表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1999remember  作者: 板空六花
僕らの魔女の話
9/48

「それからのキミの物語」

「もう一本、煙草をわけてくれないか」

 カウンターにジョッキをおいて、そのまま視線をあげられない。どうしたの、と隣の彼女が問いかけてくる。僕はうまく答えることができない。

 JPSの黒い箱が前におかれた。一本もらって、茶色いフィルターを口にくわえる。横から差しだされたジッポーが音を鳴らし、火をともしてくれた。

「ありがとう」

 目を閉じて、煙を肺に吸いこんだ。

「僕の魔女の話は以上さ。その後も色々と馬鹿をやった」

 喉の奥に熱がこもり、初めてというわけでもないのに、少しむせてしまう。慣れない苦みが舌先に残った。

「すっかり忘れてたよ。また思いだせてよかった」

 面をあげると、彼女もまた煙草を手にしたところだった。今度は僕がジッポーで火をつける。

「なぁ、さっきの……君の魔女だけど」と、きりだした。

「まだ空手の話なんて聞きたいのかい。キミの話のあとじゃこっちこそ気がひけるよ」

 振られたネタには応えなければと、ジョッキに手刀を振る真似をした。期待どおり、彼女も腹を抱えてくれるが、なぜだろう、僕は口の端をあげる以上には応えられなかった。

 思えば、これまで他人の昔話を肴にしたことはあれど、自分から話すことは少なかった。どれだけ酒が入っても、そこだけ積極的になれなかったのは――。

 僕は彼女に尋ねる。

「そっちは魔女の正体を知ったあと、どうだった? 元々親しかったとは聞いたけど」

「ま、ね。それからもよく遊んだよ。なおのこと仲よくなってさ。いい友達だった」

「――高校をでてからは?」

 答えはすぐにはかえってこなかった。

 やや逡巡を挟んで「そうだね」と呟かれる。紫煙のむこうで視線を手元のグラスに落とす彼女は、慎重に言葉を選んでいるように見えた。

「言いたいことはわかるよ。でも、そういうものじゃないかな」

 そうかな、と僕は己の額をなでた。昔、事故にあって、そこには大きな傷跡が残っている。初めの頃は前髪をおろして隠すようにしていたが、いつしか鏡を見ても気にしなくなり、やがてどんな事故だったかも忘れてしまった。

 それと同じように、彼らについても、今日の日まで名前すら思いだすことがなかった。

 たった数年前の話だ。あんなに仲がよかったというのに。

「昔からね、便りがないのはいい便りだって言うじゃない。遠く離れてしまって、たとえメールの一つもこなくなってしまっても、きっと元気でやってる。そう思わなきゃ……ね。むこうだってそう思ってくれるはずさ」

 彼女は火をつけたばかりの煙草を灰皿に押しつけ、バーテンに指でバツをつくって見せた。勘定の合図だ。僕の湿った調子に呆れられてしまったのか、と申しわけなく思っていると。

「踊れる店にでも行こうか」

 そう彼女は言った。

「え?」

「悲しいことを思いだしたなら、なにか楽しいことをしなきゃいけない」

 いたずらっぽくウィンクをする彼女は、どうしてか在りし日の魔女を彷彿とさせた。

「それに、つづきを聞いてみたいからね」

 僕はぎこちないながらも笑みをとり戻し、席を立つと、自然と彼女の手をにぎった。

 絡みあう指からは、アルコールとは別の暖かさが伝わってきた。

「それからのキミの物語」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ