「なにいってるの、おにいちゃん。頭、大丈夫?」
そして、僕は目を覚ました。
いつもとは違う天井の色に、今度こそ実家に帰ってきたのだと知る。しかし、身動きがとれない。どうしてか布団の上に重みを感じる。夢のつづきで金縛りにでもあっているのかと思うと、馴染みのある声が降ってきた。
「いつまで寝てるの、ねぼすけさん? もう朝だよ」
僕は苦笑する。もう結婚する年だというのに、彼女はいつまでも兄離れができないらしい。
頭だけ起こせば、制服を着た妹が頬を膨らませて上にのっていた。
……。
「美咲ぃぃぃ! どうして制服を着てるんだぁぁぁ?!」
彼女は小首をかしげ「今日もテンションがすごいね」と目を細める。
「土曜日でも部活はあるんだよ、うちの中学」
「おまえはもう、二十六歳なんだぞぉぉぉぉ?!」
「なにいってるの、おにいちゃん。頭、大丈夫?」
そう言うと、彼女は子猫のような身軽さでベッドをおりて、スカートの裾を払った。
記憶にあるよりも胸板が薄い。化粧も薄く、お姫様カットがとてもよく似合っている。
壁にはオードリー・ヘップバーンのポスター。埃の被った電子ピアノ。そして、遠目には本棚が見え、色彩豊かな背表紙が並んでいる。
僕は念入りに目尻をもんだ。これが二日酔いの朝の幻なら、もう十分だ、そろそろ現実に戻して帰してくれと。でも、瞼を開けても視界は一向に変わる様子がない。
「おにいちゃんも時間、まだいいの? 今日はデートだって嬉しそうに言ってたじゃない」
まさかの明日がきてしまった。妹は足元のナップサックを背負うと「じゃーねー」と機嫌よく部屋をでていった。そういえば、中学では空手部に入っていたのだったか。女の子らしくしてくれればいいのにと願っていた日々が、また繰りかえされるとは。
その日の昼、駅前の広場で魔女の彼女と再会する。昨夜とは異なり、白を基調とした服にキャスケットを被るという、なんともコケティッシュな出で立ちに、僕はあっけにとられてしまう。食事をして、流行のホラー映画を見て、喫茶店で他愛のない感想を交わしあった。彼女が口にする一つ一つの台詞は、今はもう覚えていないはずなのに、心の奥深くに懐かしく響いた。
翌日も、その翌日も、僕は高校生のまま過ごすことになる。部活動は結局どれも選ばず、五人で新たな同好会をつくった。地域文化を研究するという触れこみで、都市伝説を探してまわる日々だった。魔女のクロエを中心に、僕らは幾度も冒険を重ねた。
一九九九年を挟むこの高校三年間には、まだ思いださなければならない記憶があるらしい。
僕はもう一度、彼女たちとの夜を歩きだしたのだった。




