7-10.襲撃の夜(※する側)
誤字訂正
正気稼ぎ → 賞金稼ぎ
私達の配置場所として指定されたのは、森の闇に潜む木の上。
アジトを三方から囲むように、分散してのこと。
樹上に隠れた私達が闇にまぎれ、見守る中で。
ヴェニ君と賞金稼ぎのグループによる襲撃は口火を切りました。
木陰から飛び出すようにしてまず走り出したのは、アドルフ君のパパらしい熊の獣人さんを筆頭にしたオジサン3人組。
彼らは即座に事前で打ち合わせた配置に位置を取ると、それを確認してからヴェニ君と豹のお姉さんが盗賊のアジトと化した廃神殿に近付いていきました。
段取りは、こうです。
武器の取り回しに結構なスペースを要するオジサン3人衆と、狭い場所では甚大な被害を出すこと間違いなしの魔法を使う魔人のお兄さん。
この4人は誰がどう見ても明らかに、室内戦闘向きじゃありません。
それでなくともねぐらにされている打ち捨てられた小神殿は狭っ苦しそうな建物です。半分くらい崩れて居住に耐えなくなっちゃってるし、なんかメイちゃんの家より狭そう!
そんなところに彼らが突っ込んで行ったところで、役立たずになり下がるか同士討ちの憂き目に遭うかに決まっています。
だからといってヴェニ君と豹のお姉さんだけでは決定打に欠ける、の……かな?
少なくともヴェニ君は自身が『教材』であることを意識しているので、メイちゃん達に戦闘を見せて教えることを優先する気みたい。ヴェニ君以外の人が真似できないような真似は自ら禁じ、今のメイちゃん達のレベルに合わせた戦い方を実演するつもりなんだと思う。
豹のお姉さんは小回りの利く戦いも得意らしいけど、1人で18人以上の盗賊さんを相手取るのは無茶というもの、だとかで。
そこでヴェニ君と豹のお姉さんがアジトに突撃し、盗賊達を広い場所の確保できる外まで追い立てる作戦に決定しました。
なんだかあれだね、追い込み漁に似ているね!
追いたてるっていう作戦なら、ミヒャルトとスペードの用意した燻し草その他もとってもお役立ちだと思うよ。
ただし自爆が怖い。
獣人の私達は人間よりも鼻が利くので、自爆が怖い。
燻し出すって作戦自体はとっても有効だと思うんだけどね!
ヴェニ君と豹のお姉さんとで盗賊達を外に追い出して。
そこを待ち受けていたオジサン達と挟み打ち!
あらかじめ有利に立ちまわれるように整えた場所を使って、盗賊達を一網打尽の予定です。
魔人のお兄さんは風と土の魔法が得意だとかで、盗賊達を上手く『場』に誘き出した後は、逃げられないように地形に手を加える予定だとか。
それも合わせて、メイちゃん達は視界を確保し易い樹上待機。
でもただ見ているだけじゃなくって、私達にもヴェニ君より大事な仕事が任命されております♪
ずばり、盗賊達の逃亡阻止。
森の奥なんて追跡に無駄に労力が必要だし、そのまま行方を見失って取り逃がすかもしれない。
だから森の中に逃げ込もうとする盗賊がいれば、高い視点と頭上っていう位置の利点を生かして妨害するんだよ!
直接戦闘は禁じられているんだけどね。
だったらどうやって妨害するか?
簡単です。
主に石とか、簡単に投げつけられるモノを目いっぱい投げます。
何か投げつけろ、との指示に。
じゃあ何を投げる?ってことで、スペードはその辺で確保し易いお手頃サイズの石をごろごろ拾って来ました。
……中にダイヤモンドの原石が混じってたんだけど、どこで拾って来たんだろ?
前世の世界じゃ仮にも世界一固いと言われた名声を信じて、全力で振りかぶろうと思います。
対して、洒落にならないのがミヒャルト。
ほら、ミヒャルトってば街を出る前に準備と称して色々ヤバげな物を調達してきてたから。
奴は嬉々として癇癪玉(危)を投げる気です。
他にも色々と、本当に色々と持っているようで……
「メイちゃん、これ使って」
そう言ってミヒャルトが差し出してきたのは、なんだかたぷたぷした手のひらサイズの……水? ううん、もっと粘度の高いナニかだ。
暗褐色の、液体っぽいナニかが詰められた、これは……
「豚の、腸?」
「そう、母さんが腸詰め作ってるところを見て思いついたんだ。あまり強度は高くないから、投げつけたら弾けて中身を周辺にぶちまけるようになってる。扱いには気を付けてね?」
「ってことはこれ、ミヒャルトのお手製なの? 中身はなぁに?」
「こっちの赤黒いのは、唐辛子とトマトを煮詰めて作った特製の色薬。特殊な染料も混ぜてるから、皮膚や布に吸着したらどんなに洗っても染めても20日間は色落ちしないよ」
つまり、お手製カラーボールの凶悪版……ってこと?
全身が真っ赤に染まったら、それは目立つよね。
逃亡を許しても目撃証言を追えば足跡が追える。
つまり逃がした後で捕まえやすくする為の布石みたいなもの?
「こっちの青黒いのはスペードが泣いて嫌がる悪臭液。強烈なニオイだから人間でも簡単に足跡を追えるようになる。ただ、僕たち獣人には本当にきついけど」
「ミヒャルト、これ立派な危険物だよ! 凶器って言って良いと思うの……どうせこれも、洗ったって香水かけたって取れないって言うんでしょ」
「うん、当然だよ?」
その他にも出るわ、出るわ……。ごろごろと。
よくぞここまで、投げつけられたら泣くほど嫌なものを揃えたものです。スペードが泣いて嫌がるヤツとか、実験したの? ねえ、実験したの?
色々と各種取りそろえられちゃった、凶悪なラインナップ。
更にはスペードがパパさんに教わったとか言って、その辺の蔓草から即席で原始的な投石紐なんか作ってくれちゃったよ。3人分。
……うん、状況が悪化した気がしないでもない。
イヌさん家のパパ……なんという危険物を。
あの家は子供に何を教えているのか、時々謎。
確実にスペードのサバイバル技術が私達3人の中でダントツ高いのはあのお家の教育の賜物だと思うな!
私達の中で生存能力が1番なのは、スペードかもしれない。
石を投げるにしろ、物騒なアイテムを投げるにしろ。
相手は確実に私達よりも人数が多くて、もしも全員が全員一斉に森に逃げ込もうなんてしたら、3人だけじゃ食い止めるなんて出来ない。
それでも牽制程度にはなるし、足を鈍らせることはできると思う。
後はさっき、ミヒャルトやスペードと設置しまくった罠に、盗賊さん達が自ら引っ掛かるのを待とうと思います。
うん、アジトから飛び出してきた矢先に引っ掛かるように罠の設置はしたけれど。
実は罠を仕掛けたメインの場所は、木陰とか木と木の間とか……つまり、森に飛び込んだ現場狙い。
中には洒落にならない罠もあるので、最終的には盗賊の安否が不明に終わりそうな予感がします。
暗闇の中でより動きやすくする為に、なのか。
ヴェニ君は街をさっきまでまた獣性を抑制して、人間みたいな姿になってたんだけど……やっぱり暗い中で動くなら、状況を把握するに有利な力は使った方が賢明。
ヴェニ君は兎の耳を再び露にし、被っていたフードの隙間から引っ張り出して顔の横に垂らしています。
ひくひくと時々動くのは、アジト内部の『音』を探ってるんだと思う。
物陰に巧みに潜みながらアジトへ迫り、豹のお姉さんがあっという間に見張りを夢の世界へ旅立たせました。
手際よく縛って拘束していく隣で、ヴェニ君は表情も変えずにアジト内部の音を聞き分ける。
やがてヴェニ君が手振りで、豹のお姉さんに『突入』の合図を出しました。
最初は、音もなく。
闇よりも静かに。
まるで隙間風みたいにするりと入り込んで……
見えなくなった2人の、奇襲が成功するのを待つ。
やがて、寝静まっていたらしいアジトの中から。
なんだか、えらく盛大にド派手な騒音が鳴り響き始めました。
あ、うん。
耳が痛くなりそうな金属音と、悲鳴が聞こえた。
すっごい野太いやつが。
なんだか凄まじい音がするけど……中で何が起こってるのかなぁ。
やがて、窓の1つが大きく開いて。
「もうっやってられっか!!」
這い出すように身を乗り出した、むさ苦しくって汚い身なりの男。
その頭上から。
ぼすっ!
「げほっ!? げふっげふげふ……な、なんだぁ!?」
メイちゃんが仕掛けておいた、チョークの粉もたっぷり黒板消しが落下してきました。
位置とタイミングの調整に成功したらしく、見事に頭部に的中。
ぶつかった衝撃で噴き出したチョークの粉に盛大にむせて、男は窓枠を掴んでいた手を滑らせました。
体勢を崩したのか、後ろから誰かに押されたのか。
男はそのまま窓の外に。
……あ。
転がり落ちた男は、そのまま顔から突っ込みました。
スペードが仕掛けておいた、落とし穴に。
あの穴の中には、雪水晶の粉っていう危険なアイテムが……
「ぶひゃぁっ」
暗いくらい真夜中に、大きく響く剣戟の音。
そんな最中、ひとりのおっさんの汚い悲鳴が情けなく響きました。
でもその声は、もう聞こえません。
だっておっさんは、そのまま氷漬けになってしまったんだから。
取扱要注意アイテム、【雪水晶の粉】。
これは北方からの輸入品で、遠国ではごく普通に流通したお手軽な魔法の品になります。
ご家庭ではごく少量を食料保存の為に使うのが一般的。
生産国の輸出品では目玉商品らしく、広く安価に提供されます。
その効能は、衝撃を受けた際に接触していた有機物を凍らせてしまうこと。
最初はそれが可能って知られてなかったんだけど……色々と事故が起きた結果、実は生き物も凍らせることができるって判明して、物議を醸しているアイテムでもあります。
凍っている間は凍結してしまったモノの時間が止まる効果がかかっているらしく、万が一事故が発生して生きたまま凍らせられてしまっても、解凍すれば異常なく復活できるんだけどね。
最近ではその効能に目を付けて危険生物や囚人の移送に使われる一方、密猟や違法生物の闇取引でも使われているとかで……うん、ちょっと問題になっている話題の品だよ。
既に一般に普及してしまっているので、取り締まりは大変みたい。
空気中の水分を取り込んで『凍結』の作用を発動させているらしく、瓶詰なんかにして密閉すると衝撃を与えても効果は出ない。
それもあって手軽に持ち運べるんだけど、それって悪用の幅を広げているよね?
今回の、私達みたいに……ってあれ? 犯罪者の補縛になるんだから、これは悪用にならないのかな? 善用って言っちゃって良いのかな?
夜の、闇の中。
悪ノリした獣っ子たちの仕掛けた本気の罠。
突入してきた襲撃者に押し出される形で、盗賊達は次々とアジトから飛び出してくる。
そんな彼らを襲った、悲劇。
洒落にならない罠が、次々と炸裂していった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「……チビ共、容赦ねぇな」
逃げる為にねぐらの外へ向かい、一歩目を踏み出したところで状況も理解できぬまま驚愕の悲鳴を上げて行動不能に陥る盗賊、続出。
その数はなんと、ヴェニ君の立てた想定を超えていた。
ご丁寧にドアから逃げた盗賊は、難を逃れた。
窓から出ていくという行儀の悪い行いに対し、10歳にもならない子供達の遠慮は欠片も残っていなかったようだ。
まあドアから逃げた者達も、本当の意味で難を逃れたとは言い難いものがあったのだが。
「いらっしゃいませー」
「カモォン、ロクデナシども」
何しろねぐらの外には、逞しい肉体を曝す屈強な戦士が待ち構えていたのだから。
3人しかいないとはいえ、彼らの持つ凶悪な武器の放つ威圧感は凄まじかった。
盗賊達の本業は盗むこと、奪うこと、殺すこと。
決して戦うことではない。
今まで哀れな被害者達に対しても、まともに戦おうとしたことは1度としてなかった。
それも彼らにとっては、命のやりとりというよりも作業に近かったのだろう。
決してまともにやり合おうとはせず。
姑息に、卑怯に、最悪に。
相手の尊厳を踏みにじるような手段で以て略奪を成功させてきたのだから。
彼らには元より、真っ当に立ち合うという発想がない。
自分達よりも圧倒的弱者を一方的に虐げたことはあれど、見ただけで同等以上とわかる相手に真っ向から対峙したことなど皆無だ。
数の差を頼みに圧すというのならば、まだしも。
この、闇の混迷の中。
まともな指揮など存在せず。
集団戦の強みを知っているにも関わらず、連携は取れない。
所詮は統率力の低いゴロツキの集団。
危機に際し、我も我もと逃げを打つ者が多すぎた。
本来の指揮系統は既に機能していない。
まとまりのない集団は、蹂躙という言葉を唯々諾々と受け入れるしかない。
数の強みを活かしきれない集団など、脆く儚いモノだった。
そうして、安全な木の上から子供達が見ぶt……見学する中。
鬱憤を貯めて大人げのない衝動を溜めこんだ大人達による、一方的な戦いが幕を開ける。
彼らに賞金首を逃がす気は、更々ない。
途中からアジトの中に突入したヴェニ君や豹獣人の女性も参戦し、盗賊達は更なる混迷の中で確実に追い詰められていった。
「森へ逃げ込んだ人達の為に色々仕掛けたのに……この分じゃ、無駄になりそうかな」
対人戦の時に大人達が何に注意しながら動いているのか、だとか。
どのように動き、どのように相手を無力化していくのか。
真剣な眼差しでそれらを観察しながら、ミヒャルトがぽつりと呟く。
折角イロイロしかけたのにな……と。
この分では森まで逃げ込める盗賊などいないだろう。
魔人の青年が、さり気無く魔法で土を操作し、森への退路を障害物まみれにしていく。
それらを乗り越えながら、背後から追ってくる戦士に対応できる盗賊などいないだろう。
木と木の間に、賞金稼ぎのオジサン達を参考に丁度足が引っ掛かる位置を調整してロープを張り巡らせたり、だとか。
1m感覚で延々と草を結んで回ったりだとか。
そういった地道な仕込みが無駄に終わった。
そのことを察して、ミヒャルトやスペードはちょっとだけ残念な気持ちでいっぱいになる。
残念、残念と呟きながら。
罠を放置しておいたらアドルフ父あたりが引っ掛からないかな、と。
当人達がまさに今、戦っているところを見ながら、ぼんやりとそんなことを考えるのだった。
アドルフの親父さんは、知らない。
自分がちょっと息子を唆した、ほんの悪戯のつもりだった去年の夏。
子供達がそれをきっかけに覗きなんて行為に及ぼうとしたことで……今でもまだ、しっかりと、ミヒャルトが根に持っていたことを。
翌朝。
ほとんど徹夜での戦闘続きで意識が散漫になった熊獣人のおっさんが、うっかり注意を怠って撤去しそびれた罠に引っ掛かり、森の木立の間で逆さ吊りになった姿のまま発見された。
ちなみに小林は小学校6年生のとき、教室のドアに黒板消しを仕込んで担任をナチュラルに驚かせたことがあります。
そして誰も止めなかったという。
むしろいつもは授業が始まろうと騒がしいみんなが無言で見守っていた辺り、ノリの通じるクラスでした。
残念ながら命中はしませんでしたけどね!




