7-4.はじめてのアルバイト
自分のこの手で『ゲーム』のイベントシナリオを少なからずぶち壊してしまったことは……割とマジで落ち込みましたが。
いつまでも過ぎたことを悔やんでいても仕方ありません。
というか、本当にもう取り返しようがないし。
終わったことは、済んだこと。
後ろを振り返っている暇が、メイちゃんにあるでしょうか。
いや、ない(反語)!! ないから!
何にしても、ここは『ゲームの世界』なのか『ゲームに酷似した世界』なのかは、私にも未だにわかりません。
神様にすらわからないんだから、一般人にわかるはずないよね!
どっちにしても、ここがメイちゃんにとっての『現実』。
『現実』だったら、思ってもみない不測の事態が起きるのは普通のこと。
それをひとつひとつ、いちいち気にしていられるほど、メイちゃんは全能の存在ではありません。
だから気にするのは……止められないにしても、今は忘れることにしました。
どん底まで落ち込むのも、反省するのも、自虐するのも後回し!
そんな自分ひとりで出来る……っていうか自分でしか出来ないことは夜、寝る前にでもベッドの中でやれば良いことだし。
状況は刻々と動き、他の人もいる場所だし。
周囲の動きに合わせて私だって行動しなきゃいけないし。
だから何と言うか……ぶっちゃけ、『修行』を前にうじうじと悩む暇も余裕もある訳ないんだよね。
私よりも遙かに格上の師匠が課してくる修行が、考えごとの片手間にこなせるような、ぬるいものである筈がないんだし。
そこらへん、私達よりも私達の力量を正確に把握しているヴェニ君は巧みです。……巧みに、メイちゃん達の限界ギリギリ、生かさず殺さずの絶妙な境界線を突いてくるので、気を抜いてやれば怪我じゃ済まない。
ヴェニ君は本当に上手に……絶妙な難易度設定をしてくるんだから。
本腰を入れてやらないと、って自然と心構えが育っちゃうような……ね。
そうして、今年から。
ヴェニ君の判断で私達の修行は新たな段階へと進んだ訳ですが。
先にもちょっとヴェニ君が言っていたけれど。
8歳からの修行テーマは『対人戦』。
……獣や魔物の相手も、油断はできないけれど。
狡猾な手段を織り交ぜてくる『ひと』の相手は、また勝手が違うのだと。
『ひと』を相手にする時は、違った注意が必要なのだと。
それを学ぶ為……対人戦闘の要領を掴む為にヴェニ君が選んだ『教材』が、『賞金首』……戦うのに遠慮も手加減も寸止めする必要もいらない、お尋ね者やならず者の類だったんです。
今まで修行の中で組手や手合わせは数えきれないくらいにやった。
沢山やってきたそれは、でも。
本気で『倒す』ことを自然と避けたモノ。
致命傷になりそうな攻撃は避け、寸止めが織り交ぜられたモノ。
そういったある意味型にはまった、『お約束』めいたルールのない『戦い』。
相手も捕まったら罰則を食らうので、必死に抵抗してくる。
本気の『対人戦闘』っていうのがどういうものか。
ヴェニ君は今回の修行を通して私達に覚えさせようとした。
そんな『修行のねらい』を聞いた時は、ちょっとびっくりしたけどね!
「――対人戦を学べて、しかもお金になって。
ついでに言えばいくら容赦なく殴ろうとも許される合法サンドバックなんて、早々その辺に転がってないので一石二鳥だろ。願ってもない『教材』が自然発生してくれてんだから、遠慮なく イ ケ 」
以上の理由で私達に賞金首を追えと言いだした、ヴェニ君。
こいつを捕まえて来いと渡されたのは、薄汚れた手配書。
中々に無茶ぶりだよ!?
そんな叫びは、酒場を出て15分くらいで消えました。
「ヴェニくーん」
「ヴェーニーくん!」
「ししょー!」
私達は……私とミヒャルト、スペードは3人声を合わせて叫びました。
うらぶれた路地裏の、小汚いゴミ捨て場。
大きなゴミ箱に突っ伏す形で昏倒した『おじさん』の背中に、3人揃って乗り上げたまま。
威勢良く、元気な声で主張しましょう。
「「「とったどー!!」」」
いぇい、勝利のポーズ☆
久々に気持ちの良い勝利を掴み、私達は3人でビシッとポーズを決めました。
そんな私達に、ヴェニ君がパンパンとわざとらしく拍手を送ってくれます。
うん、でも表情は通常運転のままだよ。ヴェニ君。
なんていうか、ね。
うん、なんていうかね?
……思ったよりも簡単だった。
まあそれも、ヴェニ君が最初に選んでくれた相手が本当に小者だったからだけど。
なんか鹿の先輩より弱かったよ……。
私達3人がとっ捕まえたのは、食逃げの常習犯。
なんと前科137犯の凶悪犯です。
罪状は食逃げオンリーだけど!
最近アカペラの街に流れてきたらしいっていう最新情報が付加されていた手配書は、何でも今朝張り出されたばかり。
今なら他の賞金稼ぎに邪魔されず、1番乗りが狙えるとのこと。
私達は早速、昨日被害に遭ったっていう……アカペラの街での被害店1軒目に突撃しました。
「すみませ~ん、遺留品とかありませんか?」
後は、結構簡単。
だって私達の仲間には、スペードがいるんだもん。
『狼獣人』のスペードが。
はい、スペードの嗅覚を頼りに追っかけました。
スペードはなんだか嫌そうな顔してたけど。
でもあっさりと見つかったので、早速突撃!
瞬時に状況を察して食逃げ男はダッシュで逃げたけど。
……俊足メイちゃん&スペードから逃げ切れると思った?
生まれ育った街だけに、地の利は十分!
ミヒャルトの指示に従って袋小路に誘導し、3人がかりで締めあげました。
まずはスペードが食逃げ男の両足を掬い上げるようにタックルをかまして、次いでメイちゃんが転びかけて踏み止まった男の背中にドロップキック。
そのまま身動き封じるように、スペードが足、メイちゃんが腕の関節を極めてそれぞれ物理的な圧迫をかけました。
トドメにどことなく悠々と追いついてきたミヒャルトが、自警団員顔負けの補縛術で縛り上げる。
ついでに上半身をまるっとゴミ集積所のゴミ箱に突っ込んで、本格的に動けなくさせました。
これで捕獲の完了です☆
「……なんかお前ら、微妙に対人戦慣れてねぇ? 今まで『試合』や『手合わせ』はあっても『喧嘩』はさせたことねぇはずだよなあ……?」
「あははははー……ヴェニ君、何言ってんの?」
「これも全ては、ほら! ヴェニ君を捕獲しようと頑張った1年間のお蔭なんだぜ!?」
「研鑽を積んでおいたことが、後々役に立つことは往々にしてよくあることだよね?」
「それにしちゃ、なんつうか……俺の記憶より手並が鮮やかなんだけどな……?」
「ヴェニ君に鍛えられて、メイ達も成長したんだよ!」
「そうだ、これも全部はヴェニ君のお蔭なんだぜ!」
「良い師匠に恵まれたよね、僕たち」
「なんか納得いかねぇなー……」
腑に落ちないのか、ヴェニ君が難しい顔をしています。
私達はヴェニ君に真顔で返して誤魔化しておきましたが……
そっか、うん、対人戦かー……
微妙に慣れを感じるか、そうかそうか。
それは鹿の先輩の功績です。
……ということは黙っておいた方が面倒なくって良いですよね?
今でこそ何食わぬ顔でナチュラルに私達の青空修行場にしれっと混ざっていたりする鹿の先輩ですが。
それまでにはヴェニ君の目の及ばない初級学校で色々あったんだよ。
うん、それはもう色々と。
主に鹿先輩の、ヴェニ君への挑戦権を賭けた戦いが。
最初はヴェニ君に決闘を挑む為、私達に中継ぎを頼んできたのが始まり。
あんな目に遭わせたっていうのに、それでもメイちゃん達に中継ぎを頼んできた律儀さにまずはビックリしました。
でもわざわざ敢えて喧嘩を売ろうなんて相手を師匠のヴェニ君に紹介するなんて厄介事以外の何物でもないじゃないですか。
そんなことして、ヴェニ君に学校で何やってるのかって白い目で詮索されたりとか……嫌だったし。
だから要求を真っ向から突っぱねている内に、何故か鹿先輩が私達を倒すことができたらヴェニ君に紹介する……なんて話となり。
さながら魔王の前座に立ちはだかる四天王の如く、私達が鹿先輩の前に立ちはだかったのです。メイちゃん達、3人しかいないけど!
そんなことしている内に、微妙に打ち解けちゃったっていうか。
鹿は鹿で悪い奴じゃないな、と。
ヴェニ君ってフィルターを通して接触しちゃったので色々と問題あったけど、それさえなければ鹿は悪い先輩じゃありませんでした。
1年近くに及ぶ交流(という名の攻防)の果て、決闘は認めないけれどヴェニ君の動きを見て修行の参考にするくらいなら……と交渉の果てに譲歩しました。
勿論、がっちりと見返りはもらっちゃったけどね!
そんなヴェニ君の知らない青春ドラマが、学校ではあっていた訳ですが。
言動が粗暴な割に、ヴェニ君って本当に面倒見が良いから。
ヴェニ君の知らないところで手加減皆無の私闘があったなんて言ったら、私達がどう怒られるかわかりません。
だから、黙っておこう!
満場一致で黙秘が決定したので、鹿の先輩にもちゃんと口止めしました。
沈黙は金なり……メイちゃん、その言葉の意味知らないけどね!
まあ……そんな理由で、実はヴェニ君の知らないところでルール無用の『喧嘩』(しかも1対多数)には慣れている訳ですが。
やっぱりヴェニ君に知られるのは不味い気がするので、今後も率先して打ち明けることはないと思います。
あ、ちなみに多数の方がメイちゃん達側だよ!
こうして、私達の賞金稼ぎ1件目は恙無く、事件性もなく平和に終わりを遂げました。
食逃げ犯は罪状:食逃げの癖に件数がえらい数に及んでいたので、賞金は結構美味しかったです。ごち。