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1999remember  作者: 板空六花
七不思議を撃破せよ
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「これから七不思議を撃破します」

 夢の中で「ああ、これは夢だな」と気づく瞬間がある。

 中学までピアノを弾いていた。両親に手先が不器用だからと教室に連れていかれたのがきっかけで、以来十年以上もつづけてしまった。ハノンからはじめ、バッハ、ショパン、ベートーベン。彼らと一人一人仲よくなるにつれて、漠然と将来はこれを仕事にしたいと思いはじめた。中学に私立を選んだもそのためだ。単位制の授業を最大限に活用して、長い時間を音楽と過ごした。ひとときの空想と諦めるには、十年は切ないほどに長い時間だった。

 高校は地元に戻ろうと決めたあとも、すっぱりやめてしまうには惜しく、週に一度のレッスンだけは通いつづけた。だが、それもすぐに受験勉強と両立できなくなってくる。デスクで参考書を開いていると、ふと今日がピアノの日であると気づかされるのだ。それまで忘れていた理由は謎だ。与えられた課題曲にはまるで触れておらず、慌てて鍵盤の前にむかうも、時計の針は無情に進んでいく。もう家をでなければレッスンに間にあわない。いっそサボってしまおうか? もうプロにはなれないとわかっていても、それだけは嫌だった。そして、爆弾が落ちるように、タイムリミットはやってくる。

 不思議な話で、本当に練習が必要だった頃ではなく、終わってしまったあとのそんな夢ばかりを繰りかえし見た。そのうちにピアノがでてきた時点で「またこれか」と悟るようになった。

「オズくん?」

 隣で魔女が囁いた。

「聞いてるの、オズくん」

「え」

 ふと見まわせば、部屋には全員が顔をそろえていた。彼女の他に、レオにロリ子、シイがいて、小さなコタツを囲んでいる。それと部屋の隅にはミルクをなめる黒猫が一匹。

「ああ……ごめん、なんの話だっけ」

「なーに、ぼぉっとしてるのよ。まったく」

 クロエは呆れた調子で僕をこづいた。

 顔も覚えていないはずの少女を前にして、それを疑問と感じない自分がいる。オズという僕の呼び名についても違和感がない。

 ――おかしい。今日はまだピアノがでてきていないのに。

「あなたの中学には七不思議はあった、って聞いたの」

「七不思議、ねぇ」

 開いた口から勝手に言葉がでていく。確かに己の視点なのに、映画でも見ている気分だ。

「十三階段とか、動く人体模型とか、そういうやつだよな」と僕が言う。

「へえ、そんなベタなやつがあったの?」とクロエがかえす。

「いやいや、なかった。そういえば、学校の怪談ってテレビじゃよく見る話なのに、うちじゃあ一切聞かなかったな。私立だからかな。歴史も浅かったし。そっちはどうだったのさ」

 こちらの台詞を受けて、むかいのレオが身をのりだした。

「おれたちの中学にゃ〝雪姫さま〟っていうおばけがいてだな。冬になると夜のうちに教室に雪を降らせていく迷惑なやつだった。吹雪の日に換気でもしてそのまま窓を閉め忘れて帰ったとか、そんなオチじゃねーのって話をしてたんだが、ある朝、学校にくると机に真っ赤な――」

「あ、それやったの、わたしよ」

 横でミカンの皮をむきながら呟いたクロエに、しばし声がでないレオ。

 壁にかかった黒ぶちの時計から、秒針の音までが聞こえてきた。

「き、貴様かこのクソ魔女! おれの机びしゃびしゃにしやがったのは、貴様だったのか!」

「だって、樫木くんが『この机をやれ』って、すごくイイ顔で言うから……」

「あいつもか、ちくしょう!」

 樫木というのは、レオの中学時代の友人だったか。あの日記では、魔女にそそのかされた被害者と紹介されていたけれど、この話しぶりでは共犯者だ。彼の名前がでる度に、僕の知らない物語を聞かされている気分になる。

 いや、〝でる度に〟? 一夜かぎりの夢に、なにを考えているんだ。

「昔からね、七不思議ってやつが気に入らないの」

 だしぬけにクロエがそんなことを言った。

「まずね、なんでもかんでも七つにまとめりゃいいってもんじゃないのよ。怪談なんてさ、一つ二つあればいい方なのに、無理矢理七つひりだしたあの感じが、ね」

 むき終わったミカンを口の中に放って、彼女はしぶい顔をする。はずれだったらしい。にもかかわらず、なぜこちらにも差しだしてくるのか理解に苦しむ。

「おまけにさぁ、どの学校でも七つあるのはたまたまですよー、人為的なモノじゃないですよーっていうために『存在しないはずの八つめを聞いた者は』とかお決まりの文句もあって。あのあざとさ! それが七不思議だとどんなに出来がひどくても信じられちゃう、あの風習もね」

 マジ許せないのよ、と力説する彼女を前に、僕ら四人は顔を見あわせた。

 ややあって、先ほどから仲よく肩を並べて聞いていたシイとロリ子が、教室でやるようにそろそろと手をあげた。

「あのー、うちの御堂山にも七不思議、あったよね」と、これはシイ。

「オンコの樹の怪談も、もとは七不思議の一つだったとか」とロリ子も言う。

 嫌なことを思いだしたらしく、シイだけが溜息をついて、隣のオカッパ頭をぐしゃぐしゃとやった。「やーめーてーよー」と子どものような声があがる。レオが笑う。クロエも二人の様子に目を細めながら「まぁまぁ」ととりなした。事件の元凶がよくやるよと僕は思う。

「あなたたちのおかげで、今やオンコの不思議はわたしのものよ」

 フフフと唐突に彼女が笑い方を変えた。

 そこにあったのは、あの夜、クラスメイトたちを恐怖のどん底へ陥れた時と同じ、魔女の顔。彼女は黒目がちの瞳をますます細め、正面に並ぶ二人の少女のうち、シイにむけて話を振った。

「残る七不思議もちゃんと押さえてるわ。『一年二組の座敷童子』『トイレの花子さん』『図書室の少女の影』『理科室の呪いの生き人形』『音楽室の狂いピアノ』、そして『旧宿舎の怪』……これで間違いないわよね、シイ」

「ええ、そう聞いたけど」

「これ、全部ぶっつぶすから」

「はあ?」

 と、シイとともに皆が声をあげたが、でも、とても冗談を言っている風には見えなかった。

 蝉が殻を破り羽化するように、彼女は自慢の黒髪をかきあげると、こう宣言したのだった。

「これから七不思議を撃破します」

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