幕間 神の雛鳥
時が前後しますが、今回は『6さい:生命賛歌』の頃に遡りまして。
何か森で適当な生物を拾おうとしていた『ゲーム主人公』が、結局は何を拾ったのか……という内容になります。
それはメイちゃんが神様と話すよりも、1年と少し前。
蒼い男の子が夢で不思議な女の子と邂逅を果たした、翌日のこと。
時間をかけてゆっくりと家族になっていく、そんな存在を探した日。
男の子は師匠に授けられた短剣を片手に、森を歩いていた。
目的は、適当な生き物の捜索。
養い親の自分に対する気持ちを、家族の絆とは何かを理解する。
その為の一助として、自分の力で何か生き物を育ててみよう。
何を育てるということも決めぬまま。
男の子はそんな目的で森の中を歩く。
「ね、ねぇリューク、まだ奥に行くの……?」
「エステラ」
うるると涙目で、及び腰に見上げてくるのは女の子。
男の子よりも1歳年下、7歳の幼馴染。
ほんの少し気の弱いところはあるが、男の子の行く先にはどこにでもついて行きたがった。
今も森の暗がりに怯えながらも、男の子の歩みに遅れまいとちょこちょこついて来ていた。
それでも男の子の服を掴んで離さない辺り、男の子からちょっとでも離れようものなら今にも泣きだしてしまいそうだ。
「森が怖いのか、エステラ」
「うぅ……」
「こんなに葉ずれの音も木漏れ日も、風だって気持ち良いのに」
「だって、だって魔物がでるのよ……?」
「怖いなら村で待ってれば良かったのに」
「でも、でもリュークひとりは危ないよぉ……」
「エステラ、それは俺の服を掴めずに森を歩けるようになってから言おうな」
「うぅー……おいてっちゃ、ヤダ」
子供が練習用に使う弓をぎゅうっと握りしめ、涙目の女の子。
ちょっと言い過ぎたかと男の子が微かに反省しかけた時、それは聞こえた。
――ヒィヨヒィヨ ピィチチチッ
此処は森。
樹上から、空から。
つまり頭より上の位置から鳥の声が聞こえることは珍しくない。
だけどそれは、男の子達の足下に近い位置から聞こえた。
まだ幼い、雛鳥の声が。
「え?」
思わずきょろきょろと、2人は足下の草叢を見回す。
そこに自分の想像に違わないモノがいないかと。
鳥の中には樹上に巣を作らず、地面の上で子育てするモノも珍しくはない。
だから地面に程近い位置で鳥の声が聞こえてもおかしくはない。
だけど、聞こえてきた声は位置が2人に近すぎた。
地上には外敵が多い。
大きな動物……そう、人間だって含まれるだろう、大きな動物が近いところに迫っている時、抗う術のない雛鳥は息を潜め、声を抑えて存在感を隠すものなのだが。
雛鳥の声は、近くにいる男の子達に主張するかのように聞こえた。
だからこそ何か異変でもあったのか……巣から落ちた雛でもいるのかと、2人は聞こえた声の主を探す。
……やがて。
「あ、いた!」
「え、え、え……? リューク、どこにいたのっ?」
「ほら、ここに……」
最初にソレを見つけたのは、蒼い髪の男の子だった。
草叢に身を寄せた、小さく震える愛らしい生命。
うっかり潰してしまいそうなほどに頼りない雛鳥。
見つけたそれを、リュークはそっと幼い両手で掬い上げる。
――ピィピィチチチ……ッ
男の子の手の中で、雛鳥が声を上げる。
それは先程、確かに聞こえた声と同じもので。
愛らしい声の主は、確かに此処にいる。
子供達が見つける前に、狼に食い殺されたりすることもなく。
怪我の1つもない様子で、元気に声を上げている。
雛鳥が見つかったことにほっと息を吐きながら、男の子は頭上を見回した。
雛鳥がいたのなら、近くに親鳥か巣がなければおかしい。
だが不思議なことに、いくら近くを探してみても、親も巣も見当たらなかった。
まるで突如、雛鳥だけが草叢に現れでもしたかのように。
手の中の頼りない命。
そうして、そもそも男の子が森に来た目的。
なんだかこれは、運命の様な気がした。
「決めた、この雛を連れて帰る」
「え……リューク、鳥さんつれてっちゃうの?」
「そもそも、森には育てる為のイキモノ探しに来たんだし」
「そうだったの?」
「今日から俺、こいつを育てるよ」
「……だったらエステラもてつだう!」
「うーん、まずは1人で育ててみたいんだけど」
「うぅー……」
「あはは、わかった。わかったから。それじゃあ何か困ったら手伝ってもらおうか」
「うん!」
だったらお名前つけてあげないとね、と女の子が言えば男の子は……蒼い髪の男の子、リュークは悩ましげに首を捻る。
そもそも鳥の雌雄がわからない。
それがわかったら職人になれる。
「だったらどっちでもいい名前にしたら?」
「ああ、それが良いかも。今夜じっくり考えるよ」
「エステラもつけたい!」
「駄目。この鳥は俺が育てるんだから」
「うぅ……」
「唸ってもダメ!」
「……むー……いいもん。エステラも、なにか探すもん!」
涙目の女の子に苦笑を溢しながら、リュークはそっと優しく雛鳥の小さな体を撫でて……
何か見つけたら動物を入れようと思って持って来ていたバスケットに、慎重に雛鳥を入れてあげる。
底に敷いていたふかふかのタオルに埋もれる雛鳥を満足げに見下ろして、リュークはバスケットを抱え上げた。
まずは家に帰って、雛の寝床を作ってあげよう。
そう思う彼の胸は、新しく見つけた仕事への使命感で温かく膨らんでいた。
バスケットの中。
タオルに隠れた雛鳥の瞳が、一瞬だけ……まるで爬虫類のように鋭く光ったことになど、まるで気付きもせずに。
育った雛鳥は、一部の翼が金色に輝く珍しい鳥だった。
まるで鱗のような、硬質的な羽根。
優雅な姿は時折ふっと神秘的に見えて……
村を取り巻く森で見かけたことのない姿に、リュークはこの鳥は何という種類の鳥なのだろう……?と。
思い出したように、偶に考えるようになる。
その鳥の種類は『竜神』です。
過保護な親馬鹿竜神と転生子羊少女によるストーカー同盟が、1年と少し先の世界のどこかで締結されることになるのだけれど……
それもまたリュークにとっては、全く与り知らぬことだった。
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