「七不思議はなぜ、語り継がれるのか」
一度、上の階にあがったのはクロエたちをおいてはいけないと考えたからだ。
音楽室の前には、すでに三人が顔をそろえて待っていた。レオとロリ子は心なしか、いや、明らかに先ほどチームを分けた時のシイよりも顔色が悪かった。クロエなら、それを見て楽しむものと思っていたが、彼女自身も壁に背をつけ、頭を抱え、すっかり疲れきった様子だった。
「そっちも、なにかあったのか」
レオを選んで問いかけると、彼はうろんげに僕を見据えた。
「そんな目で見るな。僕だ、ただの人間のオズだぞ」
「……こっちも、と言ったな」
「ああ。図書室で――」ありのまま話すのに抵抗を感じ、一度言葉を切る。「悪い。先に訊かせてくれ。そっちは理科室だったな、『呪いの生き人形』はあったのか」
「おぞましいものだったよ」
彼は離れて憔悴するクロエを指して言った。
「人形が、昨日とは違う場所におかれている。ただそれだけの、たわいない話のはずだったんだ。クロエだって、あいつ、実は信じてなかったに決まってるぜ。にこにこ楽しそうに、本当かどうかもわからない人形の出自を話しだして……。でも、その時、人形が落ちて」
言いづらそうにうつむくレオの元へロリ子がやってきた。気遣いを見せる彼女の頭を軽くなで、力なく首を振って、僕にむきなおった。
「あれは人の執念だよ。いや……もはや怨念と呼ぶべきか」
大丈夫か、と声をかけた。
彼は口の端をあげて「悪い夢でも見てるようだ」と軽く右目をつむった。
「ところでオズ」
「なんだ」
「おまえらって、つきあってるんだっけ」
「はあ?」と声をあげてから、うしろを見て、そこにいるシイを確かめ、彼女と僕をつなぐ二本の腕の存在に気づく。
ずっと彼女の手を握っていたらしい。
今度は僕が慌てる番だった。三つ編みの委員長は顔を伏せ、どんな表情をしているかわからないが、暗闇でも瞭然なほど耳を真っ赤にしていた。
「ご、ごめん……」
「いえ、それほどでも……」
なんだろう、このやりとり。僕なんかが相手ではその気もないだろうに、悪いことをしてしまった。彼女を自由にし、冷や汗をぬぐって大きく息をつく。
どうして彼女を連れて逃げてきたのかも、危うく忘れるところだった。
「レオ、訊きたいことがあるんだ」
「なんだ。人形のことなら――」
「未来の夢を見たことはあるか」
僕が問うと、彼は数度まばたきをし、しばらく言葉を発せずにいた。
「この学校に違和感はないか。一度たどった道を繰りかえしているような既視感がないか? あるいは、知らないはずの未来の記憶を持っていたりは」
長すぎる夢だとは感じていた。次の朝には妹の結婚式が待っているというのに、それでもつきあっていたのは、遠くにおいてきた友との再会があったからだ。今、目の前にいるレオ。魔女クロエ。シイとロリ子。彼らとの七不思議の冒険は、覚めるには惜しいひと時と思っていた。
だが、七不思議が一つ『図書室の少女の影』は、僕にもう帰れないと書き残した。
その意味によって話は変わってくる。どこへ帰れないというのか。この学校から家に? それならまだ楽しむ余地が残っているが、もしそうでないというのなら。
「オズ」
「なにか思いだしたか」
これは悪夢なのか。それとも、ただの夢ではなかったのか。動悸が高まる中、僕はレオの返答を固唾を飲んで待った。
だが、その時だ。
夜をつんざく鍵盤の音が、けたたましく鳴り響いた。
「ピアノ――?」
僕ら五人の視線が一斉に音楽室の扉へとむいた。確かにピアノの響きだった。最初はソのシャープのオクターブ、つづけて低音がうねりを生みだし、やがて流れるようにメロディが織りまぜられていく。僕はこの曲を知っていた。どれだけ経っても忘れられるものか。
「ショパンの幻想即興曲……」
中学最後のコンクールに、この曲を弾いた。僕の生涯で最も長く触れ、実を結ぶことはなかったけれど、最も上手く弾けた曲だったと思う。それが今、扉の奥から大音量で流れてくる。
「中に人が……?」
戸惑いを浮かべたシイが他の皆に尋ねた。ロリ子が首を振り、レオと視線を交わすのを見る。先に到着していた二人にもわからないらしい。七不思議の一つ、音楽室の狂いピアノ。それがどんな話だったか、そういえば聞きそびれてしまっていた。
激しい音使いが一転して、なだらかな海を思わせるものに転じる。その曲調の変化を機にシイが動いた。扉に駆けより、ノブをまわそうとする。
「駄目! 開かない!」
「鍵はここだ!」
懐からとりだし彼女に渡した。なかなか鍵穴に挿さらず、もどかしい時間が流れる中、懐中電灯の存在を思いだした。横に立って彼女の手元を照らす。音を立てて今度こそ鍵がはまり、とうとう封印が解かれる。
音楽室の扉が開いた。
「誰か、いるのか」
返事はない。
そして、唐突にショパンの調べも打ち切られてしまった。あとには無言の闇がたゆたうのみ。窓にかけられた暗幕が外界のわずかな星明りさえも遮断し、まるで視界がきかなかった。懐中電灯を頼りに室内へ身を滑りこませ、壁を探る。どこだ、早く部屋の明かりをつけなくては。
スイッチを探りあて、オンへと押しこんだ。ジジジと独特の準備音が聞こえ、ようやく視界に色が戻った。
「う……」
急に光をあてられた眼球がずきりと痛み、思わず手で覆ってしまう。だが、確かめなければならない。そこにいるのは誰だ? どうしてその曲を弾く――?
僕らの視線の先には、一台のグランドピアノがおかれていた。
椅子には誰も座っていない。
鍵盤蓋が開いている。
その光景には引力があった。足が勝手にピアノへと歩きだす。水の中にいるような体の重さと、息苦しさを感じていた。
「七不思議はなぜ、語り継がれるのか」
唐突に、魔女の声を背中に浴びた。
「わたしはずっと疑問だった。たとえば、あのオンコの百年大樹。彼が首をくくった幹は切られ、今はもうない。当時目撃したとされる生徒だって三年も経てば、もういない。十年も経てば教師すら皆替わる。なのに、どうして今も忘れ去られることなく生き残っているのか」
見れば、彼女は黒帽子のつばで顔を隠し、ワンピースの色も相まって一つの長い影と化していた。僕の痺れた脳は、彼女の語りに否応なくひきこまれていく。
「図書室の少女もそうね。花子さんや、座敷童子のような普遍性もなく、生き人形のように現物が残されているわけでもないのに、窓際のあの席にだけは座るなと、まことしやかに囁かれている。調べてみたら飛びおりた子がいたというのは本当だった。二階からとはいえ、頭から落ちたものだから、首はあらぬ方向にへし曲がり、それはもう壮絶な最期だったと書かれていたわ。そんな陰惨な事件があったなら、学校は徹底的に箝口令を敷いたに違いない。生徒たちも忘れた方が心によかったはず。だけど、口に戸が立てられなかったのはなぜかしら?」
答える言葉は浮かばない。代わりに足は黙々と歩を進め、ついにはピアノの前にたどりつく。僕は見る。僕はソレを見てしまう。先ほどまで荒れ狂うように幻想を奏でていた鍵盤に――。
「わたしたちは怖いモノが見たいのよ」
真っ赤な血の痕がこびりついていた。それは爪が割れても弾くのをやめられなかったとでも言わんばかりに、狂おしく、乱雑に、白い鍵盤を端から端まで汚していた。
「七不思議につられて、ここまでやってきてしまった、あなたたちが正にそうよ。オンコの樹の下や図書室のあの席には決して近づかないくせに、夕暮れの教室で噂話を振りまくクラスメイトたちもそう。口ではなんと言おうとも本当は、壁を一枚隔てたむこうがわに、日常とは異なる世界があって欲しいと願ってるの。わたしたち、心の底では暗闇を楽しんでいるのよ」
彼女は帽子に手をやり、その素顔をあらわにした。
真上からあたる電灯のために、目元には深い陰ができており、切れ長の瞳はいつもよりも濃く、絵の具を垂らしたかのごとく黒い。色素の乏しい肌とのコントラストが一層それを際立たせている。そして、僕はいつしか、その下で歪められた唇に視線を釘づけにされていた。
どうして今頃になって気づいたのだろう。
クロエの唇には、真っ赤なルージュがひかれている。
教室では化粧気の少なかった彼女。今夜のために、めかしこんできたのだろうか。いつかどこかで見た色だ。JPSの煙草が無性に欲しくなる。リノリウム張りの床から反射した光が、赤く濡れそぼった唇を艶めかしく照らしていた。
「人は恐怖を餌に怪談と踊る」
彼女が嗤う。
「それが時として本物を呼び寄せてしまう。この狂いピアノと呼ばれる亡霊のようにね。――ここにはまだ残っているのよ。供養されなかった少女たちの魂が」
僕はピアノのそばに佇み、彼女に呼びかける。クロエ。それが僕をこの世界へと誘った名だ。遠い昔に、記憶とともに別れを告げたはずの友へ、今は一つだけ願いがあった。
「明かりを消してくれないか。ここにきた時と同じように」
ぴたりと魔女の口上がとまった。
「頼むよ、クロエ」
わずかな沈黙。彼女は僕に真意を問いたがっている風に見えたが、やがて離れて立つシイへと身振りで合図をおくった。制服姿のシイは瞳に戸惑いの色をにじませながらも入り口へとむかい、そこにあるスイッチをそっと押した。
再び暗闇が室内に満ちる。はじめとは逆に、突如として光を奪われた視界は、過度に黒く染まって見えた。きっと他の四人も同じ状態と思われ、僕は椅子に腰をおろした。
見えなくたって位置はわかる。最初はソのシャープのオクターブだ。次に左手でドを二つおさえ、前奏は溜めを意識しながらフォルテからピアノまで音を落とす。そこから右手も舞台にあがらせ、早く、それでいて正確に、嵐の中で小高い丘を越えさせる。
扉の外で、この幻想即興曲を耳にしてからずっと、指先に熱を感じていた。
僕がショパンを弾いていたのは、もう十五年も前の話だ。あの頃は、自分にはこれしかないのだと信じて打ちこんでいたのに、いつのまにか鍵盤を前にしていたよりも長く時は経ってしまっている。これが年をとるってことなのか? だけど一方で、彼の遺作として知られるこの曲を、僕の指はつぶさに記憶していた。手元が見えなくたって問題ない。たとえば、二度目のフォルテからは右の親指を強く残す。これにより、たった二つしかない腕に、もう一つの幻が宿る。何度も何度も練習して覚えた弾き方だ。
たとえこれが悪夢だとして、あるいはただの夢ではないのだとしても、今、これが過去をなぞっているのだとしたら――高校一年の御厨少年は、ピアノを離れてからまだ半年も経っていないのだ。MDの録音よりは上手く聞かせてくれないと困る。
最後まで弾ききったところで、部屋の明かりがついた。
「幽霊は見れたかい」
立ちあがると、クロエが拍手で僕を迎えた。他の三人も呆然とした顔で手を叩いている。
「コンクール入賞は伊達じゃないわね」
と彼女が言う。皮肉ではないらしく、まだ彼女の拍手だけが鳴りやまない。ちょっと、あれだ。柄にもない真似をしてしまったと恥ずかしくなる。
「あー……昔とった杵柄ってやつだよ。今じゃ、こんなかくし芸くらいにしか使えない」
「謙遜するのね。さっきと同じ曲なのに、まるで違って聞こえたわ」
「そりゃあ、生のピアノと、こんなちっちゃなスピーカーを通したやつじゃ音が違うさ。ハンデをもらったようなもんだ」
足元に隠されていたプレイヤー一式を拾いあげた。あの夜、オンコの樹の下で彼女が使ったものとは異なり、ワイヤレスで操作できる品だ。そう、僕が地中に埋めたものと同じく、鍵を閉めた扉のむこうからでも再生することができる。
「こいつは僕へのあてつけかね」
クロエは魔女の帽子をとって口元を隠すと、えへへと笑った。
「オンコの件じゃ、一杯食わされたからね。おかえしになにかプレゼントしてあげようって、ずっと考えてたのよ。――あなたこそ幽霊は見れたのかしら」
「やられたよ。すっかり騙されるところだった」
「『未来の夢を見たことはあるか』だっけ?」
僕の口調を真似して、クロエは意地悪く喉を鳴らした。
この七不思議の探索自体が彼女の仕込みであったという。聞けば、舞台の一つに音楽室を選んだのも、すべて僕を狙い撃ちにするためだったそうな。ショパンの幻想即興曲。あのコンクールのことなんてどうやって調べたんだと問うと、彼女は「これが魔女の力よ……!」と奇妙なポーズをとった。もう一度尋ねると「インターネットって便利よね」と口笛を吹いた。
「でも、すごいわね。わたし、生のピアノなんて初めて聞いたわ」
「そう言ってくれると嬉しいけどね」
初めてが僕なんかで申しわけないな、と思ってしまう。コンクールで入賞といっても、優勝も他の受賞者もみんな年下で、あれはお情けでもらったものだった。こうして地元に戻ってきたのも仕方のないことだ。彼らのピアノを聞けば、僕なんてすぐに霞んでしまうだろう。
「普段は自信たっぷりに馬鹿やるくせに、まったくもう」と、彼女は手を腰にやった。「他の人なんて今、関係ある? わたしはあなたのピアノがすごいって言ったのよ」
僕は思わず唇に手をあてた。なにか、漏れでてしまう気がしたからだ。
代わりの台詞を探すのにはとても苦労した。
「……クロエ」
「なーに?」
「結婚してくれないか」
それを聞くと、彼女は半眼になって、ただ僕を見据えた。
とても苦労して探した台詞だったのだが、彼女はただただ冷たく僕を見据えた。
「でも、なんでバレちゃったわけ?」と、なにごともなかった風に仕切りなおされてしまう。「いくら録音でも、扉越しなら押しきれると思ったんだけど」
「鍵盤を見たんだよ」
僕は血まみれの白鍵を指さした。端から端までのすべてに指の痕がついている。まるで譜面を知らない子どもが、無邪気に遊んだかのごとく。
「幻想即興曲じゃ、いや、どんな曲でもここまでくまなくつかわねーよ。こんなに汚しやがって、ピアノに悪いと思わなかったのか?」
ごめんなさい、と魔女はしおらしく頭をさげた。見れば部屋の隅には水の溜まったバケツがおいてある。ちゃんと掃除をするつもりだったらしく、であれば僕もそこまで強く怒れない。
「これを見た瞬間、一気に謎はとけたよ。たとえば『図書室の少女の影』、あれは――」
クロエの陰に隠れて様子を窺っていた少女にむけて言った。
「あれをやったのはシイだな。僕が窓の外を覗いてる間に、本をテーブルにおいたんだ。昼間、クロエが見せた手品と同じだな。背中にでも挟んで持ってきたのか? 気づけなかったよ」
表紙を裏がえしにすれば白いハードカバーのできあがりだ。あとはそこに文字を書けばいい。
「本に落書きするなんて、ふてえやろうだ」
「あれは家宝にするわね。大うそつきの魔法使いに一泡吹かせたアイテムとして、七代まで語り継いであげるんだから」
シイがクロエと肩を組み、にっこりと笑った。三つ編みのおさげが、癖毛の長髪と絡みあう。考えてみれば、彼女こそがあの夜一番の被害者だった。そして加害者は他でもない、この僕だ。
トイレの花子さんのくだりも、僕を震えあがらせるために用意した、彼女の嘘だったに違いない。どうりで理屈にあわないはずだよ。
「私の演技はどうだった?」とシイが言う。「あの夜のあなたより、うまくやったつもりよ」
「してやられたよ。ドロシーと悪い魔女が組んだら、オズが勝てるはずもない」
僕の敗北宣言に、彼女たちは仲よく両手をあげて、ハイタッチを交わしたのだった。
今となれば、最初の座敷童子にも説明がつく。あれは月明かりの反射じゃない、水で薄くのばした夜光塗料を、足跡の形にして天井に塗りつけたのだ。なかなか手間がかかる仕掛けで、おそらく何日もかけて準備されたのだと考えられた。僕を騙すためだけに、だ。
そういえば、得意げに推理を披露しちゃったよな、と頬をかいて恥じる。
「クロエとシイがこの度の仕掛け人だとして――おい、レオ。それにロリ子。まさか、おまえらまで役者だったのか? 裏切りは重罪だぜ」
「待て待て。おれたちだって気づいたのは途中だよ。座敷童子の時はマジでびびらされたんだ」
「理科室でね、ちょっとトラブルがあったのよ」
と、魔女が一転暗い声で言った。嫌なことを思いだしたか、眉をしかめ、そのまま黙りこんでしまう。代わりにロリ子が後をひき受け、小さな両拳を胸に寄せて言った。
「『呪いの生き人形』。座敷童子や花子さんほどじゃなくても、これもどこかで聞いた話よね。片手で持てるくらいの市松人形でさ、クロエちゃんが言うに、髪の毛は伸びるわ夜中に歩きまわるわのどれも使い古された話ばかり。いくらあたしが怖がりで、あの天井の足跡を見た後だって言っても、さすがにちょっと……と目を離した瞬間に」
「本当はね」とクロエが受ける。「いくつかネタを用意してて、まず手はじめに人形を移動させようと思ったのよ。あんたがシイに化かされたと同じやり方ね。でも、昔からどうにも、こういう早業ってのが苦手で。つい、うっかり人形を落としてしまったの」
「こいつの悲鳴でおれたちは振りむいた。床には無残にも首がもげた生き人形。それだけでも怖いっつーのに、もっととんでもないものが、人形の首からでてきたんだ」
「初めは、ただの紐だと思ってたんだよ。落とした拍子にどこかがほつれたんじゃないのかって。でも、クロエちゃんが拾って、違うと気がついた。それは機械をつなぐコードだった。おそるおそる、それをひっこ抜いてみると――中に入っていたのは小さなビデオカメラだった」
カメラ?と僕が尋ねると、彼女ら三人はこくこくと首を縦に振った。
「わたしたちよりも先に仕掛けたやつがいるのよ」とクロエが言う。それは、七不思議を再現するために天井に足跡をつくるのとはまた異なる、聞くも怖ろしい目的からだった。「あの理科室ね。放課後は部活に行く生徒のために、着替えの場所として解放しているそう」
たっぷりと五秒ほど時間をかけて、僕はその言葉を咀嚼した。
怪談のつくりには、いくつかの形がある。ひとりでに鳴りだすピアノやトイレの花子さんなど、暗くてじめじめしていて、いかにもって雰囲気が生んだ空想。一方で、僕が最初に推理した『座敷童子』のように、ただ足跡がついただけなのに、本人の意図しないところで騒がれてしまうなんてケースもある。『呪いの生き人形』はもろに後者だ。夜になると人形がひとりでに歩くという怪奇――それって、ただカメラの位置を調整してただけじゃねーか!
このやりきれない思いを察してくれたのか、レオが僕の肩を叩いて言った。
「しかも、着替えには、運動部の男子しか使ってないんだぜ……」
「ひぃ!」
もはや叫ぶしかなかった。レオが人の執念と呼んだのもよくわかる。そこまでして野郎のナニが見たいか、と呟いて視線をあげると、どうもクロエの様子がおかしい。
おい、魔女さん。あんた、まさか。
「クロエ……? そのビデオカメラは、どうしたんだ」
「わたしには犯人を見つけだす義務があるわ。あのカメラにはそのヒントが隠されているはず」
左右から少女二人が、がしぃ!と彼女の肩を掴んだ。
「あんたにばかりに重荷を背負わせはしないわ、クロエ!」
「あたし、シチューをつくりに行くね……!」
「おまえらそこへなおれよぉぉぉおおお!」
僕らは音楽室を駆けまわり、年甲斐もなくはしゃいでしまったのであった。




