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孤城の竜  作者: 柊葉一
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島の少年

 その人は、もう長いことそこに住んでいて、一日の半分は寝て、一日の半分は魚を釣ったり、もう何度も読み直したという本を読んだりしている。一体いつからそこに居るのか定かではないが、ヒムカは父がその人の事を「セロ兄さん」と呼んでいるのを見ると、どう見ても父の方が年を取っているのに、と不思議になって、きっと、この人には普通ではない何かがあるのだと、幼い頃から思っていた。

 

 水平線のあたりが明るくなってきたころ、ヒムカは舟に荷物を積み始めた。野菜や果物、あれば中央の書物など。この荷物はひと月に二回、島の人々がヒムカの家に持ち寄ってきた物で、運び番であるヒムカの家の人間が代々、海の真ん中に浮かぶようにして有るセロの住処に運んでいる。

 ヒムカは荷物を積み終えると、今運んだばかりの木箱に腰かけ、煙草に火を点けた。

 実はヒムカは今日、初めて一人でセロの住処へ行く。今まで運び番の担い手だった父が、体を悪くしたためだった。幼いころから父に付いて何度も通ってきた。潮の流れも読める、迷うわけがない。そうは分かっていても少し緊張しているのを実感した。

 遠くの方からこちらに手を振る人間が見えた。何か大声でこちらに叫んでいるようだ。慌てて火を消し、立ち上がる。

 「なんだって?」

 ヒムカも舟から身を乗り出し、大声で叫ぶ。

 「だから、待って!」

 近づいて来たのは、アマリだった。この島で唯一ヒムカと同い年の女の子で、いわゆる幼馴染だ。

 アマリは舟のそばまで来ると、「間に合ってよかった」と大きく繰り返す呼吸の合間に言った。

 「なんだよ、荷物の忘れものでもあったか?」

 「本当に一人で行くの?」

 舟の縁に手をかけ、アマリは顔を上げた。神妙な顔つきだった。

 「その話は散々、みんなでしたろ?」ヒムカはため息をついた。

 今回ヒムカが一人で舟を出すことについては、今日まで島の大人たちが何度も話し合った。というのも、本来運び番として独り立ちするのは16歳からという習慣だったからだ。ヒムカはまだ14歳になったばかり。今までの習慣を勝手に歪めていいものか、だが誰かが舟を出すのならば他の大人よりもヒムカの方がましではないか。そんなことを何度も何度も話していたが、ヒムカにしてみればどちらでもよかった。独り立ちする覚悟はとうの昔からしてきたからだ。

 「だって、やっぱり早すぎるわ。大人が勝手に決めて……まだ14歳なのに」

 「今回みたいな時は仕方ないだろ。それに俺は昔から親父の仕事にひっついてたから、大丈夫さ。独り立ちがちょっと早まっただけだ」

 「ちょっとじゃないわ、2年もよ」

 「たった2年だ」

 アマリは納得いかないとヒムカを睨んだ。

 「さぁ、もう出るから。ちょうどいいや、ロープはずしてくれ」

 空気が重くなりきってしまう前に、この場を離れたかった。

 「私も行く」

 「なぁ、ロープはずせって」

 「私も行く!」

 ひときわ大きくなったアマリの声に、ヒムカは黙って彼女を見下ろした。アマリは俯いて表情を見せなかった。

 「馬鹿言うな、女は連れていけない決まりだ」

 そう言って舟から下りると、ヒムカは杭にひっかけてあるロープをはずした。立ち尽くしているアマリを無視して横切り、舟を波打ち際まで押していく。

 足が海水に浸かる所まで来て舟に飛び乗る。日は昇りきり、天気は良かった。

 後ろを振り返ると、アマリはまだ立ち尽くしたままだった。

 アマリ、と呼びかけるが、こちらを向かない。

 「日が暮れるまでには戻る」そう言うと、帆をいっぱいに広げて風を受けた。

 舟が進み始めたころに浜を振りかえると、アマリもこちらを見ているのが分かった。

 

 アマリとは、生まれてからずっと一緒に育ってきた。お互い兄妹のような存在だが、この小さな島で暮らしていくのなら、いずれ夫婦になるのかもしれない。少なくとも、周りの大人たちはそう思っているだろう。アマリがどう思っているのか聞いたことはないが、ヒムカもそれで悪くないと思っている。

 だが、あの小さな島でこれからもずっと変わらない生活が続くのだと思うと、考えてしまう。このままこの狭い世界で一生を終えるのだろうかと。そんな事を考えていると胸の奥がじりじりとして、熱を発生させている様な焦げ付いていくような感覚に陥る。その熱をうまく処理できずにいると、頭の方まで熱くなって、どうにも叫び出したいような、四方八方当たり散らして暴れたいような衝動に襲われる。

 そんなとき、セロに会う。セロは生まれてからずっと、海の上で暮らしているという。それはセロの一族の使命によるもので、仕方のない事ではあるが、一生を縛られているには違いない。

それでもセロは自由だ。あの狭い世界で飽きもせずのんびりと気ままに生きている。

その姿を見ていると、何か答えを示された気がして、じりじりが無くなり、熱が引いていくのだった。





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