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孤城の竜  作者: 柊葉一
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塔の人間

 波は穏やかで気温も過ごしやすくついうとうとしてしまう、そんな天気だった。日差しはいつものごとく厳しいが、ずいぶん昔にカムリの妻がパルムの木の葉で編んでくれたつばの広い帽子があれば、外にいても平気だった。しかしその帽子は長いこと愛用しているので、てっぺんに穴が空いていたり、つばの端がぎざぎざにほつれてきたりしている。

 今度の舟が来たら新しい帽子をカムリにねだろうと思った矢先、セロは塔の中へ入り、日付表をじっと見た。この日付表もいつもカムリがくれるもので、一日一回日付にバツ印をつけている。そうすれば舟が来る日を把握できるのだが、ここ数日寝てばかりいて印をつけ忘れていたことに気が付いたのだ。

 「まいったな…」

 日付表とにらめっこしながらセロは呟いた。一か月を30日として10日目までは印が付けてある。その日から今日まで何日たったのか、セロはどうにも分からなくなってしまった。

 今度舟が来る時にはもらった荷物のお返しに魚をやろうと思っていたのに、これでは段取りがとれない。

一体自分が今日まで何をしていて何日まえに印を付けたのか、思い出そうとしたが、まったく変わり映えのない日々を送っているセロには難しいことだった。

 海の真ん中に建てられた、石造りの塔。さまざまな形の石があつらえたようにしっかりと組み合わさって、直径5メートルの円柱体になるよう海底から積み上げられている。海上に出ると、積み上げられた石よりやや小径に、今度は中をくりぬいて空洞にした塔があり、そこがセロの住処になっている。この小さな石造りの家は、昔は1階建てだったのをセロの父親が少しずつ石を積み上げ、3階建てにまで増築した。各階のスペースは狭いが、セロ1人で暮らすには十分、少し広すぎるくらいだった。

 思い立って、セロは塔の外に出ると、外壁の階段を一番上まで駆け上がった。階段といっても、飛び出した部分が足場となるようにわざと大きめの石を外壁に組み込んでいるだけだ。足場が螺旋状に屋上へ続くようにして有り、この階段からしか他の階へは行けない。

 屋上に出ると、それだけで少し日差しが強くなった気がする。実際には自分がほんの少し太陽に近づいただけだ。

 セロは眉のあたりに手をかざして海の上に目を凝らした。塔から見て東と北の真ん中あたり、そこにうっすらと島の影が見える。カムリの住む島だ。今日くらい天気が良ければ、島から舟が出ていれば見つけられる。

「お、あれかな」

 しばらくそうしていると、海の上に豆粒よりも小さい物が浮かんでいるのが見えた。いつもに比べると北に寄っている気もしたが、おそらくあれがカムリの舟だ。

「よしよし、じゃあ今日が16日か。×つけとこう」そう呟いて踵を返し階段を降りようとした矢先、南の海に何かが浮かんでいるのが見えた。シルエットだけで何かは分からないが、舟ではないことは確かだ。

 セロの心は躍り始めた。趣味の一つが漂流物収集なのだ。今までも、異国の装飾品、食品の袋、変わった形の木の枝、何に使うのか分からない物、見たこともない素材の物、他にも挙げきれないほど、さまざまな物が漂着した。

 そのすべてがセロにとっては外の世界を知るための貴重なものだった。世界には国と言うものがあり、そこには想像できないほど多くの人が生きている。どんな人々がいるのか、街とはどんなものか、それらを手にするたび世界への想像は膨らんだ。

 生まれてからずっとこの塔にいるセロには、月に二回来る運び番との会話の次に楽しいのが、この漂流物収集だった。

 漂流物が南の方にあるということは、この塔に流れ着く可能性が高い。そうでなくとも近くを通る。この海はそういう潮の流れなのだ。階段を駆け下り塔の南側へ回ると、それが真正面に見えた。屋上から見るのに比べると、波に邪魔されて多少見えづらかったが、それでもいつもの漂流物に比べると格段に大きいのが分かる。

 「あれは丸太かなぁ…丸太なら扉の補強に使えるな」

 この調子ならあと半時もせずに漂着するだろう。その間にカムリに渡す魚の一匹でも釣ろうかと思い立って、今度は塔の北側へ移動した。セロはいつもこうして、塔の回りをぐるぐる移動している。

 太陽はちょうど南のてっぺんに差し掛かっており、北側には塔の作り出す影が覆いかぶさっていた。いくぶん過ごしやすい。立てかけていた釣竿を取って塔の端に腰掛けた。足を投げ出すとつま先が海水を攫う。いつもより水位が低かった。右へ顔を向けるが、カムリの船はまだ見えない。今日もヒムカは付いてきているだろうか、と思う。島は退屈だからたまには船に乗りたい、ヒムカが以前そう言っていた。何が退屈なのかと聞くと「何もないのが退屈だ」と言った。何もなかったら困るだろうに、とセロは自分に持ってきてくれた荷物を少々遠慮しようかと思ったが、カムリが言うには物がないのではなく「刺激がない」のだそうだ。刺激がなんなのかよく分からないでいると、

「こいつはまだまだ若いから、島だけじゃなくもっと他の世界も見てみたいのさ、若い奴はみんなそうだ」

 セロ兄さんもそうだったんじゃないか?とカムリが言った。

 あの時俺は、どう思ったんだっけ?

 この塔にずっと住んでいる。この塔から出たことがない。それが、俺の使命だからだ。

 でも、もし、出られるとしたら。……出られるとしたら?

 考え事をしているうちに、竿が海面に向かってまがっていた。強いしなりで、大物がかかったことを予感させる。

 「これ、は、きた!」

 釣りあげようと慌てて立ち上がった瞬間。

 「動くな」

 冷たい声が耳元で響いた。

 セロの首筋には鋭い刃が突きつけられていた。


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