7-1.青空道場
今日も今日とて、夢の中は『ゲーム』一色。
スクリーン代りの大きなシャボン玉に映し出されたのは、蒼い髪の青年。
ああ、格好良いなぁ……
ゲーム本編の物語が始まるまで、あと7年。
メイちゃんは、8歳になりました。
運命の時、私は15歳になっている筈です。
もう8歳ということは、年齢的には折り返し地点。
まだ7年あると見るのか、もう7年しかないと見るのか。
余裕なんてないんです。
私は、「もう7年しかない」とままならない焦りを抱えていました。
ヴェニ君に師事して、3年目。
結構強くなったつもりだけど、まだまだ……まだまだまだまだ。
ゲーム本編の時代を乗り切るには、まだ全然足りないんです。
だってメイちゃんは、前世の小説で見たような『チート』じゃないし。
短時間での急激な急成長が有り得ないって自覚しています。
だからその分、地道な努力に反復練習。
ああ、今夜も時間が足りないなぁ……。
私は夢の中、お昼の内にヴェニ君から注意を受けたことを思い出します。
本当はずっとゲームの夢を見ていたいけど。
そうとばかりしているには、私に残された時間が足りないから。
私は溜息をついて、シャボン玉に映していた映像を切り替えました。
途端に大きく映し出される、我らが師匠の姿。
昼間、お手本に見せてもらった槍の型を再生します。
ヴェニ君に見立ててもらった、メイちゃんの武器は槍。
突撃する癖だとか、パパから継いだ資質とか。
修業の時に見せた動きのアレコレだとか。
そういうモノを鑑みて、ひとまずメイちゃんが習得する努力を重ねている武器です。
ヴェニ君曰く、中途半端にあれこれと手を出すより、1つと選んだものを専念した方が良いとのことで。
それは頷けるけど、槍っていまいちしっくりこない。
剣とか格好良いよね!
……けどヴェニ君が、メイちゃんに剣は危ないって言うんだよ。
一応、適性はあったようで、槍も最初に手に取った時よりずっと手に馴染みます。
1年前、オリエンテーリングのご褒美で手に入れた、校長先生お手製の槍!
……こういう言い方すると、なんだか微妙だけど。
でも子供向けでも結構作りはしっかり。
校長先生は『校長先生』って印象強いけど、やっぱり本業は鍛冶師ってだけあると思う。
えっと、確かヴェニ君は円の動きを意識しろって言ってたよね。
私はヴェニ君の指導をシャボン玉の画面に再生しながら、反復練習がんばります。
「……精が出ますね、メイファリナ」
「あ、セムレイヤ様だー」
がんばっていたら、おっきな鳥さんが現れました。
鳥と見せかけ、実は竜の神様セムレイヤ様。
今日はリューク様の映像再生会の日じゃないのに。
何のご用事だろう?
私は首を傾げて竜神様を見上げました。
「セムレイヤ様、こんばんはー」
「ええ、良い夜ですね。メイファリナ」
ぱさぱさぱさっと軽い羽音を響かせ、セムレイヤ様はメイちゃんの頭に着地。わあ、蹴爪が髪の毛に絡まっちゃうよ……?
「今晩はどうしたんですか?」
「ふふ……実は息子がとっても出来た子で」
「あ、わかった! リューク様の自慢話だ!」
「ええ、当たりです!!」
……セムレイヤ様、ぼっちだもんね。
仲間の神様達は全滅、敵対した神様達は絶賛封印中。
天界にひとりぼっちの神様。
つまり、子供自慢をする相手がいない。
そこにメイちゃんです。
私は今生ではゲーム主人公達のストーカーを志す女ですから!
当のゲーム主人公様ご本人に関する自慢話ならどんと来いだよ!
ここに、自慢話をしたい神様と嬉々として聞きたいメイちゃんの、WIN-WINな関係が成立していました。
実はかなり頻繁に、リューク様のおはなしで盛り上がってるよ。
「今日はリュークが単独でルビーウルフの討伐に成功してですね」
「ああ、リューク様の村近辺って、ウルフ系の魔物多いもんね」
「ひとりで1度に6頭も相手にして大丈夫かと案じましたが……私の心配は杞憂に終わりました。まだ10歳だというのに、あの子の成長が頼もしい」
「おおー……! ルビーウルフ6頭! うぅん……メイちゃんにはまだ無理かな。スペードとミヒャルトが加勢してくれたら、いけそうだけど」
「メイファリナも強くなっていますよ。私が保証します」
「あ、そうだ。セムレイヤ様、『お告げ』してほしいの」
「ああ、アレですか? 貴女も面白いことを思いつきますよね。
――獣人の子メイファリナ、貴女の『Lv.』はいま『18』です。次の『Lv.』までは…… 」
神様の目は、とっても確かで正確です。
正確に、個人の強さを見抜く。
人なんて神様にとっては塵芥の様なものだろうし。
その情報を読み取るのは訳ないんだと思う。
だから、お願いしたら物凄く正確な数値で強さを測られる。
いや、Lv.制を持ち出して、それを基準に現段階での強さを教えてって最初に言い出したのはメイちゃんだけど。
メイちゃんが強くなること。
そうして将来、リューク様の旅をストーカーすること。
それに理解を示してくれたセムレイヤ様だから、直接的な手出しは出来ないにしても、こうやってお手伝いしてくれる。
やっぱり数字にして基準がわかった方がやりやすいって思うのは……メイちゃんがゲーム脳なのかな?
でもその方が将来の目標とか立てやすいし、修行にも張り合いが出ると思うの。
……数字にしてパパやヴェニ君の強さを教えてもらった時は、メイちゃんとの圧倒的な差に気が遠くなりかけたけど。
でも目標達成の為には、あの2人をも超えていく強さが必要。
まだまだメイちゃんのLv.は、『18』なんだって。
メイちゃん、もっと頑張らなくちゃ!
だってもう、あと7年しかないんだもの。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「――賞金稼ぎ?」
「おう、賞金稼ぎな」
遠い目標に途方のない思いを抱えつつ。
今日も今日とて修行頑張ろう!
そんなこころいきで槍を振りまわしていたら、私達の素振りを見守っていたヴェニ君がなんか言いだしてきたよ?
場所はいつもの公園奥。
槍を掲げた姿勢でピタリと止まった、メイちゃん。
短刀を構えたスペードと双剣を持ったミヒャルトは、向かい合った姿勢で此方を見ています。
……うん、ふたりとも。
取敢えず真剣で喧嘩するのは止めよーね?
ナチュラルに危険行為に及びつつあったらしい、幼馴染の2人。
ヴェニ君はうっすら微笑みを浮かべると、問答無用で2人の脳天に拳骨を落としました。
うん、蹲って痛みに悶える姿も何だか見慣れちゃった。
「賞金稼ぎって、メリーさんの酒場に屯している人たちだよね?」
「う、うん……あのね、マナのパパとママも賞金稼ぎ、だよ」
「へえ、そうなのかい? ちょっと意外だね」
「マナのパパは確か副業でしょ? 本職は大店のぼんじゃない」
「お店の方はおじいちゃんとおばあちゃんが……」
殴られたミヒャルト達のことを、まるっきり無視で話に花を咲かせるのはソラちゃんにマナちゃん、あとルイ君。
ヴェニ君の直弟子はメイちゃん達の3人だけだけど。
ソラちゃんやマナちゃんは時々見物がてら応援にきてくれます。
そんな時には差し入れにお菓子作って来てくれる辺り、2人とも女子力高いよね! 可愛い女の子の手作りお菓子が食べられるとあってか、それとも2人が邪魔をしないから大目に見てくれているのか、ヴェニ君も2人には特に文句を言ったりはしません。
……もしかしたらメイちゃんのお友達だから大目に見てくれてるのかな?
偶に「お前ら……他の友達と遊ばなくて良いのか?」って心配気味に言われるので、その可能性も否めない。
なんとなくヴェニ君に、修行三昧で友達関係がうまくいってないんじゃないかって心配されている気がする……。
杞憂だよ? それ杞憂だからね?
時々ヴェニ君は心配し過ぎだと思うけれど、笑い飛ばせないのはヴェニ君の目がマジだからでしょーか……。
「へえ、マナの親父さん達も賞金稼ぎなのか。俺らの親父もそうだぜ?」
「あ、うん。なんかアドルフはそんな感じだよね」
「うんうん、そんな感じ。意外性の欠片もないわ」
「お前ら……俺の時ってなんか態度違うよな」
「っていうかアドルフのお父さんって、去年の水練合宿の……アドルフに余計なこと吹き込んだ張本人だよね? 僕の記憶が確かなら」
「うぐっ」
「あ、言葉に詰まった」
……さて、この場にいるのはソラちゃんとマナちゃんだけじゃありません。
既にお気づきかもしれないけど、ルイ君やアドルフ君もいる訳で。
彼らも見物かな?と思いきや……実は男の子達は修行に来ています。
2人も武器持参で、ルイ君は細剣を。アドルフ君は手斧を。
あはは……まさかり担いだ熊さんがいるよ。
別にヴェニ君が直接指導したりはしないけど。
それなりに強くなるという目標を持った、男の子達。
強くなる為に有用な機会を逃す気はないみたい。
1年生の頃から同じクラスで、私達の研鑽ぶりを目にしたからかな?
自分達の修行の参考にしたいからって言って、メイちゃん達の修行場に顔を出すようになりました。
……うん、別にここ、公園だしね。
メイちゃん達の私有地って訳じゃないので、ヴェニ君もメイちゃん達の修行の邪魔をしない範囲内だったら文句も言えないみたい。
基本的に、アドルフ君達も観稽古のつもりみたいだし。
ヴェニ君の動きは、見ているだけでも参考になるしね。
最近はヴェニ君とも打ち解けてきたのか、指導とまではいかないけどヴェニ君が何気なくアドバイスを口にすることもあります。
より多くの相手と立ち合いをこなすことで、磨かれるものもあるとか何とか。
いつも同じ相手とばっかり手合わせをしていても、幅が出ないから……ってことで、居合わせた自主稽古中の子達に手合わせをお願いすることも。
今日はルイ君とアドルフ君だけだけど、他の子もちょこちょこ顔を出すようになっていて……本格的にこの公園が青空修行場と化しているような。
……でもそれがメイちゃんにとっても身になるっていうんなら、敢えて私から何か言ったりはしないけれど。
「それでヴェニ君、賞金稼ぎがどうしたの?」
くりっと首を傾げて問いかければ、ちょっと意味ありげなヴェニ君の笑み。
うあ、なんか悪いこと企んでそうな顔してるよー……?
疑問符で頭を一杯に埋め尽くすメイちゃんに、ヴェニ君はニヤリと小さく笑んだまま。
「お前ら、ちょっとした小遣い稼ぎをさせてやるよ」
――その言葉を聞いた時には、もう何となく何をさせるつもりなのか悟っちゃっていた訳で。
ヴェニ君の悪そうなお顔に、「お小遣いは足りてるんだけどなぁ」なーんて思ったことは……ちょっと言えそうにありませんでした。




