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獣人メイちゃん、ストーカーを目指します!  作者: 小林晴幸
8さい:はじめての護衛依頼(強制)
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8-2.跳ね馬車道中



「『白獣』の皆さん、ご紹介しますわね。こちら、今回わたくし達の警護をして下さる方々よ」


 まだ戸惑いの薄れない私達にジゼルお嬢様が紹介してくれたのは、いずれも戦う男!って感じに鍛えられた8人のおじ……お兄さん。

 私達よりもずっと背が高いのは、当たり前だけど。

 じっと見下ろされて、何だか凄く居心地が悪いのー……。

 

「アルジェント領軍から6名、父の身辺警護を勤める騎士から2名の精鋭計8名……旅の指揮も彼らが取って下さいますから、皆さんもよしなに」

「よ、よろしくお願いしま~す……」


 ちょっと威圧されて、耳もへにゃってなった状態で。

 メイちゃん達は心なしかびくびくしながら頭を下げました。

 ……やっぱり私達、場違いじゃないかな。


 そんな風にも思ったけれど。

 お嬢様に護衛として付けられたお兄さん達は結構気さくな人でした。

 うん、最初は無言でじっと見られて居心地が悪かったけれど。

 彼らは『噂のチビッ子たち』への興味関心から、ついついじっと観察しちゃったんだって。

 ん? 噂って何処の噂かって?

 あはははは……賞金稼ぎの噂じゃなかった…………。


 彼ら8名の内、6名の所属はアルジェント領軍。

 そして2名の所属は伯爵様の身辺警護を専任する騎士さん。

 …………つまり6人はパパのお仲間で。

 あとメイちゃんも初めて知ったけど、2名はミヒャルトの伯父さんの同僚なんだって。

 それってクレアちゃんのパパだよね、うん。伯爵様の騎士をしてるらしいよ。


 つまりその噂って、我が家の父関連の親馬鹿系アレコレだということで。

 パパはアルジェント領を代表する『英雄』だって話だから。

 そのパパが親馬鹿に変貌して溺愛する愛娘――って随分前からメイちゃんのことは軍部で名の知れた存在だったんだってさー…………マジか。

 父よ……職場で何を語った?


 どっちにしろ居心地が悪いことに変わりがないよ……。

 だけど彼らにしてみれば、『仲間の身内』という区分。

 お陰で一般的な対応に比べたら、随分と柔らかく接してもらえている気がします。

 これはそう……あれです。

 『(たま)に会う、親戚の子供』対応されている気がする……!

 何となく美味しいポジションに転がり落ちることができたっぽい。

 気まずいパパ効果も、この際は事態の好転に繋がっているので目を瞑ろう。

 大目に見てもらっている内に、今回のお仕事も平和に終わると良いな~……

 

 そんなフラグっぽいこと考えた時点で、平和に終わる未来は遠ざかっていたのかもしれないけれど。




 今回、私達に突きつけられたお仕事はどんなものだったのか?

 結構面倒だし、日数のかかるお仕事でもありました。

 いきなり強制依頼を突き付けられてから、2日後。

 メイちゃん達は何故か、猛烈な速度で駆け抜ける馬車の人となっていました。馬車が走る場所も、既に生まれ育ったアルジェント伯爵領じゃなく、別のお貴族様のご領地なんだって!

 ……うん、展開がいきなりすぎてちょっと追いつくのが大変かな!

 なんでこうなった。

 ヴェニ君も頭を抱えていたよ?


「何分、突然急いで出立せねばならなくなったものですから……荒い道のりになりますし、他者の妨害の可能性もありましたので、侍女を連れていく訳にもいきませんでしょう。取り乱しでもされては、こちらの身が危うくなりますもの」

「妨害? 妨害……? ジゼルお嬢様、妨害って……」

「その点、貴方がたは賞金稼ぎをされている方々ですもの。荒事にも耐性がありますでしょう?」

「あ、あわ、わー……よく舌噛まず、に、そんな長文っしゃべべべれるね!?」

「メイちゃん、しっかり!」

「め、めうー……体ががったんがったんするよぅ」

「うふふ? これも慣れですわよ」


 足下がったがたの山道を、爆走疾駆する箱型馬車。

 そんなものにがったがたがたがったがたと揺られて、メイちゃんはちょっと口を開くだけで舌を噛むんじゃないかと怖い!

 こんな環境で平然とお淑やかに座っていられるお嬢様をちょっと尊敬した。

 さっきから道が悪過ぎて、馬車の中は色んなモノが跳ねまくってるのにね! 私とか、ミヒャルトとか! 座席がふっかふかだから、より跳ねまくりなのにね!


 何故か、本当に何故か。

 ご領主様のご命令という、領民としては拒否不可能な依頼によってお嬢様の旅に御同行することとなってしまったメイちゃん達。


「わたくし達の使命は、より早く、一刻も早く……お姉様の結婚式に駆け付けることです。最低でも前日には到着せねばなりません」

「なんでこんな切羽詰まる前に、前もって出かけなかったのー……?」

「……本来でしたら、わたくし達は駆け付ける必要などない筈でしたの」


 詳しい事情はよくわからないけど、急遽次女と三女のお嬢様がそれぞれ別のルートでご長女様のお輿入れ先に応援に行かなくっちゃいけないんだって。

 ご長女様はご長女様で、そっちもまた別ルートでお輿入れ先に向かっているところだそうな。

 というか実はメイちゃんのパパ、護衛の一員としてその花嫁行列に参加しているみたい。軍部の精鋭から選ばれた、ってことだし……私は出張としか聞いてなかったけどね?

 華やかなお役目、ご苦労様です。


 ご領主様の3人のお嬢様がそれぞれ違うルートを使って、結婚式の為に遠方の貴族家に向かっている。

 何の理由があってそうするのかは知らないけど、それはきっと私達は知らなくて良いことなんだと思う。

 重要なのは、2つだけ。

 お嬢様達はどうしても急いで目的地に行かなくちゃいけない。

 そしてメイちゃん達は、その護衛兼話し相手として雇われた。


 理由はお嬢様の希望、ってことだけど雇われたからには働かないとね!

 例え活躍を期待されてはいなくても、ちゃんとお仕事しますよー。

 仕事を達成することだけを考えて、余計な事は考えるな。

 我らがお師匠様は、そう言った。

 ヴェニ君が言うことは大体正しいから、たぶん今回も大体正しいんだと思う。

 つまり私達は、求められた仕事を全うすることだけを考えれば良い。

 そういう、ことだよね?


 お嬢様達の目的は、ご長女様の結婚式に出席すること。

 その為に何が何でも結婚式までに間に合わせる、と。

 そんな意気込みのせいで悪路の影響が更に酷いことになっています。

 お嬢様の乗る馬車、超加速中……。


 ――っていうかさっき、さ。

 お嬢様、なんだかものすっごい不穏で物騒なこと言わなかった?

 妨害って、妨害ってなんのことー!?


「護衛の兵は付きますけれど、わたくし個人のフォローをして下さる人材が不足していましたの。わたくしも何分、荒事には不慣れですので……」


 にっこり天使のように微笑む、お嬢様。

 でもその発言さ……どういうことなのかと、激しく問い詰めたい。


 護衛の増員として受け入れられている時点で、不穏なものを感じて然るべき?

 ううん、私達はお嬢様の興味本位か何かで雇われた……みたいな雰囲気がある。

 どっちかというと護衛ってやっぱり口実でしょ?

 所詮子供のお遊び、みたいな目で見られてるのを感じる。

 侮られて、ちょっと悔しいけど……でも戦闘を本職にしている人たちを前に、そういう目で見られるのは仕方ないとも思う。


 だけど、さ?

 だけど……そういう危険があるって……

 不安要素があるんなら、そういう時に興味本位は引っ込めた方が良いと思うの!

 特にメイちゃん達の実力は、まだまだ誰かを守れるレベルとは思えないから。

 そういう足手まといに成り得る人間を簡単に加えちゃって良いんですかー……!?


「ふぅん。でもお嬢様の護衛なら、もっと腕のある相手の方が良かったんじゃない?」

「まあ、貴方がたは充分にその要素を満たしておいでですわ」

「え、どゆことー……? メイちゃん達より凄い人、沢山いるよ?」

「貴方がた『白獣』の方々は身元もしっかりしていますでしょう? 素情の確かさ、信頼できる背景をお持ちか否かが、わたくし達には何よりも大事ですもの。裏切られる可能性を考慮しなくて済みますもの」

「それ、個人の思想云々も結構重大だと思うんだけど……っていうか裏切りかー……」

「身元の確認は大事だと僕も思うけど。面と向かってそんな風に言われるとは思わなかったな」

「そうですわね。貴方がたは何しろ我が領軍で名を馳せている方や警備隊の責任者のお身内ですもの。間違っても我が領や我が家を裏切ることのない確かな身元です。これ以上の人材はないと、わたくしったら慎みも忘れてお父様を説得してしまいましたの」

「……その積極性、他の部分に回してほしかったね」

「というか裏切りの心配をするのが大いなる前提条件なんだね……」


 き、貴族さんって世知辛い……。

 ジゼルお嬢様はまだ15歳の乙女なのに、それでも裏切りとか考えないといけないの?

 いや、うん、まあでも権謀術数を張り巡らせて、常に綱渡り状態の人生だって聞くし。

 貴族さんも大変みたい。



 私と、幼馴染の2人と、師匠のヴェニ君。

 つまりはいつもの面々ですが。

 私達は次女のジゼルお嬢様と同じ馬車で揺られています。

 ……とはいっても、馬車の中にいるのは私とミヒャルトだけ。

 何でもこの辺には性質の悪い魔物が群れで出ることもあるとかで、警戒要員の一助としてスペードとヴェニ君が駆り出されています。

 元々獣人は鋭い五感故に、索敵警戒に高い能力を持っています。

 中でもスペードは、嗅覚の鋭さで定評のある狼獣人。

 その持ち前である高い索敵能力を活かさない手はありません。

 なので匂いの遮断される馬車内ではなく、スペードは御者さんのお隣に席を得ています。

 外の新鮮な空気吸い放題の方が酔わずに済むと思うよ、うん。

 そしてヴェニ君は何故にそうなったものか、馬車の屋根の上に座して後方への警戒を担当しています。

 一応、メイ達も何か異変がないか注意を払ってるんだけどね。

 おまけ扱いでも、名目上は『護衛』として雇われているんだもん。

 お嬢様をしっかりガードする本職の護衛さん達は、ちゃんとそれぞれ馬に乗って馬車の周囲を固めているけど。

 やっぱり前方めがけて爆走中となると後方への警戒はやり辛い。

 そこらへんを手の空いているメイちゃん達が担当するくらい、別に良いよね。

 もしかしたら気休め程度にしかならないかもしれないけど。

 でもお嬢様の言が確かなら、妨害の可能性も高いらしいし……

 本当は何事もないのが良いんだけど、いざ何かが起こるとなったら何かしら手を打てるようにしておかないといけないもんね。



 そして本当に何事か起っちゃったんだから、もう笑うしかないと思う。


 一早く気付いたのは、やっぱり嗅覚に優れた狼獣人(スペード)でした。

 警戒を促す、彼の叫びが一同に戦慄を走らせました。


「オオカミが出たぞーっ」

「狼はてめぇだろ!!」


 すかさず馬車の屋根から、ヴェニ君のツッコミが……

 うん、私も同じこと思ったよ。


 場は緊迫してもおかしくない状況、のはずなんだけど。

 スペードは何もおかしなことをした訳じゃない、はずだけど。

 でもなんででしょうね?

 スペードが「オオカミが来たぞ」なんて言っちゃうその状況に、何故だか不思議と……うん、奇異さとおかしさを感じちゃいました。お前が狼じゃん、みたいな。

 それは私だけじゃないみたい。

 さり気無く護衛の人やお嬢様までくすくすと笑っているもん。

 本当に、余裕なんて感じていられる場合じゃないはずなんですけどね。

 意外と私達、余裕あるのかな?

 そう思っていられたのは、今の内だけ……でした。



 スペードの警告通り、に。

 狼が出たから。



 それは怒濤の列を成して。

 群れというにも際限のない……異常な狂騒状態。

 狂って、狂って、狂いながらも走り続け、波を成し。

 獲物と見なした私達を……ひたすらに、呑みこもうとする。

 脅威と見て取り息を呑み、私達は狼がみるみる増えていく様子に目を見開きました。いっそ、呆けてすらいたと思う。

 固まる私達。

 そんな中で、最初に行動を起こしたのは御者さんでした。

 彼の振るい上げる鞭が、ぴしりと大きな音を立てて空気を切り裂く。

 馬を急き立てる為に、御者さんは我を忘れたように、必死に。

 狼の群れに対する本能的な恐怖がそうさせるのか。

 血走った目で、逃げきろうと必死に。

 御者さんが馬に鞭を中てる。

 馬車、暴走。

 お陰で馬車の中も大荒れです。

 お嬢様まで床に転がり落ちそうなんですけど……!!


 形振り構わずに馬をがむしゃらに走らせても、状況は好転しない。

 むしろ焦りと本能的な恐怖に呑まれ、自滅しかけない。

 次に行動を起こしたのは、ヴェニ君。

 恐怖から暴走する御者さんに危うい物を、彼も感じたのでしょう。

 苛立たしげな舌打ちを鳴らし、御者さんの頭をきゅっと鷲掴む。


「パニクんな、オッサン」


 淡々と告げるお声の色はブリザード……。

 ヴェニ君の冷静さが、逆に怖い。


「落ち着けオッサン。オッサンが我を忘れてどうする。馬車の中にゃか弱いお嬢さんがいるんだぜ? もっと丁寧に、考えて鞭くれてやれ。馬が潰れちまうだろ?」

 

 ぎりぎりと、御者さんの頭を万力の様に締め付ける音がする。

 ヴェニ君……握力強いもんね。

 御者さんの耳元を引張り、口を寄せて一字一句区切るように力強く声をかけるヴェニ君。

 その声音は何だか……うん、脅しているようにしか聞こえません。

 でも、効果はあったみたい。

 馬車の暴走ぶりが、次第に落ち着いてくるのがわかった。

 

 御者さんの暴走を(力技で)止めた、ヴェニ君。

 彼が鋭く視線を走らせる……後方。

 私達を乗せた馬車を追って、走る狼。

 私達の走る道は表街道からは少し外れた山道ですが……それでも一般的に利用される、そこそこに大きな道。

 だっていうのに、その道を埋め尽くし、道の脇から森の中へと溢れる様に狼は数を増している。

 まるで火事から逃げようと奔走する鼠の群れみたい……。

 アレに呑まれたら、一溜まりもない。

 周囲を固める護衛さん達は、馬車が暴走した時……ちょっと、隊列が乱れたけれど。

 そこは流石、本職。

 すぐに態勢を立て直し、それぞれが槍を初めとする長柄の武器を構えて厳しい目を後方に配る。

 だけど数の暴力を前に、たった8人の護衛じゃやっぱり数が足りない。メイちゃん達が加わっても、それは同じで。

 状況の厳しさだけが、身に迫る。

 危ないこの状況……どう切り抜けるの?





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