7-13.槍の活用法
やっぱり戦闘やのなんやのは難しい……。
少しは躍動感が生じてくれると良いのですが。
がすっと。
咄嗟に動いた私の腕。
擦り抜ける様に、横を流れていく景色。
擦れ違い様、私は横に見えた木に槍を突き立てていた。
獣人の膂力のお陰か、思いのほか強く。
だけど私の体は、それくらいで止まらない。
むしろ無理に止めたら、反動で肩が外れそうな感触がした。
肩に、みしっと。
そんな幻聴が聞こえた気がした。
……瞬間、私は槍を両手でしっかりと握りしめる。
身体にかかる勢いを殺さぬまま……くるりと世界が回った。
前世は出来なかった気がするんだけどな、逆上がり。
体にかかる過負荷。
背中を押し潰そうとする強い勢い。
押されるのなら、押されるままに。
背を押してくる力を、自分のものに利用する。
槍を支点に体がくるっと綺麗な半回転を決めた瞬間。
私は一番手近な足場を……槍を刺した木の幹を、力いっぱいに蹴り飛ばしていました。
回転した勢いも加速して、メイちゃんの身体を吹っ飛ばす。
180度回転したら、体の向きはどっちを向くの?
当然、間逆の方向。力の始発点。
私を吹っ飛ばしてくれた、魔法使いの方だよね。
勢いを殺さないように細心の注意を払い。
木の幹を蹴ったと同時に槍も引き抜いて。
私は綺麗に地面に着地……すると見せかけて、足の裏が地面を捉えると体を前方へ跳ね上げる。
止まることなく体は駆け出しました。
速度も勢いも、最初に駆け出した頃より早く強く、ノリに乗って。
前傾姿勢で矢のように、走るというより前へ前へと地面を蹴って。
それ突撃だー!!
やられたら、やり返す。
平和も和平も知らない、永遠に仲直りのできない子供理論。
でもメイちゃん、まだ子供だもーん!
だから横暴な子供理論を展開しても構わない……はず!
突っ込んでくるメイの姿が予想外だったのか。
男達がぎょっと目を丸くした。
メイに驚いて、一瞬動きが止まった盗賊さん達。
そりゃ吹っ飛ばした筈の子供がそれまで以上の勢いで猛突進してきたら驚きますよねー。
うん、でも。
せっかくの勢いです。
メイちゃんに足を止める気は一切ありません。
硬直した隙をついて、スペードやミヒャルトが拘束をすり抜け、離脱する姿が視界の端に見えました。
でも、今はそれもあまり気にならない。
今のメイちゃんにとって世界は急転直下で……何だかハイになっていたから。
うん、テンション急上昇ー。
このまま外野は気にせず一直線!
突っ込んでくる偶蹄類の恐ろしさ、思い知らせてやるー!
そして、メイちゃんは。
本当の本気で突っ込みました。
顔を引き攣らせた魔法使いの盗賊さん。
それを庇うように前に出てきたのは、むくつけき筋にk……大男。
立ちはだかる、その威容。
でもね、メイちゃん……まず真っ先に魔法使いを潰すってもう決めてるんだ。
槍の出番が再び巡ってきました。
ちょっと邪魔だな、なんて思いながら。
それでもちゃんと握っていた甲斐があるというもので。
ディフェンス張った大男の目前で。
まだまだ強い勢いに身体を乗せたまま。
加速した体が。
強い勢いが。
きっと可能にしてくれると信じて。
強く強く……今日一番の踏み込みで。
メイちゃんの体で一番優秀なのは、やっぱり脚力だから。
私は息のタイミングを合わせ、強く地面を踏み切って。
槍を地面に突き立てました。
強く、強く。
前世で真面目に受けてて良かった体育の授業。
ビバ☆走り高跳び。
棒高跳びは未経験だけど……運動性能のよろしい獣人の身体能力と野生の直感と勢い信じて、やっちゃえ。
そうして私は、飛びました。
そう、飛んだ訳です。
勢い任せに高く高く跳ね上がった体は……こう、ふわっとした爽快感すら伴うほどの感覚で。
背の高い筋肉オジサンの背すらも飛び越えました。
速度と跳躍力に恵まれた身体能力が我ながら良い仕事をしたようです。
急に私が姿を消したように見えたのかな?
私を見失ったオジサンが狼狽するのを見下ろしつつ。
だけどちょっと離れた後ろにいたせいか、俯瞰するような視点で私の姿を追う魔法使い。
顔がポカンとしています。
唖然と口を開け、顔ごと私の姿を目で追って。
見上げてくる、魔法使いの盗賊さん。
メイちゃんのスカートの中見ちゃダメです、いやん!
でも短パン感覚でかぼちゃパンツ履いてるから、あんまり恥ずかしくなかったりする。
少し微妙な気持ちになりながらも、両足を揃えて……
綺麗に着地、花マル満点!
持ち前のバランス感覚の素晴らしさに感動しながら、スタッと着地を決めた場所は。
素敵なことに魔法使いの上でした。
うん、スカートの中見られた腹いせです。
敢えてわざわざ顔面に着地してやりました。
こう……メイちゃんの硬い蹄で両足揃えてガスッと。
それはそれは素敵な音と振動が足の裏から伝わってきました。
ぐしゃっと崩れ落ちる魔法使い。
倒れる瞬間、巻き込まれないようにジャンプして……
倒れた魔法使いの上に、再び着地!
足下で、鈍い手応え……いや、蹄応え?
魔法使いは完全に意識を手放しちゃったようでした。
私が頭上から魔法使いに襲いかかるのと、同時。
横合いから飛び出してきた狼形態のスペードが男達の1人……その喉元目掛けて飛びかかり。
そして近くの樹上からミヒャルトが、飛び降り様に奇襲をかける姿が見えました。うん、流石は2人とも抜け目がない。
ミヒャルトが襲ったのは、何とか復調したのか身を起こそうとしていた……うん、メイちゃんが石を投げつけたナイフの人で。
スペードが襲いかかったのは、魔法使いの手近にいた目つきの悪いオジサンで。
昏倒した魔法使い。
ミヒャルトに麻痺毒を食らって泡を吹くナイフの人。
スペードに抑え込まれたまま、やっぱりミヒャルトに麻痺毒を食らった目つきの悪い男。
メイちゃんが姿勢を整えた時には、無力化された3人の男が転がっていた。
手付かずの肉壁……もとい、筋肉オジサンが1人残った訳だけど。
地に伏す盗賊達を横目に見ながら、私達はじりりと僅かに筋肉オジサンから距離を取りました。
筋肉って、質量って、圧倒的な雰囲気があるよね?
見た目にはこのオジサンが一番手強そうに見える訳ですが。
いきなり仲間達が倒されたことで、オジサンが険しい目を私達に向けます。
私達が3人の盗賊を仕留められたのは、意表をついて不意打ちに成功した……という点も大きい訳で。
だけど目の前のオジサンには既にがっちり身構えられている、と。
オジサンの屈強な筋肉は、見るからに私達を圧倒するパワーをお持ちじゃないかと思うんだよね。
身構えたオジサンを前に、もう少し間合いが欲しい……
じり、じりりと距離を取りながら、さり気無く横目で私達は目配せを交わします。
何とか3人で、いけるかな――?
成せばやれないことはない……と、思いたい。
自分達の無限の可能性(笑)を過信するお子様らしい発想だけど。
でもそう信じないと、体が動かなくなりそうだから。
過信でも良い。
今は体を十全に動かせるだけの自信が欲しい。
圧倒的な筋肉を組み伏せるには、体重の軽い子供3人じゃウェイトが足りない……かもしれない。それが1番の懸念。
オジサンはオジサンで、予想外の成果を成した私達にどう攻めたものかと考えあぐねている印象があります。
流石に3人を1度に捕まえることは、2本の腕しかない身じゃ難しい。
それでもオジサンの筋肉なら、決着は一瞬でしょう。
誰か1人でも人質に取られたら、その時点で私達は手詰まりになる。
誰が最も組みし易いかと、私達を見定める気配がした。
私達の間に、緊張が漂います。
空気が膠着しているのを感じます。
だけど私達にも利点がない訳じゃない。
身軽さと速さは私達の方に利があると思うんだよ。
子供のすばしっこさ+獣人の俊敏性と反応速度。
間違っても、質量に勝る筋肉を取り押さえられる気はしないけど。
筋肉オジサンが飛びかかってきても……機を逃さず冷静に対応すれば、私達にも離脱のやり様があるんじゃないかと思えます。
でもこっちが下手に隙を見せたら、逆に捕まるかもしれない。
実戦って、状況の計算をしようにも仕切れないところがある。
慣れない行動の読みあい、機先を制しようという牽制。
じりじりと焦がされるように、焦りに感情が煽られそう。
精神力は露骨に削られつつあって、いつまで集中力を保てるか。
どちらが先に動くか……
膠着した空気の圧迫感で、精神的にクるものが。
互いが互いに隙を窺う、無言の読みあい。
だけど終着は、完全に意識の逸れていた方向から飛んできた。
こう……どがどがっと。
遠慮容赦なく、徹底的に。
そして迅速に。
不意打ち上等とばかり、背後から強烈に打ち込まれたもの。
まさに突き刺さるような見事な一撃は、鋭く鋭角的な飛び膝蹴り。
見るからに強烈なクリティカルヒット。
更には空中だっていうのに凄まじい機動力!
特攻かけた少年の体がオジサンの頭位置に留まったまま、ぎゅんっと蹴り足の反動で捻られて……
これ、二段蹴りっていうのかな。
捻りの効いた回し蹴りが、オジサンの頭を刈り取るような動きで叩き込まれた。
余程の衝撃だったのか、威力が凄まじかったのか。
オジサンの足下からがくっと崩れたかと思うと……オジサンはまるで切り倒された木のように地面に沈んで倒れ伏した。
その攻撃を、成したのは。
「ヴぇ、ヴェニくーん!?」
「無事かチビ共!!」
隙を窺い合って互いに竦みあっていたかのような、状況下。
屈強な筋肉オジサンの背後から襲いかかった白い影。
真っ白な獣耳を靡かせて、オジサンの後頭部を強襲したのは……我らが師匠、ヴェニ君でした。
っていうか美味しいとこで現れたね、この人!
どうやら膠着している間に、我らがお師匠様の救援が間に合ったようです。
駆けつけると同時に、体重にして2~3倍はありそうな相手をあっという間に沈めるとは思ってもみませんでしたけどね!!
あまりにも予想外、想定外。
だけどあんまりにも格好良い乱入に、私のテンションは一瞬で鰻登り現象を起こしました。
同時に、是非ともヴェニ君に聞いて欲しいことがあったから。
何よりも誰よりも、師匠であるヴェニ君だからこそ報告したいことがあったから。
私は衝動のまま、筋肉大男を静めたまま残心を保つヴェニ君に飛びつきました。
「うわ……っ」
「ヴェニ君ヴェニ君ヴェニ君!」
「あ?」
「メイ、今までずっと槍を使うのに何か違和感があったんだけどー……さっきので、なんだか感覚がわかった気がする! なんかしっくりきたの!」
「お、おー……? 槍か。槍な。ほぼ姿勢制御と移動補助の道具と化してたがな」
「槍の使い方やっとわかったよ、メイ!」
「それ武器としてじゃねーだろ。武器としての使い方と違ぇだろ」
「でもなんかあっちの方がしっくりきたの」
「変則的な使い方に味占めてんじゃねーよ! 変な癖覚えやがって」
はあ、と。
ヴェニ君は何だかやたらと深い溜息をついて。
それから私達にチラリと物言いた気な視線を寄越してきました。
あれ? ヴェニ君、どったの?
きょとんと首を傾げる、私。
いつの間にか私のすぐ隣まで駆け寄ってきていたミヒャルトとスペード。
並んだ私達の全身を、安否確認とばかりにヴェニ君は目でチェックして……一瞬だけ心配そうな表情をしたんだけど。
それも大丈夫そうだと見るや否や、即座に剣呑な目付きに変わった。
「こ、の、無鉄砲チビ共が……!」
何故か……いや、何故って疑問に思うまでもないか。
当然とばかりの自然さと、こっちが納得できるだけの気迫でもって。
ヴェニ君の振り上げた拳骨が、メイちゃんの脳天にヒットしました。
間を置かず、スペードやミヒャルトの頭上にもぽこんぽこんと拳が振り下ろされます。
か、加減はされてるんだろうけれど……!
充分に痛い!!
「あうっ」
「ぐぁっ」
「いたっ」
痛みに硬直する、私。
頭を押さえたまま、気まずそうな顔で腰が引けているスペード。
さりげなくそんなスペードを盾にするミヒャルト。
剣呑さをますます濃厚にしながら、苛立ち混じりに舌打ちするヴェニ君。
苦々しげな顔で、即座に怒られました。
「な・ん・で、大人しく俺の助けを待ってられねぇんだか……! お得意の逃げる・隠れる・忍び寄るはどうした、あ゛あ? 何を素直に特攻かけてんだ馬鹿共が!」
「で、でもでもでもねっ? ヴェニ君、状況がね?」
「そ……そうそう! 背後から狙い撃ちされるよりゃマシだろ!?」
「待っていられる状況じゃないのに無茶言わないでよ」
「それもやりよう次第だろうが……! お前らの技能なら敵に真っ直ぐ突っ込むより斜めに逸れて森の茂みにでも飛びこみゃ時間の稼ぎようはあっただろ!? 俺がお前らの能力、把握できてねぇとは思うなよ!」
「ヴェニ君! げんこ、拳骨は勘弁……!」
「いけ、スペード! ヴェニ君を攪乱しろ」
「スペード、ごめんね!」
「俺、生贄!?」
目を吊り上げて、私達を怒鳴りつけるヴェニ君。
その振りかざした拳骨は、なんですか。
私達の脳天にぶつける気ですか?
ぶつける気なんですか!?
一発目はまぁ仕方ないので甘んじて受けます。
二発目はスペードを盾にして凌ぎました。
確かに言われた通り、特攻以外に時間の稼ぎようがなかったのかといわれると……うん、終わってみて今になって振り返って考えてみたよ。
結果は黙秘一択です。
そういえば最初は時間稼ぎくらいのつもりだったんだよね。
思いがけず血の気が多かったというか、闘争本能が良い働きをしたというか。
うん、メイちゃんってば自分で思うよりも闘争心が強かったようです。
いつの間にか相手を沈めること優先になっちゃって忘れてました。
いや本当に……時間稼ぎって方針はどこに逃げちゃってたんでしょうね?
気まずさから、ついつい目を逸らしてしまいます。
そんな私の反応から内心を汲みとったのか、何なのか。
ヴェニ君の怒り……に偽装された心配がますます加速した模様。
うん、そう……これって怒っているって言うよりも、要はヴェニ君の私達に対する心配がどれだけのモノだったかっていう発露なんだよね。
無茶・無謀に突貫しちゃった私達への心配。
……まあ怒りも部分を占めてるだろうけど。
ある意味では愛の鉄拳。
本当は甘んじて受けるべきなんだろうけどね?
普通に痛いのでご遠慮願いたいのが正直なところです。
だから話を逸らしましょう。
うん、少しでも殴られる結果を減らしたい。
「ヴぇ、ヴェニ君! 他の……アドルフ君のお父さん達は!?」
「あ? ……おっさん達なら向こうだ」
くいっとヴェニ君が親指で指した方角。
……目に見えない罠を警戒して立ち往生するオジサンが1人。
ちなみに他の2名はアジトの背後から回ってきたという他の残党狩りに加勢しているそうです。
「……あのおじさんは立ち往生してるのに、ヴェニ君はどうやって此処まで来たのー?」
素朴な疑問です。
でも素朴なだけに、無視できない。
実のところをいうと、まだ罠が残っていて危険な一帯。
この人、どうやって突破して来たんだろ……?
気になったので聞いてみたら、ヴェニ君の目がなんか生温くなった。
「ミヒャルトの奴が木を伝って移動してたろ」
「うん、してたね」
「アレ見て思い至ってな。確かに地面の上は罠だらけだが……木の上はそうでもなかったから、そっち使って移動したんだよ。思いっくそ遠回りになった上、駆け付けた時には獲物も一匹しか残ってなかったけどな」
「お、おお……身軽なヴェニ君だからこその手段だね」
少なくとも、足止めを食っている賞金稼ぎのオジサンには無理そう。
複雑な顔で同じことを思ったのか、ヴェニ君が深く溜息をつきます。
「これに懲りたら、もうちっと『程々』って加減も覚えろよ」
返す言葉もありません。
本当に、何も言い返せないよ……。
なんだか当初の想定とは色々と違っちゃった今回の賞金稼ぎ体験。
これが初級編なんだけど思ったよりハードだった……。
でもそんな中でも自分の戦闘スタイルを見直す糧になったり、やり過ぎは駄目って覚えたり。
それなりに得るモノも多かったんじゃないかな?
メイちゃんとしては、そう落とし所をつけて納得のできる体験学習でした。
没ネタ:メイちゃんのジャンプから着地のシーン
最初はこんなんでした ↓
(着地した場所は、)
素敵なことに魔法使いの背後でした。
丁度良いので、右手を振りかぶってゴンッとやっておきました。
獣人って本当に腕力強いよね?
見るからにひょろい魔法使い1人くらいなら、単純な腕力で充分に沈められるはず――!
書いた後で思い直し、着地箇所を「魔法使いの背後」から「魔法使いの顔面」に変更。
書いてみたら、そっちの方がなんだかしっくりきたんです。
羊獣人メイ(メイファリナ・バロメッツ) 8歳・♀
職業 見習いストーカー
装備 武器:初心者用の槍
防具:獣魔(風)の胸当て
防具:かぼちゃパンツ(下着とは別)




