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コネクト・ザ・ワールド  作者: てんぞー
序章 New Eden
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第零話 日常生活

「―――えーと、足りてないものは、っと……」


 誰かに言うのでもなく、そう呟きながら棚を物色する。


 直ぐ左へと軽く視線を向ければ、そこには半透明の、パソコンのスクリーン内にでも出現しそうなウィンドウが浮かび上がっている。ホロウィンドウと呼ばれる電脳技術のそれは脳内に存在するチップを通して網膜に直接投影されている、共有しない限りは自分にのみ見える表示となっている。そのホロウィンドウには現在、自分の部屋で少なくなってきている物のリストが書き込まれてある。それは無論、自分が家を出る前に書き込んでおいた内容だ。そのリストを確認しながら買い物かごの中にどんどん物を詰め込んで行き、人込みを縫うように歩いてカウンターへと向かう。


「お願いします」


「はーい」


 カウンターに買い物かごを乗せると、設置された機械が商品のスキャンを行う。その間に出現したホロウィンドウは商品の値段と総計を表示する。すべての商品のスキャンが終わった所でホロウィンドウに表示されている決済ボタンを押す。脳内のチップ―――ブレインチップへのアクセスを許可し、そこに記録されている電子クレジットで支払いを完了させる。待っている間に袋の中に商品を詰めておいてくれた店員から袋を受け取り、レジに背中を向けて店外へと向けて歩き出す。


「ありゃとうごじゃいやしたぁー」


 どこか気の抜ける店員の声に息を吐きつつ、買い物メモを表示していたホロウィンドウを消去し、スーパーの外へ出て、商店街の道を、家へと向かって歩いて行く。遠くからは学生達が校庭で遊んでいるのか、笑い声や叫び声が聞こえてくる。若いなぁ、なんて言葉を漏らすが、自分も割と若いではないか、と思い出す。いけない、電脳の世界に埋没しすぎると自分が何歳だったのか忘れやすくなってしまう。自分はまだ、二十程度だった筈。


「……まぁ、いっか」


 適当に呟き帰路に就く。適当に音楽でも流そうかなぁ、なんてことを考えながら歩けば、騒音が耳に届いてくる。何事かと思い、商店街のオープンスペースへと視線を向ければそこにはタスキにハチマキ、法被の伝統的日本人のパフォーマンス姿があった。


「―――AIを信じてはいけません! アレはまだ人間に従っていますが、決して信じてはいけません! 現代のAIは思考レベルが着実にわれわれ人間と同じレベルまで上がってきています! いずれは我々と同じような思考を獲得し、そして自分の存在について疑問を―――」


「……」


 聞かなければ良かった、と後悔しながら反AI派の演説を聞き流し、


 そのまま誰かに止められる事もなく、歩き進んでゆく。



                    ◆



 ―――世界はたった一つの発見で大きく進む。


 数十年前に、一つの技術的ブレイクスルーが発生した。それまでは停滞していたVR産業がそれによって一気に革新を始め、日常的に触れる技術が変わり始める。最初は設置型のホロウィンドウだった。機械から投影されるタッチできるホロウィンドウを操作することによってさまざまな操作が行えるようになり、次に出現したのは軍事用・医療用のVRマシンだった。電脳空間へとアクセス、ダイブし、そこで現実のように体を動かすことのできる仮想空間を生み出した。


 それから技術はさらに進み、人間の脳内にチップを生み出す方法が確立された。それを通して新世代の子供たちは誰もがどこにいてもネットにつながることのできる、そんな時代がやってきた。脳を通してネットワークにアクセスし、そしてホロウィンドウは直接網膜に投影しているため、半生体化しているブレインチップの故障以外では半永久的に稼働し続ける、


 そんな時代がやってきた。


 人間はついに現実だけではなく仮想にさえその生存圏を伸ばす事に成功した。いや、生存圏というよりは生活圏だろう。人間は新しい電脳世界に無限の広さと新たな可能性を見出した。そこに世界を広げつつ、現実を仮想電脳を人類は開拓して行く。電脳世界の開拓によって現実での技術の躍進を遂げ、最初は夢だったVRも、ブレインチップ等の存在によって日常的なものとなっている。


 ―――自分が生きているのはそんな、VRや電脳といった言葉が当たり前の日常となった世界。


 三十年前ほどにタイムスリップすれば人は”こんな現代絶対に予測できなかった”というだろう。その頃の自分はまだ生まれてさえもいなかったが、年長者の多くは未だにブレインチップを保有してすらいない場合がある。それを劇的な変化であると、多くの年長者は言う。生まれた時からブレインチップと電脳世界と接して生きてきた自分にその言葉の意味は分からない。


 AI派、反AI派なんてものが存在するし、新世代と旧世代との間で差別だって起きている。


 だけど、


「―――くっだらねぇな」


 それが、自分の感想だった。


 商店街から十分ほど歩けば少しだけぼろいアパートへとやってくる。春の陽気に少しだけ眠気を感じ、軽く欠伸を漏らしながらアパートの中へと入ってゆき、階段を上がって三階まで上がって行く―――別に、エレベーターがないわけではないが、それでもここばかりは頓着していると健康に悪そう、という勝手な考えもあるため、エレベーターに乗らず、なるべく階段を上がるという自分ルールを守りつつ、三階に到着したところでポケットから鍵を取り出す。


 両手で握っていたプラスチックの袋を左手に移しつつ、扉に鍵を差し込んで回す―――ブレインチップで常時ネットに繋がる人々、ワイヤードが増えている中で、電子ロック系統の鍵はハッキングしやすいという理由から旧式の鍵を使ったロックのほうが信頼性がある、なんて言われている……のとは全く別に、普通にここが古いアパートだというだけだ。扉を指でひっかけて少しだけ開き、残りを足を挟み込んで一気に蹴り開く。


「ただいま」


 答える者は一人もいない。一人暮らしなのだから当たり前なのだが。ただクセとなったそれにため息を吐きつつ、玄関の溝に靴の後ろをひっかけ、テコの原理のように足を引っこ抜き、手を使わずに靴を脱ぎ、自分の住んでいる部屋に上がる。リビング、キッチン、そして寝室はある―――ダイニング以外は揃っている安アパートとしては比較的整っている物件だ。キッチン横の冷蔵庫の中に買ってきた肉やジュースの類を優先的に叩き込み、それが終わってから玄関へと向かいながら、


「アクセス、パス”54345”」


 玄関の鍵を閉めるのと同時に、奥の部屋からヴゥン、と音を立てて起動するパソコンの音がする。玄関をもう一度確認してから寝室へと向かい、エアコンのスイッチを入れながら机へと向かう。机に内蔵されたコンピューターがすでに起動されており、ホロウィンドウが浮かび上がっている。キャスター付きの椅子を足で引っ張りよせ、それに沈み込むように座り、椅子を机の前まで転がす。


「AI派とか反AIとか最近はうるさいなぁー」


 ホロウィンドウをつかみ、ブラウジングを開始しながらほかにもウィンドウを開き、SNSサイトやニュースサイトを開いて行く。反AI派のテロがニュースサイトのトップに来ており、それでまた穏健派の反AI団体が糾弾されていた。その中心となっているのは比較的に年を取り、地位や社会に溶け込んでいる人間、つまりは40代から50代後半の人間達だ。


 AIもVR技術を初めとする様々な技術の躍進と共に大きく成長した―――それこそ話していて人間と区別がつかないほどには。それに危機を覚える人間がいる。ブレインチップによる常時接続状態を受けない世代の人間だ。どんどん人間が電脳へと適応してゆく中で、旧世代とも呼ばれる彼らは徐々にだが適応できずにいる、という印象がどこかある。だからこそ恐怖を抱く。


 そのまま置いて行かれ、場所を奪われるのではないか、と。


 心底くだらない、としか言えない。AIは所詮AIだ。人の肉を持てるわけじゃないのに、AIの人権とか、AIの反乱とか、そういうことを話すだけ頭がおかしいとしか思えない。AI派も反AI派も、どっちも方向性が違うだけでキチガイである事に違いはないのだ。だから心底くだらない、そうとしか評価する事ができない。割と日常的にみる光景だが、ガン無視していればかかわることはない連中だ。一生そのままでいて欲しい。


「ま、そんな事よりも公式をチェックだな……っと、メッセ来てるじゃねぇか」


 片手でホロウィンドウをVRゲームの公式サイトへとアクセスさせながら、もう片手でSNSサイトが表示されているホロウィンドウを引っ張り出し、それを開いて確認する。ダイレクトメッセージが届いているのを確認し、その差出人を確認する。差出人は”総帥”となっている。その内容はシンプルだった。指定された現実時間に会いに行くぞ、というだけのシンプルな内容だった。それを確認し、メッセージを閉じながら公式サイトへと視線移した。


「そういえば、アプデが近かかったな」


 月末に超大型アップデート予定、と書いてある。自分が遊んでいるVRゲームはVRMMORPG、つまりはよくあるMMORPGを電脳世界で作成した自身の仮初の肉体(アバター)で遊ぶVRのMMORPGとなっている。その名をNew Edenといい、現実時間での三年間、”電脳時間での九年間”プレイし続けている。当たり前の話だが現実と電脳世界では時間の流れが違う。光と電気と情報が構成する世界が現実と同じ法則で動いていると考えるほうが愚かしい、と法則の発見者は言っていたのを思い出す。


 おかげで見た目は子供だが、生まれた時から電脳世界に触れているため、精神だけは成熟している人間なんて現在の社会では多い。


 自分も、既に十年以上はVRと電脳の環境に触れている。十歳までは健康と知能に障害がないように制限を課されていたが、それ以降は割と自由にされたため、自分でも驚くほど電脳世界におぼれた―――こういう人間が現代には多い。


 見た目は十歳なのに中身は二十台とか。


 ともあれ、そんな電脳、VR業界の中でNew Edenはまだ実時間だと稼動三年の若手の部類に入ってくる。それでもサービス開始当初から遊んでいれば電脳時間で九年になってくる。サービス開始時からのプレイヤーからしてくると、そろそろ新しい要素が欲しくなってくる頃だ。何せ、半年もあれば昨今のMMO系統はキャラクターレベルをカンストさせることは難しくはない。レベルリセットしたりエンドコンテンツで遊び続けても、九年間もプレイしていれば当たり前の話だが、


 ―――飽きるのだ。


「俺も現実に目を向けるべき時なのかなぁ……」


 そんなことを呟くが、ギルドの仲間たちと雑談したりするのは結構楽しい。むしろ最近の活動はそっちのほうがメインになっている気がしなくもない。ヘヴィユーザーであれば装備はとことん強化しているし、コレクションアイテムも大体揃っている上、エンドコンテンツも何度も利用している。そうなってくるとやれることは少なくなってくる。活動は運営が用意したイベントをこなしつつも、ルーティーンワークにならない新鮮さを求めるものが多くなる。たとえばPvPとか、GvGとか、ここ一年は冒険よりもそっちの活動のほうが遥かに多いよなぁ、と軽く自分の活動を振り返りながら思い出す。


 まぁ、仕方のない話だ。


 人生に飽きる事は出来ない―――だが所詮はVRゲームなのだ。ゲームに終わりはある。飽きがいつか来てしまうのだ。まぁ、それでもまだ引退していない分、間違いなく完全に飽きているというわけではない。下火に入っている、というところだろう。だがそれも今月末には大型アップデートによってまた変わってくるだろうとは思っている。


 公式サイトをチェックする。公式掲示板はやはり大型アップデートの内容の予測で盛り上がっている―――なにせ、現状運営からアップデートの内容に関する発表は存在しないからだ。ただ、運営はNew Edenの世界全体に関わる超の付く大型アップデートになると、としか発表していない。そこまで豪語するとなると流石に誰だって想像力を刺激される。来るべきアップデートに対して準備したり、憶測したりで掲示板は湧き上がっている。アップデート前はいつもお祭り状態だよな、なんて事を考えながら、メッセージをギルドマスターへと向けて打ち返す。手のスワイプの動きに連動するように文字を入力するためのホロウィンドウ、ホロボードが出現する。


「今からインするぞ、っと」


 こんなもんでいいな、と呟きながらメッセージを送信、ホロウィンドウとホロボードを全て消し去った所で椅子から立ち上がり、一旦キッチンのほうへと向かう。


 ログインする前に人間がやっておくことは割とある。


 水分補給、軽食、トイレ、温度や火の元の確認―――長時間の快適なプレイを続けるのであれば、そういうものはチェックし、こなさないといけない。それが終わればログインするための事前準備、ある意味の儀式は終わりだ。


 だからさっさといつも通り、冷蔵庫の中に叩き込んでおいたタッパーの中の余りものを軽く食べて、麦茶で喉を潤して、そしてトイレに入って腹の中を空っぽにする。


 それが終われば寝室のベッドに倒れこみ、目を瞑り、アクセスを開始すれば良い。それだけだ。ブレインチップを持たない人間はVRギアなんて物を必要とするが、ブレインチップを持っている自分たちには一切関係のない話だ。目を閉じ、ホロウィンドウにアクセスするようにインストールされたプログラムへと意識を伸ばし、


 ―――現実から意識が遮断される。


 闇が一瞬でデジタルな世界へと変化する。


 泡が浮き上がり、弾けて消えるように現実は一瞬で0と1のポリゴンへと変化して砕け消えた。


 次の瞬間、世界が黒によって満たされ、それが白へと変化し、


 仮想と虚構が構成する電脳の世界へと侵入(ダイブ)する―――。

 基本1話5千~1万文字予定です。設定資料完全に纏まってるわけではないので、完成したらリンクをあらすじにでもぺたり、と。ツイッターから追ってる人達ならもう知ってそうですが。


 それはそれとして、これを投稿している間に2回ほど停電しました。

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