表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤城の竜  作者: 柊葉一
5/5

予定外の来客②

 ヒムカが塔に着いたのは島を出て二時間ほどたったころだった。いつもより時間がかかった。普段は父と二人がかりで漕いでいたところを、一人でやったのだから仕方のないことだった。疲れてきては錨をおろして休み、また漕ぐ。そうしないと、このあたりの潮の流れではいつまでたってもセロの塔にはたどりつけないのだ。今日はまだ風に助けられて、早く進んだ方かもしれない。

 錨を下すと、そのまま塔の方を向いてセロを呼んだ。ロープを塔に結ばなければ、上手く塔に移れない。セロは普段、よく外で釣りをしているものだが、今日は出てきていなかった。

 しばらく待ってみるが返事がない。寝ているのだろうか。

「おーい!セロー!」

 さらに声を張り上げると、「いま行く!」と中から声が帰ってきた。

 返事があったことで、ようやく一息つくことができた。今になって、いつも以上に気が張っていた事を自覚する。なんだかんだ言っても、一人で舟を出すことに不安があったのだろう。セロの声を聞いて、心からほっとしていた。

「ヒムカ!」セロが塔から出てきた。ロープを受け取ろうと、屈んでこちらに手を伸ばす。

「なんだよ、寝てたのか?」

 立ち上がってロープを渡す。セロは「違うんだ」と言いながらロープを受け取ると、後退しながら塔の周りをぐるりと回ってロープを結びつけた。そして戻ってきて舟に梯子を渡すと「すごいぞ」と言った。

「また流れて来たもの拾ったのか?なんか変わったものあったか?」

 荷物を渡しながら言う。荷物を受け取るセロは、確かにいつもよりいきいきとしていた。

「そうなんだよ!ヒムカ、お前もびっくりするぞ」

「何拾ったんだよ?」

「オオゾクだった」

「なに?」

「だから……あれ?カムリは?」

 ようやく気付いたようだ。それほど興奮していたということか、と思う。

「親父は、ちょっと倒れてさ」

「倒れた?カムリは病気なのか?」

「うん、昔から島にある熱病だよ。前に荷物を運んだあと、島に戻ってすぐ熱が出て、それから一週間寝込んじまって、今は熱は下がったんだけど、視力が戻らないんだ」

「シリョク?」

「ああ、ええと…目が見えなくなってるんだ」

「目が?そんなことがあるのか……なあ元に戻るんだろ?」

 セロの薄緑の瞳が不安そうに瞬いた。必ず治るとは言えない状況だと、正直に言った方がいいだろうか。アマリの父親が言うには、本当なら薬が効くはずだがどうも効きが悪く、経過が良くないそうだ。

「……そうだと思うんだけどな。ま、だから今回は俺一人で来たんだよ。一人で舟を出すのは初めてだから、結構時間かかったけど、なんとか来れたな」

 そう言って笑って見せると、セロも「ちゃんと来てくれてよかったよ」と表情を和らげた。

「そういえば何かすごい物拾ったって言わなかったか?」話を戻しながら、止めていた手を動かして、積み荷を引き寄せる。セロも持っていた木箱を塔へ運びながら思い出したように「そうそう」と言った。舟と塔に渡した梯子がギシギシと音を立てる。

「手伝いましょうか」

 声がして顔を上げる。え?と思ったのと同時だった。セロの声じゃない。そもそもセロは、敬語を使わない。

 見知らぬ人間が、梯子の上に立っていた。金色の髪が風になびいている。

「あんた誰?」

 言葉が口をついて出ていた。

「私は…」

「ヒムカこいつだよ」

「こいつ?」金髪がセロを振り返る。

「拾ったって言ったろ?ちょっと前に南の海から流れてきたんだ」

「拾ったというのは適切ではありません。私たちは流れて来て自力でここに上がりました」金髪が早口で言う。よく見ると腰のあたりに剣を下げていた。その剣は綺麗な装飾が施された鞘に収まっている。

「あなたのことはセロさんから聞きました。運び番を務めているという、カムリさんですね」

金髪がこちらに手を差し出しながら言う。

「いや、こいつはヒムカっていうんだ。カムリの息子だ」セロが訂正する。

「ああ、そうでしたか、失礼しました。ヒムカさん」

そう言いながらなおも手を差し出すので、ようやく握手を求められていることに気づく。

「どうも。……あの、あなたは?」手を服にこすり付けてから、握手に応じる。高貴な身分の人間だと思ったからだ。

「私は中つ国第3近衛隊所属、ユーリウス・ロッソと申します。漂流していたところ、この塔に流れつきまして……つきましては、あなたにお願いがあるのですが……」

「中つ国…?まさか、中央の兵隊さんってこと……ですか……?」

「そういうことになります。そうでした、他国の方は我が国のことを中央と呼ぶのでしたね」

中つ国の兵隊ということは、おそらくかなりの身分に違いない。中央と呼ばれるのは、地形だけではなく、そう呼ばれる国力があるからなのだ。

「驚いた……本当に中央の、王国の兵隊さんなんだ。こんなとこにいるなんてまさか思わないから」

戸惑いながらも、状況は理解した。確かにずいぶん前にも漂流した本土の人間を、ヒムカが助けたことがあった。しかし中央の兵隊が漂流してくるとは、いったい何があったのだろう。

「いやヒムカこいつだけじゃないんだよ。もう一人、子どもも一緒に拾ったんだ」

荷物運びを再開してからセロが言った。

「ですから、拾われてはいません」さも当然と、ユーリウスも荷物を受け取り運ぶ。

「子ども?」振り返ると舟にはもう、木箱がひとつしか残ってなかった。

「私の主が一緒に。今は塔の中でお休みになられてます」

「そいつがオオゾクなんだって。オオゾクって偉いんだろ?」

「……え?」

最後の荷物を運び終えると、ユーリウスに連れられて塔の中へ入った。セロは釣りをすると言って入ってこなかった。

普段はセロが寝ているハンモックに子どもが横たわっている。白い肌に真っ黒な髪の毛が対照的だ。

ユーリウスがその子どものそばに行き、耳打ちをする。

まさかという考えは、今や確信に変わっていた。ユーリウスが使う、子どもには不自然な敬語も、その態度も、その子どもがセロの言う「オオゾク」だからだ。

子どもは起き上がると、こちらを見て言った。

「私は中つ国の第3王子でハンス・クロエ・アッシュベルトという者だ。ヒムカとやら、頼みがある」

「……はい」やはり、と思いながら返事を絞り出す。

柄にもなく緊張し、体が強張る。

相手は子ども。いくつなのか、とにかく幼く見えるが、王族らしく堂々としており、見た目とは裏腹な話し方にもあまり違和感を感じさせない。

「私たちは……」そう言いかけて王子がふっと笑う。

「そう緊張しなくてよい。まぁ突然のことで驚いただろうが、こんな場所で上も下もないのだ」

しかも私はこんな子どもだしなぁ!とユーリウスに同意を求めながら声を上げて笑った。ユーリウスが「おやめ下さい」と諌めても聞く耳を持たない。しかしだからといって一緒になって笑うわけにもいかない。

「すいません、こんな時の作法など…なにも知らないので…」

「気にするな、作法など必要ない。そなたらの生活にこちらが勝手に飛び込んだのだから、むしろこちらが合わせるべきだろう?セロなんかはずけずけと物を言うから気持ちがいいぞ」

「すいません……あいつは世間知らずというか、この塔から出たことがないので」

「それも本人から聞いたが、この海にいる竜神を鎮めるためらしいな。ヒムカの島ではその竜神を信仰しているのか」

「そうです」

「そうか…」

「あの……、それで頼みというのは一体?俺に何かできることが?」

自分から話しかけても良いものかわからなかったが、とりあえずこの王子相手なら無作法を咎められる心配はなさそうだ。こんがらがっていた頭も少し落ち着きを取り戻してきた。

これならなんとか、頼みごととやらもこなせるかもしれない。

そう思った矢先だ。

「そうそう!セロから聞いてな、ヒムカ、そなたが島へ帰る時に我々も舟へ乗せてくれないか」王子が言った。

「この塔には舟が無いそうで、あなたが荷物を運ぶ日で本当に運がよかった。どうか、島まで連れて行って下さい」とユーリウスも続く。

確かに、ここから出ていくすべはこの舟に乗る他ない。

まさか独り立ちの日に、こんな重大な荷物を運ぶことになるとは思いもしなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ