「それからのキミの物語」
「もう一本、煙草をわけてくれないか」
カウンターにジョッキをおいて、そのまま視線をあげられない。どうしたの、と隣の彼女が問いかけてくる。僕はうまく答えることができない。
JPSの黒い箱が前におかれた。一本もらって、茶色いフィルターを口にくわえる。横から差しだされたジッポーが音を鳴らし、火をともしてくれた。
「ありがとう」
目を閉じて、煙を肺に吸いこんだ。
「僕の魔女の話は以上さ。その後も色々と馬鹿をやった」
喉の奥に熱がこもり、初めてというわけでもないのに、少しむせてしまう。慣れない苦みが舌先に残った。
「すっかり忘れてたよ。また思いだせてよかった」
面をあげると、彼女もまた煙草を手にしたところだった。今度は僕がジッポーで火をつける。
「なぁ、さっきの……君の魔女だけど」と、きりだした。
「まだ空手の話なんて聞きたいのかい。キミの話のあとじゃこっちこそ気がひけるよ」
振られたネタには応えなければと、ジョッキに手刀を振る真似をした。期待どおり、彼女も腹を抱えてくれるが、なぜだろう、僕は口の端をあげる以上には応えられなかった。
思えば、これまで他人の昔話を肴にしたことはあれど、自分から話すことは少なかった。どれだけ酒が入っても、そこだけ積極的になれなかったのは――。
僕は彼女に尋ねる。
「そっちは魔女の正体を知ったあと、どうだった? 元々親しかったとは聞いたけど」
「ま、ね。それからもよく遊んだよ。なおのこと仲よくなってさ。いい友達だった」
「――高校をでてからは?」
答えはすぐにはかえってこなかった。
やや逡巡を挟んで「そうだね」と呟かれる。紫煙のむこうで視線を手元のグラスに落とす彼女は、慎重に言葉を選んでいるように見えた。
「言いたいことはわかるよ。でも、そういうものじゃないかな」
そうかな、と僕は己の額をなでた。昔、事故にあって、そこには大きな傷跡が残っている。初めの頃は前髪をおろして隠すようにしていたが、いつしか鏡を見ても気にしなくなり、やがてどんな事故だったかも忘れてしまった。
それと同じように、彼らについても、今日の日まで名前すら思いだすことがなかった。
たった数年前の話だ。あんなに仲がよかったというのに。
「昔からね、便りがないのはいい便りだって言うじゃない。遠く離れてしまって、たとえメールの一つもこなくなってしまっても、きっと元気でやってる。そう思わなきゃ……ね。むこうだってそう思ってくれるはずさ」
彼女は火をつけたばかりの煙草を灰皿に押しつけ、バーテンに指でバツをつくって見せた。勘定の合図だ。僕の湿った調子に呆れられてしまったのか、と申しわけなく思っていると。
「踊れる店にでも行こうか」
そう彼女は言った。
「え?」
「悲しいことを思いだしたなら、なにか楽しいことをしなきゃいけない」
いたずらっぽくウィンクをする彼女は、どうしてか在りし日の魔女を彷彿とさせた。
「それに、つづきを聞いてみたいからね」
僕はぎこちないながらも笑みをとり戻し、席を立つと、自然と彼女の手をにぎった。
絡みあう指からは、アルコールとは別の暖かさが伝わってきた。
「それからのキミの物語」




