7-9.万端すぎる下準備
「――とりあえず、こんなものかな」
ミヒャルトが納得色の顔で、深く頷きました。
この時点で盗賊のアジト発見から、実に3時間くらい経ってるんだけど。
どの道、盗賊達を一網打尽にする為には、それなりの時間と準備が必要。
仲間が他の場所に分散していたら、ここにいる盗賊を捕まえても残党を出しちゃうから。
なるべく、夜の遅い時間。
盗賊達が完全にねぐらに戻ってくる頃合いを見計らって襲撃する予定。
これ以上遅くなったら、残りの仲間の帰りは明日だろうねー?って頃にねぐらの中の盗賊を叩きのめして、残りは帰ってきたところを待ち伏せてガツンとやるんだって!
だから実際に襲撃するのはもうちょっと遅い時間だよ。
「……まだ余裕あるし、もう少しイロイロ仕掛けておこうか」
「おい、まだ何か仕掛けるつもりだってのか……?」
ミヒャルト的に罠の量も最低ラインはクリアしたみたいだけど、まだ満足するほどではなかったみたい。
空の月の位置を見て時間の猶予があると気付くと、更なる罠の設置に着手し始めました。
そんなミヒャルトの様子を、アドルフ君のパパが戦々恐々とした面持ちで見守っています。
……訂正します。遠巻きに、敬遠しています。
「おぅい、ミヒャルトー? 雪水晶の粉ってまだ残ってるか?」
私やスペードは、罠の設置に関してはむしろミヒャルト側に同感だったのでいそいそと罠の量産を再開したけど。
「アレね。まだあるけど、仕上げ用に少し残しといてよ」
「了解。代わりにこれ使うか? そこの茂みの奥で見つけた」
「これは……漆?」
「おう。めちゃくちゃかぶれそうだろ?」
「ふふ……良いね」
「ついでにサイケな幻覚と親しくなれるって笑い茸も見つけたぜ?」
「スペード、君ってば天才だね。森の中限定で、だけど」
「一言余計なんだよ、お前はぁ」
わあ、男の子の友情が繰り広げられてるー。
いっつもこうなんだよね!
いっつも、本当にいつも2人だけ仲が良いんだから。
一緒にいるのにメイちゃんだけ仲間外れにされる度、拗ねそうになるのは仕方ないと思う。
でも、良いもん。
スペードとミヒャルトが2人だけで仲良くするんなら、メイちゃんは他の人と仲良くするだけだもん!
「ヴェニくーん」
「ん、どした?」
「あのねあのね! メイ、あのアジトの窓枠にガラス片と有刺鉄線仕込んだらどうかと思うんだけど!」
「お、おお……そうか」
「ねえねえヴェニ君はどう思う!?」
「あー……おら、それよりそろそろお前も仮眠取っとけ。今日は徹夜仕事なんだから少しは寝とかねぇと体が保たねぇだろ」
「めっ? えうぅ……毛布投げつけないでよぅ」
「森の中つっても夜はやっぱ冷えるしな。毛布でも被って大人しくしときな」
私の頭に覆い被さるように投げつけられたのは、メイちゃん愛用のお昼寝毛布。
いつもは修行の合間、あの公園でお昼寝する時に使ってるヤツなんだけど……身軽なのを好みそうな感じなのに、ヴェニ君の荷物がやたら多いと思ったら。
こんな物を持ち込んでいる辺り、ヴェニ君の面倒見の良さが天元突破しそうです。
現に、今だって。
メイちゃん8歳の身体を毛布でぎゅぎゅっと包んで大人しくさせた後、仕方ないって言わんばかりのお顔でね?
「やれやれ」なんて呟きながら、立ち上がるヴェニ君。
その小脇に抱えているのは、メイちゃんのと色違いの毛布(×2)。
うん、ミヒャルトとスペード愛用のお昼寝毛布だね。
そしてヴェニ君は、無造作な歩みでざっかざっかと犬猫コンビに近寄って……
ぼすっぼすんっ
あっという間に2人を捕獲、毛布に包んで沈静化させちゃった。
そのまま2人ともいっぺんに抱えて戻ってくると、メイちゃんの左右に転がしました。
「ちょ、ヴェニ君!」
「何すんだよ師匠ぉ……まだ罠完成してねぇよ?」
「良いから大人しく寝ろ、お前らは。肝心の夜中にうとうとしても知らねーぞ!」
「「えー……」」
大きな栗の樹の下に、ちびちゃい獣っ子(×3)。
ころりと転がされて、団子状態も良いとこだよ!
ヴェニ君の手際は、末っ子とは思えません。
「ヴぇ、ヴェスター……お前、手慣れてんな」
「まあ、もう3年もこいつらの面倒見てるしな」
うんざりした顔で言いながらも、ついついメイちゃん達のお世話を焼いちゃうヴェニ君。
……もうそれ、習慣化してるんじゃないかなぁ?
とうとう、襲撃の時間がやって来ました。
待ちに待ったって言い方だとおかしいかもしれないけど。
そのくらいの気持ちで待っちゃうくらい、退屈だったから。
豹のお姉さんが「そろそろやるよ」と声をかけてくれた時は、思わずぴるぴるお耳がぴんっとしちゃいました。
暗視能力に優れるミヒャルトとスペードの目も、夜闇の中でぎらっと光ったのが見えます。
本当はちょっと怖い。
それに人が死ぬかも知れないって思うと、前世の世界で叩きこまれた根源的な恐怖が顔を出しそうになる。
「ヴェニ君これ持ってって良いよ」
「あ? なんだこれ……草束?」
ヴェニ君だけじゃ、なくって。
オジサン達や豹のお姉さんに、魔人のお兄さん。
思っても見なかった実行犯が増えて、ちょっとだけ気が安まってたけど。
いよいよだと思うと、心臓が激しく脈打ち始めました。
「【燻し草】と【幻覚枯れ尾】の束な、俺らで準備したんだぜ」
「お、お前……っ なんつう危険物を!」
でも暗い気持にはならなくって。
もう自分が楽しんでいるのか悲しんでいるのか、恐怖しているのか期待しているのか、怯えているのか意気高揚しているのか、その辺りが全然わからないくらいに、胸の奥で色んな感情がぐるぐると渦を巻いて混沌としていました。
「馬鹿か、お前ら……燻し草って独特で個性的な刺激に満ちた煙を発生させて目と鼻に大打撃のアレだろ。幻覚枯れ尾はゲテモノ系の幻覚に悩まされるってヤツだし。どっちも危険物じゃねーか!」
「やだな、ヴェニ君ってば。どっちも火を付けて焚かないと害はないから大丈夫だよ」
「火を付けるだけ付けて、盗賊どものねぐらに放りこんでやれば面白いんじゃね?」
「確信犯かお前ら!」
ただ、ひとつだけ言いましょう。
これだけは言っておかないと。
私達はここで、ちょっと離れたところで見学の予定だから。
いまから踏み込む人たちは、相手の根城っていう死地に踏み込む。
そこから私達に有利なように整えた場所まで、ねぐらの盗賊達を追い立てる。
それが大変なお仕事だって、思うから。
私は大声を出せない中、それでも精一杯の声で言いました。
「――ヴェニ君、頑張って。ご武運を!」
「あ……ああ、それじゃ行ってくるな。すぐに盗賊どもも外に引きずり出してやっから……お前らも気を付けろよ」
「うんっ、いってらっしゃい……!」
そうして、ヴェニ君は。
ヴェニ君達は、行ってしまいました。
……別に心配はしていなかったけれど。
何となく場の空気を読んで、シリアスな空気を作ってみたよ。
うん、なんとなく自分の性に合わないことは理解しました。
次の機会があるなら、その時はもっと明るく送り出そうと思います。
そうして、襲撃の夜がはじまるよ♪




