7-6.ある日、森の中。熊さんに出会った。
今回ヴェニ君がやると決めた盗賊さんは、少なくとも8人以上のいい歳したオッサン達が徒党を組んだものだそうです。
一体何が辛くて盗賊に身をやつしたのかは知りません。
というか、一々補縛対象の背景に思いやっていたら、体がいくつあっても足りません。いつかなんて遠い話じゃなく、すぐにでも足下を掬われて死んでしまいます。それも、周囲の仲間を巻き込んで。
だから何を見聞きしても同情しない、思いやらない考えない、それが鉄則だとヴェニ君から軽くレクチャーを受けて。
今回はあくまでヴェニ君が主体になって動き、メイちゃん達はその補佐的な立ち位置で捕り物に取り組むように言われました。
実際の凶悪犯と立ち合う時の気構え心構え、対応の仕方をまずは見て覚えろということです。
ヴェニ君から課せられる普段の修行も、実践→観稽古→実践っていうスタンスだもんね。
見て覚えて、体験して覚える。
そうして得た経験の中から、更なる先を模索する。
今回も大きな目で見れば、多分それと同じなんだと思う。
失敗した時のリスクとか、相対した時に求められる覚悟の規模が段違いだけど。
殺すかも知れない。
ヴェニ君はさらっとそう言いました。
なんでそうさらっと言えるのかな……
ちょっと不安が高まります。
まさか本当に殺らないよねー……?とは言えません。
そういうことも有り得ると、私はこの世界で実際に育った8年間で自然と理解していました。
この世界じゃ、前世と同じようにはいかないこと。
この世界じゃ、命はもっとずっと簡単に失われること。
この世界じゃ、誰かが誰かの命を奪うことが良くあること。
知っているのと実際に見て聞いて体験するのは違うと思う。
だけどそういう心構えをしていないと、この世界で危険な『街の外』に飛び出す資格なんてない……私の考えすぎかもしれないけど、なんだかそう言われているような気がしました。
だから、何があっても。
最悪な事態に巻き込まれても、取り乱すことだけはない様に。
わざと嫌な想像を巡らせて、動転することだけはない様に自分に言い聞かせる。
そうしないと、まだ何も始まっていない内から取り乱してしまうかもしれないって……そうなる可能性が怖かったから。
「ヴェニくーん、おやつはいくらまで?」
「遠足じゃねぇぞこら」
「えー……でもメイ、もう準備しちゃったよぉ?」
「おい、そのリュックの中味いっぺん見せろ」
「あう。やだ、メイの非常食だもん。遭難した時の備えだもん!」
「ほほう……そう主張しやがんのか」
「あ、街出る前にウィリーんとこの道具屋寄ろうぜ。西の砲台守んとこの孫がヤバい癇癪玉作ったとかでさ……」
「ああ、そう言えばウィリーが宣伝してたね。威力がヤバくて一般客には売れないって。人に向けたら超危険、だったっけ……丁度良いから仕入れて行こう」
「俺らも楽が出来るし、ウィリーも在庫が減って助かる。良い取引なんじゃね?」
「……おいごら、そこの犬猫コンビ。不穏な相談が思いっくそ聞こえてんぞ! お前ら、何を仕入れるって?」
「「火薬を使った危険物」」
「賞金首になる前に警備隊に突き出すぞ馬鹿共が!!」
警備隊の1・2トップはスペードのパパとママなんだけど。
あの2人が取り仕切ってる限り、スペード達を引き渡しても……ああ、ママさんの地獄のしごきが始まるね☆
わいわいと賑やかに準備は整います。
整い……うん、ととのったヨ!
具体的に言うと、ミヒャルトの装備が極悪化しました。
スペードはどちらかというと特攻タイプの気質があるので、小細工とかアイテムの使用とか、戦闘に夢中になると細かいところに気が回りません。
そこを受け持つと言いながら、ミヒャルトが用意したのは戦闘補助というよりも……攻め攻めの姿勢が如実に表れた数々。
さっきスペードと言っていた癇癪玉は序の口でした。
痺れ薬の塗られた吹き矢に、撒き菱としても使える手裏剣。
ギザギザの付いた、見るからに凶悪そうな投げナイフ。
スタンボールもどきなんて一体どこで見つけたの?
メイン装備の方もヴェニ君が最初に選んでくれた細身の双剣から変化が見られます。
最初は揃ってお揃いの剣だったんだけどねー……
左手に握る剣が、短剣に交換されております。
私でも知っているよ、その櫛歯状になった特徴的な剣身。
……ソードブレイカーなんてどっから持って来たの。
ミヒャルトは、敵の武器を折る気満々のようです。
以前からミヒャルトの要請でウィリーがコツコツと調達していたアイテムらしいけど……一体どんな事案を想定して、そんな物を用意したの?
見事な凶悪さに、ヴェニ君ドン引き!
逆にスペードはミヒャルトが受け持ってくれるなら安心とか抜かして、装備の軽量化に走りました。
この2人、なんて両極端なんだろう……。
ミヒャルト単独だと荷物が多くて敏捷性が削がれるし、スペードだけだと身軽過ぎて装備が頼りない。
2人ワンセットなら丁度良いけど、はぐれて単独行動する羽目になったらどうするの。特にスペード。
メイちゃんはせめて1人っきりになっちゃっても大丈夫なようにしっかり用意しようっと。
特に将来、孤独な単独行動に血道をあげる予定なんだから、今の内からしっかり必要な手間に慣れておかないとね。
私はうんと1つ頷いて、ウィリーのお店で買ってきたリンゴ飴やミルクキャラメルでぱんぱんに膨らんだリュックサックをしっかりと背負い直しました。
「こ、こいつら……1人は何も考えない手ぶらの馬鹿で、1人は過激な極悪過剰装備。そんで最後の1人は遠足気分か。馬鹿か、こいつら」
何故か引率の師匠が頭を抱えていたけれど。
どうしたんだろうねー……?
そうして、それから3時間後。
やって来ました南の森! の、奥深く!
メイちゃん達の住むアカペラの街は、北側に大運河と繋がる大きな湖があります。日々訪れるのは色鮮やかな帆布を張った、目にも賑やかな商船の数々。
だけど別にね、陸路から切り離されている訳じゃありません。
メイちゃん達の街は水上通商路の要衝にありますが、別に地続きの道がない訳じゃないし。むしろアルジェント領の村落や他の街とは船じゃなくって陸路での移動が主。
アカペラの街を訪れる船だって商船ばかりで、運ぶのは人より交易品の方が重要だし。
だから船を持っていないとか、船ではいけない場所を拠点にしている商人さんや旅人さんは陸地に敷かれた街道を使うのが一般的です。
商船の持ち主もお金儲けが好きな商人さんなので、お金を出せば商船に便乗させてもらうこともできますが。
商人側は余計な人を乗せる分、余分に荷物を積むことが出来ないので利用料金は割高に吹っかけられるのが常だとか。
お金を持ってないって世知辛いね……!
……まあ、そんな訳で。
水上運行による人の出入りが目立つアカペラの街も、ちゃんと方々に繋がる街道が整備されている訳です。
街の北方は湖ですが、西から南の一帯は手つかずの森。
東側にはアカペラの街の食料自給率を支える田園地帯。
そんな中で、街道はアカペラの街から少し南の位置を、東から西に突っ切る様にして真っ直ぐ伸びています。
途中から、森の中を突き進んでいく街道。
街道に出没するという盗賊の拠点があるとすれば……奥深い森の中にあるのではないか、と目されている訳で。
そして、今回。
同じ盗賊を狙う賞金稼ぎ達とかち合いました。
なんてこったい。
相手はやはり私達と同じく、アカペラの街を拠点にしている人たちみたい。
メイちゃんたちみたいな俄か賞金稼ぎとは違って、本格的にそれに絞って糧を得ている人たち……つまりは、プロの賞金稼ぎ。
だって、身に付けている装備が如何にも歴戦。
使い込まれぶりも、お金の掛け方も、丁寧な手入れの後も。
一目で彼らが、これで生きていることが見て取れる。
そんな彼らと、はち合わせ。
うわ、これどうするの?
僅かな痕跡を頼りに、スペードの鼻を使って追跡している所でした。
街道に血の惨劇が起きたようで、血臭が酷いってスペードは嫌そうな顔で。
でもそんな、スペードが鼻を使って追えるほど露骨な痕跡が残っているってことは……その痕跡に気付く人も、他にいるってことで。
そうして同じ手掛かりを見つけちゃった同士で、こうして面を突き合わせる羽目に。
相手の賞金稼ぎさん達は私達を見て、ちょいと片眉を上げました。
いぶかしむ様な、不審げな眼差し。
でもヴェニ君のことを知っていたのでしょう。
我らが師匠を見て、彼らは雰囲気に緊迫した空気を走らせました。
メイちゃん達よりもずっと年かさの、オジサン達。
若々しい外見の、豹獣人のお姉さんと魔人のお兄さん。
奇妙な取り合わせの、5人組。
先頭にいる熊獣人のオジサンは、ヴェニ君の顔を見て頬を引き攣らせてるよ。
でもあからさまに表情を変えるとか、ポーズの可能性が高いよね?
プロならポーカーフェイスを心得ているはずだもん。
そうそう簡単に内心の動揺を人に悟らせるような真似とか、しちゃうかなぁ?
数でも負けていますが、身体能力と無視できないリーチの差で負けている私達の戦力差。
きっと経験豊富な歴戦の勇士達なのでしょう。
実力の程が測れません。
私とスペードは、そわそわドキドキした面持ちでヴェニ君の顔を見上げました。
なんといっても相手は商売敵!
こんな場合は、どうするの?
蹴散らすの、出し抜くの?
それとも一旦は引いたふりして後を追跡するとか?
ミヒャルトだったらナチュラルに罠にはめようと画策し出す状況です。
でも今、私達の指揮を取っているのはヴェニ君だから。
私達はヴェニ君の反応を窺いました。
いつだって即応しちゃうよ!
ヴェニ君は私達の期待に満ち溢れた眼差しに気付いて、嫌~な顔をします。
そんなに顔をしかめないでよ、ヴェニ君!
何か荒事が発生するかな、と。
初めての事態にそわそわしていた私達。
ミヒャルトがさりげなく催涙玉の用意をしている姿は、そっと私とスペードの2人で背中に隠して。
さあ、ヴェニ君!
どんな御指示にだって対応しちゃうよ!
むしろフライングで仕掛けたって良いんだよ!?
……と、中々に好戦的な思考回路に陥っていたのは、きっと『はじめての盗賊討伐』で興奮して、頭が沸いていたせいだと思うんだけど。
それにしたって血の気の多い反応を見せる私達に、ヴェニ君は深く溜息をつきました。
そして。
私達の予想はなんか穏便な方に裏切られました。
「よう、オッサンども。歳がいもなく森の散策かよ?」
ヴェニ君が、気軽にそんな声をかけるから。
あれ? なんか親しげだ……と。
ヴェニ君の交友関係が決して広くないって言うか日中はほぼ私達と一緒にいるのが日課な彼の反応に、私とスペードは首を傾げました。
それに知ったばかりだけど、ヴェニ君はあの『ヴェスター』と最早影も形も面影のないほどキャラが違ったって同一人物。
あの野生動物並に油断せず、他人と打ち解けず、社交性の見当たらない孤高を貫くぼっち(だけど遊び人)と同じ人。……そんなヴェニ君が、易々と他人に歩み寄ったり、打ち解けたりという現実に凄い違和感。
あるぇ???
その場に漂う、友好的な雰囲気。
空気を読んだミヒャルトが、さっと催涙玉を袖口の中に隠しこみました。でもいつでも取り出せるようにしている辺りがミヒャルトだと思う。
そうだよね、油断を誘って後でグサリ!展開も考えられるし。
どっちがグサリをやるにしても、乱戦には備えておくだけ備えておこうっと!
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「な、なあヴェスター……後ろのちびっ子ちゃん達からなんか不穏な気配を感じんだけどよ」
「気のせいだろ、オッサン」
「いや、あのな? オッサンはこれでも荒事で食ってんだぜ?」
「 気 の せ い だ 」
「いつになく有無を言わせねぇな、おい……」
「…………とりあえず、平穏が欲しいんならこっちの要求を聞け」
「って、おい!?」
熊のおっさん(+他数名)、まさかの再登場。




