7-8.川へダイブだ盗賊道
ミヒャルト曰く、生き物っていうのは一度「上手くいった!」と思っちゃったら、無意識に同じ行動を繰り返しちゃうものだそうで。
更に言っちゃうと、ここは深い森の中。
帰巣本能が衰退した人如きが、何の道導べもなく経験も無く、道なき道を案内なしに歩けるものではないそうで。
ただの獣ですら同じ場所を幾度も幾度も、強制された訳でもなしに同じ場所を歩き続け、獣道を作るんだから。
人だって、『絶対に迷わない』という確信の持てるルートを守り、そこを常習的に使用しているはず。
迷うことが分かりきっていて、道なき道に踏み入るお馬鹿さんは子供か自殺志願者だけだって。ミヒャルトが。
例え何の痕跡も無いように見えたとしても、必ず何らかの足跡は何処かしらに残されているはずだってミヒャルトが断言する。
森に対する本能的な恐れから、習慣的に慣れた道筋をたどるなら、そこに無意識の導が残される。
何度も使った道ならば、尚更に。
自然と残された導べを辿れば、それは正しい道のりとなる。
それが、ミヒャルトの主張な訳で。
言ってることはわかる。
うん、言っていることはわかるんだよ?
でもね、正当な理由に聞こえるからって……
「ひ、ひ、ぶぇぇっきし……っ」
「鼻が! 鼻に水がぁ!」
「ごふぅっ」
初対面のオジサン達を川に蹴り落とすのはどうかと思うの。
というかよく蹴り落とせたね、ミヒャルト……。
相手はバリバリの戦闘職で、体格にも恵まれた中年男性3人。
まだ9歳で体重も軽ければ力にも劣るミヒャルトがそんな相手を蹴り落とすとなれば、余程の隙を狙わないと。
え? 足下が不安定な位置に立った瞬間を狙った?
背後から蹴り落としたことといい、確信犯だね?
「御丁寧にそれぞれ馬鹿みたいに重い武器を担いでるんだから、狙わない手はないよね。うまくタイミングを合わせて、武器の重量を川側に傾けてあげれば……御覧の通りだよ、メイちゃん」
「わあ、ちょう晴れやかな笑顔―……見事なまでに反省はなさそうだね、ミヒャルト」
「――おいこら猫っ子!! 俺らにいってぇ何の恨みがあるってんだ!?」
とっても清々しい顔をしたミヒャルトに、当然ながらオジサン達から大抗議のブーイングが飛び交いました。
でもミヒャルトったらどこ吹く風!
むしろしれっとしてオジサン達を川の上から見下ろします。
「ごめんね、オジサン達。丁度いい年恰好の人達ってオジサン達しかいなかったから」
「丁度いいでお前は赤の他人を川に蹴り落とすんか!?」
「今は共同戦線を張ってるんでしょう? 赤の他人じゃなくって仲間らしき何かじゃないのかな。遠慮は無用だと思ったんだけど」
「仲間を蹴り落とすってどういう了見だ、おい……」
「っつうかこのガキ、仲間らしき何かって言いやがったぞ」
「仲間かどうかの定義すらあやふやじゃねーかっ!!」
川の底で、濡れ鼠と化したオジサン達。
尤もな抗議に、私だったら反論の余地もないんだけど。
ミヒャルトは、それはそれは満足げに良い笑顔だし。
「ねえ、オジサン達。僕に対する抗議はわかったけど、ちょっとお願いがあるんだ。その為に川に突き落としたんだし、折角だから一仕事引き受けてくれない? それが終わったら抗議でも何でも正座で拝聴するから」
「ああ゛? んだ、その上から目線!」
「お前どこん家のガキだ! 親元に怒鳴り込むぞ、おい!!」
「アルジェント領軍の上級士官、クルシュシュ・ネコネネ少佐の家の子供だけど?」
「「「げ……っ」」」
「ふふ、なにかなぁ。その反応?」
「絶対確信犯だ! 絶対確信犯だよあの餓鬼!」
「堂々と真正面から親の威を借ってやがる……悪びれもしやがらねえ!」
「僕の親のことは良いからさ、オジサン達ちょっとそこから、向こう岸……対岸まで何も考えず、歩きやすいところを選んで渡ってもらえる?」
「けっ……誰が礼儀知らずのガキの言葉なんt」
「ところでそこのオジサン、アドルフのお父さんじゃないよね?」
「……」
「初級学校の僕のクラスに、アドルフっていう熊っ子がいるんだけどね?」
「…………」
「その父親が去年、水練合宿の前にアドルフをそそのかしたらしくってさぁ……覗きは男の浪漫だとか、何とか?」
「………………」
「ふふ。冷汗凄いよ?」
「な、何が望みだ……っ!」
「「おい!?」」
「僕の望みは、さっき言ったと思うけど? 今ここで僕のお願い聞いてくれたら、明後日のアドルフの心の安全は保障するよ」
「畜生……ってめぇ、うちの坊主に何するつもりだ!?」
「トラウマって結構簡単に作れるよね」
「マジで何する気っすかこのお坊ちゃま野郎!?」
「アドルフの明るい笑顔を明後日も見たいなら、わかるよね?」
「く……っ人の足下見やがって!!」
ちなみに今日と明日は学校がお休みで、直近の登校日が明後日な訳だけど。
ミヒャルトが、ここぞとばかりに弱みをにぎにぎやってるよー?
うん、ミヒャルトってば超イキイキ。
私にはわかるよ。
ミヒャルト、遊んでるでしょー……?
そして「アドルフの身はメイ達が守るよ!」とは言えない私を許してほしいかな! 明後日は男女別の授業があるし、アドルフに何かがあってもメイちゃんにはどうとも出来ないからね?
ミヒャルトが、どんな意図で以てオジサン達に水中行進をさせたがったのか。
その答えは割とすぐに貰うことが出来ました。
ミヒャルトにせっつかれて川を渡り始めたオジサン達は、次第に顔を怪訝な表情に染めていって。
互いに顔を見合せて、首を捻りながら。
やがて3人のオジサンは、全く同じルートで全く同じ川岸に身体を引き上げたんです。
そこはオジサン達が蹴り落とされた場所の丁度対岸位置から、下流に300mくらい行ったあたり。
偶然で3人ともが同じルートを選び、同じ地点から上がったのかな? でもそれは不自然ですよね?
「妙だ……すっげぇ、妙に歩きやすかった」
「足場、通ったとこだけあんま石がごろごろしてなかったよな?」
「なんつうの……? 事前に誰かが足でならした道に感覚が似てるぜ」
川から上がったオジサン達は、揃ってやっぱり同じく怪訝な顔をしていました。多分オジサン達自身が1番不自然だと感じてたんじゃないかな。
彼らは説明を求める目を、ミヒャルトに向けていました。
「情報によると盗賊達の年齢層は主に青年から中高年。体格に恵まれた男が多いって話だから」
「それがどうしてオジサン達を川に放りこむ話になったの?」
「この中で盗賊達に身体条件が最も近いのは、あのオジサン達だよね」
だからこそ、オジサン達が歩き易い場所を選んで川を渡ることに意味がある。
盗賊達に体格が近いってことは、歩きやすい場所や歩き方の感覚も似るってこと。
そう、つまりは。
ミヒャルトは川底にあって視認できない、盗賊達の獣道……盗賊道とでもいいましょうか。それを引きずりだしたんです。
似たような体格のオジサン達を、実際に歩かせることで。
「さっきも言ったけど人って無意識に繰り返すイキモノだし、安全が保障されれば踏襲したくなる。水辺を使って痕跡を消す程度には頭が回るみたいだけど……そもそも此処に至るまでの追跡を許すくらい、痕跡の隠蔽が杜撰な集団みたいだから。毎度使うルートを変えるなんて用心深さとは無縁みたいだね」
そう言うミヒャルトは、どうってことのない顔で。
得意げになるでもなく、淡々とした受け止め方をしていて。
薄い微笑でずぶ濡れのオジサン達を戦慄させていました。
やがて程無くして。
オジサン達が体を張って見つけたポイントの付近を探索していたスペードと豹のお姉さんから、「痕跡を発見した」という朗報が上がりました。
途絶えた道筋は、再び結びつけられて。
盗賊さん達の追跡、再開です!
それからも何度か盗賊達による目眩まし的なモノがあったんだけど。
それも全部、ミヒャルトの指示通りの場所をスペード達が探索したら新たな痕跡を発見、という流れがパターン化しました。
盗賊が頑張って知恵を凝らしたっぽい引っ掛けも偽装も、全部ミヒャルトに取ってはお見通しだったみたい。
「ミヒャルト、なんでこんなに追跡上手いのー……?」
正直、差をつけられたみたいで悔しい!
将来ストーカーになる為にも、その技術は私こそ磨くべきなのに!
ミヒャルトはメイちゃんにはない発想を持ってるんだと思う。
なんだかいちいち盲点を突いてくるんだよね。
ずっと一緒に育ってきた分、差をつけられると負けん気が刺激されます。
じとっとした視線を送る私に、ミヒャルトはひょいと肩をすくめました。
「それはまあ、実地で鍛えられたからね」
「ヴェニ君との追いかけっこのこと? それならメイだって、メイだって……ううん、むしろメイが主体になってやってたのに……」
「………………。まあ、そう思いたいんならそれで良いけど」
「め?」
そうして猫と狼と豹という、森の中に適応した獣人3人の執拗な追跡によって。
私達がとうとうその『アジト』を発見したのは、東の空にまんまるなお月様が浮かび始める頃合いでした。
外泊許可は一応貰っているけど、パパが発狂しないかちょっと心配になっちゃう闇の中。
森が作る深い暗闇が、潜む獣の息使いに湿った空気を演出していました。
盗賊達の根城にされていたのは、朽ち果てて崩れかけた石造りの建物。
こじんまりとした印象程に小さな建物ではないのでしょうが、それでもやっぱり小さいと思ってしまうのは建物の種類も問題なのかな。
人々に忘れ去られ、雨風の中に朽ちて色褪せて。
そうしてそれでも今、忘れられても尚、かつての名残を留めた姿で森の奥に眠る建物。
それは、人々に忘れられた祠でした。
祠……いいえ、小神殿といった方が良いのかも。
そこは、名を失い魔物に身をやつした、かつての『神』を祀った場所だったのでしょうから。
ずっと前、セムレイヤ様が決着をつけた神々の戦争前は、地上でも多くの神様が信仰を集め、信奉者達に崇められていたといいます。
そんな神様達の為に沢山の神殿や祠が建てられました。
信仰のよりどころを作りたがるのは人の性ですね、きっと。
でも神々の戦争で、神は1柱、1柱と存在を失われていきました。
滅んだ神がいる。
そしてそれ以上に、名と力を剥ぎ取られて零落し、魔物へとなり下がった神々がいる。
そうなると信仰も生存している唯一の神、セムレイヤ様へのモノ以外は自然と衰退していき……
かつては地上を賑わせていた他の神々の信者や信仰の場は失われて行きました。
今でもちゃんと機能している神殿は、ほとんどセムレイヤ様のモノだけ。
それ以外の神殿はお世話する人もなく打ち捨てられ、放置の極みに陥っている内にどんどん失われていきました。
そんな、神殿の。
名残が目の前にある訳だよね、うん。
打ち捨てられた神殿は、誰も使っていないから犯罪の温床になる可能性がある……なんて。
そういえば『ゲーム』でもそんなこと言ってたよーな?
実際、こうして盗賊のねぐらとして使用されることは珍しくないんだって。
力の強かった神様の神殿だった場所は内部の空間が歪曲して謎の迷宮化するので犯罪者も手を出さないけど……こういう、小規模でお手頃サイズの祠っぽい神殿はまさによく例にあげられるくらい盗賊が住み着いているパターンが多いそうな。
あ、ちなみに『ゲーム』に出てきた『迷宮』の多くは力の強かった神様の神殿の、なれの果て……っていう設定だったから、現実となった今じゃきっとガチで危険区域だと思うよ!
『ゲーム主人公』がレベルを上げて挑む様な『神殿(廃墟)』に住みつくような気合いの入った盗賊さんがいるなら、それはそれで興味があるな。
目の前にある神殿は、小さいし内部で変に空間が歪んでいることもないと思う。
それでも『神様の領域』だった場所だし、注意が必要だと思うけど。
でも今はそれよりも。
あの中にきっと、目的の『盗賊御一行様』がいるんだと思う。
私達は見学以上補佐以下の働きを期待されている訳だけど。
さて、ひとまず。
賞金稼ぎのオジサン達やヴェニ君が突入する前に時間をもらって……とりあえず拠点を捨てて逃げ出されても良いように、罠の設置から始めよっかな!
ミヒャルトの準備良く集めたヤバげなアレコレが、きっとお役立ちするよ!