開き、そしてその中に存在する習得スキルへと視線を向ける。
「俺みたいな魔法型のプレイヤー、ビルドとなってくると重要なのは”速度”と”継戦能力”と”殺傷力”だからな。どれだけ安定して戦い続けられるか、ってのは非常に重要なもんだからな。戦闘中に一々ポーションを飲む暇はないし、そもそもそういう道具も本当にヤバイ時まではなるべく温存してコストを抑えたい」
そうなるとやはり継戦能力は非常に重要になってくる。というか数分の戦いで補給が必要になってくる奴はあまり信用できないし、背中を任せたくはない―――あくまでも理想の話だ。
「だからMPの回復手段の確保は重要だ。俺の≪超絶魔力≫みたいにMP上限を引き上げつつMP自然回復倍率の上昇を行えるのもあるけど―――まぁ、基本的にこういうのって習得したスキルを更に鍛えこませて効力をレベルアップさせて生み出されるもんだしな」
自分が保有するスキル≪超絶魔力≫も初期の頃はMP最大値の大幅上昇だけだった。しかし使い込んでいればその内努力とその行動を反映するように、レベルアップと共に進化する他、スキル育成用の高難易度クエストも用意されている。自分はそこらへん、ビルドの完成の為に徹底的にやりこんでいるため、効果のほどは非常に高い。だけどそれを初心者に求めるのは無理だ。
「……っと、まぁ、だけどそれとは別に誰にでもできるお手頃な方法があるというわけだ」
「はやく教えてください」
「んー、態度が悪いかなぁ……」
「解っていましたけどハイドラさんって基本的に性格が悪いですよね……!」
「悪の組織の大幹部だからな」
いい感じに遠慮が取れ始めている―――二日目としてはなかなかいいペースなんじゃないだろうかこれ。いや、しかし、待て。そうなると段々とネーデ商会色に染まり始めてしまうのではないだろうか。それはそれで非常にもったいない気がする。少しだけやさしくしよう、そう思う。だから答えを教える。
「―――瞑想だ」
「……」
「おう、どうした」
「……いえ、思ったよりも普通すぎて」
言いたいことは非常に良く解る。だが実に簡単な話だ。
「このゲーム……ってかNew Edenは一つ一つの出来事やシステムに対して”ちゃんとした理由を付与している”からな。MPの自然回復も取り込んだエーテルを魔力に変換しているって言っただろ? 逆に言えば”それは利用できる”って事でもあるんだよ。敵にも脳味噌や心臓、神経が通っているんだから心臓をぶち抜けば大抵は即死するし、脳味噌を吹き飛ばせば大抵は死ぬし、神経を電撃で焼き切れば簡単には治せない障害を与えることだってできるからな」
「外道すぎやしませんか」
「それがガチ勢だ」
New Edenは法則やら物理現象やら、まるでアレルギーを持っているかのように細かく設定している。だからこそ利用できる裏技、小技みたいなものが存在している。普通ゲームでドラゴンのブレスが迫ってきたらどうする? 巨大なシールドで防御するかもしれない。だが耐久値なんて解りやすい数値は装備に設定されていない。
熱で普通に融解するし、そもそも盾の後ろに隠れているぐらいじゃ超高熱は回避できず、焼ける。
だがその代わりに大地を砕いて下に落ちる、なんていう荒業が許されているのは非破壊設定等というシステム的な制約がほとんど存在していないからだろう。つまるところ、そういう意味でもNew Edenは自由度が高い。ハマればハマる、ハマらなければ即効で飽きる。玄人向けといわれるのはそれが所以だ。
努力すれば一定の見返りはあるが、それでも個人の発想と技量に由来する部分が多くある故に、必ずそれが実を結ぶとは限らないのだ。
ともあれ、
「真面目な話、瞑想を通してエーテルを肌で感じるようになる事が出来れば、それを意識して体内に取り込むこと、意識して魔力へと変換させる事、それを覚えていくことが出来るからな。あとは反復練習だ。無意識的にやらされてることを意識するだけだ……ね、簡単だろ?」
「簡単じゃないです……コツを……」
「頑張れ」
「コツを……」
「頑張れ」
数秒間、何もせず、そのまま無言になり、
「コ―――」
「頑張れ」
「……はい」
心の中で軽くげらげら笑いつつ、ターゲットを壁代わりに軽く寄りかかり、息を吐く。地面に顔面から倒れて必死に瞑想しようとうぬぬぬ、と唸っている姿はかなり奇妙に見え、周りから多くの視線を浴びている。注目を集めているが、せいぜいが掲示板で期待の狂人としてさらされる程度だから問題ないだろうと、そう考えながら訓練場の入口へと視線を向ければ、赤い姿のアメリカ人が見える。
「お、トム」
「トムじゃないっての」
半ギレの声で返答が帰ってくる。その姿をソフィーヤは確認しようとするが、まだ自然回復の魔力が不十分であるため、体の脱力感が抜けきっておらず起き上がれそうにもない。そんな姿を彼は横目で確認しつつ、片手で挨拶して此方へと近寄ってくる。
「基本的に中央にしかいないから此方で見てちょっと驚いたよ」
「お前こそ基本的に拠点は他所の方だろ」
「あっちはこっち程兵士が精強であるわけじゃないけど、基本的に数は多いからなぁ、仕事は割と少な目なんだよね。国家の一員として所属しているならともかく、あまり一か所にとどまっていると囲い込まれるしねー……」
「あぁ、ガルドラントに囲い込まれそうなのかお前」
「君は城とギルドの方で二足の草鞋でしょ? 辛くない?」
「お前アメリカンの癖に良くそういう言葉を知ってるよな……まぁ、基本的に名誉職みたいなもんだし、招集がなければ自由にやっていいって言われてるからな。結構楽だぞ。成果なら提出しているし」
「基本的に、というか結構学者肌だよね、君」
「というか魔法型は近接型と違って技術をそこまで要求しない癖にめちゃくちゃ頭を使うからな。こっちでいろいろと組んだり勉強している間にいつの間にか現実でも勉強とか考えるようになったわ」
「序盤が楽で後半からが頭を使わないといけないから人を選ぶ魔型、終始技術を鍛え続けないといけないから人を選ばなくても根性と努力を要求してくる近接型―――やっぱNEってどこか全体的に鬼畜だよね」
「チートして能力弄っただけじゃあ強くなれんぞ、ってシステムだからな」
「いたねぇ、そういうやつ……」
懐かしい話だ。どんなゲームでもチートやバグ行為を働く、利用する奴はいる。ただこのゲームに限ってはその恩恵が非常に薄い―――システムアシストが存在しない分、どんなに強力なステータスや能力であっても、経験と技術ですべてを覆すことが出来るのだ。そのため、ステータスをカンストさせるようなチーターは環境トップにいるプレイヤーによって”一方的に蹂躙されてBANされた”のだ。アイテム複製とかも基本的に生産はそれこそ現実に近いプロセスを必要とするため、非常に現実的ではない。
どこまでもチートがし難いといえば美点なのだろうか。
懐かしい話だ―――またチーター虐めて掲示板に晒したい。
そんな昔の話を軽く思い出しながら雑談にふけっているとそれで、とトムが地面に倒れ、軽く瞑想を頑張ろうとビクビクと動いているソフィーヤへと指差す。
「なにこれ」
「初心者」
「いや、それは見れば解るよ。なんでこの世で誰かを指導するという行動からかけ離れた行動を君がしているかってことだよ」
「仕事」
「その一言に社会の無常さと上司の愉悦のすべてを感じた。ネーデはトップが総帥で大変だねぇ……」
「ほんとな。外から見て大変だって思うだろ? 中から体験するとその数倍大変だって理解するぞ。……いや、マジで」
「なんというか、ホント昔から変わらないね。君のところは」
「なんだかんだで昔から方針に関しては一貫してるからなしかし―――」
視線を倒れている娘の方へと向ける。
うんうん、とうなりながら顔面から大地に倒れているソフィーヤは何とか魔力を素早く回復させようと、瞑想の真似事を行っているが、どこからどう見ても駄々をこねているキチガイのようにしか見えない。ただ、そんな姿と裏腹に視界を切り替え、エーテルの流れを目で追えば、僅かにだけだが、ソフィーヤの体がエーテルを吸収しているのが確認できる。それこそ数値で表すなら1にすら満たない量だが―――明らかに無意識的に、或いは直感的に行うべきことを実行している。
常人が1を聞いて1を成すのが常道において、1を聞き、10を行う―――人はそれを天性の才、すなわち天才と呼ぶ。天才とは厄介な存在だ。聞き、そして理解するというのは”理屈ではない”能力なのだ。
「……」
「急に黙ってどうした。……なるほど―――風が泣いているんだね?」
「お前のそのドヤ顔正面から殴っていい?」
「カウンター叩き込んでいいなら」
「仲が良いのはいいんですけど、アドバイスとかを……」
二人揃って視線をソフィーヤの方へと向ける。少しずつ体に力が入るようになったのか、体を軽くビタンビタンと動かすようになってきたのを確認し、視線を外す。起き上がれるようになったら再び魔力を、MPを空っぽにするまで魔法の射撃練習を繰り返させるだけだ―――魔量を使い果たした虚脱感にも慣れておく必要があるのだ、一度味わう程度では全く足りない。
一に反復、二に反復、三四も反復で五に反復。鍛錬とはそういうものだからしょうがない。
レベルが上限に到達してもサボっていればレベルが下がるなんてめんどくさい仕様まであるのだ―――自分もどこか、適当な時間を探して反復練習を軽く行った方がいいだろう。
「……まぁ、いいか」
聞こえないように、自分自身に向かって軽く呟く。ソフィーヤの正体がなんであれ、天才と呼べるような類の存在であるというのなら非常に簡単だ。1を教え、10を理解してもらえばそれだけ此方の苦労が減って、仕事の達成率、或いは速度が上がる。まぁ、だったらそれでいいのではないかと思う。未だに総帥が自分へとパスしてきた意図は解らないが―――ゲームは楽しめている間が花だろう。
「それはそれとしてトム、アプデ内容どんなもんだと思う?」
「んー、世界全体に対するアプデだからシステムではなくて新エリアか第五大陸関連或いはエーテル海を潜水する方法が見つかったとかそういう方向性だと思うんだよなぁー……あとトムじゃない」
「やっぱりそっち方面か―――まぁ、運営の秘密主義は今に始まったことじゃないしな。月末を楽しみに待つとするかな、トム」
「絶対に正さないという不屈の意志を感じるぞ」
そんな、他愛のない話をしながらソフィーヤを無視して、また時間が進む。
四月の終わりごろ、何とか日本行きのチケットを握りながら一時帰国できそうな感じになりつつ更新でという事で。ともあれ、次回から漸くバトルが見れるかもしれないという事でまた一つ。
冒険者でミニスカート型の服装の人はアレ、絶対にパンチラを狙っているんだと思っている。