1-6.盤面遊戯
「ヴェニ君、つーかまーえ…た………っ!?」
「甘いっての。はんっ 馬鹿にすんな」
「あ、あにゃーっ」
「そんなんで俺を捕まえようなんて、6年半早ぇっ」
「妙に具体的!? って、あぁーっ」
最近、私はようやっと悟りました。
――師匠(無認可)の相手、私だけじゃ無理だ…!
………うん、我ながら、悟るのがだいぶ遅かったと思います。
あの条件付けから、既に早3ヶ月。
最初はぜんっぜん見えなかったヴェニ君の動きが、何だか最近ちょっと見えるようになってきた気がします。うん、絶対に錯覚じゃない。
だけど、目が鍛えられただけではどうにもなりません。
いや、体力や身体能力も向上してはいると思うんだけど…
ヴェニ君の動きが見えるようになって、身体がついてこないんです。
お陰で反応は出来ても動きが追いつけず、足をもつれさせて転ぶこともまま…。
ちょっとずつ対応できるようになってきても、ヴェニ君はまだまだ遠いよ。
しかもまだ、手加減されてるばかりで、簡単にあしらわれてるし……
やっぱり身体が動かない分、何か対応を考えなくちゃ…。
空振り続きにより、いよいよ持って私の動きも焦りで鈍り始めました。
このままじゃ駄目だとわかっているのに、中々上手くいきません。
誰かに知恵を借りるなり、助力なりしてもらう必要を感じます。
それはもう、ひしひしと。
だって、3ヶ月ですよ!
もう既に、3ヶ月…その間、成果はまるでゼロ!
3ヶ月といえば、1年の4分の1……その間、成果ゼロはまずい。
拗ねた父を宥めすかして、ようやっと手に入れた情報。
それも私だけじゃ持て余すようなものだったし…。
………その情報は、こんな感じでした。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
アルトヴェニスタ・クレイドル(10歳)
推定Lv.40 ←上方修正
無手での格闘、剣術、弓術、投擲武器、打撃武器、習得済み。
軽業の類もこなすほどの敏捷性あり。
道場で修業する必要もない実力を持ち、既に免許皆伝の腕前。
戦闘に関しては天性の才を持ち、どんな武器も直ぐにものにする万能型。
攻撃に有効な軌道が線として目に見える、特殊な才を持つ。
………言っていいですか?
なにそのスペック。
まだ10歳なのに、どんなチート?
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
何でも、ヴェニ君の父と懇意にしているというパパ。
どういう繋がりかはしりませんが、偶にお仕事で顔を合わす内に意気投合して、今ではお酒を飲みながら盤面遊戯で遊ぶ中だそうです。
渋いな…と、そう思ったことは内緒にしてください。
そして手元で白黒の盤面を操りながら、互いに口にするのはもっぱら家族のこと…というより、惚気と子供自慢。
後は反抗期に突入したヴェニ君に対する、道場主さんの愚痴。
これは思わぬところに情報源が転がっていましたね…。
父から聞いても埒が明かなかったので、一回父にくっついてお邪魔しました!
ヴェニ君のお父さんは厳格そうな顔に、驚きの柔和な笑みを浮かべた人でした。
一見怖いけど、じっくり付き合ってみると味がありそう。
「おお、おお、この子がシュガさんの娘さんかぃ」
「ええ、俺の自慢の愛娘です」
「こんにちは! メイ、5歳です!」
今日は情報収集。
目的を達するために笑顔です。
そしてメイちゃんは人懐っこくて可愛いと定評があります。
「よしよし、メイちゃん! 挨拶が出来て偉いなぁ」
「シュガさん…やにさがっとる所悪いが、いつもと性格が違うぞ」
「何を、ヴィルさんこそ子供自慢の時はでれっでれじゃないか」
「人のことをいえるか、あんた…」
………うん、いつもどんな話しをしているのかは聞きたくないな!
溺愛されている自覚があるだけに、父の子供自慢は鬱陶しそうです。
2人は向かい合う形で胡坐をかき、早速とばかりに盤面遊戯を始めました。
いつもは主にオセロをしていると聞いていましたが…
道場主さんが出してきたのは、将棋でした。
………子供を前に、少しでも威厳を出そうという腹でしょうか。
父も、「おや?」と眉を上げたものの、何も言わずに盤面遊戯に興じます。
てっきりオセロしかしないものだと思っていましたが、将棋も出来るんですね。
私は父の胡坐の上に座らされ、出されたジュースとお菓子に手をつけました。
見たところ、今は父の方が優勢…というか、父が強い! え、強い!
これで何故、普段はオセロ???
………答えは、目の前にありました。
道場主さん…彼は、将棋の腕前が、その…かなり………うん。
盤面は、圧倒的に道場主さんの劣勢でした。父、凄い。
もういっそ、手加減してやれよと言いたくなる強さです。
…ああ、だから普段はオセロなのか。
私が人知れず父のことを見直していると、その正面。
少しでも起死回生の隙を得ようとしてか、道場主さんが盤面に見入っていた私に声をかけてきました。
「そういえばメイちゃんは、最近うちの愚息がお気に入りだとか?」
ぴくり。
私を膝に乗せた父の体が、僅かに反応しました。
…取り合えず、話を聞きだす好機なので私は道場主さんの話に乗ります。
「ぐそくー? よろいの、あし?」
「ああ、うちの子のことだよ。ヴェニ」
「ヴェニ君! うん、メイね、ヴェニ君にお師匠になってもらうのー」
「ほう?」
本当のことを言うべきか、どうか。
少し迷いましたが、ヴェニ君が家の中で何処まで話しているのかわからなかったので、取り合えず正直に申告することにしました。
あと道場主さんがヴェニ君に話しかけた時、ぼろが出るかもしれませんしね!
「ヴェニを師匠に、ということは…メイちゃんは武術に興味があるのかぃ」
「うん! メイ、強くなるのー」
「え、メイちゃん…? パパ、初耳なんだけど」
「言ってないもんー」
「ぱ、パパには何の相談もなしなのか…っ!?」
………父、この程度のことで取り乱さないで下さい。
盤面が、凄いことになりつつありますよ。荒れてる、荒れてるから。
「ほほう…しかしヴェニもそう容易くメイちゃんを弟子にはしないんじゃないかぃ。あの子は捻くれもんだかんなぁ」
「うん、ヴェニ君をつかまえなくっちゃ駄目、なの」
「そりゃ、小さいお嬢さんにゃ酷なテストだ。アイツも大人気ない」
「ヴェニ君もこどもだよー」
「――………おっと、そうだったなぁ」
からからと笑いながら…なんでしょう。
道場主さんの目の奥に、動揺の色が見えるんですけど…
え、と…私、何か道場主さんを狼狽えさせるようなこと言いましたか?
道場主さんの動揺まで盤面に現れてきて、もう駒がぐっちゃぐちゃなんですけど………これじゃ、勝負になりませんね。
「……………お嬢さんみたいな、ヴェニのことをちゃんと「子供だ」って言ってくれる相手が傍にいるのは……良いことかも、しれねぇなぁ」
「おいこら、ヴィル…」
「おっと、そんな地を這うような声で威嚇しなさんな。シュガさんの可愛いお嬢さんを唆しやしない」
「本当か…?」
「パパぁ、メイね、ヴェニ君にお師匠になってもらいたいの」
別に道場主さんが唆す前から、一貫してその方針は変わりません。
今日、ここに来たのだってそのためなんです。
「ねーえ、おじちゃん。ヴェニ君つかまえるのに良い方法ないかなぁ」
「おっと、メイちゃんは助言が欲しくって来たのかぃ」
「うん!」
「メイちゃん!? ぱ、パパと離れたくないからじゃ…」
「……………」
「え、ちょ、なんでそこで黙っちゃうんだい、メイちゃん!?」
黙して語らぬ、私。
焦りにおろおろする、父。
そして勝負の行方など計り様もなく、ぐちゃぐちゃな盤面。
そんな私達を特等席で眺め、道場主さんはくつりと笑いました。
「その心意気や、よし。敵わぬと思えば情報収集…なるほど、メイちゃんはちゃんとわかっているんだねぇ。偉い偉い」
「わあい! メイちゃん、ほめられたー」
「よし、偉いからおじちゃんが助言したげよぅ」
「ほんとう?」
「ああ、本当さぁ。それでも駄目だったら、その時はうちの道場に入門すると良い。ヴェニは跡取りだからな。あとそうさな、10年位したらアイツが看板を継ぐだろうよ。そうすりゃ門下生のメイちゃんは必然的に奴の弟子になるぜぃ?」
「んー………」
私は、考えました。
この5歳児の頭しかなかったら、魅力的な話だと錯覚して一も二もなく飛びついてしまいそうな話を。
これはよく吟味しないと、私の望む方向とはずれてしまいそうだと。
直感的に、そう思ったから。
一瞬、このまま道場に入門してヴェニ君の直弟子を諦めようかとも思いました。
道場に入門して、正式に武術を習うのも一つの道かと思えたから。
でも、一度やり始めたことを途中で投げ出すのは性に合いません。
何より、道場って………柵と掟が多くて、逆に望んだ強さが得られそうにないんですよね。偏見かもしれませんが。
それに道場だと不特定多数の兄弟弟子が沢山いるわけで。
師匠になる人も、私一人にかかずらっている訳にはいきません。
……やっぱり、私はマンツーマンで指導してくれる師匠が欲しい。
強くなるのに、専念したい。
他人なんて、気にせずに。
………何しろ強くなりたい動機が、超不純だし。
子供のヴェニ君ならまだしも、道場主さん…
ヴェニ君なら、冗談だっていえば通用しそうです。
だけどこの、道場主さんの厳めしい顔。
私にはいい人そうな笑顔を向けているけど、それって私が子供だから?
それとも、門下生じゃないから?
………普段の表情って、顔に残るんですよね。
この厳しい顔はどう見ても、普段はかなり怖い顔をしているはずです。
だって笑い皺じゃない皺がね、眉間にね、あるの……
こんな人の道場の、門下生になって。
その後で動機が『ストーカー』だなんてバレようものなら…
………うん、確実に拳骨もらった上で夢を挫かれる未来しか浮かびません。
それは何としても回避したい。
それにヴェニ君みたいな子供と、私みたいな子供。
修行修行と口にしつつも、まっ白い子供が二人戯れている図です。
微笑ましいですよね? 微笑ましいですよね。
それだったら、きっと遊びの一環と傍目には見えるはず!
そっちの方が、私の『修行』に渋い顔をしている両親も無理にとは止められないはず。だってメイちゃんは遊んでいるだけなんですから!
やっぱり、色々な利点から考えると、ヴェニ君しかいません。
父がどのくらい稼いでいるのかはしりませんが…
私の完全なる独善の為に、高い道場のお月謝を払わせるのは気が進まないし。
それでも私が我儘を言えば、父は私を道場に通わせてくれるでしょう。
私が強くなりたいと頑張ることに、渋い顔をしながら。
自分を抑えて、自分が嫌だと思っているのに私の為にお金を使わせちゃう。
そんなの、父が可哀想です。
父に、父が嫌だと思うお金の使い方はしてほしくない。
俯いて考え込んでいたけれど、考えがまとまると顔を上げました。
自分でよし、と頷いて。
道場主の顔を真っ直ぐに見据え、ぺこりと頭を下げました。
「メイは、やっぱりヴェニ君に弟子にしてほしいの。だから、」
「ああ、うん、わかった。うちの門下生にはなれないってな。…ったく、ヴェニもこうまで思ってもらえたら本望だろうぜぃ」
「………想う? だれが、メイちゃんが…?」
「って、シュガさん! 顔! こわいこわいっ」
父の顔を真っ向から見てしまったらしい、道場主さん。
私の頭には父の手が載せられ、見上げることは出来ませんでしたが…
父、どんな顔してたんだろう…。
結局、この日は父が拗ねてしまって勝負はうやむや。
道場主さんは父の顔色を窺ってましたが…
それでも約束通り、私に助言を授けてくれたのです。
その応援に応えて、メイは頑張ります…っ!
「ヴェーニーくん、とおっ!!」
「だから事前に声かけたら意味ないって言ってんだろう!?」
「あ、あうーっっ!」
「一昨日出直してこーい!」
「ま、また逃げられたーっ!!」
でも、やっぱり私だけじゃ難しそうなんですよね。