7-12.突撃開始の合図
戦闘シーンって、どうやったら上手に描写できるようになるのでしょう。
さあ、中々に緊迫感の漂う状況です。
私と盗賊さん達、私とヴェニ君達。
比べてみると圧倒的に盗賊さん達の方が至近距離だよ!!
そんな状況下で狙われています。
人質は息の根が止まってさえなければ良いから、重症負わせても平気なんだってー……ってメイちゃん達は全然平気じゃないからね!?
人質(未定)を大事にしないなんて、あの盗賊(残党)さん達は三流以下のレベルに違いありません。
え、何のレベルかって?
勿論、悪党としてのレベルだよ!
不運なことに、森の中だっていうのに視界は結構開けていて。
生えている木もまばらなので、盾にしながら走るのは難しい。
草叢に身を隠せているのも、ほとんど『伏せ』の状態だから。
小柄な子供の身でも、全力で走って逃走するのは難易度高め。
だって盗賊(残党)、魔法使いが混ざってるんだもん。
こんな開けた場所で背を見せて走ろうものなら、背中から狙い撃ち確定です。
何しろあの人達、メイちゃん達の負傷に頓着してくれてないし。
でも、だったらどうする?
どうしたら良い?
考えたのは、一瞬のこと。
そうして出した結論は……
長年一緒に過ごしてきた感覚から、スペードとミヒャルトの大体の位置は何となくわかる。
そっちに視線をやると、草影から強い視線で目配せが返って。
私は2人の眼差しを見ただけで、悟りました。
あ、うん。
同じ結論に達したんだなぁって。
即ち 特 攻 あ る の み 。
逃げたらヤバいなら、逃げなければ良い。
背中を見せられないなら、むしろ真正面から相対しよう。
だったらむしろ、こっちから突っ込んでやれ!
2人の眼差しは、まるでそう言っているかのようでした。
ギラギラ輝く闘争本能剥き出しの目を見て、思いました。
……うん、そういえばこの2人、肉食獣の獣人だったよ。
アマゾネスなママさん達の、濃い血の繋がりが感じられました。
ヴェニ君達が駆け付けるまでの時間稼ぎでも構いません。
特攻→攪乱、この流れで何とか……
「づぉわぁぁあああああああっ」
「げっ誰だこんなとこに罠なんて……!」
「ぎゃっ」
……遠く後方から、何やら野太い声(×3)が聞こえてきたような。
き、気のせい……うん、きっとそう、気のせいだよね! ねっ!
ちらっと後方を窺ってみると、そこには何やら網に掛って宙吊りになるオジサン達が……
あ、やば。
まだ解除していない罠に、どうやら味方が引っ掛かってしまったようです。
そして状況は更に踏んだり蹴ったりに推移しました。
「――皆、大変よぉ!」
「どうした、嫁さんっ」
「裏手の方から盗賊の残党が……ってなんでみんな網にかかってるのぉ!?」
「うわ……この状況で新手とか」
「状況を見るにあの魔法使い達が陽動だったのかもしれない。子供達を人質に取り、此方の注意を引く隙に……ということじゃないか」
「やべぇな。チビ共を助けに行きてぇんだが……」
「あの子たちが仕掛けた罠が、最大の障壁と化している。さて、どうしたものか……とりあえず僕と嫁さんは裏手に回って残党の相手をしておこう。君はあの子たちを助けてやってくれ」
「俺だけで、かよ?」
「これでも僕は君の実力を買っている。君だけで何とか出来なくても、あの小汚いオッサンどもを網から出してやれば随分と変わるだろう。とりあえずこっちも時間がない。背中から攻撃されるのは嫌だろう?」
「うわー……仕方ねぇな」
……うーん、どうしよう。
聞こえてくる声から判断して、どんどん状況が逼迫している気がするよ。
ヴェニ君がオジサン達を助けて、罠を掻い潜りながらどれだけの時間をかけるのかわからないけれど。
駆けつけてくれるまで、敵を攪乱しながら時間を稼ぐしかない、かな。
それくらいしかメイちゃん達に出来ることはなさそうです。
逃げ隠れる、って選択肢を除外したらね。
元より逃げ隠れする気がないんだから意味のない選択肢だし。
まだまだ、まだまだ絡め手を普通に使う人間相手に研鑽なんて積めてないけど。
やれるだけ、やろう。うん。
私は覚悟を決めて、背負った武器に手を伸ばしました。
ヴェニ君が選んでくれた、私の武器。
パパとお揃いの、槍を手に。
やれるだけ……やるよ!
――行動開始。
ミヒャルトとスペードに目配せで合図を送り……
タイミングを合わせて、私は真っ直ぐ駆け出しました。
前に、前に……魔法使いの、真正面に!
いきなり自分から突撃してくる私達に、盗賊の小集団が驚き、動揺に揺れるのがはっきりと見えました。
魔法使いを中心とした、4人の男達。
例え足止めに留めるとしても……数に勝るというだけで、危険な人数。
でも、真っ向から真っ直ぐ向かってくる人って、結構怖いよね。
それが全力疾走で、思った以上に速かったりすると特に。
私の足は、パパ譲りの速度を誇ります。
馬の獣人に劣らないって、かなり凄いんだよ!
姿勢をやや低く保ちながら、私は駆けました。
ほぼ同時に走りだしたミヒャルトの姿が、うっすら木陰の向こうに見えます。
位置的にどうやらメイちゃんよりも恵まれた地点にいた模様。
木陰に跳び込める位置にいたのなら、逃げれば良かったのかもしれないけど……やっぱり足下に罠の残っている状況だと、セルフ足止めのせいで逃亡にリスクが付きまとうもんね。
敏捷性と身軽さを生かして、ミヒャルトが樹上に跳び移る姿が見えました。どうやら、枝から枝へと移動するルートを選択したっぽい。
そしてミヒャルトよりも近い位置には、私に並走するようにして駆ける犬……じゃなかった狼くん。
スペードの急襲形態といっても良い、この姿。
まだまだ子供でも、獰猛な獣です。
それ、突撃ー!
突っ込む私達に、気を取り直したらしい盗賊達が身構える。
そのまま私達を捕まえてやろうって腹なのでしょう。
でもね。
ただただ素直に突っ込むばかりだと思わない方が良いよ?
「えいっ」
軽く右手を振りかぶって、放った一撃。
さっき身を起こす前、咄嗟に手に握りこんでいたモノ。
メイちゃんの拳よりちょっぴり大きめの岩石です。
そして右手には、スペードお手製の投石紐が装着されていた訳で。
「――がふっ」
あ。命中した。
……牽制程度になれば良いなぁなんて考えて投げた一石でした。
でも結構命中精度良かったみたいだよ、投石紐。
うん、狙ったのは頭か顔面か、ってところだったんだけど。
ハズレがむしろ大当たり、みたいな状況に……。
魔法使いの左手側にいた、ナイフを構える小汚い男。
その喉元ど真ん中に投げた石が命中しちゃう瞬間が、鍛えたメイちゃんの動体視力はハッキリと見止めていました。
わあ、やっちゃったよジャスト☆ミート……
怯むかなぁ、なんて出来心。
結果は「やったね」というよりもむしろ「やっちまったね……」って感じの効果を意図せずして発揮してしまいました。
……命中したナイフの人、物凄い苦しみ悶えてるよ。
涙の滲んだ眼差しが、確かな殺意を宿して此方をぎらっと睨みつけています。
ふ、不可抗力だよ! 先に害成そうとしたのはそっちだからね!?
心の中で相手に聞こえもしない言葉を重ねつつ、メイちゃんの右手は第2投を繰り出していました。
投げたのはやっぱり、メイちゃんの拳よりちょっぴり大きめの石塊。
スペードの作った投石紐は高性能でした。
でもそう何度も……っていうのは無理があったみたい。
私が再度めげずに投げつけた石は、喉を押さえて蹲っていたナイフの人の頭部に命中して。
それとほとんど同時に、盗賊の魔法使いが杖を掲げた。
「喰らえ、ひつチビ……!」
羊とチビを掛け合わされた!
新感覚の呼び名に反応する暇すら、私にはありませんでした。
何と呼ばれたのか認識するのが先か、相手が先かというタイミングだったから。
何がって?
……魔法使いが、私に魔法を放ってきたのが、です。
それは衝撃波の様なナニかでした。
ぶわっと魔法使いを中心にして、物凄い勢いで空気が押し流される。
波状に広がる風に、風圧に、吹き飛ばされる……!
獣姿で重心が安定していた分、スペードは姿勢を低くし、地面に四肢の爪を立ててまだまだ耐えている。
視界の端に見えたのは、ミヒャルトが木の枝にしがみ付いて身体を支えているところ。
2人とも、まだまだ頑張れそう。
だけどメイちゃんは……足下で、蹄カバーがずるっと滑る感触がした。
やべ。
そんなに体重が軽いつもりはなかったんだけどな……。
私の体は堪えきることも出来ず、吹っ飛ばされた。
このままじゃ……地面か木の幹かに叩きつけられる!
吹っ飛ばされて流れる光景。
遠ざかる向こう側に、魔法使いの脇から男達が前に出つつある光景が見えた。
身動きを封じたところを、押さえようって腹だね!?
魔法使いの風はもう止んでいた。
でもその影響は、私達に確かな影響を残している。
ミヒャルトとスペードはそもそも押し寄せてくる風圧に耐えきったものの、全身に過度な力を流した余波で硬直しているみたい。
あの様子じゃ、咄嗟に身体は動いてくれない。
今の2人は隙だらけだ。
そしてメイちゃんも……次の瞬間にはそうなる。
吹っ飛ばされた私が叩きつけられるなり着地なりした瞬間、きっと姿勢が崩れて隙だらけになる結果が予想できた。
あれ。
これって万事休すってやつかな。
え、ここで私達、終わり。
捕まっちゃう?
捕まっちゃうの?
相手は私達の命に頓着していない。
最悪、死ぬ……?
思い至った瞬間、胸の内でぐわっと感情が湧きあがりました。
こんな相手に屈して良いのでしょうか。
否、そんな訳ないよね。
私のやるべきことはまだ何もやれてない。
私の目標は、まだたったの1つも達成出来ていない。
そんな中途半端なままで、敗北を喫していいものでしょうか。
良くない。
怒りの力か、火事場の馬鹿力か。
ぐわっと湧き上がった感情……憤りが存在を増した瞬間。
メイちゃんの身体に力が漲りました。
うん、あれだよやっぱり。
メイちゃん8歳にして、火事場の馬鹿力が発動したようです。
もう考えるよりも前に体が動いていました。
これは野生の力でも目覚めたのかと自分でも吃驚なんだけど。
考える暇もないと、ぐいぐい動いていたんです。
まるでこれが身体に沁みついた条件反射だとでも云わんばかりに。
私はきっと木の幹に叩きつけられるはずだったんだと思う。
頭から吹っ飛ばされて身動きも出来ないまま、頭か背中を直撃して。
でも、そうはならなかった。
吹っ飛ばされても、メイちゃんが頑なに握っていたモノ。
槍。
それが私の未来の明暗を分ける鍵でした。
撤去していた張本人なので、チビッ子たちは罠が確実にない場所、安全な走行ルートを把握しているようです。
そうじゃない人は…… → 賞金稼ぎのおっさん達。




