「え……? あなたにも見えるでしょう?」
クロエと最後に会ったのは、一月の雪の降る日のことだった。
温かい毛布から離れがたく寝坊してしまった僕は、雪道をぼんやりと歩いていた。あの高校は小高い丘の上にあり、バスを使おうにも、ふもとまでしかでていなかったので、冬は吹雪の中をひとり行軍しなければならないのがとてもおっくうだった。
やがて見慣れたバス停の前を通りがかる。やはり途中までのっていこうか、それともいっそ帰ってしまおうかと悩み立ちどまったところで、少し離れたベンチに知った顔あると気づく。
「……なんだか、何年かぶりにあなたの顔を見るような気がするよ」
遠く離れた土地にひとり就職してしまった青年のような台詞を、クロエは口にした。
髪は変わらずのぼさぼさで、瞳はタールを流しこんだがごとく、どろりと濁っていた。その言葉も、ともすれば聞き逃してしまいそうなほど、か細く、とぎれとぎれだった。
「それは、おまえがあまり学校にこないから」
そういう意味じゃないとはわかっていても、口が勝手に動いていた。
彼女が僕の言葉を租借するまでには、やや時を要した。じぃと見つめてくる彼女の頭がからっぽであることは容易に読みとれた。その目から逃げだしたくてたまらなかった。
「いつもね……ここまではこれるのだけど」
足下を指し示すので、僕もゆっくりと視線を落とした。
「今日も足を捕まれちゃって」
骸骨を彷彿とさせる彼女の足首。
それ以外、僕の目にはなにも映らなかったが。
「え……? あなたにも見えるでしょう?」
ひどく不安な顔をするので、「見えてるよ」とだけ答えた。
それでも彼女は濁った瞳で、ただ、なにも言わずにこちらを見つめてくる。
僕はしばし逡巡したのち、こうきりだした。
「久しぶりに、おまえの部屋に行っていいか?」
「……学校は?」
「ほら、今日は雪が降ってるし」
言って、彼女の足首にそっと触れた。




