8-3.オオカミがきたぞ!
皆様、あけましておめでとうございますv
本年もメイちゃんその他、活きの良いみんなのことを宜しくお願いいたします。
あ、メイちゃん以外の小林の作品もどうぞよろしくです!
襲い来る狼。
その姿は、どこかで見たことがある。
アレだ。『ゲーム』に出てきた。
1匹1匹、個々は大して強くないんだけど……
群れると厄介な、だけど『ゲーム』の序盤でも倒せる魔物。
でもでも、だけどね?
あんなに沢山出てきたら、対応のしようがないと思うの。
「ヴぇ、ヴェニくーん! 一体どうなってるの!?」
何かおかしくない?
あの群れ、なんかおかしくない?
そう思っているのは私だけじゃないはず。
馬車の窓からひょこっと顔を覗かせて、後方を見てみる。
……うわ、気持ち悪っ
狼の数が多すぎて、本当に鼠の群れを見ている気分になります。
「ヴェニ君、あの群れって……」
「さっきチラッと護衛の人らが言ってたろ。このへん、性質の悪い魔物が群れで出るって……」
「おお、あれが。道理でただの狼にしちゃ異常だよね」
「ていうか、数多すぎでしょ……誰も間引こうとしなかった訳?」
「ヴェニ君~……あれ見っと、俺らより前に犠牲者いたんじゃねーの? 対策くらい打っとこうぜ」
「んなこと俺が知るか。今、あれだけの数が揃ってんのが現実だ。過去に思いを馳せても何にもなんねぇだろ。過去を見るな、現在と未来を見ろ」
「イマ君とサキちゃんには何処に行ったら会えるんだろうな……」
「スペード、それ何のネタ? わけわかんないんだけど」
「…………お前ら、なんだかんだで余裕あるよな」
「よ、余裕なんてないよー! あ、あうぅぅ……アレとまともにぶつかったら死んじゃわない? 死んじゃうよねぇ!?」
私達が乗る馬車……正確にはお嬢様を守るため。
騎士さん達が襲い掛かってくる狼をその都度、切り払います。
どういう習性なのか、本当に飛び掛ってくる。
その跳ねた瞬間を狙って、身動きの出来ない空中で。
だけど、やっぱり数が多すぎる。
圧倒的な数に、対応の手が追いつかなくなるのは目に見えています。
何か、起死回生の手がいる。
だけどメイちゃんの頭ではそれが浮かばなくって。
私は思わず、縋るような眼差しを我らが師匠に注ぎました。
師匠もまた考えているのでしょう。
難しげな表情ながら、生き延びる僅かな手段を私達に提示してくれました。
それが本当に、この場を切り抜ける手段と成り得るかどうかは……まだ、わからないのだけど。
「どっかに群れを統率するボス個体がいる……はずだ」
「ヴェニ君、それどこ情報!?」
「メリーの酒場にも周辺地域の魔物情報が回ってくっからな。一応、遭遇の可能性があるのにはチェック入れてたんだよ。……マジで遭遇するとは予想してなかったけどな」
「そういえばヴェニ君、出発の前に情報収集に行くっつってたけど……本当に情報収集してたのかよ」
「ここで遭遇するとは思ってなかったがな……あの群れ、事前情報じゃ山2つ向こうに出没するって話だったのに」
「ヴェニ君……生き物っていうのは、移動するものなんだよ? 特に、獲物が居なくなれば狩場を求めて……ね」
「ミヒャルト、いま重要なのはそこじゃないよ。ヴェニ君、ボス固体を倒せばどうにかなるかもーって、こと? ボス固体なんて本当にいるの!?」
「ボス個体の存在を確認したっつう報告が幾つか来てたはずだ」
「へー……ちなみに、その情報を報告した人は?」
「命からがら逃げ帰った賢明なる臆病者だ。無謀は損しかもたらさねぇってな。逃げることで命を拾ったんだろ」
「ふぅん……ところで、ヴェニ君」
「あ?」
「追っかけてきてるの、狼の群れだけど。大丈夫?」
「おお、そう言やぁ狼だよな。すっかり忘れてたけど。ヴェニ君の苦手な」
「…………平気に決まってんだろ」
「ヴェニ君、強がらず正直に言お? お顔、まっさおだよ!」
「うっせぇ! 俺が平気だっつったら平気なんだよ!!」
「残念ながら説得力は皆無だよ!」
平静を装っても無駄だよ、ヴェニ君。
だって声が上擦ってるから。
見上げたヴェニ君のお顔は、真っ青でした。
というか目が虚ろになってるよ……?
ヴェニ君本人は眉間をしかめ、口元を手で覆って振る振ると首を横に振ります。
体調悪くないって言いたいのかな?
でもどこからどう見ても、見るからに気分が悪そうです。
………………ヴェニ君って狼にトラウマあったよね。
本人はスペードを弟子に取ったこともあり、メイちゃん達に出し抜かれた経緯もあり、苦手を克服しようと努力していたけど。
……その努力は、メイちゃん達も知っています。
現に街中で犬に囲まれても肩をびくっと跳ねさせたりはしなくなったし。
むしろ最近では、じゃれついてきた犬を平然と落ち着いた顔で撫でたり出来るようになってたし。
かなり克服出来て来ているのは確か、な……はず。
ああ、でも。
うん、でも。
馬車を追っかけてくる群れの規模は、私から見てもなんか気持ち悪い。
あんなの誰だって怖いと思うの。怖いよね?
トラウマは、治ったつもりでも根深く根っこが残るっていうし。
克服したつもりでも、影響はあるんじゃないかな。
でも怖いだとか気持ち悪いだとか、苦手だとか言っていられる段でもありません。切実に。
怯んだら、呑まれる。
そういう状況だから。
酷かもしれないけど、ヴェニ君の戦闘能力は貴重だもん。
……ここは力技全開ですが。
戦って、圧倒して、撃退して。
自分の力で征することで、強引にでも一時的でも良いから乗り越えてもらうしかありません。
うん、本当に……乱暴な手段なんだけどね。
「ヴェニ君、あの狼さん達……どうするの?」
「さっきまでの馬車の暴走に巻き込まれて、近づいた奴等は挽肉ルート一直線だったんだけどな。その時に狼側が開けた距離、どんどん詰めて来てやがる」
「うわぁ……暴走も何がお得かわかんねーな。俺、転がり落ちかけたけど」
「あの乱暴な走行にも利点があったなんてね」
「……依頼はお嬢の護衛。この馬車に近寄らせる訳にはいかねぇ」
「周囲の護衛さん達も、いるけど」
「あいつらは、あいつら。俺らは俺らで仕事だ。任せっきりにして俺らは何もしねぇってか? 大した給料泥棒だな」
「は、働くからには万全を期すよ!」
お仕事。
そう言葉にすることで気持ちを無理やり切り換えたのかな。
ヴェニ君はお金を稼ぐってことにちょっと厳しい。
契約に金銭が発生するからには、きっちりするタイプです。
面倒見も良いし、意外に責任感が強いんだよね。
でもそうやって、自分の信念に心の支えを見出せたのかな。
まだ若干お顔は青いけど……ヴェニ君は心持キリッとしたお顔になって、深くベストのフードを引き下げました。
完全に、お仕事モードです。
「馬車ん中の2人、お前らはお嬢様を守ってろ。俺とスペードで牽制しとくが……馬車を降りる訳にはいかねぇからな。囲みを破って馬車に取りつく奴がいたら、自慢の足で蹴落としとけ」
「ヴェニ君、メイの槍は?」
「あ゛? 馬鹿か、お前……馬車ん中なんつう狭っ苦しい場所で槍なんぞ邪魔にしかなんねぇだろうが。小回りの利くナイフ使え、ナイフ。間違ってもお嬢さんに怪我させんなよ」
「Yes, Sir!」
「ミヒャルト! てめぇも聞こえてたな?」
「ちゃんと聞こえてたよ、ヴェニ君。とりあえず僕等は馬車の扉が吹っ飛ばないように注意しとけば良いんでしょ。吹っ飛んだら……その時は扉に取り付いた奴から順次殴っておくよ」
「スペード!」
「あ……おう! 俺は何する!?」
「お前、投石紐は?」
「家」
「よし、役立たずだな!」
「ひでぇ!!」
「……御者のおっさんがまた錯乱しねぇように励ましつつ、馬やおっさんに向かってくる狼がいたら退けろ。そんくらいは出来るだろ」
「ヴェニ君、さり気無く俺に曲芸やれって言ってねぇ? 馬から馬へと飛び移れっつってね?」
「そんくらいやれ! 馬車で移動している以上、馬と御者は生命線だ。おっさんがいねぇと馬車の制御は出来ねぇし、馬がやられたら即刻アウトだろ。ちょい考えてみろ? 馬と馬車は繋がってんだから、馬が1頭死んだ時点で地獄への引き綱に変わるぞ」
「全身全霊、全力で馬とおっさんをお守りしまっす!」
私達の能力や性格を把握しているヴェニ君は、さくさくと役割を割り振ってきます。うん、手際が良い。
しかも指示を下しながら、馬車の周囲を固める護衛さんの囲みを抜けそうな狼の牽制までしています。
メイ達の方から目を逸らしもしていないのに。
槍を手に突撃しがちなメイちゃんの戦闘スタイルは、速度とトリッキーな動きで押せ押せ☆
ミヒャルトは両手に握る剣以外に複数の暗器を使い、絡め手を交えながらもやっぱり速度と身軽さを使って近接戦闘。
そしてスペードは完全にスピード&パワーで相手を翻弄する近接戦闘専門となりつつあります。武器は基本的に肉体そのもの……最近、刃物よりも殴る蹴るの肉体言語を多用する傾向にあります。
つまり何が言いたいかって言うと。
私達3人って皆、完璧にスピード押しの前衛さんなんだよね。
誰も後ろには下がらない……むしろ前へ前へと出がちです。
そんな前に出がちな私達をフォローする為でしょうか。
それとも後ろから一歩引いて、私達の動きを俯瞰する為でしょうか。
この頃はヴェニ君が少し引いたところから、ボウガンを使って後衛をこなす……という役割分担が形成されつつあります。
うん、ヴェニ君ごめん。
ヴェニ君の真価は、才能は、格闘戦にこそあるのにね……。
それでもそれなりに後衛をこなしているあたり、ヴェニ君の器用さが如実に表れていると思います。
……『ゲーム』でも『ヴェスター』の使い勝手が良かった理由も、実はその辺にあります。
『ゲームキャラ』の『ヴェスター』は基本格闘家ポジションでしたが……彼の最大の特性は、確か『固有武器以外の全武器装備可能』だったはずです。
戦いに対する天性の才能と圧倒的センスによって、格闘家の癖に剣も弓も槍だって自由自在に使いこなす……流石に奥義は習得しないけれど。
うん、滅茶苦茶使い勝手が良かった。
戦闘中にキャラの入れ替えは出来なかったけど、武器は交換できたから……凄く、使い勝手が良かった。
万能型の天才キャラ、それがヴェニ君。
現実として相見えた今も、どうやらそれは変わらないようです。
既に槍の使い方とか指導してもらっている時点で、今更だけどね!
今もボウガンを用いて、後方から迫ってくる狼の牽制をするヴェニ君。
彼が手に持つボウガンは改造を施され、弓以外にも小さい石程度なら投擲できるようになっています。
また、ボウガンを使わなかったとしても。
ヴェニ君の肩なら、モノを投げるだけで十分な効果がありそう。
それを踏まえて、今の状況は真摯に当たるべきとミヒャルトが自分の手荷物をヴェニ君へ投げ渡します。
「ヴェニ君、使って」
「は? ……あー…………まさか」
「それ以外にも、荷台に積んでる荷物……ヴェニ君なら手が届くよね。中にあるモノ使って良いから」
「…………お前は護衛対象のいる馬車にナニ持ち込んでんだよ」
「とにかく、使って良いから。少しでも数を減らしてよ」
「……火の気があるヤツ以外、有難く使ってやるわ」
さあ、ミヒャルトの凶悪シリーズがヴェニ君の手に渡りました。
険しいお顔で、荷物の中身を漁って……
ヴェニ君が、頭を抱えました。
「ミヒャルト……お前、道踏み外すなよ?」
「踏み外す訳ないよ。僕、未来は輝かしい栄光を掴むつもりなんだから」
「……しかし、酷いな。このアイテム群」
どこで手に入れたのか、後で詳しく尋問されそうなラインナップだったようです。
ヴェニ君は頭を抱えながらも……
狼の群れに、紫の瓶を投げつけました。
綺麗な放物線を描いた瓶が、狼群の真上に到達した時。
ボウガンから放たれた矢が、瓶を割り砕きました。
空中で砕け散り、周囲に撒き散らされる中身。
――効果は劇的だ。
劇的過ぎて、目の前の光景が一瞬信じられなかったよ!
いきなり訪れた変化は、まさに『混乱』とでもいうべきモノでした。
「ミヒャルト、なにあれ」
「即効性の幻覚剤。悪夢が見える系」
「えーと……じゃあ、ヴェニ君が今投げた瓶は?」
「麻痺毒かな。薄めて使わないと神経に麻痺が残るらしいけど……相手は魔物だしまぁ良いよね」
「み、ミヒャルト……」
危険人物です。
危険人物がここにいます……!
状況的に今、とっても助かってるけど!!
というか道具の調達源って確かウィリーだよね!?
あの子、どっからそんなの用意してんのー!?
危険物、渡す相手は考えよう。真剣に。
足を乱し、列を乱した狼は、仲間であるはずの他の狼達に踏みつけられ、波に飲み込まれていく……
それでもなお、狼の数はそこまで減ったように見えない。
狼の群れは、際限なく。
だからこそヴェニ君も、間断なく。
効果が見られないのなら、効果が出るまで徹底的に……とばかり。
ミヒャルトが持ち込んだ危険物を、次々と狼の群れに投じていきました。
馬車の周囲を守り、槍で狼の先頭を薙ぎ払っている護衛さん達も戦慄……というかドン引きです。
恐ろしい物を見る目を、私達に向けてくる。
濡れ衣!
濡れ衣です!
犯人はミヒャルトです!!
仲間って、ちょっと悲しいね。
1人がやらかしたことは、どうやら連帯責任。
仲間というだけで、私達まで同じ目で見られちゃうみたい。
それでも少しでも狼の数を減らすため。
ひいては生き延びる為に。
私達は手段など選んでいられませんでした。




