8-4.狼との激突
木々に囲まれた山道を疾走する馬車。
追いすがる狼。
色々と詰みかけた状況下で、馬車を囲む8人の護衛さん。
彼らも、彼らを乗せた馬も。
狼の魔物達によって、大なり小なり傷ついていく。
護衛さん達の指揮者的ポジションにいるのは、護衛任務に特化した騎士さん。
2人いる内の年長者で、立派なカイゼル鬚の方です。
がちがちと牙を鳴らして噛みつこうと飛びかかる狼を、槍の穂先でぐさっと一突き。
そのまま狼の身体を腕力だけで引きずり回し、他の狼にぶつけ、最後には槍から抜くついでに遠方の狼に向けて投げ捨てる。
騎士さん強ぇ……
けど大いなる数の暴力の前に、いくら強くとも少数である私達はいつ呑みこまれてもおかしくはない。
ヴェニ君もさっきから状態異常系の妨害アイテムを惜しみなく散布しているけれど、それで数が減ったようには見えない不思議。
確実に、状態異常を喰らった狼は戦線離脱しているはずなのにね……。
そんな状況に見切りをつけたのか、何なのか。
髭騎士さんは1番体重の軽そうな護衛さんに厳しい目を向けました。
「ヘリオス!」
「は――何ですか、クライストさん!」
「お前、馬車に先行しろ……いや、我らを置いて先に行け!」
「は……? な、なんでっ」
黒い軍服……メイちゃんのパパと同じ、軍属の人。
まだ青年の頃を脱出しきれていないように見える、もしかしたらパパと同年代かもしれない人。
他の護衛さんに比べて明らかに若い。
うん、未来ある若者って感じです。
「我らは窮地にある。それはわかるな」
「え、で、でもなんで自分が……」
「このままでは、我らの命の保証もままならん。だが姫様をお連れしている身で、お守りできないなどあってはならない」
「…………つまり、自分に姫様を連れて先に行けと」
「ああ、そうだ」
きっぱりと断言する、髭。
そよっと風に揺れる、髭。
厳しい表情の中、目の奥には温かな感情が……
……あるっぽいけど、メイちゃんとしてはお髭の見事さの方が目を引きます。
ついつい、マンガかアニメでしか見ないような珍しいお髭に目を奪われちゃったよ。
髭を見つめる私の姿を、彼らの様子を見ていると思ったのかな。
ヘリオスさん?っていう軍人さんが馬車にいるメイちゃん達……年少者にチラリと目を走らせました。
「何よりも優先すべきは、姫様の無事。それは理解できているな?」
「……俺に、バロメッツ大佐に殺されろって言うんすか」
「生き延びろとは言わん。だが、我らは何としてでも生き延びよう。仲間が万が一にもバロメッツ大佐に八つ裂きにされることのないように……な」
「なんという無茶を……貴方達を囮にしておいて、逃亡したという時点で大佐の抹殺案件ですよ!?」
「彼らとて……あのお嬢さん達とて、護衛として雇われたからにはそれなりの覚悟をしている――……はずだ」
「お願いします、クライストさん! 俺の目を見てソレ言って!」
「とにかく、お前は先に行くが良い! お嬢様さえ生き延び、目的地につければ御の字……我らは狼の群れを惹きつける! だが、救援を呼んでくれたら尚よし!!」
「俺も貴方がたもどっちも死地送りじゃないっすか!!」
……深刻に、緊迫した状況下。
さっきからチラチラと、パパのお名前が出るのはなんでなんだろうねー……そして、メイちゃんのことを、あの人達がチラチラチラチラ見るのはなんでかなー……?
父よ、貴方は彼らの中で一体どんな存在なの?
眉をへにゃっと下げて見ていると、私の困った視線に気付いたのか鬚騎士さんがこほんとあからさまな咳払いで話を切り替えました。
「峠を越えた先に確かここの領都があっただろう。先んじて姫様の通行許可を取ってある関係で、ご領主も我らのことを気にして下さっているはずだ。ご領主の膝元であれば、それなりの戦力もあろう」
「つまり、先行するついでに狼の群れを引きずったまま直行するので迎撃態勢を整えておけ、時間がかかるようであれば救援を……ってことですね」
「ああ、その通りだ。お前は私達の中で1番体重が軽く、馬の足も速い。他の者がお連れするよりも姫様の安全が保障されるはずだ」
「……この道の先に、他に狼がいないって保証はないんですよ。群れによる獣の狩なんて、追い込み型が多いんですから」
「その時はその時。どちらにせよ、我らと共にあるよりは切り抜けられる可能性もあろう。急げ、ヘリオス。行け、ヘリオス!!」
「ああ、もう! 名前連呼しないで下さいよ!!
行けばいいんでしょう、行けば!と。
そう叫び、軍人ヘリオスさんは私達の……お嬢様の乗る馬車に馬体を急接近させました。
こんなに近くを並走できるって、この軍人さんの馬術は凄いんだと思う。
ヘリオスさんを乗せた馬は、良い馬なんだろうね。
うん、パパそっくりの黒い馬。
見ていると、パパが近くにいるみたいでほっとする。
そういえば出立の時、メイちゃんの定番ボケをかました相手もあの黒馬でした。
でも、ここでお別れです。
死にたくないし、死ぬ気はないけど。
だけどこの窮地を切り抜けるには、死力を尽くさないといけない気がする。
パパ本馬じゃない馬に意識を割いている余裕はありません。
いつかの未来、『ゲームキャラ』達のストーカーになる……
その夢を達成するまでは……!!
そう、私は死ぬ訳にはいかないのです!
開け放たれた、馬車のドア。
先程の鬚とヘリオスさんの会話をお嬢様も聞いていたのでしょう。
状況をしっかりと見据えた目で、カタカタと震えながらもしっかりとヘリオスさんを見ています。
か弱いお嬢様に馬車から馬へと飛び乗るなんて曲芸、当然ながら出来る筈もないけれど。
毅然とした、その瞳。
お嬢様は、メイちゃんの予想以上に胆が据わっておいででした。
いまこのひと、えいやって飛ぼうとしたよ!?
慌てて押し留めるヘリオスさんと、メイちゃん達。
お嬢様、落ち着いて!
「姫様! 自力で頑張ろうとしないで下さい! 自分がやりますから……!」
ヘリオスさん、涙目。
でも戦う男は凄かった!
馬の鐙に片足をかけ直したかと思うと……馬を走らせながら、馬車に移ってきたよ!
軍人さんって、普通に曲芸こなしちゃうんだ……凄い。
そのままひょいっと軽くお嬢様の身体をさらい、メイちゃんがぱちくりと瞬いた後には既に馬上の人になっていました。
軍人さんってこんな基礎能力まで求められるんですかね?
そうして、あっという間に。
馬に少々の無理をさせながら。
お嬢様はヘリオスさんに連れられ、戦線離脱。
どうかきっちり逃げきれますように……!
「――クライスト卿! 念の為、自分もヘリオスの後を追います」
「ああ、行け!」
更に覚悟を決めた眼差しの、若い方の騎士さんが1人。
恐らくお嬢様の護衛兼露払いとして彼らの後を追いました。
だけどそれを、誰も逃げたとは思わない。
だって、道の先で他の魔物に待ち伏せされている可能性は、誰もが危惧するところだったから。
馬の脚にあかせて強行突破――なんて。
そんなに早々上手くいくとは限らない。
やっぱり護衛は必要だもん。
それと同じくらい……この狼を足止めする人員も必要だ。
「諸君、馬には乗れるかな!?」
きりっとした、髭騎士さんのお言葉。
それはメイちゃん達、お子様達に問いかける声。
変に見栄を張っても仕方ないので、私達は正直に答えました。
「「「「無理!!」」」」
うん、無理。
メイちゃんのパパは馬の獣人なので、乗ったことがないとは言いません。
でも何の補助もなしに、自力で乗ったことなんてない。
パパが背中に乗せてくれる時はいつだって……パパが助けてくれたし。
そもそもパパはお馬さんと違って言葉で意思疎通できるし。
そんなぬるい乗馬体験しかありません。
勿論パパは本物の馬じゃないので、馬具なんて付けないよ!
だから馬の操り方なんてわからない。
乗馬技術なんて、そんな……育つ訳、ないよね!
「そうか……では、残念だが。君達を先行させる手段は実質ない」
「申し訳なさそうにすんなよ、オッサン。俺ら、曲がりなりにも護衛だぜ? 守られる為に同行してる訳じゃねーんだ。気ぃ使うなよ」
軽く言って見せながらも、ヴェニ君の目にだって憂いがある。
弟子である私達のことを、きっと案じてる。
でもメイちゃん達だって、心配させてばっかりはいないよ。
「ヴェニ君! メイちゃんも屋根に登っ――……!?」
ヴェニ君のお手伝いをしようと思った。
馬車の屋根に上がって、ミヒャルトの怪しいアイテムの散布を手伝おうって。
だけど、タイミングが悪かった……っていえば、良いのかな。
メイちゃんが馬車のドアから身を乗り出した瞬間。
馬車が、がくんって揺れた。
私には見えなかったけれど。
メイちゃんが身を乗り出した馬車の、反対側……左側。
運悪く、そこに何頭かの狼が体当たりした瞬間。
馬車は大きく横揺れを起こし……
床に倒れ込んだ私、ミヒャルト。
一時的に傾いた馬車の側面に、体が滑る。
慌ててミヒャルトが私の腕を掴んで引っ張ったけど、ミヒャルト自身の体も倒れていてどこにも取っ掛かりがない。
ミヒャルトの身体ごと、床を滑っていく。
開け放たれた、馬車のドアへと向かって。
開きっ放しのドアの向こうに。
ガチガチと鋭い牙を噛み鳴らす、狼の姿が見えた。
――さ、3頭もいるーっ!!
めぇめぇ羊の獣人メイちゃん、8歳。
目の前にはがぅがぅ狼の魔物さん、圧倒的多数。
死んだ。
私がそう思っちゃっても、何も不思議はない……よねえ?
メイちゃんの定番ボケ (黒い馬を前にした時に発動)
「ぱ、パパ……?」
「いや、違ぇだろ。良く見ろ、別馬だ」




