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獣人メイちゃん、ストーカーを目指します!  作者: 小林晴幸
8さい:これもひとつの酒場デビュー
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7-3.『アルトヴェニスタ・クレイドル』という少年




 やっちまった。

 やっちまったよ……。

 そんな言葉が頭の中でひたすら空転。

 メイちゃん、生まれて今までで最高に「やらかした」って感じです。

 それはもう……どこぞのボクシング漫画の主人公よろしく、灰のように真っ白に燃え尽きちゃいそう……。


 直接関わらず、草陰に隠れたところから見守る『ストーカー』志望としてあるまじき失態です。

 まさか。

 まーさーかー……!

 隠しキャラとは言え、ストーカー対象であるメイン登場人物『主人公一行』の1人に直接接触……どころか超密接に師弟関係を築いてしまうなんて! 

 直接関わらないどころか、四六時中関わりまくりですよ! 

 ほとんど毎日、放課後の時間は一緒に過ごしてるしぃ……!

 ヴェニ君が、ヴェニ君が……っ『ヴェスター』だったなんて詐欺だぁ!!

 だって『ゲーム』のキャラとは、似て、似て……あ、似てた。

 い、いやいや!? に、似ていても……うん、似ていても、似つかない感じの、その、全然違うキャラなのにー!!


 『ゲーム』の『ヴェスター』と、目の前にいる『ヴェニ君』。

 その相違、何が違うのか。

 考えるまでもありません。

 そう、考えるまでもない。

 2人は姿を見比べると、確かに同一人物だと思えるけれど。

 それでも明らかに違う、別物ともいえます。

 その違いを出してしまったのは、ナニか?

 または……誰なのか。


 考えるまでもなく、それはメイちゃんなのです。


 『ヴェスター』には、弟子なんて……それどころか特定の親しい人物なんて、いなかったはずなんですから。


「……ヴェニ君、全然うさぎさんに見えないのに」

「獣性操作、わかんだろ」

「ああ、あれだろ? 獣性の制御を完璧に行えるようになって初めて出来る、っていう……獣性の隠蔽」

「でもヴェニ君、僕らが直接関わるようになった頃には人間とほぼ同じ外見だったよね?」

「初級学校で、むかつく奴がいてな。いっつも俺の耳を引張りやがって……忌々しいから普段から獣性隠蔽して生活してたんだよ」

「うわ……そういう理由」

「お前らに会った頃は、丁度学校も卒業したばっかの頃だったしな。癖で姿を変えてたまま、ずるずると……今度はお前らが耳引っ張ってきそうな気がしたしな」

「メイ、信用されてない……! でもふかふかお耳だったらもふもふしたいなぁ」

「そういうとこがだな……」


 1度バレたら隠す必要がないと思ったのか。

 自然にヴェニ君が伸びをすると、人間と変わらなかった丸いお耳が消えて、頭頂部近くからぴょっこりとふかふかのお耳が……

 先の方が、すこし黒っぽくなった白いお耳。

 ヴェニ君のお耳は、ぺにょんと垂れた長毛のロップイヤーでした。

 ひ、ひっぱりたい……っ



 実は、私の住んでいる街が『ゲーム』に出てきた『アカペラ』の街だと気付いてから、私は何度か『ヴェスター』を探してみたことがあります。

 将来に備えて修行をしなくちゃ、という意識が強かったので、本当に数えるほどだったけど。

 でもあわよくば、隠しキャラの幼少期!が見れるかなって。

 そう思って、探してみたことがあるんだよ。

 その中で見つけた、『兎獣人』が道場主を務める道場は2か所。

 このどちらかが『ヴェスター』の実家かと思ったけれど、どちらの道場も家庭環境に不和はなくって。

 兄弟姉妹の関係も、『ゲーム』の情報とは違って。

 『クラリア道場』はどこにあるのかと、首を傾げていたんだけど。

 ……うん、滅茶苦茶近いところにあった。

 それもこれも、ヴェニ君がちっとも獣人に見えないから気付かなかったんだけどね。

 外見を『人間』と同じにするのは、獣人の獣性操作の中でもかなりの高等技術。

 それを日常的にこなしているヴェニ君の力量が、ちょっと怖い。

 ちなみにヴェニ君のお父さんは人間さんで、お母さんが兎獣人だったそうです。

 兎の道場主を探しても意味ないはずだよね!






 ――『ゲーム』の隠しキャラ『ヴェスター・クラリア』


 物語の中盤以降で登場する、湖畔都市『アカペラ』の青年。

 特徴的な兎の耳を垂らした、退廃的(・・・)な雰囲気の『戦士』。

 本編とは関係のない特殊イベントの選択肢によって、任意で仲間に出来る隠しキャラ的な存在です。

 その素性は『アカペラ』の歴史ある道場の1人息子。

 本来であれば跡取りであったはずですが、彼は『不良息子』そのもので。

 家である道場に寄り付かず、あまりの素行の悪さと放蕩ぶり故に誰からも放置され、存在すら忘れられた青年。

 勿論、跡取りとして目されるはずもなく、誰もが道場は彼ではなく、彼の姉である『シェル』が継ぐものと考えていました。

 彼が正真正銘の『天賦の才』を持つ戦士の素養を持つことを知る、道場主……姉弟の父親以外は。


 その道場主の依頼に応える、という形で始まるのが『ヴェスター/シェル』の仲間参入イベントな訳ですが。

 活動が活発化した魔物の大群にアカペラの街が襲われる、という本編シナリオを達成した後で発生する、このイベント。

 街が危機に陥った時、目を見張る活躍を見せて俄かに道場門下生の間で支持されだした『ヴェスター』。

 不断の努力を続ける姿勢が一定数の古参門下生に評価されている『シェル』。

 この2人のどちらを道場の跡取りにするのか決着をつける、というのがイベントの概要。

 『主人公』の手助けによって見事に跡取りとして認められた方のキャラが道場主に代々受け継がれる『クラリア』の姓を継ぎ、修行の為に『主人公一行』に参入する訳ですが。


 ……思うに、メイちゃんが師匠にと拝み倒した『10歳のヴェニ君』は、まさにグレ始める直前の頃合いだったんじゃないかな。

 今ではちょっと大雑把で粗暴な言動が目立ちますが、年下の子供達の面倒をよく見る『お兄さん』に見えはしても、『不良』には見えません。

 まあそれも、弟子としてまとわりつくメイちゃん達の功績だけど。

 だけど思えば、兆候は見えていました。

 10歳の時……3年前のヴェニ君は、何もしていなくて。

 家にもより付けず、退屈を持て余し、他のみんなとはどこか違う自分の存在を持て余していたように思えます。

 余計なことを考える暇ばかりがあって、やることがなくて。

 あのまま道を踏み外して、本来は『不良』になっていくはずだったのでしょう。

 まあ、そんな余計なことを考えたり怠惰に振舞う余暇は、余すことなくメイちゃん達が潰しましたが。

 ほら、思い返してみましょう?

 ……うん、メイちゃん達に振り回されて、活発で健康的な毎日を送る(強制)ヴェニ君が思い起こされます。

 1人の迷える少年を更生させたといえば、聞こえはいいけれど……それが『ゲームキャラ』を1人闇に葬ることになったのかと思えば、物凄く頭が痛い。



 『ゲーム』の中の『ヴェスター』は、考え過ぎた結果にグレた青年でした。

 戦闘の天才であること。

 なのに道場に寄り付かないこと。

 家庭が上手くいっていないこと。

 お母さんが小さい頃になくなっていること。

 実のお姉さんとの間にわだかまりがあること。

 考えてみれば、本当に『ヴェニ君』と『ヴェスター』の共通点が次々と浮かびます。

 お姉さんへの引け目から、家庭内で孤立していった『ヴェスター』。

 ……今にして、密接に『ヴェニ君』と関わったことで、私にも後ろめたさが募ります。

 ヴェニ君にお話ししてもらった訳でもないのに、『ゲーム知識』としてヴェニ君の家庭の事情を知ってしまったことに。

 ひどく、後ろめたい。


 1つ思い至れば、次々と見えてくる『ヴェニ君』と『ヴェスター』の共通点。

 そもそも『ヴェニ』というのは元々家庭での呼び名で。

 『ヴェスター』は家が絡まない、学校での呼び名だったとか。

 本名は『アルトヴェニスタ・クレイドル』……どちらも、その略称なんだね。


「あぅあぅぅ~……」

「おい、メイ。お前はさっきから何を唸ってんだよ」

「あ、あうぅ……ヴェニ君、賞金稼ぎのお仕事でお金稼いだりしてるんだよね?」


 『ゲーム』の『ヴェスター』は、働かない放蕩者だったけど。

 今の『ヴェニ君』は、働くことを厭わない。

 むしろ最近、道場をしているお家からは完全に独立して、賞金稼ぎとして身を立てるのも良いかも……と思っているような素振りが。


「おう、まあな。てか、お前らも今後はやるんだよ」

「めっ?」

「……お前、俺が何の為にお前ら連れてきたと思ってんだよ」

「あー……もしかして?」

「そろそろお前らも、マジな対人戦ってヤツを経験し始めても良い頃だろ。獣相手とはマジで全然違うし、戦闘経験って意味で考えや飛躍的なもんがあるぜ?」

「また『考えるより体で覚えろ』路線だよ!?」

「そういうこった。ま、最初っから1人で立ち向かえとか言うほど鬼でもねえ。何が起こるかわかんねえのが対人の怖さだからな。サポートはしてやっし、まずは複数人で1人を補縛するとこからだ」

「つまり今日は、目ぼしい賞金首を探しに来たってことか」

「さっきから真剣に壁の手配書を確認してると思ったら……僕達をぶつけるに丁度いい相手を吟味していたとはね」

「まあな。いきなり殺人鬼に立ち向かえだなんて言わねぇが、強盗くらいは相手取っても良いだろ」

「おいおい……ちびガキ共にえらくスパルタだな、ヴェスター」

「大丈夫、俺もガキだ」

「全然大丈夫じゃねえだろ……」


 しれっとした顔で、メリーさんの引き攣った言葉を受け流すヴェニ君。

 だけどその言葉の根底に、メイちゃん達への信頼が垣間見えた。

 ……『ヴェスター』は、中々他人に心を開かない人だったのに。

 目の前にいるヴェニ君は、自分の殻に閉じこもっていた『ヴェスター』と違ってこんなにしなやかだ。

 やっぱり、違う。

 もう違う人になってしまったんだと、私は深く受け止めました。

 


 ゲームとは変わってしまった、展開。

 変貌を遂げた『キャラクター』。

 これが今後の未来にどう影響を及ぼすのか、測り知れません。

 だけど、1つだけ。

 未来なんて見通せない私にも、確実に言えることがあります。

 そもそもあの『ゲーム』が大好きで、登場人物達のストーカーを志したというのに有るまじき行為。


 ――私、『ゲーム』の『イベント』潰しちゃったよぉおおおおっ!?


 確実に『ヴェスター』関連のイベントを全て潰しちゃいました。

 仲間への参入イベントも発生しないので、『ヴェスター』が仲間にならなかった場合に仲間となる『シェル』も仲間にしようがなく。

 2人それぞれの仲間になった場合に発生するアレコレも闇に消えた。

 私は確信を持って、頭を抱えて呻くしかありません。


 『ゲーム』の『シナリオ』、改編しちゃう気なかったのにぃー!!





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