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「兄さん、どうして泣いてるの……」
そして、僕は目を覚ました、
くすんだ天井が見えた、背中には硬いベッドの感触。それにつんと鼻をつく独特の匂いから、どうやら自分は病室にいるらしいと悟った。身を起こそうとしても力が入らない。仕方がなしに首だけを動かすと、そこにはシーツに伏せて眠る女の姿がある。
「クロ……」
いや。
そんな甘い夢はもう見るな。
そうだろ、オズ。
彼女の横顔は幾分か大人びて見えた。それもそのはずか。十年だ。十年で過去一度しかここに帰ってこなかった。今回だって、彼女の結婚を聞かなければ、戻るつもりはなかったのに。
「兄さん……?」
どうやら起こしてしまったらしい。
妹の美咲はゆるゆると面をあげて、腫れぼったい目をこすった。
「兄さん、どうして泣いてるの……」
長い夢を見ていたんだ、と呟いた。
それから美咲が事態を把握し、ナースコールを押すまでのわずかな間、声を押し殺して泣きつづけた。十年経って、ようやく忘れられたのに、どうしてあんな夢を見てしまったんだろう。
クロエはもういない。
そして、僕もあの日、錠剤を呑むことはなかった。




