7-2.強面メリーさん
ヴェニ君に連れられて、私達がやってきた場所。
それは近所の酒場でした。
「ヴェニ君、ヴェニ君! ここはちょぉーっとメイ達には早すぎる場所の様な気がするよ!?」
「ばぁか、誰が酒飲ませに来たっつったよ。遊びに来た訳じゃねぇっての」
ちなみにアルジェント領、子供の飲酒は13歳から。
それでも十分に早いと思うんだけどね……!!
飲酒に関する法律がある訳じゃないので、完全なるただの慣習。
親が許可すれば幼少でもお酒が飲める国です。
水源に恵まれているお陰で、お酒しか安全に飲める飲料水がないという環境よりはマシだけど。
ヴェニ君は私の5歳年上だから、今年からはお酒を飲んでも誰かに咎めらたりはしません。
でもメイちゃん達は外見からして完全アウトだと思うよー。
家では親の監督下で呑んでも怒られはしないけど、お外だと他の大人に余裕で止められます。
だから酒場って環境自体、足を踏み入れるに抵抗があるんだけど……うん、誰かに怒られそうな気がして。
でも、ヴェニ君はちっとも気にすることなく。
すたすたすたっと、平然と酒場の扉潜っちゃったよ!?
「ヴぇ、ヴェニ君、置いてかないでー!」
「酒場だって、ミヒャルト」
「……酒臭い大人なんて、見たくもないんだけどね」
「俺も酒臭いの駄目だー……目ぇ回りそうなんだもん」
「僕はそうでもないけど? ただみっともない醜態を見ていると、不快になってくるね」
……後ろから悠然とついてくる、犬猫コンビ。
ふ、2人の平常心が羨ましい……!
――メイちゃん達の暮らす、この世界。
私が前世でプレイしたRPGゲームが先か、それともこちらの世界が先にあったのか。それは、私には知りようもないことだけど。
でも『ゲーム世界』という認識が根底にあるのは確かで。
そしてこの世界も、それに見合うだけの『ふぁんたじぃ』がいっぱい。
だからさ、思うよね。
思っちゃうんだよね、当然のモノとして。
『冒険者』ってやつの存在を……それが、こちらの世界にあると。
ですが。
残念、この世界に『冒険者』はいませんでした!
いや……うん、いないかなぁってチラッとメイちゃんも思ったんだよ?
思ったけどいなかった。
いなかった……というか。
『冒険者』という名称はこちらでは『ニート』の代名詞です。
いつまでも現実を見ず、職にも就かず、ふらふらと人生の迷い路を彷徨っている人……という悲しい認識。
うん、間違ってない…………間違って、ないけどさ。
メイちゃんの中で、1つの浪漫が息の根を止めた瞬間でした。
例えばあっちこっちの街を移動して回る人は『ただの旅人』でしかなく。
迷宮に潜って戦利品を生活の糧にしている人なんて、『盗掘野郎』のそしりを受けます。
そもそもこっちの世界の『迷宮』は、神格を失い、力を失った神々がかつて祀られていた神殿のことです。
今ではすっかり打ち捨てられて権威を失い、千年間放置され続けた悲しい信仰の名残。
……そして神殿に残滓として残っていた神々の力が、今では祀る者をなくして暴走、魔窟化した危険地域だそうな。
うわー……世知辛い。
まあ色々と微妙ではありますが、現実と化したゲーム世界ではどうやら『冒険者』なんていうリスキーな仕事は流行らないらしく。
でも、それじゃあ全く該当する職業はないの?と。
そうかと思いきや、一般的な職業として成り立っているモノの中に、それに近いモノは存在しました。
完全に同じじゃないけれど、ゲームで言う『冒険者』に類するもの。
それが私達の世界では、『賞金稼ぎ』に当たるようです。
まあ、完全に戦闘能力任せの脳筋集団って認識ですけどね!
戦闘能力、純粋な自分の腕一本で世間の荒波を掻きわけ、生き抜く漢たち。
必要なものは腕っ節オンリー、主な収入は文字通り『賞金』の荒稼ぎ。
時にはその腕を見込んで、肉体労働や護衛など、肉体と戦闘能力を活かせるお仕事の依頼を受けることもあるとか。
互助組織が存在する訳でもないので、どこかに登録したり、アガリを納める必要もなく。
だけど、だからこそ。
ただひたすらに『自己責任』を重く負う、シビアなお仕事です。
……うん、なんかメイちゃん達とは違う世界に生きる男達、って感じ。いや女の人もいるけど。
そんな賞金稼ぎさん達の溜まり場。
いわゆるSA☆KA☆BAに私達は足を踏み入れました。
時間は当然、真昼間。
だって8歳児の門限は夕陽が沈むまで、だもん。
まだ午前中といっても良い時間に、私達はヴェニ君に先導されて物珍しさ全開で酒場の中を見渡しました。
えーと……これぞまさしく酒場、って感じの内装、かな……?
うん、小洒落た綺麗さはない。
むしろ『安い!旨い!』を前面に押し出した小汚い店に近い物を感じます。なんか商店街の片隅にある店とか、一本裏の通りとかにありそう。
この店の立地、メインストリートど真ん前だけどね!
経年によって飴色になった木目の、広々とした空間。
2階まで、店内は吹き抜けで開放感があります。
入口から見て奥の方に、広々としたバーカウンター。
カウンターの後ろには沢山のお酒が納められた頑丈そうな棚……なんで鉄の格子戸がついてるのかな? 取り出し難くないのかな??
そして端々に露骨に転がる、乱闘の痕跡……。
テーブルとか椅子とかに、刀痕があるのがあからさまー……。
お店の片隅に掃き集められた、割れた酒瓶の山。
ついでに目を回した、二日酔いの呑んだくれ。
強引に一か所に集められ、折り重なるおじちゃん達から、そっと目を逸らした。
誰ですか、スキンヘッドのおじちゃんの頭に『ハゲ』って落書きした人。達筆過ぎて眩しくって、直視できないよ。
恵まれた立地なのに、この……荒野の男共が自然と集いそうな店内。
店内の薄汚れた感は、連日連夜荒くれ野郎共が飲めや歌えやの大騒ぎをしている結果、綺麗にしてもすぐに荒れ果てるから諦めた……みたいな想像が掻き立てられる。
取敢えず、今まで微塵も縁のなかった部類の光景に物凄く好奇心がそそられます。
耳がぴるぴる、尻尾がぱたぱた。
興奮に煽られて、メイちゃんの意思に反して獣部分が疼きます。
う、うぅ……勝手に動いちゃって恥ずかしい!
忙しなく動くお耳を、そっと手で押さえた。
「――おい、まだ開店前だぞ……って」
興味津々で酒場の中をちょろちょろしていたら、お店の奥……カウンターの向こう側から屈強なおじさんがやって来ました。
筋肉が隆々と盛り上がる、熊をも絞め殺しそうな巨大な体躯。
子供が出会い頭に泣き喚きそうな、厳ついお顔。
ちなみに軍人さんや頑固親父みたいな厳つさじゃなくって、悪人系の強面です。
そしてそんなお姿に不似合いな、ウサちゃん印のピンクのエプロン。
……うん、すごいミスマッチ過ぎて目が離せない、この御方は。
「あ? ガキが何しにきた。ここは酒を出す店で、ミルクは出さねえからな」
酒場の店主、強面メリーさんが現れました。
手にチリトリと箒を持っているので、お掃除中だったんだと思う。
でもなんでかな……手に持っている掃除道具が、拷問器具に見えた。
そんな雰囲気を前面に押し出す、強面メリーさん。
私達が到底酒場の客とは成り得ない年齢層だと見て取ってか、嫌そうにしかめるお顔が軽く凶器です。
「それじゃあ紅茶でも頼ませてもらおうかな、ミルク多めで。アールグレイが良いんだけど?」
「ここは酒場だって言ってんだろ!? 喫茶店じゃねぇよ!!」
「み、ミヒャルト……お前ってやつぁ」
「スペードも何か注文したら?」
「話聞きやがれ、このちびガキがぁぁああああっ!」
そんな怖いお顔のメリーさんが相手でも、乱れないペースで平然と返すミヒャルトが何故かとても頼もしく見えました。
ゆ、揺るがないね、ミヒャルト……。
そんな貴方を真似したいとは思わないけれど!
幼馴染みのあまりの大物ぶりに、戦慄します。
私の隣で呆れたような顔をしているヴェニ君も、緩く溜息をつきました。
「おい、ミヒャルト……お世話になる相手なんだから、無駄にオッサンをおちょくってやんなよ」
「あん? って、お前かよ……てめぇがこの胆の太ぇジャリ共を連れてきやがったのか」
「よ、オッサン。邪魔してるぜ?」
「本当に開店作業の邪魔だ。出ていきやがれ」
「……開店作業? ヴェニ君、酒場ってお昼でも開いてるものなの?」
「普通は夕方とか夜じゃねーの? この店、昼は定食屋やってんだよ」
「定食屋さん?」
「主な客層は賞金稼ぎの荒くれ共なんで、堅気のお客は立ち入らねーけどな」
「余計な御世話だ! っつうかてめぇらも開店前だってわかってんなら時間になってから出直してきやがれ! 定食屋やってる時間なら文句もねぇ」
「俺が嫌な・ん・だ・よ……! 賞金稼ぎのロクデナシども、俺のことを見るといちいち取り囲んでくるじゃねえか。うぜぇんだよ」
「ヴェニ君、もてもて?」
「全く以て嬉しくも何ともねえよ!」
どうやらお店の開店前にやってきたのは、狙ってのことだったようです。
ヴェニ君は心底嫌そうに、賞金稼ぎのお客さん達とはち合わせたくないっぽい。
台詞から判断すると、ヴェニ君自身は賞金稼ぎさん達に人気?なのかな???
子供が珍しいってわけでもないだろーに、ヴェニ君に何か構いたくなるような要素でもあるのかな?
去年、ヴェニ君がメイちゃんのパパに強制されて魔物討伐の遠征に行って以来、何か縁があったのか、賞金稼ぎの一部と交流が出来たのは知っています。
それどころか、ヴェニ君自身が時間のある時に賞金稼ぎをしているのも知っている。
それを考えると、悪い関係にはなってなさそうな気がするんだけどな……?
きょとんと首を傾げるメイちゃん。
だけど私とは違って、メリーさんはヴェニ君の言葉に思うところがあったみたい。
苦々しげに吐き捨てるヴェニ君の、心底嫌そうなお顔。
それを3秒くらい無言で眺めてから、メリーさんは諦めたように肩を落としました。
「チッ……仕方ねぇな。あの馬鹿共にはガキを構い過ぎんなって言っておいてやんよ」
「言うだけでどうにかなるようなら、な」
「……わかった、わかった。仕方ねぇから煩くは言わねえ。茶も出してやる。だからそこのチビ共をどうにかしろ」
そう言って、メリーさんが指さした先。
そこにはカウンター奥の酒瓶棚……の、鉄の格子戸によじ登るスペード。
更にはそのスペードの真下で、グラスタワーを作成途中のミヒャルトが……うん、止めるように言うだけで実力行使に訴えないメリーさんは、見た目の割に結構いい人だと思います。
顔は怖いけど、根は面倒見が良くって親切なメリーさん。
うん、メイちゃん知ってた。
ついでに実は子供好きなのに、顔が怖いから子供に泣かれて胸を痛めていることも知っています。
だから子供相手に、どう振舞って良いのかわからなくってついつい敬遠しちゃうんだって!
実は密かに、御近所では有名な話です。
知っていても、顔が怖くて身構えちゃうけどね!
今も気にしたようにチラチラとメイちゃんのことを眺め下ろしながら、カウンター席についた私達に飲み物を出してくれています。
ヴェニ君の前には、コーヒーフロート。
ミヒャルトの前にはオレンジジュース。
スペードの前には、メロンソーダ。
そしてメイちゃんにはなんとミルクセーキです。
……確かに『ミルク』ではないけど、なくっても十分じゃないかな。
子供向けのメニューがさりげなく充実している気がするよ?
「それでヴェスター、お前、今日はチビ共連れて何の用だ」
「ん、ああ。それは……」
「待って」
アイスコーヒーの上に浮かんだ、冷たいバニラアイス。
匙で掬ったソレを堪能しながら、カウンターを挟んだメリーさんにヴェニ君は気のない様子でお答えしようとしていたんだけど。
ちょっっっと、メリーさんのお言葉に聞き捨てならない単語があって。
私は、思わず2人の会話にストップをかけていました。
「「?」」
ヴェニ君とメリーさんは、なんだというような顔で私を見下ろしてきます。
対して私は、酷い混乱に頭がぐらぐらするのを止められないまま。
それでもこれだけは確認しなくちゃって、縋るような目を彼らに向けました。
「ねえ、『ヴェスター』って……『誰』のことなのかな」
聞き捨てならない。
ここがあの『ゲーム』の世界だから。
ここが『ゲーム』の中にも出てきた、『アカペラの街』だから。
だから。
その『名前』は、どうしても捨て置けなくって。
私は眉を八の字にして、困った様子も隠せないで。
否定してほしいような、焦りと緊張に塗れた顔で。
『ヴェスター』という言葉の真意を、彼らに問うのです。
私の様子がおかしいことに、困惑しながら。
それでも、答えは示されました。
メリーさんが指をさして、ヴェニ君が親指を向けて。
そうして示された、指の先。
ヴェニ君はそれこそ怪訝な顔を隠しもせずに、トドメをくれました。
「俺のことだぞ?」
ちょ、ちょっと待ってぇぇえええええええっ!?
頭の中を轟音が駆け廻り、私は心の中で絶叫を上げました。
ぜ、絶望! 絶望がきそう……!
いやいやいやいやいやいや、でも待とう!
落ち着け、落ち着くのよ、メイちゃん!
それはまだ『決定打』じゃない。
そう自分に言い聞かせながら、深呼吸をひとつ。
冷汗が流れ出るのを止められない。
だけど自分の不審っぷりにも構わず、私は更に問いました。
確認なのか、更なるトドメを望んでなのか。
それとも違うかもしれないという、一縷の望みにかけてなのか。
私はわなわなと震える口から、問うたのです。
「ヴぇ、ヴェニ君のお家の道場って……なんていう道場、だっけ」
「あ? 知らなかったのかよ? 『クラリア道場』だ」
「……Oh」
ガンッと。
カウンターに私は思わず額を打ち付けて。
そんな私にドン引きな様子を見せるヴェニ君に、弱々しくなった声で問いを重ねた。
「ヴェニ君……ヴェニ君ってもしかして」
「な、なんだよ……?」
「ヴェニ君って……うさぎさんの獣人だったり、しないよ、ねえ……?」
「………………」
な、なんで無言なのー……?
お願い、違うと言って?
うるうると目を潤ませながら見上げる、メイちゃん。
だけど無情なお言葉を、メリーさんがさらっと言っちゃったよ。
「あん? てめぇら知らねぇのか? ヴェスターは『白兎』だろ」
「メリー!! なんで言うんだ!?」
「ああ? っつうか、なんで言ってねぇんだよ」
「知ったらこいつら、絶対馬鹿にするって確信があるからだよ!!」
「弟子に対して信用ねぇな!」
「ヴェニ君酷いな……スペード、このうさちゃんに噛み付いてやりなよ」
「よっしゃ覚悟しろ、このうさたん!」
「……ほらな! ほら、こうなるってわかってたんだよ!」
途端に騒ぎ出す、男の子達の声も……今はメイちゃんの耳を素通りです。
私は文字通り、それどころじゃなかったから。
私は、私のやらかしちゃったことと。
そうして今までのアレコレを思い返して。
やっちまった、やっちまったと頭の中に木霊す声を無心で聞いていました。
硬直して、魂飛ばす勢いで。
ただ、時間が経つに従って、耐えきれなくて。
とうとう私はがばっと頭を抱えて、カウンターの下にうずくまってしまいました。
突然のメイちゃんの奇行に、男の子達が目を丸くしていたけど。
そんなことを気にする余裕は、全然なかった。
やって良いなら、壁に延々頭突きをし続けたい。
私はどん底まで落ち込む勢いで、喚きたくって。
なんで今まで気付かなかったのかな。
ずっと……5年も一緒にいたのに。
なのにどうして、気付かなかったんだろう。
声に出して、言葉に出来ない気持ち。
思いを込めて、声に出さずに心の中で絶叫しました。
――ヴェニ君、このひと!
『ゲーム』の隠しキャラじゃないですかぁぁああああああああっ!!
『主人公』の選択次第で、任意で仲間になってくれる隠しキャラ。
当然、『主人公一行』に加われるだけあって……まあ、チートだよね。
そんな人を『師匠』に選んじゃった、メイちゃん。
自分を慧眼と讃えるべきか、後先考えずの下調べ不足を罵るべきか。
それが問題です……。