~そこは地雷原だよ~
我がクラスから選出された、ロニーと一緒に走る組み合わせはマナちゃんと鳥獣人のダニー君です。
豹の獣人であるマナちゃんはおとなしく内向的な性格なので忘れられがちだけど、足の速さは折り紙つきだし障害物にも強い。
ダニー君はアドルフ君の子分って印象が強いけど、空飛ぶ鳥さんの割に結構足も速い。まあ獣人なので基礎体力が高めなのも納得だよね。
つまり、何が言いたいかというと。
程々に他のクラスの様子を見ながらも、本気で勝ちにいっている組み合わせの1つです。
ロニー君のプライドをべっきべきにへし折る為の刺客だよ☆
本当はダニー君じゃなくって、女の子で足の速いメイちゃんを投入する予定でしたが……ダニー君本人が、ロニー君に受けた屈辱から直接リベンジしたいとの強い希望が出たのでこうなりました。
運動会の準備の時、物資強奪の被害を直接受けたのはダニー君だったし、恨みは本人に晴らさせてあげたいよね!と。
ダニー君の心情を慮ったクラスメイト一同の配慮です。
ちなみに種族故のアドバンテージもある程度は仕方ないとして、ダニー君の飛行能力みたいにあからさまに突出した特殊能力は運動会の間は使用禁止です。当然だけど切ないね!
うっかり間違えて癖で飛んだりしないよう、ダニー君は慎重に翼を収納しました。
ダニー君ってばまだ7歳でメイちゃんと同年なのに、もう獣性の抑制がある程度出来るんだよ。地味に凄い。
メイちゃん達も部分変化や完全獣化はマスターしてるけど、それは年齢以上の無理を押して訓練したから。
なのに何の訓練もなしに習得しているダニー君は、もしかしたら才能の塊なのかもしれない。
さてさて、初級学校の運動会。
もしかしたらみんな頑張れ一等賞、みたいな勝敗の行方をうやむやにする大会かな……?ともちょっと思いましたが。
そんなことはありませんでした。
勝敗の行方を気にする、がっつり武闘派肉食系の多い世界ですからね。この街も何故か子持ちの賞金稼ぎが多いらしいので、その子供を受け入れる学校も闘争心強めのようです。
それが世風といわれればそれまで。
町から一歩外へと出れば魔物が襲いかかって来てもおかしくない弱肉強食の世界なので、勝敗には凄く拘るようです。
うん、だからね、つまり。
初級学校の運動会もがっつり優勝を競います。
ちなみに、クラス単位で。
……ブロック対抗かと思ったら、クラス対抗という理不尽!
ちょっと、え……1年生に3年生と同条件で戦えと……?
凄く理不尽だな、と思いましたが。
流石に同条件ではありませんでした。
クラスの得点は加点式。
そして基本的に、学年を跨いでの勝負がない。
それぞれ学年単位での勝負を行い、点数を稼いでいく。
最終的に全ての競技が終わった時、最も点数を稼いでいたクラスが優勝です。
よし、上級生との勝負さえなければ何とかなります……!
何げにスペックの高い同学年の生徒も多いけれど。
所詮、勝負の世界は頭脳と戦略の世界。
勝負運びはどれだけ戦略を組み立てられるかにかかっています。
そして私達のクラスには、信頼のおける策りゃk……いえ、知恵者がいました。
こんな時には頼もしい。
ロニー君のプライドを完膚なきまでに叩き潰し、鼻っ柱を爆撃する勢いでへし折る。その為に、優勝を狙う。
ミーヤちゃんが自分でそう決めたんです。
だったら私達は、彼の決意を信じようじゃないですか。
そうして、奴は。
一体どこから入手したのか、各クラスの体力テストの結果一覧(写し)と、他のクラスの走る順番表を入手してきました。
何かそれ見て、私達のクラスの走る順番決めるんだって。
ちょっと待て、ミーヤちゃん。
それって先生方以外閲覧禁止の、機密文書とか、言わないよね……?
なんだか微妙に身内に不安を残しつつ。
いま大事なのは、うん、障害物競争の方だよね……!
奴がやらかした後暗い何かから、クラスメイト一同は全力で目を逸らしました。
本当、一体どこから手に入れt……いや、うん、メイちゃんは何も知らない。知らないよ!
障害物競争は、学年ごとに障害物の数が違います。
障害の数を調節することで、難易度に違いを出すんだって。
1年生の障害は4つ。
2年生の障害は6つ。
3年生の障害は9つ。
うん、3年生だけいきなり障害の数が跳ね上がってるね!
上の学年が苦労する分には構わないと思います。
それに重要なのは1年生の障害だけなので、今は飛ばしましょう。
1年生に与えられた4つの障害……障害の種類的にはそれは跳び箱っぽいヤツと平均台っぽいヤツと的当てっぽいヤツ。それから私達によって摩り替えられた例のお題です。
……うん、ぽいヤツ。っぽい、てだけの全然違う別モノ。
それらの障害を乗り越えて、さあ1番にゴールするのは誰だ!?
――ということで、第1走者さん達の頑張りを見守りたいと思います。
ピストルなんて存在しないから、スタートを告げるのは何かと言えば法螺貝でした。
無駄に勇ましいというか、物々しい。
今にも合戦が始まりそう。
だけど考えてみればこれもある意味では合戦だよね。
スタートダッシュで圧倒的に他を引き離して駆けだしたのはマナちゃん……と言いたいところですが、ロニー君が暫定1番。
最終的にロニー君のグラスハートは木っ端微塵に砕け散っていただく予定なので、どれだけ引き離されても問題はありません。
というよりも彼の自尊心を擽る為に、最初は敢えて先行させるように他のクラスの走者さん達にも根回し済みだよ。ミーヤちゃんが。
一体どんな手で、他クラスの走者を敢えて先行させるなんて計画を納得させたのか……ミーヤちゃんったら何をやったんだろうね?
これってあれだよね、持ち上げて落とす戦法だよね。
つくづく、ロニー君に的を絞ったミーヤちゃんの発想が恐ろしい。
これって8歳児の考えるようなことかなぁ……?
相変わらず、ミーヤちゃんが末恐ろし過ぎる。
ロニー君に間違っても追いつかないよう、ちょっと距離を置いて追いかけるのは、マナちゃん!
豹獣人の血は伊達じゃない!
これは……ロニー君を先に行かせなきゃ、と画策していなかったらぶっちぎりのダントツだったかも。
それに続いてダニー君や、他のクラスの子。
あと意外なことに、ロニー君と同じクラスからはダイヤ君……つまり、ペーちゃんの四ツ子の弟君が参戦です。
そっちにもペーちゃん経由で計画の説明、及び賄賂を贈っているので協力的な速度を保ってくれています。
ロニー君のハートをブロークンさせた後は、犬っ子のダイヤ君とマナちゃんの勝負が行方を左右するかも。
そのくらい、2人は明らかに速力が違いました。
うん、今は手を抜いているから、あまりそうは思えないけど。
でも走るフォームからして、走るという行為に対する完成度が何となくわかる。
メイちゃんにそこがわかるようになったのは…ヴェニ君との修業の成果かな?
前はわからなかった些細な他人の能力分析が、着実にできるようになっているみたい。
まだ何も終わってないし、今は他人が走るのを傍観しているだけ。
でもなんだか、メイちゃんの成長がちょっと感じられて嬉しくなった。
そうして見守る内、彼らの前に立ちはだかる第1の関門。
跳び箱っぽいやつ……というか、跳び箱じゃないけど。
でもニュアンス的にはそんな感じだと思う。
実際、何がそこにあるのかわかる?
何て名称の障害物なのか知らないから、なんて言えば良いのかわかんないんだけど……
他者を引き離して走るロニー君の目の前に、立ちはだかったもの。
それは跳馬用の障害でした。
うん、跳び箱とは大違いだね!
跳ぶという意味では近い物がありますが、実情は大違いです。
まあ細かいニュアンスは人によって感じ方が異なるけれど。
何はともあれ、1年生はアレを乗り越えていかなければならないの。
さて、主な1年生の年齢は7~8歳。
例外もいるけれど、そっちは少数派。
で、多数派である7~8歳児に跳馬用の障害を越えろというわけですよ。学校が。
…………この世界って、モンスターペアレンツとかいないのかな。
そんな概念があれば、真っ先にモンスター化しそうな因子の持ち主が身近にいるので、洒落にならないけど。
後で知ったことだけど、何故かアカペラの初級学校生には賞金稼ぎのパパさんやママさんが多いらしい。
実際に街の外の世界を見て、今の時代のシビアさとか生き抜く困難とか、モンスターの闊歩する野外を移動する過酷さを肌身で知っている方々ばかり。
……うん、だから何が言いたいかというと。
生き延びる為の強さ逞しさや知恵を磨くという観点で、こういう学校の何と言うか……セメントな行事だのトラップだのは歓迎されているらしい。
本当かよ、とげんなりした顔でぺーちゃんが呻いていたのが印象的。
うん……初級学校以上にセメントな修練を課す親御さんに日常的に鍛えられていながら、ペーちゃんが何を言うのかと思った。
跳馬用の障害をロニー君はよじ登り、乗り越えて。
後から追いかける形で走ってきたマナちゃんは、一瞬で軽々と飛び乗り、飛び降りて行きました。
……うん、豹獣人だもんね。猫科だもんね!
ダニー君も身軽だけど、飛ぶという行為に慣れた身体じゃ手足を使って何かによじ登るって経験はあんまりないみたい。
他のクラスの面々もそこそこ苦労していて、あっさりと乗り越えたのはマナちゃんだけ。
身軽な姿に焦ったのか、ロニー君の足が速まります。
そんな彼らの前に立ち塞がる、次なる障害。
それは平均台っぽい奴……というよりむしろ、綱でした。
うん、綱渡り……。
2本の柱の間を、渡された綱。
下は即席の泥プール。
この綱を渡って泥プールを超えるのが、次なる障害です。
私、企画書にはちゃんと平均台の概要を書いたはずなんだけどなぁ……どうやらどこかで、仕様に関する情報が曲解されたようです。
誰の仕業かわからないけど、7~8歳の子向けにしては難易度高くないかな。
だけど一応、救済策もありました。
先着4名様に限り、綱の手前に置いてあるフックが使えます。
フックを綱に引っ掛けて、敢えてわざわざ綱の上を歩かなくってもよりお手軽に向こう側へと行ける訳ですね!
……本当に誰かが企画を曲解したんでしょうか。
それともわざと捻じ曲げられたのか……。
当然の如く、ロニー君はフックを引っ掴んで先を急ぎました。
一方、マナちゃんは……うん、わかってたよ。
マナちゃん、豹獣人だもんね。
身軽な大型猫さんは、どうやら綱程度には怯まないみたい。
普段は内気で大人しいから忘れがちだけど、流石の獣人スペック!
私がサーカス経営者だったら雇いたいくらい。
それでもフックを使った方が早かったらしく、ロニー君との距離は微妙に開きました。
そうして、次なる難関。
的当てっぽい物。
それはボールを的に当てて、命中したら次に進んで良いというもの……なんですが、何故か的がサリエ先生の顔をしていました。
アレは知らない。
誰だ、的作ったの。
予行練習の時は普通の的だったのに……本当ですよ?
隣クラスの応援席で悠然と座っていたサリエ先生のお顔が、ぴくりと動きました。
忌々しそうに、苦虫を噛み潰した顔をしています……。
うん、お気持ちはわかるよー……。
アレにボールを投げつけるのって、サリエ先生本人が見守っている分、とっても気まずくて投げにくい。
かなりの勇気が要求されます。
内気なマナちゃんに、それが平然と出来る筈もなく。
しかしロニー君は躊躇いなくボールを投げました。
う、うわぁぁあああ……優等生、すげぇ。
融通が利かないって、時として状況を有利に進めるんですね。
投げたボールは、見事にサリエ先生(的)の眉間に命中しました。
その結果を見届けて、悠々と走りだすロニー君。
きみ、大物だよ……。
他の生徒がちらちらとサリエ先生の顔色を窺って二の足を踏んでいる間に、ロニー君は最後の障害……
例の摩り替わった札を取りに向かったのです。
さあ、いよいよ断罪の瞬間が迫って参りましたー。
それが地雷原だとも知らず、ロニー君は札に手を伸ばす。
果たして、彼が引いたのは……
次回、ミーヤちゃんが酷いです。